070_0710 3rd strifeⅣ ~絶体絶命~
それが戦闘機による爆撃によるものだとは知らずとも、明らかに普通ではない轟音と振動が、学院を襲った。
「んもぉ~……昨日の後始末も全然片付いてないのにぃ」
理事長室の長久手つばめは、メールを書いていたパソコンから顔を上げて、嘆息ついた。
現場で起こってることは、そんなのん気な言葉で片付けられるものではないが。
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爆音とかすかな揺れに、学食内も騒然となる。
そんな中、ナージャはスカートの中で《魔法使いの杖》を操作しつつ、静かに呼びかける。
「衣川さん」
各部員の前に、一斉に『羽須美』が現れたのは、彼女たちの作戦行動開始だと判断したから、それ以上の反応を待つつもりはない。うどんを箸で摘む『羽須美』が顔を上げた時には、《加速》と《鎧》は展開し終わっている。
椅子を蹴立てるように立ち上がると同時、テーブルを挟む『羽須美』に手を伸ばすが、彼女は己に伸ばされる黒鎧に覆われた腕を、反対に掴もうとしてきた。
(え!?)
咄嗟に長テーブルを下から蹴り上げると、真っ二つにへし折れて跳ね上がる。一緒に浮いたトレーと食器は、無重力下のようにゆっくり動いて見える。
加速中のナージャは、とんでもない運動エネルギーの持ち主と化し、周囲がスローモーションで見える。
その中で、全身に《魔法回路》を形成し、周囲に《魔法》の光を瞬かせた『羽須美』は、変わらぬ動きで天板も蹴りも避けた。《魔法使い》ならばベクトル解析と身体能力制御で、これくらいはできる。
周囲の学生たちがようやくナージャたちの奇行に驚き、ゆっくりと首を巡らす中、今度は『羽須美』から間合いを詰めてくる。
加速することで増大される運動エネルギーは、なにかに触れると自身にも返ってくる。放り投げられたビー玉に亜音速で突っ込めば、銃撃と同等のダメージを受ける。だからナージャは加速中、《鎧》を同時展開する。
不壊の鎧が阻むにも関わらず、『羽須美』は掌底を突き出してきた。加速しながら触れた瞬間、反作用で己の腕が破壊されるはずなのに。南十星のように自己修復前提の白兵戦を仕掛けるつもりか。
思考が錯綜したナージャは、結果として掌底を無防備に受けることになった。
「――!?」
直後、なにが起きたか理解できなかった。盛大に白い火花が散ったと思いきや、衝撃が腹に、直後に後頭部と背中、全身へと移り、視界が目まぐるしく変化した。
「がはっ……!? げほ……! げほっ……!」
遅れて食べたばかりのAランチが、血と混ざって逆流してくる。《魔法》をキャンセルしひとしきり吐くと、事態を確かめるだけの精神的余裕が生まれる。
ナージャは学食すぐ外の路面に転がっていた。側に歪んだ窓も転がっていることから、屋内から盛大に吹っ飛ばされたことを遅れて理解する。しかもただ吹き飛ばされただけでなく、全身の痛みは防御がなかったことを示している。
(《鎧》が……剥ぎ取られた……!?)
『羽須美』の掌底を阻まなかった。内部に満たされた《加速》領域内に侵入し、倍加した運動エネルギーでナージャの体を破壊してきた。
原因は全くわからないが、ともかくナージャが初めて体験する、不可解な事態だった。
「Schlag mir da die falschen Richter und ihre Hascher zu Boden, (不実な判事とその書記官を殴り倒せ)」
全身の痛みを堪えながら身を起こしたタイミングで、『羽須美』も屋内から飛び出してきた。
「驚いたかしら?」
「えぇ……まぁ……」
認めざるを得ない。半不死の《ヘミテオス》といえど、無敵の時空間制御があればなんとかなると、侮っていた。
改めて《ヘミテオス》は、通説を覆す非条理の存在なのだと、身をもって知った。
「und verschone auch den Konig nicht, der mich so schlecht behandelt hat.(ひどい扱いをした王様も忘れるな)」
しかも、否が応でもまだ理解を深めることになる。
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フードコートの誰もが、建物をわずかに揺らす爆音に気を取られたが、コゼットだけは違った。
最初、気のせいかと思った。
だが熱触覚だけでなく第六感――センサー情報で、間違いのない物理的現象であると知れた。周辺のガラスや金属が結露し始めたのを認めたので、疑いようがない。
周囲の気温が急激に下がっている。
原因は考えるまでもなく『羽須美』だ。彼女自身には目立った変化がないが、周囲に青白い光を瞬いている。単純な機能を発揮している、極小の《魔法回路》だ。
「!」
コゼットは躊躇なく立ち上がりながら、装飾杖の石突を床に叩きつける。エネルギー伝導ラインを通して床材とその下を操り、『羽須美』を石のドームに閉じ込めた。
突然の《魔法》行使に、その場にいた学生たちが何事かと注目する。
