070_0700 3rd strifeⅢ ~経緯万端~
支援部員たちが使っている連絡手段など、情報機関に調べつくされて、筒抜けになっている。実際どうかは知らないが、部員たちはそういう想定の下に使っている。守秘性の高い重要な連絡の場合、盗聴を確かめた上で口頭で伝えるか、紙や記憶媒体を手渡しする。
そして今回、誰かに成り代わる鄭の特異性を考えると、いずれの連絡手段も信用が置けない。
ならばと、部長たるコゼット・ドゥ=シャロンジェは決断した。
単独行動する十路と樹里以外は、連携しながら相互に常時監視する。
《魔法使いの杖》を手にして四人でリンクし、《魔法使い》間データ通信システムを構築したまま、日常生活を送っている。
(自分で言い出したこととはいえ……チと恥いですわね)
他の部員たちはまだいい。携帯通信機器はいつもレッグホルスターに入れてスカートで隠し、強化服はいつも下に着込んでいる。トンファーはまぁまぁ目立つが、ベルトを巻いて腰に提げればそこまででもない。
対してコゼットの装飾杖は、身長ほどもあるため隠しようがない。宗教儀礼的というかゲームに出てきても不思議ないような形状のため、余計に目立つ。
そんな杖を持つ学内で有名な正真正銘金髪碧眼王女サマが、しかも《魔法》を使って戦闘した昨日の今日で、更にはフードコートスペースで食事していれば、なにが始まっているのかと二度見される。
フードコートは開放感ある吹き抜けにある。上の階からも覗かれているような気がしなくもない。
(はいは~い。コスプレじゃねーのにリアル二次元キャラ状態ですわよ~。《魔法使い》のプリンセスがメシ食ってますわよ~)
周囲の視線に投げ遣りになりながら、構内出店しているコーヒーチェーンのロールサンドを紅茶で流し込む。
△▼△▼△▼△▼
「今日は弁当じゃないのか?」
「昨日の事件のせいで、それどころじゃなかったですよ。今朝だってちょっと寝坊して、パンかじっただけですし」
普段なら自作のランチボックスを広げる、四限の授業が終わったナージャは、不定期に学食で食べる和真と共に廊下を歩く。
「……ナージャ。お前は学食をナメている」
「はい?」
歩きながら横を見ると、和真は彼女を見ることなく、劇画調の顔で遠くを見ていた。
「既にスタートダッシュは遅れている……ここから始まるのは熾烈な椅子取りゲームだ……いや、もう料理もなくなっているかもしれない」
「はぁ」
「だというのに! のん気すぎるぞ!?」
シリアス顔でなにを言い出すかと思いきや、ナージャの腕を引っ張って足を早める。
「いえ別に、売店のパンでも、構内営業のお店でもいいんですけど」
「購買の食い物も粗方なくなってる! 構内営業高い!」
「はぁ」
そう言われても、と言わんばかりにナージャの反応は薄い。
「折角の、ナージャと……! しかもふたりっきりのランチタイムだというのに……!」
和真の思惑は大方そんなところだろうと見当つけていたから。
「和真くんとふたりっきりは困るんですよ」
「そんなに俺と飯食うのが嫌!?」
「嫌ですけど、そうじゃなくて」
「嫌なんですか!?」
ちょうど追いついた。先に教室を出て行った、『衣川羽須美』に。
転入以来、彼女は昼休憩時間、教室にいたことはない。ナージャがそれとなく調べた限り、別に後ろ暗いことを隠れてしているわけではなく、単に学食に行っている。
寝坊で弁当が準備できなかったのも本当だが、こちらの用件も絡んでいる。
「衣川さん。どうですか? お昼ご一緒に」
「はい?」
それとなく見張るのも大変なので、クラスメイトということを利用するために、声をかけた。
△▼△▼△▼△▼
「うぉ……ちと寒ぃ」
