070_1100 compare notesⅠ ~喧喧囂囂~
その日の夜。
事件が発生した学院は使えないため、緊急の保護者説明会は、市内にある区民センターの大ホールで開かれた。
『突然のことにも関わらず、また夜分このような時間帯にお集まりいただき、ありがとうございます』
そこで修交館学院理事長・長久手つばめはマイクを手に、大勢の保護者たちを前に口火を切った。
まずは事件の概要が説明される。
修交館学院が正体不明のテロリストたちに襲撃されたこと。
やはり正体不明の戦闘機による攻撃も同時に受けたこと。
学校職員、学生が巻き込まれ、数百名の重軽傷者が出たこと。
幸いにも死者はいないこと。
事件そのものは全国区の速報で流れ、番組改変して報道している局もあるが、詳細は明らかになっていない。マスコミの報道は昼間に空撮された学院、現在の事件現場前の様子、事件を遠くから撮影した視聴者提供の映像、事件直後に現場入りした警察の記録映像が主だ。
具体的になにが起きたかの情報は少なく、『~と思われる』と不確定の形で報道されている。
それを明かす政府の記者会見予定よりも、一時間前に保護者説明会が開催されたので、知らぬ情報に場はざわつく。
『不可抗力とはいえ、お預かりしているお子さん方を危険に目に遭ったことは、申し開きのできない事実です。その点につきましては、幾重にもお詫び申し上げます』
しかし事件についてはそれ以上は触れない。この場に居た人々の関心は、果たしてこちらなのかどうか。説明は別の内容に変わる。
まずは当面の期間、学院は臨時休業となり、学生たちは自主学習となること。
警察・自衛隊の調査等もあるため、具体的な期間は不明。具体的なことが決定次第、学院HPや保護者連絡用のメールなどで通知を行う。
精神的に不安定になっている学生がいれば、スクールカウンセラーと相談の上、対応を行う。
そういった学校から保護者向けに、今後を語るに終わる。
説明がひと段落すると、質疑応答となる。父兄たちは想像以上の事態に戸惑う素振りがあるが、それでも挙手して渡されるマイクを受け取った。
――具体的になにがあったのか。
『事件の詳細については、今後行われる政府の正式発表をご覧ください。先ほど程度のお知らせでも、ここで公表することは事前協議が必要なことでした。さすがに父兄の皆様へ説明するのに、なにが起こったか全くわからないままでは不義理であろうと、特別に許可されたものです。また、警察や自衛隊の捜査内容となりますので、わたくしどもではこれ以上、事件の詳細をお話しすることができません』
――このようなことが起こる前になんとかできなかったのか。
『想定外、と申し上げる他ございません。認識が甘いと言われればその通りで、言い訳することはできません』
――これまでの経緯を考えるに、このようなことが起こりえるのは想定できたはず。
『仮に想定できたとしても、個人・法人で対応可能な範囲を超えています。今回の事件は所属不明の戦闘機が攻撃を行ったのですから、国家防衛として政府や防衛省で会議される内容です』
ここら辺りから雲行きが怪しくなった。
冷静に客観視すれば、禁忌に手を伸ばした、とも言えるか。
――事件が起こったのは、《魔法使い》がいるからではないのか?
『それも政府の正式発表でご確認ください。私見を申し上げれば、首謀者の目的は不明ですので、その可能性は否定できないでしょう』
――なぜ修交館学院では人間兵器がいるのか?
『その発言は訂正をお願いします。オルガノン症候群発症者、通称《魔法使い》は、先天的に脳機能が常人と違うだけで、ごく普通の人間です。『人間兵器』などと不必要に危険視した発言は差別と取られかねません』
――建前は不要。本来普通の学校にいるはずがない《魔法使い》がなぜいるのか?
『ご質問された方のように、通称《魔法使い》は、一般の方々から正体不明の危険な人間と思われる傾向があります。実際にはそうではありませんが、専用の電子機器を持つと、兵器と見なされても仕方ない実行力があるのも否定できない事実です。それを払拭するために、また常人と《魔法使い》が一緒の環境にいる影響を調査するために、社会実験チーム・総合生活支援部は確かに存在します』
――政府と繋がっているのか。
『支援部の活動には、防衛省・警察庁・消防庁の認可を受けているので、間接的には政府との繋がりがあると申し上げることができます』
――なぜそんな危険な真似をする?
