070_1020 3rd strifeⅩⅠ ~起死回生~
するとその時、クルミ割り人形が言いました。
「剣を授けてください。そうすれば私が、自分でネズミの王を討ち取ります」
少女は兄に頼み、おもちゃの兵隊のサーベルを分けてもらい、クルミ割り人形に与えました。
(E.T.A.ホフマン作 クルミ割り人形とネズミの王様)
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陰に隠れて音源が見えないエンジン音は、建物の足元と思われる場所で消えた。代わりに別の、回転運動ではない俊敏な駆動音が響く。わずかな手がかり足がかりを利用して、垂直の壁を登ったのだろう。建物屋上へと飛び上がり、それは姿を現した。
二足で直立するとはいえ、両足はオートバイのホイールそのまま。頭部と右腕は存在せず、アンバランスに長いフレームのみの左腕を持つ、金属製の巨漢だ。
十路にも見覚えがある。悠亜たちが使っている《使い魔》――《コシュタバワー》の高機動モードだ。
その肩に、スクールジャケットとチェック柄のプリーツスカートに身を包んだ髪の長い少女が、膝を突くように乗っている。
またも高等部女子の学生服を着た『羽須美』が戦場に飛び込んできた。
だが、これまでとは決定的に異なっている。ジャケットの左袖には、腕章が。そこに描かれているのは修交館学院の校章と、Social influence of Sorcerer field demonstration Team――《魔法使い》の社会的影響実証実験チームの文字。
支援部員が部活時に着ける身分証明を身につけている。
混乱を狙った鄭サイドの『麻美』が新たに来た可能性も、十路は考えはしたが、これだけ条件が違えば危機感は抱かない。
しかも味方だと証明するように、彼女たちは『羽須美』たちを強襲した。
機械の巨漢はまだ体が空中にある間に、右肩部分に存在する青い追加収納ケースを開いた。本来収納できるはずのない、油圧ショベルのグラップル・アタッチメントに似た右腕が飛び出す。
それで巨腕を掴み、『羽須美』本人を重機のパワーで振り回して、遠くに放り捨てた。服が破れて四肢をむき出した少女は成すすべなく、斜面の森へと滑り、細い木々をへし折る音を響かせて視界から消えた。
その途中、『羽須美』は巨漢の肩から飛び出した。土まみれの『羽須美』もまた迎撃しようと、《魔法》を無力化する瞬きを消し、《魔法回路》を周囲に浮かべて突進する。
おろし立てと思われる学生服の『羽須美』は無手だ。土まみれの『羽須美』は、近接銃撃をしながら間合いを詰め、 《魔法》を封じながらの近接格闘を仕掛けるつもりか。
だがそれよりも早く、まだ屋上に足がついていない『羽須美』が攻撃した。突き出した掌から破裂音と閃光が迸り、ほぼ同時に『羽須美』の体に穴が空く。
「は?」
十路は斜め後ろから見たので位置関係上、具体的になにが起こったかはわからない。だが元陸上自衛隊員の経験が、間違いなく銃声と発射炎と判別した。それも隠し持てるものではない、大口径弾の。
『羽須美』が驚きに目を見開いて動きを止めたところに、着地後再び『羽須美』は跳んで、プリーツスカートを割って膝を突き出す。
まだまだ間合いは開いているのに、当たりもしない飛び膝蹴りを敢行した。
「はぁ!?」
違った。飛び膝蹴りどころではなかった。
どこか間抜けな発砲音を鳴らして、膝からグレネード弾が射出された。
仮想的な《魔法》とは違う、化学反応で破壊力を発揮する物質的な現代兵器。しかも自滅防止のための最小安全飛翔距離は、ギリギリながらオーバーしている。
高性能炸薬弾は至近距離で爆発した。『羽須美』は飛散破片と衝撃波をまともに受けて校舎屋上から落下した。
(なんだそれ!?)