「皆さん、ここは危険ですわ……早く離れなさい」
コゼットは怪訝と畏怖と好奇の視線は無視する。短い警告以上をする余裕もない。さすがに近くに座っていた者は警告を受けて離れたが、上の階から吹き抜けを覗く者は構っていられない。
予感よりも確信に近い。
実際、大した厚みではないとはいえ、人間の力では破壊不可能なはずの石のドームが、一気に内側へと崩れた。白い靄と一層の冷気が噴出してくる。
「Ach, Zich mich raus, Zich mich raus♪ (出して! ああ、出してよ! 出してってば!)」
『羽須美』の肌も長い髪も霜に覆われて、雪女を連想させる異様になっていが、動きに不自由は見られない。口元にも凍えとは違う、余裕の歪みが刻まれている。
彼女とその周辺が超低温の原因だと察したコゼットは、地面を操り『羽須美』を閉じ込めた。
屋内というだけでなく吹き抜けになる広い空間では、じっくり気温が下がるだけでも、突如狭い空間に放り込めば一気に下がり、同時に気圧も急低下する。空気が液化する極低温なら、内部は真空化までする。生物ならば数秒で昏倒し、体の内部から破壊される。
「半分凍ってるのも、単なる自滅ではなさそうですわね……」
だが《ヘミテオス》相手では、ダメージを与えたとは思えない。
「あなたもどう? 気持ちいいわよ?」
「恒温動物を活動状態のまま冷やすなんて、エネルギーの無駄遣いにもほどがあるでしょうが」
「そうだけど、それだけでもないわよ?」
『羽須美』の周囲に新たな、今度はハッキリわかる大きさの《魔法回路》が形成される。
次いでフードコートに突風が吹き荒れる。というよりも、巨大な掃除機に吸い込まれるイメージだ。直立していれば本当に吸い込まれそうで、階層を問わず吹き抜け近くにいた学生たちが、悲鳴を上げながら物陰に隠れ、手近なものに掴まる。
空気成分を冷却・固体化させる、あるいは一気に蒸発・昇華させる熱力学の応用は、《魔法使い》にとっては基礎の基礎だ。攻撃手段にするなら、せいぜい銃弾や手榴弾代わりにする程度でしかない。
だが『羽須美』がやろうとしていることは、規模が違う。破格の空気量を冷却固体化していた。
(この女、マジか……!?)
爆薬よりはマシな破壊力だろうが、屋内で解放されて建物が無事であるかどうか。中にいた人間がどうなるかは言わずもがな。
乱れる金髪を気にする余裕もなく、コゼットは焦って周囲を確かめる。
ここは一階から最上階まで貫通する吹き抜けで、天井はガラス屋根になっている。
そして吹き抜けを臨む各階の手すり真上の天井には、『隙間』がある。
(いけるか!?)
圧縮空気銃作成・操作術式《三銃士/Les Trois Mousquetaires》を実行し、コゼットは足元を材料に床から大量の銃身を生やす。
「下がりなさい!」
圧縮成形された石の弾丸で、吹き抜けエリアに沿って設置されている防火防煙シャッターを撃ち抜く。本来なら挟まれ事故防止のために速度を調整する装置ごと破壊したので、自重で一気に落ちてくる。
それを上の階から順に。最後に一階フードコートの範囲内に、逃げ遅れの学生がいないのを確かめて、完全に隔離した。
建物全体から『羽須美』の《魔法》が空気を取り入れていたところに、またも遮断して空間を狭めたため、一気に極低温化と気圧低下が進む。コゼットは生命維持の《魔法》を実行しつつ、真上に向けて《サラマンダーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Salamander》も実行する。猛烈な熱量に屋根ガラスがひび割れ、塗料が燃えて鉄骨が灼熱する。
「なにやってるの?」
「あら? まさか、煙突効果をご存知ない?」
最後に、閉じた一階シャッターの一枚と天井に、石の砲弾をぶち込んで破壊する。
本来ならば煙突効果とは、煙突のような密閉空間中に外気温より高温の空気がある時、自然と下部吸入口から空気が流入して上部排出口から出ていく現象を呼ぶ。
吹き抜けを煙突に見立てようにも、内部は外気温より遙かに低くなっているため、そう呼ぶには条件が当てはまらない。シャッターで塞いだだけでは気密も完璧ではない。
だが上部を熱し、内部気圧が極端に低くなっているところに、いきなり吸入口と排出口を作ったため、似たような現象が起きた。しかも、人間の力では抗えないほどの暴風で。
フードコートのテーブルセットと共に、『羽須美』とコゼットは上空に打ち上げられた。
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見下ろす『羽須美』の周囲に、《魔法回路》が複数形成された。平面アンテナともスピーカーともつかない形状から推察される機能は、なにかのエネルギー放射だ。
直後、キツツキの大群が穴を空けているような大音量が襲いかかる。初等部校舎の廊下にいた児童たちは、耳を押さえて呻く。
野依崎も反射的に耳に塞いだが変わらない。そもそも耳で捉えている音ではない。
(フレイ効果……!?)
