070_0920 3rd strifeⅧ ~一発逆転~
航空自衛隊は異常事態に対して、素早く対応していた。この数日のうちに三度も、日本上空に所属不明機が突如として現れれば、嫌でもそうなる。
とはいえ、遅れはどうしようもない。
和歌山県の串本分屯基地と京都府の経ヶ岬分屯基地のレーダーで捉えることができずに、大阪湾の最奥にある神戸に所属不明機が突如出現するなど、国家防衛戦略として全く考慮していない異常事態なのだから。
石川県の小松基地から、F-15J戦闘機が緊急発進しても、到着まで相応に時間がかかる。
戦闘機型《使い魔》、《窮奇》搭載コミュニケーションシステム。個別名称・貂蝉は、その情報を吟味して、残り時間を計算していた。
【楽勝だしぃ~?】
近代化改修を重ねて未だ国防の現役を担うとはいえ、二世代前の戦闘機など、第六世代以上のテクノロジーを持つ《窮奇》にとって脅威になろうはずはない。射程に入れば即座に霹靂二一長距離ミサイルで迎撃できる。
支援部への攻撃に使える時間はまだまだある。
【?】
《ヘミテオス》の特性で赤外線放出が抑えられると、山林では周囲に溶け込まれるが、さすがに光学カメラで直接捉える位置に出てくればわかる。
木次樹里が開けた場所に出て、《窮奇》を見上げていた。
木陰に入った際に換装したのだろう。彼女が手に携えた装備が、先ほどとは異なっている。鈍ったトゲの生えた、凶悪な長戦槌を構えていた。
それから射出された突起物が三二基、《魔法回路》の尾を曳いて飛来する。
【なんのつもり?】
誘導機能のない、ただの電磁投射によるもの。しかも音速を超えておらず、《窮奇》は余裕を持って回避機動を取れる。
飛翔した跡にも《魔法回路》が残ったが、ほぼ一塊に発射されたので、障害物が一本あるだけだ。飛行の妨げにはほとんどならない。
打ち上げられた複数のトゲが放物線を描いて落下する先も完全に明後日の方向。こちらも《魔法回路》の尾を曳いて、高圧電流を帯びているから、多少は飛行の邪魔になるかもしれないが、やはりほぼ同じ射線で落ちてくるので、脅威にはならない。
《NEWS》の拡張部品・戦槌柄頭の突起物は、ちょっとした砲弾にできる程度の固さと重量があるとはいえ、《マナ》を溜めた容器でしかない。それでなにができるかと言われれば、予め機能情報を入力した《マナ》を散布することだけ。
しかも軌跡として描かれた《魔法回路》の機能は、ただの電線でしかない。
それだけだが、本来この『尻尾』は、こういう目的のために作られた。
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三二基の飛翔体は、上から見たコゼットからのデータを参照し、曲射砲のように建物群を回避して、敷地の三ヶ所に落下した。
常人なら感電死確定の、超高圧電流が流れる送電線が、突如として垂れ下がったようなものだ。
「!?」
目前に危険物が落下してきた『羽須美』は、磁力で反発したように飛び下がった。
他に手段は取れただろうが、四肢を巨大化させる特異な《魔法》以外を使っていない彼女は、咄嗟に回避を選んだ。
「どらっしゃぁぁっ!!」
だが南十星は違った。仮想の推進機関を全開にし、空から降ってきた『電線』を突っ切った。体表面に形成する《魔法回路》だけでは超高圧電流の全てを受け流すことができず、感電し体を焼かれたが、彼女は構わない。
巨腕の内側に最短距離で飛び込んだ。肉弾戦でもリーチが違いすぎた相手を、超接近戦の間合いに入れることができた。
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同じく『羽須美』も、白兵戦の間に割って入った『電線』に、飛び退いて距離を取った。
『これなら……!』
《鎧》を発動させたナージャはむしろ近づいた。電線の端となっている飛翔体を拾い上げて。
『羽須美』が《魔法》を無効化しようにも、電流を消滅させることまでは不可能。体表面に仮想の導線を作って感電を防ごうと思えば、ナージャの《魔法》を無効化できない。
半不死の《ヘミテオス》ならば感電覚悟で《鎧》を無効化できるから、一度だけしか通用しないだろうが、劣勢を覆す転機には充分すぎる。
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飛翔体の直撃コースだったため、『羽須美』もやはり飛び退いた。