完全に人外の領域に突入した戦い方だ。
十路が知る『彼女』は、対戦車ライフルと借り物の《無銘》を使って、《魔法使い》としてごく当たり前の戦い方をしていた。
なのに。
「トージ。遅れてすみませんでした」
ひとまず『羽須美』を遠ざけた『羽須美』は側にやって来て、更におかしい言葉をかけてくる。
『彼女』は十路を名前で呼ばない。『《騎士》くん』と渾名っぽく、距離を隔てた呼び方をする。
上官だった『彼女』からは、名前を呼び捨てにされていたが、それとも違う。
片や妹の同輩で、片や部下で弟分だったから、年下の男相手にですます調で話さない。
十路と近しい間柄で、丁寧語を使いながらも名前を呼び捨てる人物――否、存在は、一台しかいない。
「まさか、お前――!?」
「話は後です」
ありえない想像が口から飛び出そうとしたのを、遮られる。声は全然違うのに、怜悧な印象の『彼女』らしい言葉で。
「これで敵性勢力の撃退くらい、なんとかできるでしょう?」
本物の羽須美が浮かべるものに似た、猟犬の挑発的な笑みが向けられる。きっと『彼女』に顔があったなら、こういう表情を浮かべるのであろうという想像のまま。
「無茶振りしてくれるなぁ……?」
応じて十路も、野良犬の苦笑が浮かぶ。
「いつもトージが無茶に付き合わせるくせに」
「じゃあ今日もだ。空、任せることができるか?」
「なんとかします」
少ない言葉で意思疎通ができてしまえる。ありえないはずの確信が深まる。
気軽に応じた彼女は、肩の高さに上げた手の平に《魔法回路》を浮かべる。
するとそこから小さな羽根を持つ、長大な『棒』が飛び出した。無から有を生む、正に『魔法』のような効果にも見えなくもない。
「銃火器は見られたら事だ」
「見てたでしょう? バレない使い方をします」
立てた本体を掴み、制御翼に足をかけて、そのままロケットモーターを点火させる。
「マジか……」
AIM-9Xミサイルに掴まって、彼女は空を飛んだ。地上から牽制するものかと思いきや、十路基準でも非常識な狂気の方法で接近戦を仕掛けに行った。
【はしゃぐ子供じゃあるまいし……】
呆れ声に思わず隣を見上げる。スピーカーを通した女性の声は、いつの間にか近くに戻った《コシュタバワー》から発せられた。
以前十路がこの《使い魔》を使った際には、コアユニットが交換されていたため、《コシュタバワー》本来の声を知らない。イクセスのようなコミュニケーションシステムが搭載されていないことも知らない。
仮に知っていたとしても、なぜ同じ声がふたり分、しかも内実が交換されているのか。なにが起こっているのか、理解できるはずもない。
「《コシュ》って呼ぶべきですか? それとも――」
【どっちでもいいわよ。それよりあっち】
《コシュタバワー》の左腕を構成する、細いマフラー配管四本のうち、三本が曲げられる。
どうやら指さしているらしい。その先には《無銘》を持つ『羽須美』――鄭がいる。
槍を携えた市ヶ谷は、肩をすくめている。交渉決裂というか、これ以上の足止めは不可能と伝えている。
【ところで、二足歩行のロボットが戦うのって、支援部的にはアウト? かなりファンタジーな光景だと思うけど?】
重機のようだった《コシュタバワー》の右腕は、空間制御コンテナに格納される。代わってロボットらしい、フレームのみの機械椀が新たに出現し、骨を鳴らすように指を動かす。
「部長が平気で人前で《ゴーレム》使ってますから、その程度なら問題ないかと。だけど叩き潰してゴア表現とかは遠慮してください」
【ホント支援部のコたちって、今までよく制限だらけで戦ってこれたわね】
緩んだ気持ちを、十路は再び引き締め、警棒を構える。
あとどれほど必要なのか。
如何ほどの時間、この膠着状態を続けなければならないのか。
わからずとも、なんとかなる確信を抱いた。
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風は長い髪をたなびかせ、風圧が肌を叩いてくる。耳では風切り音と服のはためきを、鼻では燃焼臭を捉える。
そして眼下には、衛星写真ではなく初めて己の目で直接見る、神戸の街。
(これが……!)
