070_1130 compare notesⅣ ~雲合霧集~
「はいはい。そこまで。市ヶ谷はわたしが呼んだの。お互い情報交換したほうがよさそうだし。少なくとも今回は直接戦う必要はなさそうだし」
つばめが手を叩いて注目を集めさせた。
これから重要な、機密に該当する話をすると知れる。屋外だが、見通しが効く広い駐車場内では、不審人物はすぐわかる。《ヘミテオス》が複数人いるのだから、電子機器や《魔法》もすぐ察知できる。《使い魔》二台がノイズによるジャミングを開始したので、盗聴の心配は無視できる。
『でだ。衣川羽須美やゲイブルズ木次悠亜と同じ顔の連中が、あんなにも大量にいるなんてのは、こっちも驚きなんだが?』
支援部員たちは既知としている《ヘミテオス》や『管理者No.003』の情報は、市ヶ谷は知らないらしい。鄭と通じているのは間違いないが、他の『麻美』たちの存在は知らなかったのか。
つばめとリヒト、悠亜が視線を交わらせた。真実――《ヘミテオス》が未来から送り込まれた者で、そのひとり『麻美』は複数に分裂していることなど、彼や政府がどこまで知っていて、どこまで明かすのかと、大人たちが無言で確認をしあった。
「連中側に着いてる『麻美』が何人いるか、正確には把握してねェ。とはいえあの数、ほぼ総力だと思ッていいだろォ。まさかそこまで戦力出してくるとは思ッてなかッた」
隠しても今更であるが、理解を得ようとは思わない。市ヶ谷に対しては詳しい説明をせず、しかし迂遠な言葉も使わない方針となったらしい。リヒトが話を引き継いだ。
「今回出てきた鄭以外の連中……残りの『麻美』のことも知ってるのか?」
「確証はねェが、聞いた話と被害状況から見て、おおよそ見当はついてる」
訊ねたのは十路だが、リヒトは素直に応じて、実際に『麻美』たちと戦った女性部員たちを見渡す。
「持ってるLilith形式プログラムは、《ホレのおばさん》。こいつは極低温を好んで使う」
「多分わたくしが相手したヤツですわね……ドイツじゃホレおばさんは冬の擬人化ですし、死神とも言われてますから、ピッタリですわ」
コゼットが髪を一房指に巻き取りながら、顔をしかめる。
冷遇されても心根優しい前妻の娘は、不可思議な存在と正しく接して幸せになり、嫉妬深い後妻の娘も同じことをしたが、怠け者故に不幸になる。シンデレラにも通じる継子いじめ譚。
日本人ならば『花咲か爺さん』『舌切りスズメ』のような、信賞必罰の報恩譚がイメージしやすいか。
「次、《糸くり三人女》」
「ぶちょー。どんな話?」
「童話っつーのは教訓めいた内容が多いですけど、これは珍しく怠け者が幸せになる話ですわ。ナトセさんが戦った相手に間違いねーでしょう」
美しいが怠け者の娘が、王城の部屋いっぱいの亜麻を糸紡ぎすることになった。
できるはずもなく泣いていると、下唇だけ垂れ下がった女、片手だけ大きな女、片足だけ大きな女が現れ、自分たちを結婚式に招待することを条件に、娘の代わりに見事に糸を紡ぎ上げる。
勤勉と称された娘は王子の妻となり、約束通り結婚式に三人の女を招待する。
三人女の異形に王子は驚き、その理由を尋ねると、彼女たちは若い頃は美しかったが、長年糸紡ぎをやり過ぎたためになったと語る。それを受けて王子は、娘には一生糸紡ぎをさせないと誓う。
四肢の巨大化といった特殊な肉体操作を行った、南十星が戦った相手を連想する。
「《青いランプ》。《マナ》の優先使用権を持ってる」
「部長さーん」
「中世ヨーロッパ風『アラジンと魔法のランプ』とでも思えばいいですわ。主人公の性根はかなり曲がってますけど。フォーさんのお相手とは思えませんから、消去法でクニッペルさんのお相手でしょう」
アールネ・トンプソンのタイプ・インデックスによると、本格昔話の『超自然的な品物』に当たるであろう。それこそ『魔法』でないと実現不可能な効果を発揮する品物にまつわる物語。
退役させられた兵士が魔女のランプを手に入れた。その青い火でタバコを吹かすと、小人が現れ使役することができる。
それを用いて兵士は、用がなくなれば即首を切った王族に仕返しすることにした。
いたずらは成功するのだが、やがて兵士の仕業であると知られ、彼は投獄され、死刑を言い渡される。
最期の望みとして、ランプの火をつけたタバコを所望すると小人が現れ、王族や裁判に携わった人間を打ち倒し、国を奪い取ってしまう。
小さな力。支配。奪取。
そういったキーワードは、ナージャが戦った相手を連想する。
「《背嚢と帽子と角笛》」
「部長」
