070_0500 great engineer, grave deviant, grand sinner Ⅳ ~挙基不定~
「こんな感じで……まぁ、大変だった」
【やはり『ハスミ・キヌガワ』とは交戦することになりましたか……それにしても、トージに化けるとは】
「義兄さんの調査じゃ、やっぱり『麻美の欠片』なんだって」
体を失ったイクセスには、無線通信機能がない。繋がれているパソコンからインターネット接続はできるが、支援部員が使う周波数帯の無線には対応できない。
毎日行っていた定期連絡ができなくなったためか、今日は樹里がガレージにやって来た。工具箱を椅子にし、学院で起きた騒動の顛末をひと通り説明を終えると、樹里は湯で割ったミルクで舌を湿らせた。
【今後の見通しは?】
「皆の推測だけでなく、義兄さんの話を聞いた上で、これで終わると思えないって部長から報告が来た。バラバラに対応するしかないから、私にも注意しろって」
【家出中でもコゼットとは連絡しているのですね】
「や。そこよりも、義兄さんが部室に来たことを気にしてほしい……や。迷惑かけないか一番心配な堤先輩は、単独行動するって言って消えたらしいけど」
イクセスはスピーカーからため息を漏らす。《バーゲスト》に搭載されていたものと比べて安物のためか、ノイズが混じった。
【しかし、困りましたね……私は修理されても、部室に戻れなくなりました】
「変装されたらイクセスでも区別つかないのかな?」
【『管理者No.003』同士なら《魔法使いの杖》の融通が可能なのでしょう? 加えて肉体どころか《魔法》までコピーした成りすまし具合から考えるに、私でも判別できない可能性は充分ありえます。私が支援部への攻撃手段に利用される可能性まで】
「それは……」
【戦闘機型《使い魔》という航空戦力、それも無人機込みの編隊が確認された状況なのですから、私は戦力として支援部に復帰するべきでしょうが……万が一だとしても、利用される可能性を排除したいです】
敵勢力に鹵獲された兵器の運用は、兵器当人から見れば裏切り行為の強要にあたる。
だからイクセスは、現状支援部が不利だとしても、自分が決定的な敗北理由になる真似だけはなんとしても避けようとする。
【私のことを除外しても、厄介な状況です。部員間で信用できず、支援部はロクな連携ができなくなりました】
「やっぱり、そうなのかな……?」
【今日のように長時間接した上であれば、偽者を見破ることも可能と思いますが、さすがに咄嗟には判別不可能でしょう】
「対策を考えても無理かな……?」
【えぇ。対策を考えたからと安心するほうが危険ですね。それにヂェン・ヤリンのLilith形式プログラムで、どこまで情報が洩れるか不明なのもあります。トージが単独行動を選ぶのも当然です】
支援部内の信頼関係などその程度とも言えるし、信頼があるからこそ隙になるとも言える。見知った顔ならどうしても油断するであろうし、間違った指示でも反射的に従ってしまい、混乱する可能性は充分に考えられる。
そんな事態を防ぐには、最初から仲間が偽者に化けているのを想定して、連携しないのが最も効果的だ。
ひとりよがりで度々不満を漏らす十路の選択に、樹里が微妙な顔をしつつもなにも言わないのは、それを理解しているからだろう。
【ジュリが家出し、幽霊部員しているのは、幸いだったかもしれません。混乱を防ぐためには、他の部員との連携は断つしかないでしょう】
「そう、だね……」
後ろめたさのような、けれども安堵のような、なんとも言えないため息と交代して、樹里は湯割りのミルクを一気に飲み込んだ。家出と共に既に接触を断っているような状態ではあるが、大義名分があるとないとでは心情的に違うに決まっている。
【あくまで客観的な立場で見た意見です】
それは、よくない。
現状の、こうしてガレージで話していることすら。
鄭なる者との悶着に、支援部は連携して当たることはできないと話したばかりだろうに。
【私にとっては現状、あなたが本物のジュリ・キスキである確証もないのです。想定だけならば既に『羽須美』が化けていて、次の瞬間に私は完全破壊されることも考えられます】
樹里がギクリと顔色を変える様に、他者が化けている可能性を見出せないが、構うことなくイクセスは客観的正当性をのべつ幕なしに伝える。
やはり樹里には危機感が足りず、どこか甘い。