数値化されたセンサー情報とは違う、初体験の五感がもたらすものは、今は戸惑いよりも高揚感のほうが強い。
初めてオートバイに乗った時にも感じたことだが、この、ある種の感動は、比べるべくもない。
マッハ二の飛翔速度は伊達ではない。ヘリの脇を一瞬で通過した。
その際、風防越しに操縦士と目が合った。常人には一瞬のことで、認識できるはずないだろうが、『彼女』にはそれがハッキリと認識できた。
オートバイに跨るだけでは当然、『羽須美』への強襲でも理解できなかった、この肉体の出鱈目具合も、ようやく実感し始める。
そんな感慨も一瞬のこと。《窮奇》への接近ですぐさま消え去る。
航空力学に喧嘩を売っている先進的戦闘機は、学院敷地から登場したミサイルに少し慌てたように、けれども進行方向を変えることなく、超低空への回避機動を取る。
敵戦闘機の非常識な機動力に加えて、ミサイル設計時に考慮しているはずがない女子高生を乗せている状況なら、本来ならば振り切られた。きっと半端に追尾して地表に激突している。
しかし、ただでさえ高い追尾性能を誇る赤外線画像誘導ミサイルで、更に体重をかけることで、強引に軌道を捻じ曲げた。
不発のミサイルは《窮奇》のコクピット部に突き刺さった。
【木次ユーア……!】
「あなたが貂蝉とやらですか……!」
ケタケタしたAIのギャル声には、さすがに余裕はない。機体に取り付いた少女を振り落とそうと、《窮奇》はメチャクチャな機動を開始する。
ただ速いだけだったミサイル搭乗とは違い、上下左右不規則に振りまわされるため、窓枠を掴んで必死に耐える。機体に抱きつくような姿勢は、スカートではちょっとはしたないが、初体験の息苦しさに歯を食いしばる少女に気にする余裕はない。
「初めまして……! そして人違いです……!」
タイミングを見て、少女は機体に膝蹴りを叩き込む。
すると火花が散った。膝小僧から飛び出した、金属やコンクリートも切断可能なレスキュー用チェーンソーが、ニューセラミックスの外装を削って貫通し、一時しのぎの固定を確保する。
そうして機首にしがみつき、両腕を回す。抱きついて空けた両手の平を合わせる。
再び離れる両手の間を、掌から飛び出したワイヤーが渡っている。
「普段二次元でしか動けないので……三次元機動にちょっと憧れてた部分もありますけど……!」
【本気!? アンタ……!】
ムチャクチャな機動で、膝のチェンソーで確保した固定はすぐに抜け、空中に放りだされる。
だがワイヤーは既に奇形の機体に回されている。先端から後方まで突起がない流線型でないため、容易に引っかかり、少女は手綱を取るように機体上面に直立する。
そのまま高速回転させると、大型コンクリート構造物を解体するダイヤモンドワイヤーカッターが火花が散らせる。
「四輪車以上の図体! 小回り利かないバックもできない! 移動中に故障すれば墜落確定! 戦闘機なんて空飛べるだけのガラクタですね!?」
【アホ消えろバカ! 地面に這い蹲るイヌの分際で!】
「ハッ! ロクに走れもしないデブ鳥がなにを!」
【《窮奇》は虎だっつーの!】
切断しながら、ついでに戦闘機と口論しながら、少女は銃声を響かせる。今度は足裏から、ローファーを台無しにして真下へと連射する。口径だけなら機関砲と大差ない、散弾銃の一粒弾が戦闘機に穴を穿つ。
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突如、鄭が退いた。突き出そうとした長柄を止めて、間合いを大きく開いた。その顔は舌打ちしたように、不機嫌に歪んでいる。
(勝った)
飛び交う支援部のものではない通信電波は、暗号化されてすぐには読めない。だが十路は内容を察し、野良犬の笑みを浮かべた。
それが証拠に、炎上まではいかないが煙を噴く機体が、触れそうな超低空で敷地内に侵入してくる。屋上に立つ十路と《コシュタバワー》に向けて、使い方が間違った空対空ミサイルを発射しながら。
その際、ワイヤーの手綱を手にして背に立つ『羽須美』が、突如支えを失って森へ落下した。
十路は金属の巨躯に隠れて、グローブ型のアタッチメントとからレーザー発信器を形成し、確実に迎撃した。飛び散る破片は《コシュタバワー》が受け止め、大きい破片は左腕が形成するプラズマの爪で叩き落す。