腰にトンファーをぶら提げ、スクールバッグを背負った堤南十星は、中等部校舎屋上に這い上がった。普段解放されておらず、安全管理のため出入り口は施錠されているため、階段の窓から外に出て、庇や配水パイプを使って登ってきた。良い子は真似をしてはいけないというか、下手すると地面まで真っ逆さまなので、悪い子も真似してはいけない。
吹きさらしの秋風を避けられる階段室の陰で、塩ビシートで防水加工された床で直に胡坐をかくと、南十星はバッグから弁当と水筒を出して広げる。
(まさかぼっち飯やることになるとは……)
女子中学生の持ち物と思えない、角型アルミ弁当箱に詰め込んだ白飯をかっ食らいながら、南十星は内心で嘆息つく。
友人の多い彼女は普段、教室で誰かと食べているが、今日は誘いを断ってひとり屋上にやって来た。
(なんも起こらんといいけど……)
理屈を飛び超えて直感が囁いているから、こんな食事をしている。
△▼△▼△▼△▼
「いただきます」
「「いただきます」」
安くて味はそこそこな学生食堂。やや高めだが味はそのままな構内出店している一般飲食店。昼食も売っている購買部。あとは自宅や通学途中からの持参。
修交館学院の学生たちは昼食に選択肢があるが、初等部だけは食育の一環として、よくある定食方式の学校給食となっている。
食事にカロリー摂取以上の意味を置いていない野依崎雫にとっては、これがなかなか面倒な時間だったりする。特に班ごとに机をつっくけて、クラスメイトと一緒に同じメニューを食事するのが。
給食当番の号令で賑やかになった教室なのに、班員たちは気まずそうに無言で食べている。
ただでさえ野依崎は社交性皆無で浮いているのに、今日はセーラーワンピースの下に着込んだ《魔法使いの杖》と接続し、焦点ボヤけた灰色の瞳に青白い光を載せている。当人に見たつもりはなくても、顔を向けられただけでも割とコワい。
(今のところ特に問題なしでありますか……こんなのが何日続くことやら……)
奇妙な存在感というか半分威圧感を発揮しつつ、野依崎はコッペパンを口に押し込みながら、脳内で各所に飛ばしている子機からの情報を吟味する。
△▼△▼△▼△▼
「隣、よろしいですか?」
食べ終えたコゼットが、紅茶をチビチビ飲みながら時間を潰していると、背後から女性の声がかけられた。
混雑しているため、店内の席はほぼ埋まっている。『畏れ多い』と言わんばかりに王女サマの隣が空いているだけだ。
「えぇ。どうぞ――」
脳内センサーの反応をチェックしながらも、振り返って自分の目で見て――固まった。
高等部学生服の『衣川羽須美』が、トレイを持って立っていた。座るコゼットを、挑発的なネコ科の笑みで見下ろしている。
さりげなく周囲を見渡し、彼女ひとりであることを確認すると、暗号化した音声データを飛ばす。
『ちょっと。クニッペルさん。鄭とかいう女から目ぇ離してんじゃねーですわよ。なんかありゃ報告しやがれっつったでしょうが』
『はい? 目を離してませんけど? この通り』
即座に暗号化された音声データを送付してきたナージャは、彼女が目で見ている映像そのままを送ってきた。いくらリンク状態にあるとはいえ、監視カメラ映像を見ながら生活するような真似はできないので、バイタルサイン程度の簡易情報以外は常時通信していない。
場所は学食だろう。料理とテーブルを挟んだ視点の持ち主の向かいで、和真がカレーライスをかっこんでいる。
そしてその隣で、『羽須美』が肉うどんをすすっている。
「…………」
絶句しつつも、コゼットも自分の目で捉えた映像データを送信する。
『……はいぃぃぃぃっ!?』
ナージャの視点映像で、和真と『羽須美』が顔を上げる。どうやら音声データの送信だけでなく、彼女は実際に驚きの声を上げたらしい。