「これも『青いランプ』と同じタイプで、魔法の品を手に入れて好き勝手やる話ですわね。ただしこちらは使役できる能力が、小人のような応用が利くものではなく、明確な武力っつー違いがありますけど」
登場する魔法のアイテムは、叩くと兵隊が現れる背嚢。頭の上で回すとなにもかもを撃ち落とす大砲が出てくる帽子。吹くと城壁や要塞が瓦礫と化す角笛。それともうひとつ、ご馳走が出てくるテーブルかけ。
それらの力で王女を娶るが、王の命令で王女はアイテムを奪い取る。
最終的には唯一残った角笛で、全てを吹き飛ばしてしまう。
並列的に複数多彩な《魔法》を操り、更には破滅の音撃。野依崎の相手に違いあるまい。
「つーか貴女たち、グリム童話くらい知っとけっつーの。子供の頃にちったぁ読んでるでしょうが?」
グリム童話の中ではマイナーな話ばかりとはいえ、それくらいは常識だろうと、コゼットは苦言を呈するが。
「子供の読み物って、ドストエフスキーやトルストイじゃないんですか?」
「ロシアなら『大きなかぶ』と『イワンのばか』は?」
昔のロシアは読書人口が多かった。更に伝統的に愛国心を育てる教育を行っている。中学生くらいになれば古典ロシア文学も平気で読んでいた。
ただしあくまで昔の話だ。これがボケでなく素なら、ド田舎生まれの上に、愛国教育を嫌でも叩き込まれる軍事組織育ちなナージャの価値観が古いだけだ。
「その手のことなら日本人寄りなんスけど。桃太郎とかぐや姫なんスけど。シンデレラ・赤ずきん・人魚姫・オオカミ少年の絵本くらいしか知らね」
「せめてアンデルセン童話とイソップ童話を混ぜんな」
ハーフの南十星と比較しても、大抵の日本人はその程度だろう。グリム童話には触れていても、グリム童話集には触れていない。アンデルセン・ペルー・イソップの大御所も区別ついていない。
「アニメを見て育ったであります。自分の日本語能力は、●映アニメーションと●本アニメーションによって育まれたであります」
「ならグリム名作劇場も見とけ。確か制作●アニでしょうが」
『世界名作劇場』ならば見ているかもしれないが、生まれる前から地上デジタル放送が開始されている世代の野依崎には、少々厳しい要求だったか。DVD-BOXも発売されているが。
彼女たちの、幼少期の読書履歴は、今はどうでもいいので早々に捨て置かれる。リヒト・十路・市ヶ谷の男三人で情報をやり取りする。
「小僧。どう見る? 戦況予想はテメェのほうが得意だろ?」
「多少の時間は稼いだと思う。これ以上中国海軍の艦が近海にいれば、正体不明のテロ事件や暗闘じゃ済まないから、連中も避けるだろう」
「逆のパターンもねェとは言えねェぞ」
「もちろん、こっちの油断を突くつもりで畳み掛けてくる可能性も捨てきれないから、完全には気を抜けない。というか、鄭だけなのか? 蘇金烏個人やXEANEとして関わっていなさそうなのも、なんか妙に思えるんだが?」
「多分ねェと思うぞ? 今でも中国海軍に渡りをつけてンだから、充分手助けしているだろォし、鄭のプライドもある。アイツが助けを求めるとは思えねェ」
「プライドねぇ……だったら退くこともないか。市ヶ谷。今後日本政府はどう出るつもりだ?」
『支援部への襲撃に対する日本の黙認は、裏の裏の話だ。だけど情報番組で軍事コメンテーターがあれこれ言うほど広まれば、黙認だろうが支援はできないだろ。かといって日本が表立ってお得意の遺憾砲発射ってこともない』
「俺たち三日連続で痛い目見てるんだが、最初っから連中の違法活動なんて黙認せずに、そういう対応をしてもらいたいもんだなぁ……」
『そこはお偉いさん方の都合だから、俺に言われても困る』
「ともかく……あと一回は戦わないとならないだろうな」
ふたりの意見を反芻して、十路は結論づけた。
「鄭以外の『管理者No.003』は虎の子だったろうが、俺たちは襲撃を凌いだ。これ以上の隠し玉となると、暗闘で済むレベルじゃないから考えにくい。多分万全を期して、小細工抜きの全力で、俺たちを叩き潰しにかかると思う」
【小細工抜きの全力、ね】
悠亜には意が伝わったようだ。
周囲の被害を考慮することなく、持ちうる戦力全てで潰しにかかる可能性。
更にはバージョンアップされた《ヘミテオス》の真価、『悪魔』となって襲い来る可能性も。
それは向こうも秘めたいはず。淡路島の事件のように、《魔法》で作られた効果として誤魔化すこともできなくはないだろうが、異形の怪物の存在を知られると、彼らの活動にも影響が間違いなく出るのだから。
しかし支援部はしぶといと、彼女たちは判断したはず。短期決戦で片を付けるために、充分考えうる。
(そうなったら勝てるか……?)