爆炎により視界と行動を妨げられる。その隙に敷地内各所で戦闘していた『羽須美』たちが飛び出して、《窮奇》に掴まる。
破損した戦闘機は減速しても空中停止はしない。コクピットにミサイルが突き刺さったままので搭乗もできない。非常識な方法で『羽須美』たちは離脱していった。
【なんで急に撤退したの?】
不思議そうに存在しない顔で見上げる《コシュタバワー》には構わず、十路は無線を飛ばす。
「理事長、見つけたんですね?」
『うん。経済排他的水域に侵入した中国海軍の空母を、海上自衛隊の哨戒機が見つけて対応中』
「こっちも撃退成功です。問題の機は破損していたので、そこまで酷いことにならないと思いますが……」
『さすがに向こうもその気はないらしいよ。水域外に撤退してるっぽい。ひと段落、かな?』
つばめの連絡で、十路は今度こそ大きく息を吐いた。
《窮奇》は三日連続で領空侵犯している。なのにどこから乗り込み、どこへ帰還しているのか、判然としていない。
日本国内に秘密裏の拠点がある可能性もなくはないが、随伴機として行動を共にした殲撃一七型がいた。《使い魔》である垂直離着陸機だけならば、どこでも離発着できるだろうが、あの機体では通常の航空機と同じ設備を必要とする。
いくら中国海軍の機体とはいえ、中国本土から往復してるとは、少々考えにくい。
ならば国内の空港が使われていたか。それも考えにくい。
日本国内を攻撃するため、ミサイルなどの装備持ち込みで外国の戦闘機が滞在できる事態を許容すれば、死刑もありえる重罪だ。
市ヶ谷の存在からして、支援部への攻撃を容認する密約が政府内にあっただろうが、消極的な容認までが限度だろう。
それに一般市民の目を誤魔化せない。外国の戦闘機が頻繁に出入りすれば、間違いなく誰かが目撃している。《魔法》で誤魔化すにしても限度がある。誰でも情報発信できるこのご時世、誰かがSNSに情報を上げて然りだ。
しかし、そんな情報は存在しなかった。
となると残る可能性は、海上に拠点を設置している。
やはり空母や人工浮島がどこにあるか不明だったが、三日連続で正体不明機に好き勝手され、面子を潰された自衛隊は頑張ったらしい。
十路はそういったことを、理事長室に居座っていた間につばめと協議し、ネットでできる調査や対応を手伝っていた。というかコキ使われていた。
そして実際に海上拠点が発見され、相手が撤退せざるをえない状況になるまでの時間稼ぎを行った。
いつ『羽須美』がブチ切れて大殺戮になるか不明の、冷や汗ものの作戦だったが、辛うじてなんとかなった。
もっとも、被害も大きい。見回すだけ校舎群に無傷の建物などない。その内部や周辺には、負傷した学生たちが多数いる。
「全員、酷なことになるけど……動ける最低限の治療で、後始末優先で動いてくれ」
無体な無線連絡と、神戸中から聞こえてくる緊急車輌のサイレンに再びため息を吐き、十路は校舎を飛び降りる。当然《魔法》を使って落下速度を減じているので、自殺にはならない。
警察が来る前に見られてはならないものを片付けるため、建物陰で背負った《魔法使いの杖》を下した時、森から人影が出てきた。
『羽須美』だった。
敷地隅だから人目はない。肩から下したところなので、ソフトガンケースに入れた小銃はいつでも発砲できる。五人いて離脱したのは目にしているが、『羽須美』が何人で襲撃してきたのか、正確には知らない。
「あそこでワイヤーが切れなければ、あの《使い魔》に引導を渡せたんですけどね……」
『羽須美』は無警戒に、十路へと近づいてくる。
彼が撃たないと確信しているのか。そもそも撃たれる可能性を考えていないのか。
「なんか、ワケわからん壮絶な事情がありそうだけど……まずは、とにかく来てくれて助かった――」
警戒する必要はない。追って飛び降りた人型オートバイが、『あれー? 私も来たよ?』と自己アピールしているのを無視し、十路も笑みを見せる。
「――イクセス」
先日までオートバイだったはずの、初めて見る彼女へ。
「礼には及びません。備品ですけど、私も支援部の一員ですから」
これまで存在しなかった借り物の顔を、彼女は得意げに綻ばせた。