パルスマイクロ波を受けて、頭の中で音が発生する現象だ。音波よりも減衰しにくく機器なしで受信できるため、無線通信や非殺傷兵器として、この原理は研究されていた。
低出力のマイクロ波で、だ。もし高出力化したら人間がどうなるか、表沙汰にはなっていない。その辺りが実用化に至っていない理由とも考えられる。
《魔法》で電磁遮蔽すると同時に、野依崎は窓を開ける間も惜しんで、蹴破って飛び出した。落下する最中に、今日は敷地内にある子機を操作して、『羽須美』へ突撃させる。
落下途中で気付く。『羽須美』周辺は酸素濃度が異常に高い。油性と思われる可燃性物質も気化して、予混合燃焼雰囲気にある。
(罠?)
野依崎はその可能性に至ったものの、これでは着火したところで、『羽須美』自身も巻き添えになる。超再生能力を持つ《ヘミテオス》ならではの自爆攻撃の可能性も考え、推論を絞れずに逡巡する。
しかもすぐそれどころではなくなる。戦闘機模型のような形をした《ピクシィ》たちが、尖った機首で突き刺さんと突撃したところを、地面から生えてきた腕が掴んで阻む。小規模な流動体物質操作程度、なんなく突破する勢いを持っていたが、救いを求める地獄の亡者のように何本も取りつかれれば話は変わる。
《ピクシィ》は沼のようになった地面に引きずり込まれた。レーザー通信はもとより電波も地面が吸収してしまい、通信が遮断される。
すぐに元の平らな地面に戻ったが、同様に飲み込まれる本能的な忌避感が生まれ、野依崎は着地することなく空中静止する。
「え」
既に展開されていた、なかなかの大きさを持つ《魔法回路》の鼻先に。
「Es kommt eins zum andern. (ひとつの幸運がもうひとつに続いてくる)」
形状からパルスデトネーションエンジンの仮想的再現とは推察した。ただし実用化間近とされる次世代の内燃機関が、複数ひとつにまとまめられた構造が理解できない。
「Und es ist mir, als ware mein Gluck noch nicht zu Ende. (僕の運はまだまだみたい)」
大気中では防ぎようがない破滅的な音撃が、野依崎を飲み込んだ。
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屋外にいたため、ミサイルによる爆発音だけでなく、《窮奇》によるジャミングもよく届いた。『羽須美』と向き合ってそれは危険だと理解していても、意識の何割かは持っていかれた。
「へ?」
気付いた時には、目前に巨大な『壁』があった。
出遅れた南十星は『壁』と階段室のコンクリートに挟まれて、鈍い轟音と共にへしゃげた。
「Wovon habt Ihr einen solchen breiten Fus? Vom Treten, Vom Treten♪ (どうしてそんな大足なんだい? 足踏みするから。糸車を蹴るからさ)」
『壁』は距離を隔ててなお届かせた『羽須美』の素足だった。ただし、ふくらはぎの途中から拡大し、足の大きさなど人間よりも巨大になっている。
南十星は踏み潰された。叩かれたハエや蚊さながらに、血を噴出させて壁に貼りついている。
死を疑いようがない有様だ。普通ならば。
「あっぶないなぁ……《躯砲》の装填があと少し遅れてたら、死んでたって」
《魔法》の光を発生させた、全身骨折の圧死体が動く。微速度撮影映像のように復元した体を、南十星は確かめるように動かし骨を鳴らす。
「で。なにアンタ? 集●社からの回し者?」
「は?」
「自分の体を部分的にでっかくさせる能力って、ギア3・倍化の術・個性大拳って、なぜかジャ●プに集中してなくね?」
南十星はマイペースを貫いたまま、交戦を開始した。