『根本的な勘違いをされていますので、その前提から訂正させてください。彼らが扱う環境操作技術、通称 《魔法》は、兵器ではありません。兵器利用も可能であることは事実ですが、利用範囲はそれ以外のほうが遙かに広いです。おっしゃる危険性というのは、化学工場は毒ガスや爆発物を製造している、と主張するような話です。危険な原理や物質を扱うのと、兵器利用は全く別の話です』
――そんな連中がいれば攻撃されて当然じゃないか。
――普通の学生と一緒にするなんて、なにを考えているのか。
好き勝手な声が上がり始めたところで、つばめは応答を止めた。マイクを下ろして、保護者たちを見てただ待つ。無視はしていないが、話を聞く気がない者に言葉を重ねても無駄だから。
やがて粗方の感情が吐き出され、デジベル数が低下した頃合に、再びマイクを口に近づけた。
『……こういうことは、したくなかったのですが』
つばめが目で合図を送ると、扉が開いた。白衣に身を包んだ者たちが、会場に入ってきた。
『いま声を上げられた方は、これを見てもまだ、同じことをおっしゃるのですか?』
入場したのはほとんどが、医師や看護師とわかる者たちでしかない。
つばめが見せたかったに違いない、問題の人物たち四人は、病院から抜け出したとしか思えない有様だった。
四人とも搬送台に寝かされている。点滴スタンドや生体情報モニタまでも引き連れた、素人目にも病院の外に連れ出してはならないとわかる体だった。
支援部員たちの風体は先の事件である程度広まっているが、それが確認できない。包帯やガーゼで隠れているせいもあるが、加味しても酷い豹変ぶりだった。
『彼女は脾臓破裂、呼吸器の損傷、軽度の凍傷。彼女は全身の表面六割にも及ぶⅢ度の熱傷と脳挫傷。彼女は全身打撲に靭帯損傷、外傷性胃粘膜裂傷と胃破裂。彼女は外傷性鼓膜穿孔、眼底出血、肺挫傷、靭帯損傷……全員が緊急手術を終えたばかりです』
保護者席側に、症状を漢字で理解できた者はほぼいないだろうが、どれほどの重傷かは誰でも理解できるだろう。
『彼女たちは学生です。最年長でもまだ大学生、最年少に至っては小学生……まだ子供です。まだ大人になりきれていない子供たちが、学生を守るために戦い、その後に消防と連携し、救援活動を行いました。自分たちの治療を後回しにして』
不意にひとりが咳き込んだ。体を折り曲げて暴れる、不安を誘うほどの激しさだ。
その危惧どおり喀血した。口元を押さえた手がドス黒い赤に染まったのが、遠くからでも確認できる。
待機していた白衣が慌てて駆け寄り、新たに酸素吸入器とボンベを搬入して処置を始める。
『これでもまだ不十分ですか? 今回の事件は彼女たちの存在に責任があるから、学生たちを無傷で守り通すのは当然のこと。更にはいなくなれと、おっしゃられるつもりですか?』
医療従事者にとっての戦いが目前で開戦したにも関わらず、つばめは冷徹に、舌鋒鋭く問う。
故に誰も不審を表に出さなかった。
支援部員の人数が足りないことも。《治癒術士》と呼ばれる者が存在するはずなのに、超常の治療が行われていないことも。
『彼女たちに一体どんな罪があるのですか?』
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世論操作……と呼べるほどの大きな範囲ではないが、軍事心理学的に場の空気を操作することには、失敗したと見ていいだろう。
事件の原因は、《魔法使い》と呼ばれる人間兵器の存在。
しかし支援部員たちは建前上、犯罪を犯したわけでもない善良な一市民、ただの学生だ。
心の中では排除を求めたとしても、口に出すことはできない。人権や倫理の面から、逆に批難を浴びかねない。
それがわかっているから、つばめは病床の彼女たちを、保護者たちの前に連れ出したに違いない。
とはいえ、もう少し上手く立ち回りできないのかと、工作員に苛立つ。
【引っ掻き回されせるとでも思ってたわけ? うっわ~。じわじわ笑える】
会場に潜り込む工作員からのリアルタイム映像から顔を上げ、鄭雅玲が舌を打つと、多用途垂直離着陸ステルス戦闘機 《窮奇》搭載人工知能・貂蝉が嘲笑した。