生き残るには勝つしかないのはわかっているが、それでも悩む。
幸いにして、勝つ算段がないわけではない。十路が所持する《魔法》には、不死身の《ヘミテオス》を崩壊させる『英雄殺し』がある。
しかし相手が五人一斉でとなると、楽観視するどころか絶望視以外できない。
「……とにかく、わたくしは急いで装備を修理しますわ」
黙りこんだ十路に業を煮やしたように、コゼットが口を挟んでくる。
「フォーさん、お手伝いお願いしますわ」
「仕方ないでありますね……下に《ハベトロット》を着こんでないと落ち着かず、下半身がスースーするでありますし」
「パンツ穿け!!」
いつもの平坦なアルトボイスで野依崎が、どこまで事実かわからないボケをかます。
「はいはーい。わたしの《П6》はバッテリー交換だけで充分ですけど、他に作ってもらいたい物がありまーす」
「あたしもー。《比翼》と《連理》のシューリはもちろんだけど、他に欲しいモノがある」
ナージャと南十星が明るく挙手する。
「戦う気か……?」
「「は?」」
十路が恐る恐る問うと、四人ともから『え、なに言ってんのアタマ大丈夫?』的な、ものすごく意外そうな表情を返された。
「そりゃぁ戦わずに済むなら、それに越したこたぁねーですけど、相手が戦る気マンマンで避けられねーでしょうが? アタマ沸いてますの?」
それっぽい表情どころか、憂鬱なライオンの態度で、コゼットにハッキリ言われてしまった。
「今の支援部は防衛戦略すら練れないのでありますから、早急な装備の修理は絶対必要条件であります。面倒でありますが」
怠惰さを引っ込めざるをえない、野依崎の野良猫の物言いは、軍事学的見地からの常識でしかないから、まだいい。
「あそこまで一方的にボコられたの、師匠と本気でやりあって以来ですよ。お返ししないと気が済みません」
これが問題だった。臆病な雪豹がやる気を出している。
「怪・獣・大戦争! 燃えるじゃん!」
笑顔で牙を剥く子虎は無視する。アホの子を理解するために脳が費やすカロリーすら惜しい。
「あのなぁ……? 今回、支援部の偽善が貫けるような相手じゃないぞ?」
彼らは学生。行うのは部活動。
戦争しなければならない立場でなければ、殺さなければならない義務もない。
鄭の性格や実力からしてみても、用いられた兵器を見ても、本領を発揮した《ヘミテオス》の戦闘能力から考えても、そんな甘いことなど言っていられない。
「ンなのわかってるっつーの」
「今まで戯言が通用してるのは、ただの結果論でしかないであります」
これまでも、これからも、殺す覚悟は持っている。
もちろん今までの戦闘も、そんな甘いことを言っていられなかったが、今回は見通しの段階でなにもかもが違う。殺すことを前提にしないと、こちらが死ぬ。
普通の学生生活を壊したとしても、殺されてやる理由などない。
戦闘能力を有するとはいえ、後方支援活動が多いコゼットと野依崎が、その覚悟を決めている。
これまでの経験上、言っても無駄なことは理解しているが、それでも十路は参戦を考え直させたい。
「しかも、それぞれに相性悪い能力を宛がわれたみたいだ。また各個撃破を狙われたら、かなりヤバイ」
多才だが遠距離戦に傾向したコゼットには、反撃の暇を与えぬ猛烈な攻撃手段。
狂気の近接戦闘を仕掛ける南十星には、接近戦に入れぬまま嬲れる能力。
無敵の防御と神速を発揮するナージャには、剥ぎ取るための限定的な《魔法》無効化能力。
予測に基づいた正確さとトリッキーさが売りの野依崎には、それを無視する怒涛の広範囲型攻撃能力。
向こうは有利な相手を確実に狙ってくる。こちらが思惑を外そうと動いても、敵も織り込み済みで阻止してくる。
