070_0800 3rd strifeⅤ ~乾坤一擲~
「よし、おっけ――!?」
【どうしたんですか?】
今日の悠亜は朝からガレージ内で、イクセス本体とデータの故障をチェックをしていたが、その作業が終わったと同時に、彼女は体をビクリと震わせた。
「いや、ちょっと……通信が直に入ったの。加減してよね……」
通信機器なしで大音量が脳に響いたかのように、誰かに文句をつけながら、悠亜はこめかみを揉んでひと心地つける。
立ち直ったと思いきや、彼女は半解体状態のコアユニットを復元していく。破損していた部品は既に交換されて、ボディを付け直すだけとはいえ、その作業は速い。先ほどまで鼻歌を歌いながら回路の破損をチェックしていたとは思えない。
「さっきのはリヒトくんとつばめの連絡」
手を止めぬまま、悠亜はぶれさせぬ声で説明する。
「学校が鄭に襲われてるって。戦闘機型の《使い魔》でミサイル撃ち込んでくるくらい、かなり本格的に」
【こんな真昼間から……?】
「もちろん学校には普通の学生もいる。死人が出たら、支援部は相当叩かれるわよ?」
【信じられないくらい形振り構わずですね……!】
「だから鄭は嫌なのよ。というわけで、私も援護に行くわ」
そうこうしているうちに、ケーブルでパソコンに接続されたまま、コアユニットが復元された。
【ならば急いで私を《コシュタバワー》に搭載してください】
これで戦うことができる。
カメラの首を巡らすことしかできない、役立たずに甘んじていなくて済む。
そんな想いのこもったイクセスの言葉に、悠亜はカメラを見下ろして、動きを止めてしまった。
【ユーア?】
「イクセスも戦う気?」
なにを今更と、イクセスの中で存在しない眉が寄る。
【それが私の役割でしょう?】
支援部の備品として作られたのだから。
《ヘミテオス》としての不確定要素を持つ木次樹里のために。彼女のボディガードであり、監視役として。
実際に配備されてからは、堤十路の移動兼攻撃手段として。
だからここで戦うのは当然であると考える。
「違うわよ。それは《バーゲスト》の役目」
厳密には、支援部のために製造されたのは、《バーゲスト》という機体であって、イクセスというデータはそれに付随する要素でしかない。役割は別に彼女という人格ではなくても、別のAIでも務まる。
「あなたは、なんのために戦うの?」
悠亜はそれを挙げて、イクセス自身が立ち上がらなければならない理由を問うてくる。
【なぜ、そんなことを質問するのですか?】
「賭け要素が強いけど、鄭の作戦を逆手に取る手段を思いついたわ。だけどそれには、イクセス自身の気持ちが大事だと思うから」
やはり理解できないが、それ以上は時間の無駄だと諦めて、イクセスは答える。
【私にだって……守りたいものがあるんです】
彼女は戦うため、なにかを破壊するために作られた。
だがそれと併せて、『日常』というものも認識している。
整備そのものにはやはり嫌悪感あるが、十路相手に悪態をつけること自体が。
口の減らないコゼットと軽いケンカをしている時間が。
支援部員たちが大切にしている、得がたく尊いものであることを、ちゃんと理解している。
彼らが戦うのは日常を守るための手段でしかない。爪と牙は、猟銃を手にした密猟者にしか向けない。
同時にその時、容赦はしない。
その精神は部員だけでなく、備品にも宿っている。
加えて、《使い魔》はいざとなれば、自爆してでも主を抹殺する役割も持っている。樹里と十路が《ヘミテオス》であることから、イクセスが持つその役割は、普通の《使い魔》と比べて重い。
だが、主たちの死を望んでいるわけではない。その時が来なければいいとすら思っている。
【だけど私は走ることしかできなくて……今はそれすらできません】
「だったら、なにを望む?」
【体を】
今のイクセスは、しゃべる置き物に過ぎない。それがなければ話にならない。
【そして、力を】
支援部が陥っている事態には、《バーゲスト》が復元されるだけでは足りない。あの機体には、《使い魔》としての標準的な機能しか備えていない。
せめて可変高機動戦闘車両程度に、プラスアルファの要素が欲しい。
「……OK」
悠亜は破顔した。それはまるで、娘に向ける母親の慈愛だった。
「私は《ガラス瓶の中の化け物》――」
けれども一転する。耳を貸すと手痛いしっぺがえしを見る、甘言を囁く悪魔のように。
「封印された悪魔であると同時に、悪魔や人を閉じ込めるガラス瓶よ」




