070_1220 flakey ordinaryⅢ ~精励恪勤~
【ゆうべはおたのしみでしたね】
「悠亜さんのそういうところ、理事長そっくりですよね」
【グハッ……!】
『麻美』と悠亜が別者と見るならば、つばめとの間に親子関係はない。同じと見てもこの世界では書類上、親子関係ではない。
それでも、そんなに似ているのがショックなのか。軽口に何気ない言葉を十路が返したら、青い大型オートバイが精神ダメージを受けた。ご丁寧にディスプレイにフェイク映像で罅を入れて。
別にお楽しみなどなかった。風呂初体験で加減がわからず、のぼせた悠亜の世話は大変だっただけ。裸体を見ざるえなかったが、ワクワクもドキドキもなかった。体を拭いて十路の服を着せて髪を乾かして五階の部屋に放り込むのは、結構な重労働だった。
「う゛ー……この体、立ち上がりが遅すぎです……」
「自衛隊体操でもやって目を覚ませ」
「トージを基準にしないでくださいよぉ……」
しかも今朝まで続いている。寝不足なのか慣れのせいか、フラフラしている悠亜から目が離せない。
一晩で乾いたブラジャーがひとりで付けられないからと、十路が付けてやる破目になり。
学生服に着替えるだけならともかく、髪はボサボサでネクタイはだらしなく、身だしなみがあまりに酷いので十路が整えてやる破目になり。
子供の世話をしている気分になってきた。羽須美も手がかかる人物だったが、あちらは自発的な行動に十路が巻き込まれていたので、確実にベクトルが違う。
「イクセスって、もっとシッカリしてる印象だったんだけどな……」
「ムチャ言わないでくださいよぅ……人間になるなんて初体験なんですから……」
このまま二人乗りするのは危険を覚えたので、仕方なく悠亜をリアに乗せたまま、十路は押して坂を上っている。
昨日戦場になった学院は、道一本しか繋がっていない坂の根元で封鎖されている。戦った際に色々が広範囲にバラ撒いているので、自然そうなる。
マスコミのカメラから足早に逃れ、支援部の身分証明書 (なぜか悠亜も持っていた)を示して上がると、警察と自衛隊の車輌が路上駐車されている。現場検証などが既に行われているらしい。
校門前でもう一度身分証明書を示して敷地に入った二人と一台は、すれ違う顔見知りの警官に軽く挨拶し、一三号館――実習工場に足を向ける。やはり昨日の戦闘で無傷ではないが、被害は比較的軽い。
オートバイは建物前に駐車して、フラフラする悠亜の手を引いて中に入ると、既に機械が稼動して駆動音を響かせている。電源や機械の被害もないらしい。
透明アクリルパネルの向こうで人影が動いているスペースの扉を開くと、駆動音が一層強く鼓膜を震わせる。
「朝飯が来たぞー」
声を張り上げ、手にした袋を掲げて見せると、四人の部員たちは一斉に振り返った。
△▼△▼△▼△▼
油くさい工場スペースでの食事に、彼女たちは異論ないらしい。稼働中の設備から目を離せないから、仕方ないと諦めているだけか。
「買い出しのリクエストは揃えてくださいよ? 朝からあちこちバイクで走らされて……」
悠亜を乗せて登校する前の話で、十路ひとりが駈け回った。いつ敵に狙われるかわからない状態で二人一組を崩す危険よりも、寝ぼけた悠亜が一緒の危機感のほうが勝った。
「こちとら昨夜から仮眠だけで連続稼動してんですわよ。ちったぁやる気出るメシでもなければ続かねーですわよ」
金髪をひとつにまとめた作業着姿のコゼットが、神戸を代表するパン屋コム・シノワのクロワッサンにかぶりつく。やはり仮眠だけでは不足なのか、目をショボショボさせている。
「《魔法使いの杖》の修復状況は?」
「もう少しで《ハベトロット》が完了するであります……! それが終われば作業時間短縮できるであります……!」