同時に、野依崎を押し潰さんとしていた土砂の《ゴーレム》が、強制的に解除された。接触した足から地面にエネルギー伝達ラインを作っていたために、断線された。
「!」
待ち望んでいた転機が訪れた。土塊を頭から被りながら、即座に野依崎も反応した。
《ゴーレム》が解除されたために使用権が空いた、地中にある《マナ》でエネルギー伝達ラインを伸ばし、地面に引きずり込まれた《ピクシィ》たちと再接続を果たす。
まだ着地していない『羽須美』に、地表に飛び出した超硬質合金の『妖精』たちが襲いかかる。
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『尻尾』で三人から『羽須美』たちを引き剥がしただけでは終わらない。前座に過ぎない。
樹里が足元に置いた空間制御コンテナに手をかけた時、斜面の向こう側から、戦っていたはずのリヒトがやってきた。
「義兄さん、相手は?」
「鄭のヤロウ、逃げてどこかに消えやがッた」
服が少々焦げたり解れたりしているため、そこそこ激しい戦闘を行ったようだが、体や動きに異常らしい異常は見られない。
「だったらこれ、維持してて」
「おわッ!?」
ならば先端から放電している、かなり危険な長戦槌の先端をリヒトに突き出し、戦槌柄頭の接続を解除する。彼も生身で《魔法》が使える《ヘミテオス》なのだし、製作者だからなんとかするだろうと、可能か訊かずに押しつける。
そして空間制御コンテナから、刃と呼ぶのもおこがましい、鋳込んだ金属を荒っぽく成形しただけのような巨大な《Saber tooth》を接続する。《NEWS》の機能を長戦槌モードから、西洋長巻モードへと移行した。
「《雷獣烈爪》は――」
巨大な円形の《魔法回路》――仮想の粒子加速器を形成する。超耐熱常磁性合金が破砕されて、その内部で加速しながら周回する。
「こういう使い方もあるんです!」
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超高速の粒子群を衝突させることで切削する、樹里の高々出力不定形電磁流体カッターが円形なのは、一番効率的な運用法だからに過ぎない。
始点と終点が結びついている必要があり、あまりにも急角度では粒子が《魔法回路》から飛び出して不可能だが、輪ゴムのように自由に形を変えられる。
【ぎゃーーーーす!!】
高周波音を立てて灼熱する巨大な輪が、学院上空で曲がりくねった二重螺旋へと変化する。
それはコゼットと『羽須美』が乗る戦闘機、それと《窮奇》に、曲芸飛行を強制させる。
「あっぶねぇぇぇぇっ!?」
戦略兵器クラスの破壊力に生身で巻き込まれれば、一巻の終わりどころか死体すらも残らない。
だがコゼットが冷や汗をかいた甲斐はあった。
ずっと背後に貼りついていた、『羽須美』が背に乗る戦闘機を引き剥がすことができた。
距離――ひいては術式を実行、効果を発現できるだけの時間を稼げれば、反撃できる。
しかも飛行を行う重力制御をやめれば、生体コンピュータの演算能力を十全に使って。地面へ叩きつけられる前に片がつく。
「よくもまぁ……好き勝手してくれやがりましたわねぇ?」
『羽須美』が立つ戦闘機は、ようやく《雷獣烈爪》の渦から抜け出した。すると即座に火器管制レーダーを照射してきた。
ここで一気に決めるつもりか、それとも後がないと思ったか。殲撃一七戦闘機改は、機関砲の射撃と共に、ハードポイントに搭載されたロケット弾ポッドと短距離空対空ミサイルを作動させた。人間がマニュアル操作しているなら不可能な一斉攻撃が敢行される。
それでもコゼットは動かない。スカートをはためかせ、自由落下するだけ。
代わりに指先ひとつ動かさず、頭脳だけで軍隊と渡り合える、《魔法使い》の本領を発揮する。
高出力CO2レーザー発振器再現術式《光輝の書/Zohar》を複数実行する。
弾体全てを溶解しなくていい。距離があるなら弾体の一部を変形させるだけで、空力学的作用が変化するので、命中弾を逸らすことができる。背後は山だから流れ弾を気にする必要もない。
ミサイルの安定翼を破損させれば、いくら優れたシーカーを搭載していようと、命中することはない。
並行して電磁投射術式《電撃戦/Erinnerungen eines Soldate》も実行する。