一般人の標準では求めすぎだろうが、ひとつの過ちが生死に繋がる準軍事組織の一員としては。
常ならばイクセスや他者がフォロー可能で、放置しても問題なかったが、現状では話が変わってしまっている。
ならば突き放すしかない。
体を失い、戦えないからといって、セラピーロボットに甘んじているわけにはいかない。
【今の私では、なんの役に立ちません。あなたがトージを助けたいと望むであれば、尚更のことです。ジュリが自分で考え、自分で行動するしかありません】
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「イクセス。支援部関係者にメールして、このデータ送って」
【AIスピーカーのような扱い、やめてもらえません?】
沈んで黙ってしまった樹里が居候先に帰るのと入れ違いで、今日も街ライダールックの悠亜がガレージに入ってきた。《コシュタバワー》はガレージに置かれたままで、ハーレーはリヒトが使っている。だからどこから持ってきた小型スクーターで乗り入れてきた。
駐車してヘルメットを脱ぐなり、彼女はイクセスが接続されているパソコンにSDカードを挿入した。文句を言いつつもイクセスが確かめると、デジカメで撮影された画像と、走り書きされたテキストデータが入っている。
【ジュリが撃墜したのは無人機では、という話でしたが】
写真の、クレーンで引き上げられた残骸は、海面に叩きつけられた際に四散してしまって、その面影は見ることができない。テキストデータで示しているその航空機は、有人機として現状運用されているものだった。
「私も専門家じゃないし、バラバラになってるから断言できないけど、J-16かJ-17を改造したものじゃないかって思う。複座の座席ひとつを潰して航空電子機器を入れてるみたい」
【中国海軍ですか……】
ロシアのSu-33艦上戦闘機をベースに国内生産された、殲撃一五型艦上戦闘機の派生改修型。大まかな形状は変わらないが、殲撃一六型は戦闘爆撃機として、殲撃一七型は電子戦機として製造されている。
完全に一から作るのではなく、今あるものを改造して、というのは理解できる。生産や運用上、既に存在している設備を流用できるなら、コスト削減や開発スピードに繋がる。
【無人戦闘機に、座席を設ける必要性は?】
ただしそれならば、設計に不可解さが出てくる。
無人機に改造するなら、まず人間が乗るスペースを完全に潰して機能強化するべきだろうに、なぜか半端に残されている。
「これだけじゃなんとも。実際に人間が飛ばして、人工知能を教育するための機体とか、考えることもできるしね」
【確かにそういう事情なら……《使い魔》のコミュニケーションソフトは機体を知性化するものであって、兵器の無人化とは少々意味が異なりますし】
「そうなの? その辺は《使い魔》じゃないと理解できない感覚だと思うけど」
【戦闘車輌の体に搭載されていると理解しても、自分が傷つくのはやっぱり嫌です。ですが無人兵器にそんな生物らしい意識、最初から不要でしょう?】
「人工知能のフレーム問題を解決するために、生物を模倣した知性にしたら、今度は『本能』って別な問題が起こるわけね」
これ以上は悠亜と話し合っても結論は出ないと、イクセスは言われたとおりにフリーメールを使って、支援部関係者にデータを送る。
それを見届けて、悠亜はレザーパーカーの前を開ける。その下に着ているのは、秋も深まってきたというのにチューブトップだけで、引き締まった腹をむき出しにしている。
そこに《魔法》の光が生まれた。なにかと思う間もなく、オリーブドラブの箱が飛び出した。
【それ、どうなってるんですか?】
「あ、そっか。《ヘミテオス》の情報はイクセスにも伏せてたから、これも見せたことなかったわね」
話しながらも悠亜は、腹から箱を生み出し続ける。
「私のLilith形式プログラム――《ガラス瓶の中の化け物》の機能よ。体の中に圧縮空間を作る程度だから、地味なものだけど。ほらあれよ。未来の世界のネコ型ロボットみたいな?」
【出てくる秘密道具に、夢も希望も見出せないのですけど……】
「工具もあるわよ? クリエイター魂を揺さぶる夢と希望の塊」
【なんという無秩序ぶり……】
先ほどから悠亜が腹から出して積み上げている箱は、形状や注意書きから見て、武器弾薬の類としか思えない。