普段ローテンションなのに、妙に興奮しているジャージ姿の野依崎は、大手のハンバーガーを希望した。定番なので楽かと思いきや、そうでもなかった。まだ朝メニューしか提供していない時間なのに、通常メニューをオーダーしたために面倒くさいことになった。
あと彼女が希望したドリンクもかなり面倒くさかった。二四時間営業のディスカウントストアまで足を伸ばす破目になった。●クターペッパーは首都圏では多少珍しいだけの飲み物だが、関西ではレアなのだ。
「ナージャとなとせの準備とやらは?」
「全然ですね。買うにも量揃えるのが大変ですから、自作するしかなさそうですし。部長さんの《魔法》でパパッとやってもらいたいところですが、修理優先なので手作業でやるしかないですし」
学生服の上から溶接作業用革エプロンを付けたナージャは、タピオカミルクティーをオーダーした。その手のオシャレな店は朝から開店していないので、これまた面倒だった。コンビニの物で妥協してもらった。
ちなみにタピオカはキャッサバ芋のでんぷん――つまり炭水化物だ。しかもミルクティーには大量の砂糖が加えられてる。量にもよるが意外と高カロリーな飲み物なので、流行と調子に乗って飲んでいると大変なことになる。
「同じくあたしも今ンとこ準備できね。欲しいヤツ、《魔法》でないと作れないみたい」
朝から大手チェーンの牛丼メガ盛り豚汁卵セットをかっこむ手を止めて、オーバーオールの南十星が顔を見上げてくる。
「つーことで、兄貴からおっちゃんに頼んでくんない? 分けてもらうのが一番早いんだけど、あたしら連絡先知らんから」
「どこのおっちゃん?」
「リヒトのおっちゃん。じゅりちゃんの義兄」
「…………」
十路もオッサン呼ばわりしているが、それはリヒトが小僧呼ばわりする意趣返しだ。
女子中学生の倍の年齢とはいえ、公称二八歳で『おっちゃん』は、いくらなんでもムゴいと思ってしまった。でも訂正させる気はない。
ともあれ、重症患者に連絡するなら十路では駄目に違いない。
代行の意を込めて悠亜に視線を送ると、欠伸を噛み殺しながら頷いた。イクセスはともかく、悠亜に任せれば問題なかろう。
「んで? どーですの? そのクソAIは」
クロワッサンから惣菜パンに移行するコゼットが、ボンヤリ突っ立っている悠亜を顎で示す。
「戦力としてはまだしも、生活面ですげー手がかかります。正直部長に押しつけたいです」
「《使い魔》関連は貴方と木次さんの担当でしょうが。しかもイクセスと一番関わり深いのは堤さんじゃねーですのよ」
だから悠亜の世話は十路がするのが当然なのか。
寝不足でコゼットの頭が働いていないのか、男女差によるトラブルも含まれていると思い至った様子はない。
「じー」
代わりに牛丼の容器越しに、南十星が半眼を向けてくる。
兄に関しては予知と呼べるほど察しのいい彼女だ。なにがあったか察したに違いあるまい。
樹里の時もそうだったが、彼女は十路が『麻美』たちを、羽須美に重ねるのを危ぶんでいる。
南十星にとっての羽須美は、決して相容れない敵だったから。
だがなにも言ってこなかったので、十路も気にしないことにした。
「それで、十路くん。なにか作戦思いつきました? それによって準備も変わってくるんじゃないかと思うんですけど」
ナージャが話題を変えたので、南十星を気にする必要もなくなった。
いまだ彼女たちの本格的な参戦には忌避感があるので、考えたことを断片でも伝えるのはどうかと思ったが、昨夜同様に時間の無駄だと考えて伝えることにした。
「決まってない。機動と火力、どっちに振るかで迷ってる。あとどこを戦場にするか、そこに誘い込む方法も、なにも考えてない」
状況や戦力は、敵が圧倒的に有利だ。覆そうと思えば、よほどの策が必要になるが、いまのところなにも思いつかない。