『わたし、一度も目を離していませんよ!? トイレだって隣の個室でセンサー領域にずっと入れていました!』
『いえ、そこは疑ってませんし、疑っても今みたいなことにならねーでしょうけど……わたくしたちの通信、撹乱されてます?』
『暗号化プロトコルを五番に!』
送られてくるリアルタイム映像データが一度途切れる。応じてコゼットも事前に決めたとおりに暗号化の方法を切り替え、再び認識できるようになったナージャから映像に変化はない。『羽須美』は再びうどんをすすり始めている。
非常識な方法でデータ暗号化が無力化され、割り込まれているとしても、方式を変えて即座に対応できるとは思えない。『羽須美』がふたりいると考えたほうが自然だ。
『混乱中のところに、更に混乱させる報告をするでありますが』
『同じく。これ言わんワケにもいかんし』
野依崎と南十星も音声データを飛ばしてきた。脳内に彼女たちが見ている、リアルタイム映像のウィンドウが新たに開く。
『あたしんトコにも来てんだけど?』
雲の多い秋空と瀬戸内海を背後にして、殺風景な屋上に立つ『羽須美』が、南十星に猛獣の笑みを向けている。
『各員に貼り付いている《ピクシィ》の反応では、全員の近くに鄭雅玲がいて、しかも自分も別個体を目視しているであります』
初等部校舎のすぐ近くにある構内道路を、校舎の廊下から見下ろしているのだろう。立ち止まって見上げる『羽須美』が、戸惑う野依崎に笑顔を向けている。
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山に潜入して修交館学院を眼下に収めていた樹里が、真っ先に気付いたのは、南十星と、彼女の前に現れた『羽須美』だった。狙撃が難しい建物配置でも、校舎屋上に出ていれば見える。
ダンボール小屋の覗き窓から様子を伺いながら、チャンスがあれば狙撃を行うために長杖に手にする。
《ヘミテオス》は生身でも《魔法》を使えるが、《魔法使いの杖》を持ったほうが性能は高くなる。単純に入出力のポートが増えるし、生物と機械の半端であるアバター形成細胞を通じるより専用の電子機器のほうが、単純な精度は高い。脳内センサーにおいても同じことが言える。
「!」
だから手にして機能接続した途端、異常を察知した。
「ジュリ!」
邪険にされても去らずにいたリヒトが警告するより早く、ブルーシートハウスを飛び出した。
直後に空からミサイルが降ってきた。斜面の一部を掘り返し、破片と炎と爆風が広がる。たまらず樹里も吹き飛ばされ、地面を転がる。
「痛ったぁ~……!」
衝撃波で外傷性鼓膜穿孔と肺挫傷を起こし、飛散破片が体のあちこちをズタズタにした。
もっとも《ヘミテオス》にして《治癒術士》である樹里にとっては、『痛い』で済む傷に過ぎない。一瞬で血まみれ穴だらけになった服代のほうが痛い。
「義兄さん、装備は?」
「持ッてきてねェ……」
「ちっ」
「舌打ちッ!?」
『余計なことしてくれるクセして肝心な時には役に立たない』などといった、樹里らしくないドス黒さが漏れてしまったが、今はどうでもいい。
脳裏にノイズが走る。ジャミングをかけることでレーダーの目から逃れる能動的ステルスの効果だ。
発生源は、いくらも待たずに現れる。
【あっれ~? 誰かと思えば~?】
多用途垂直離着陸ステルス戦闘機 《窮奇》。
【麻美の旦那と、麻美の一体じゃーん】
樹里はその名前までは知らないが、有翼の人食い虎として描かれる悪神の名を持つ戦闘機は、一気に急降下してエアブレーキをかけ、空中静止して見下ろしてくる。
それだけではなく僚機もいた。航空力学を無視しているような《窮奇》とは違い、ごく普通と称してもよかろう形状の戦闘機が上空を通過し、ループしてまた戻ってくる。




