070_1120 compare notesⅢ ~烏集之交~
音を立てず接近したリヒトとは違い、今度は駆け足の足音が近づいてきた。
振り返ると、ワンピースにジャケットを重ねたコゼット・ドゥ=シャロンジェが駆け寄ってきている。険しい顔で、拳を握り締め、肘を引いて。
今度は避けなかった。ために十路の左頬に衝撃が走る。痛いことは痛いが、女の細腕――それも格闘経験はほぼ素人のコゼットのパンチだ。近接戦闘で命がけの殴り合いを経験していれば、大したものではない。
「貴方……わたくしたちを利用しやがりましたわね……」
胸倉を掴まれた。時間が経過しているので激情のままではなく落ち着いているが、それでも王女の貞淑などかなぐり捨てたドス声だ。
「えぇ。否定はしません」
昼休憩時間、一般の学生たちを守るために支援部員たちは、学院で突如交戦を開始する破目になった。
事態そのものは当初から想定されていたが、敵がひとりではなく複数、個別に対処する破目になったのは想定外だった。重傷を負いながらも生き残ることができたのは、様々な要因が重なった末の偶然でしかない。
そんな女性陣の苦戦を、十路は助けなかった。最大限の時間稼ぎを行い、敵の油断を誘うために、理事長室に潜み続けていた。
窮地を切り抜け最大限の効果がある作戦のため、必要なことだったが、十路は説明せず単独行動を行っていたのだから、彼女たちを利用したと言われても否定できない。
「ちったぁ悪びれた顔しやがれ……!」
その必要性は理解しつつも、一言文句を言わなければ気が済まなかったのだろう。コゼットは舌打ちし、突き放すように掴んだ胸倉を乱暴に離した。
「理事長室にいる間、十路くんもけっこー悩んでたんだよ? 考えなしに見捨てたわけじゃないから、そこはちゃんと理解してあげて?」
暗がりの中、つばめがやって来た。
その後ろには、患者服からそれぞれの学生服に着替えたナージャ・南十星・野依崎もいる。ちなみに昼間着ていた学生服は交戦でボロボロ血みどろになったので、全員が予備の新品を出している。
「いや~。それにしても、さすがに今回は死んだと思いましたね」
「戦闘そのものよか、《治癒術士》の治療なしだったのが割と死ねた。やっぱフツーの手術と比べちゃイカンね」
「保護者説明会を乗り切るためと、今なら理解できるでありますが……治療なしの指示は最初聞いた時、正気を疑ったであります」
ついさっきまで瀕死だったのに、もうあっけらかんとしている辺り、やはり支援部員たちは普通とは言いがたい。
「トージの無茶振りなんて、大体そんなものですよ? 今までだって私相手には、損傷を無視した無茶振りばかりですよ?」
『樹里と話がある』とひとり離れていた悠亜が戻ってきた。
これで家出中・幽霊部員化した樹里以外、支援部サイドの関係者は勢揃いした。
「それにしてもまぁ……あのクソAIが、まさか人間になるとは……」
コゼットが頭の天辺から足の先まで、悠亜に複雑そうな視線を往復させる。
詳しいことは十路もつい先ほど悠亜から聞いたばかりで、コゼットは後始末や緊急手術を受けたりして、知らないものかと思っていたが、つばめ辺りが説明したのだろうか。
「自分が人間になってみて、改めて思いますね……なんて非効率な生き物なのかと」
「そりゃ仕事の効率性だけ見て機械と比べりゃ、生物なんぞ全部そんな存在ですわよ」
「食事ってなんですか。面倒くさい。有機物を経口摂取して栄養素を抽出するのに何工程もあって、しかも得られるエネルギーはごくわずか。排泄ってなんですか。面倒くさい。何時間かおきに専用施設まで移動して老廃物を排出しなければならないなんて、なんて非効率な」
「その分機械は応用も無理も効かねーんだっつーの。部品が壊れりゃすぐ停まる。判断できないと思えばすぐ停まる。AIの機械学習体験してみりゃ、なんつー融通利かねーアホなのかと思いますわ」
一人と一台が二人になったにも関わらず、悠亜とコゼットは相変わらず、機械と人間の意識差を乗り越えて軽口を応酬する。
「それで? どうしてあなたまでいるんでしょうか?」
ナージャの言葉に、全員の視線が集中する。
少し離れた場所で、メタリックシルバーのオフロードバイクに体を預け、夜と同化するような全身黒ずくめの男が立っている。
市ヶ谷と、その《使い魔》である《真神》だ。日本政府に関係していると目される、敵なのか味方なのかわからない彼らも、保護者説明会の場に入らなかった十路たちと一緒に待っていた。
『当たり前だろうが……これだけの事が起こってて無視して帰ったら、上からなに言われるかわかんねーよ』
ボイスチェンジャーで人外の周波数に変換されているが、どこか憮然とした声がフルフェイスヘルメットの奥から返ってきた。
【まさか《バーゲスト》が人間になるとは……詳しく観察したいので、わたしに乗ってください】
《真神》に搭載された人工知能・カームは普段、何事にも動じない怜悧な男性の印象だが、今は興味とわずかな興奮が満載されている。
それに悠亜は胡乱な目と、《魔法回路》が形成された掌を返した。
「このガラクタ、破壊していいですよね?」
『待て待て待て! 人間になったら、やたらケンカッ早くなったな!?』
「カーム相手なら、以前からこんなものでしょう?」
確かに『こんなもの』ではある。初対面から印象が最悪なのか、イクセスはずっとカームを毛嫌いしている。