ただでさえ《ヘミテオス》は化け物なのに、更に勝ち目を見出せない。
「そのための準備です」
「今度は意地でも勝つさ」
なのにナージャと南十星は、敗因を分析し、覆すための策を練っている。
「トージ。実際に戦闘を行わせるか否かはまだ余裕がありますから、現時点で止めるのは時間の無駄です」
時間があるのかないのか、なんだか矛盾した制止が悠亜から投げかけられた。
「……単独行動は厳禁。準備が必要なナージャとなとせも、部長とフォーを手伝って一緒にいろ」
確かに彼女の言うとおりにしないと、いつまで経っても終わらない。ため息をついて一時的に譲ることにする。
「現実問題、体が治れば戦えるわたしが、護衛役やるのが一番利に適ってるでしょうけど……十路くんは?」
「別行動したい。どこでなにするか、なにも決まってないけど」
「私が二人一組を組みます」
ナージャ相手に十路の予定を説明していたら、またも悠亜が口を挟んでくる。
「……まぁ、十路くんがバイク使うなら、イクセスさんと一緒なのが一番合理的ですか」
なにやら十路と悠亜、《コシュタバワー》を見比べてから納得する。どういう意味かと問いたいが、ナージャの口調も表情も意味深であるため、不用意に突くとヤブヘビになる危険をトラブル回避本能が訴えたため自重する。
「残るは……」
つばめとリヒト、市ヶ谷を見回す。
「わたしは東京に行く。政府関係者と話し合いが必要だし」
十路の視線を受けて、つばめが肩をすくめる。
いつものことだ。彼女の立場は司令官役ではあるが、実際に現場で行う作戦に口を挟むことはない。部員たちを動きやすくするために、別の場所で政治的な活動をしていることがほとんどだ。
『俺も直接は手伝えやしないからな?』
やはり政治が絡むであろう市ヶ谷に関しては、最初から手助けを期待していない。
「だけど政府レベルで、理事長よりも話が早そうな案件があった場合、協力してもらう。連絡先だけでも教えろ」
【支援部で使われている無線周波数でしたら、こちらでチェックしていますので、呼びかけてくださるだけで充分です】
「…………全員、重要性の高い話は無線連絡しないように。あと大した話じゃなくても暗号化を忘れないように」
カームの言葉に、『わかりきってたけど、俺たちのプライバシーは?』というセリフは飲み込んで、十路は部員たちに必要な指示だけ出した。
リヒトの予定は、彼がなにか言う前に、コゼットと野依崎によって決定されてしまう。
「できることならば、わたくしたちの作業、ドクター・ゲイブルズにも手伝って頂きたいところですけど……」
「部長。コイツはどうせ樹里のところに行くであります。期待するのが間違いであります」
「フォーさん、一応は娘みたいなものでしょう? カンフル剤になりませんの?」
「根本的な勘違いをしているであります。リヒトは嫁以外に興味ないでありますよ?」
「え? じゃあ木次さんは?」
「義理の妹も、結局は嫁であります。若いアダルトな嫁と、まだ女子高生のジュニアな嫁、両方が手に入ってウハウハでありますよ?」
「あぁ。どちらも『麻美』っつーひとりの人間が分裂した存在でしたわね」
「加えて娘にまで嫁要素が入っていたら、相当ヤバイであります。娘としてロリ嫁を自分の手で創造するなど、ドン引きでありますよ。現実は異なり娘扱いされていないことに、安心すらしているであります」
「ヲイ、テメェら」
【……っ、……っ!】
憮然とするリヒトの横で、青い大型オートバイが不自然に微振動している。どうやら悠亜が笑いを堪えて肩を震わせているらしい。