迷走しようとするミサイルとロケット弾を磁力で捕らえ、仮想の砲身と共に向きを、ひいては標的を変えさせる。
自由落下で戦闘機を見上げている。この高度ならば破片が人間に直撃する可能性は無視できるほど低い。家屋の被害は後でなんとでもなる。
「十倍返しだオラァァァァッ!!」
ミサイルの誘導機能など無視し、超高速弾として強引に電磁投射砲で発射する。もののついでで、うち数発のロケット弾は真下の学院敷地へも放つ。
更に空中で、現代兵器相手に通用する攻撃用術式を、ありったけ実行する。
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上空で大爆発が轟いたのとほぼ同時、ナージャは左手にしていた『電線』の端である飛翔体を、『羽須美』に投げつける。
右手では、《魔法使いの杖》を建物の壁に接触させて《黒の剣》を実行し、単分子剣を抜剣する。
そして周辺の建物の間を三次元的に駆け回った。ナージャの体感では結構な重労働を行ったが、時計は数秒しか経過していない。
『《魔法》が効かない《魔法使い》との戦い方……わたしが考えてないとでも思っていますか?』
時空間制御は強大な力だが、完全無欠ではない。
絶対王者ではないと自覚している臆病な雪豹は、己の弱点と対抗策、更に対々抗策くらいは考えている。
建物の壁が一面、剥がれ落ち、戦場に向かって崩れてくる。建物が崩壊しないよう重要な柱や床部分はそのままに、巨大な瓦礫が大量に雪崩落ちてきた。
瓦礫の存在は《魔法》のように仮想的なものではないから、無効化はできない。《魔法》でなんとかしようにも、大質量を捌くのは容易ではあるまい。
大量の瓦礫は『羽須美』にのしかかり、轟音と共にその姿を隠してしまった。
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再び間合いを開けられたら勝ち目はない。
だが南十星の考えと行動は、『羽須美』にとって存外だったらしい。まだ殴り合うものと思っていたか。
《躯砲》が発するジェット推進の勢いそのままに、スライディングで足元に飛び込んだことに、反応を遅らせた。
変則的なカニ挟みで『羽須美』をうつ伏せに倒すと同時に、南十星は手も突かずに起き上がって跳ぶ。推進機関ありきの、常人はワイヤーアクションでないと絶対真似できない機動を行う。
そして膝裏を踏みつけ、相手の爪先を膝の内側に引っかけ、『羽須美』の下半身を固める。
ここで『羽須美』が四肢を巨大化させたら、すぐに抜け出せたはずだが、混乱しているのか成すがままだ。両腕を固めてエビ反らせながら、南十星は背後に倒れこむ。
「獣神サンダー・ライガーに捧げる吊り天井固め!」
スカートの女性に仕掛けのは大変けしからん複合関節技で、『羽須美』を空中に差し出した。
「そしてジェド・豪士教官の教えを今!」
人体を遮蔽物にすれば、手榴弾の爆発から身を守れる。
部室にある古い漫画で得た知識が、果たして本物なのか。
本物だとしても、破壊力が段違いの爆発物でも通用するのか。
捨て身の実証実験とするべく、南十星はほぼ真上から降ってくるロケット弾を、『羽須美』を盾にして受け止めた。
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地中から飛び出した《ピクシィ》たちは、『羽須美』の体を宙に突き上げ、そのまま持ち上げた。
コゼットが陥ったピンチと同じだ。相手が三次元物質操作に長けているなら、空気以外の物質が存在しない空中で、反撃の暇がない状況では、戦力が半減する。
故に野依崎自身も背中から推進力を噴出させ、追って宙に飛び出す。
《ピクシィ》たちによって空に引き摺られながらも、『羽須美』は周囲に《魔法回路》を複数展開し、固体化した空気で銃撃してくる。
《ハベトロット》の本来の性能なら、露出した頭部を腕でかばえばいいだけ。氷程度では防御を貫けない。
「ぐぅぅ……!」
だが破損した今は、その限りではない。ひび割れていた宝玉のような発振部は完全に破壊され、装甲の固定がはじけ飛ぶ。リキッドアーマーが機能不順を起こし、肉体にまで衝撃が届く。
それでも野依崎は、雹のような暴虐に耐えて急接近、肩口から体当たりする。幼い体には堪える反動が返ってきたが、構ってなどいられない。
まだ空中で猛威を振るう、よじれた『雷獣の爪』に、『羽須美』を叩き込んだ。