相手は大火力の発揮と高速の三次元機動が可能な航空戦力を持つ。それだけならば空が飛べる《魔法使い》も同じだが、ミサイルのような誘導兵器は《魔法》では再現が難しいため、脅威としては別種だ。
「一番いいのは、森に隠れてのひとりモグラ叩きなんだが」
「できなくはないですけど、厳しいですね。安全にできるのはわたしだけじゃ?」
いかなる科学の目を持とうと、梢の下にいる生物を透視するのは難しい。光や粒子の照射装置を設置しているわけもなく、電波や光は水分の多い樹木によって遮られる。なので隠れながら下から攻撃すればいい。
しかし遮蔽物ごと破壊できる火力の前には、なんの意味もなさない。それどころか森の不安定な地形や障害物の乱立は、こちらの機動力を殺すため、被害範囲から逃れられなくなる。
森の中を隠れながら高速移動し、適宜攻撃するなど、無理がありすぎる。
「いや多分、ナージャも無理だと思う」
「なぜに?」
「俺が望んだ場所に連中をおびき寄せられるなら、戦うのは夜にしたいから。明かりのない森で動けるか?」
「…………」
絶対防御と超音速機動を可能とするナージャも、暗所恐怖症では無理がある。
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「トージ。ちょっと学院内を見て回っていいですか」
昨夜の時点で別行動することは伝えてあり、着替えの件に加えて、リヒトの件で用事も追加された。《魔法使いの杖》の修理がメインなので、手伝うことはできない。
なので十路は早々に学院を去ろうとしたが、調子が戻った悠亜が異議を唱える。
「なにか気になることでもあるのか?」
「いえ。単純に興味があるだけです。こんな機会でもないと、内部を見ることができませんし。まぁ昨日の戦闘で、元型はあまり留めていませんけど」
崩壊の危険がある校舎は、関係者でも立ち入り禁止になっているが、高等部校舎はそこまでのダメージを受けていない。
「これがトージたちの教室ですか……」
二階にある三年生B組のホームルームは、メチャクチャというほどはないが、荒れている。十路が内戦地で見た、放棄された町の様子によく似ている。あれだけの騒動が起これば致し方ないだろう。取るものもとりあえず逃げ出したので、床に物が散乱している。
「トージの席は?」
「ここだ」
窓側後方の席に近づいて示す。
「転入してきたヂェン・ヤリンの席は?」
「ここだ」
「本当に真後ろだったんですね……」
悠亜は、その椅子を引いて座る。
「臨時休校でなければ、私がここで授業を受けてたかもしれませんね」
「あれだけのことがあったのに、鄭が『衣川羽須美』としてまたノコノコ登校してくるはずないだろうからな……」
ならば悠亜が『衣川羽須美』として、空いた席に座るのが妥当だ。十路と組を作るにしても。
イクセスと机を並べる。果たしてどのような光景なのか。
昨夜や今朝の様子からして、それだけで済むことはないか。ナージャや和真も巻き込むことになるか。
常に学院にいるのに、イクセスは学生ではない。学院の備品で、常に部室兼車庫で待機していた。
彼女が人間として、学生として、十路の側にいる。
それは……とても素敵なことに思えた。
「ヂェン・ヤリンの行動を正確にトレースできるわけではないですから、ボロが出る危険を考えれば、止したほうが無難でしょうけど」
だが悠亜は、苦笑で否定する。
「アイツ、結構クラスの女子連中と仲がよかったからな……話が合わないだろうし、俺かナージャがフォローする破目になるか」
「それがもうボロですよ。『ハスミ・キヌガワ』はナージャやトージと仲がよかったわけではないでしょう?」
叶わない、叶えてはならない空想だった。《使い魔》の秘匿や、なにも知らない普通の学生を巻き込むことを考えれば、それはできない。
彼女は人ならざるモノであることを忘れてはならない。