負けじと鄭は軽蔑の目を向ける。
「その有様で、よく言えたものね。不発のミサイル突き刺したまま着艦した戦闘機なんて、アンタが世界初じゃないの?」
【うぐ……!】
ここは中乃華夏人民海軍所属、強襲揚陸艦『玉龍雪山』格納庫。
支援部員たちは、鄭たちが作戦に使っている海上拠点は、空母だと推測していたが、厳密には強襲揚陸艦だった。船体の作りや役割は軽空母と呼べるものなので、完全な間違いではないが。
今作戦に使用するには、上海で建造中の、中国初配備となる予定の、この艦が一番好都合だった。
ただし陸戦部隊を搬送するエアクッション揚陸艇や大型輸送ヘリは搭載されておらず、垂直離着陸機と哨戒ヘリの制海艦任務編成が行われている。
【つーか-? いつになったら直してくれるわけ?】
「無理だから、黙っときなさい」
一画に駐機された《窮奇》は中破していた。特に酷いコクピットは《魔法》で修理するのも厄介なため、モジュールごとの取り替えとなった。共に艦載された殲撃一七型艦載電子戦闘機との共通部品ではないので、しばらく《使い魔》は無残な姿を曝すことになる。
「この艦も目をつけられたことだし、一度本国に戻るしかないわ……」
これまでは好き勝手できたが、自衛隊の哨戒機に発見されてしまった以上はそうもいかない。国際問題となる。彼女たちは人民軍に所属しているわけではないが、政府から制限をかけられるのは間違いない。
無視して作戦遂行しても構わないといえば構わないが、今後を考えればデメリットが遙かに大きい。
「父さんにどう言い訳するつもり?」
加えて鄭には負い目もある。指摘した女を睨んでも、反論できない程度に。
背中まで伸びた黒髪、まだ『あどけなさ』と呼んでいいものが残るアジア人の顔。鄭と全く同じ容姿を持つ女が気だるげに、青島ビールを瓶でラッパ飲みしている。
《青》と呼ばれている個体だ。公称している名前はないが、強いて言うなら彼女もまた鄭雅玲となる。
「そーそー。三回も突っ込んで全部失敗。無能って言われても仕方ないんじゃない?」
同じ声が別の方角から。違うが同じ女が、整備用足場に腰掛けて、涼茶の缶を呷っている。
彼女たちの中では《ホレ》と呼ばれている。やはり彼女も鄭雅玲となる。
「父さんからも連絡来てるわよ」
「一度戻って来いだってさ」
《糸くり》・《背嚢》と呼ばれているふたりが、広い格納庫内を歩きながら声をかけてくる。彼女たちもまた鄭雅玲と呼べる。
全く同じ見た目をした管理者No.003――『麻美』の欠片たちが、全く同じ顔を向け合い、全く同じ声で言葉を交わす。
彼女たちの関係を仲間と呼ぶのは憚れる。志は共にしているが、それ以外においては敵と呼んでも過言ではない。
言ってみれば彼女たちは、鄭雅玲という名のチームを組んでいる。表に出ることもある鄭――《つぐみの髭の王様》が中心で、他の『麻美』たちが時折影武者のように役割を交代する。
ビジネスライクな接点であって、それ以上の親密さはない。
むしろ不要なものだ。かつて『麻美』と呼ばれた者は、ひとりしか存在しないのだから。
精神転送の事故で分割された『管理者No.003』たちが統合される時、彼女たち個人個人の人格はどうなるのか。もしも『麻美』という元の親人格が新たに総括するのではなく、代表格の人格だけが残り消えるのであれば、誰しも自分がその立場になりたいと願う。
今はまだ協力関係にあるが、いずれは生き残りを賭けて戦う運命にある。
「当初の作戦は全部凌がれたし……こうなれば補給して、一気に片付けるしかないわね」
鄭はため息混じりに宣言し、遠まわしに自分の非を認めると、他の『麻美』たちは嘲りの笑いを薄く浮かべる。
胸糞悪いが、言い返す言葉は我慢する。彼女たちの協力はまだまだ必要なのだから。
貂蝉が話しかけてきたから、返す必要もなくなったのもある。
【そーいえば、今日遭遇して、穴空けてくれたあの女、なに?】
「ゲイブルス木次悠亜」
【違った。あれ、連中らの《使い魔》っしょ】
「アンタが言うことが本当なら、やっぱりアイツよ。そういう権能を持ってるのよ」
【アガるわ~……次会ったら秒でコロす】