悠亜が言うように地味と言えば地味だが、軍事的には空間制御コンテナ以上に危険な能力だ。身ひとつで厳重なチェックを潜り抜け、部隊規模の重武装を突然出現させて暴れれば、相手からすれば防ぎようがない悪夢だろう。
「鄭相手になにが必要かわからないから、近場のセーフハウスに集めていた物資、こっちに持ってきたの」
【ユーアが相手する気ですか?】
「や~、それができれば一番なんだろうけど……鄭の相手、支援部員だけだと手に余りそうでしょ?」
その話を樹里としていたところだ。
「戦闘機型の《使い魔》やその随伴機、どこから飛んで来たわけ? バックアップ体制も整ってるの間違いなし。追加戦力も警戒しないとならないわよ?」
体内から荷物を出し終えたのか、悠亜がモニターカメラを覗き込んでくる。
「イクセスも心配? ここで動けないの、やきもきしてる? だけど樹里ちゃんに八つ当たりはよくないぞ~?」
【ハ?】
「しらばっくれてるの? それとも自覚ないの? 樹里ちゃんがここに来てグチってたの、バッサリ振り払ってたじゃない」
【盗み聞きしてたんですか?】
それは悠亜が不在時の話だ。顔があれば自然しかめているだろう、不快感が声に乗る。だが悠亜は悪びれもしない。
「やー。盗み聞きというか。嫌でも聞こえたというか」
悠亜が視線を外す。その先をイクセスも追うと、奥に駐車されている青い大型スポーツバイク――《コシュタバワー》がある。
そういえば、と今更のように思い出す。悠亜も他のことで忙しいだろうから、何度もガレージを訪れないので、聞く機会がなかった。
普通に考えれば《コシュタバワー》が悠亜に報せた疑惑を話すことになるだろうが、それ以前の問題だから唐突な話題転換をせざるをえない。
【《コシュタバワー》には、私のようなコミュニケーションシステムは搭載されていないのですか?】
《魔法使い》と連携するための人工知能を搭載していない《使い魔》もなくはないが、自動二輪車型の場合、搭載していることが大半という話を聞いたことがある。世界的にも極少数しか存在しない軍事機密なので、どこまで真実か知らないが。
ともあれ、イクセスは同じガレージにいながら、《コシュタバワー》となんらコミュニケーションを取っていない。
存在自体がごく小数なのだから、イクセスが知る自分以外の《使い魔》など、大していない。ただ想像するというか、自衛隊制式装備同型のクセしてツヤ消しメタリックシルバーなどというド派手カラーリングのキザったらしい嫌味ったらしいオフロードバイク型《使い魔》と同じ場所に身動きできない状態で入れられるなど想像すらしたくないがそんな想像と比べて、《コシュタバワー》は静かどころか無反応だ。起動しているのか否かすら、視覚と聴覚以外のセンサーがない今のイクセスには判断できないから、いつしか普通のオートバイのように認識していた。
「やー……搭載はしてるけど、特殊っていうか」
【そりゃ特殊でしょうね。変形しますし】
なにせ《コシュタバワー》は人型変形する。技術よりも実用性の問題で空想科学の中でしか存在しないことを本気でやる機体だ。隻腕無頭なので『人型』と呼ぶにはおかしいが、とにかく二本の足で直立し、手を動かす。単なる自動二輪車型と大幅に違うのを、イクセスは以前の部活動で身をもって知っている。
「ややややや。そういう意味じゃなくて。ありていに言えば、《コシュ》って私が遠隔操作しているのよ」
【……ハ?】
Webカメラの向きを変えて悠亜を視界に収めると、彼女はコーヒーを淹れているところだった。
「インターネットに接続できるなら、グリム童話の『ガラス瓶の中の化け物』、読めるわよね?」
【えぇ。まぁ】
貧しい木こりの息子が、森でガラス瓶の中に封じられた悪魔を見つける物語。
悪魔は解放してくれと願う。すったもんだあるものの結局息子は瓶の栓を抜き、礼に魔法のボロ布を渡される。
そこから先は、翻訳者や時代によって違いがある。
ハッピーエンドになるものは、魔法の布で金属を拭けば銀に変え、傷を拭けば癒す。それで父親に楽をさせ、息子は名医として名を馳せる。
バッドエンドになる話は、貧しいながらも勤勉な父親とは対照的に、いくらでも富が生み出せる魔法の布きれで息子は堕落し、やがて悪魔に瓶で捕らわれてしまう。
伝わらないことを理解しつつも『それがなにか?』の意を込めて、イクセスがカメラで見上げると、悠亜はカップを片手にどこか悪戯めいた微笑で見返してくる。
「同じ名前のプログラムを持つ私は、その話のなんだと思う?」




