070_0400 great engineer, grave deviant, grand sinner Ⅲ ~梁上君子~
神戸市中心地である三宮駅前から多少外れるとはいえ、ビルが乱立する地域に、ポッカリ穴が空いたように敷地と森がある。
生田神社。元は日本書紀に記されるほど古く、『神戸』という地名の元となった社だ。七五三や秋祭り、初詣で地元に根付いているだけでなく、恋愛・良縁成就の神様として知られ観光客のデートスポットにもなっている。
夜ともなれば社務所や会館は閉じられ、当然参拝客も日中と比べれるべくもないが、ライトアップされた境内に人の姿はまだまだある。
鳥居をくぐった私服の十路は、傷だらけの黒い追加収納ケースを提げて、その中を油断ない足取りで首を巡らしていた。
「なんのつもりだ?」
やがて見つけた。学校ではできる限り面に出さないよう努めたが、今は構わないと声に敵意を乗せながら近づく。
「遅かったじゃない。女を待たせるものじゃないわよ、十路」
なぜか足元に置いたクワッドコプターに向けていた視線を上げ、『衣川羽須美』が不敵な笑みを向ける。
「そのしゃべり方やめろ。俺を名前で呼ぶな。虫唾が走る」
ただでさえ同じ姿で同じ声なのに、本物の羽須美のような態度を取られると、十路にとっては不愉快でしかない。
「あーら残念。あなたとっては涙が出るくらい嬉しいかと思ったんだけど」
全く残念そうではない返事と共に、長い黒髪をかきあげる。学校ではスッピンだったが、キツい化粧を施した顔を厭らしく歪ませる。
これが鄭雅玲と名乗る女の素か。
――今夜一〇時、生田神社。
学校からの去り際、鄭が《魔法》の超指向性スピーカーを使って、十路だけに声を送ってきたから、ここに来た。
「それにしても、なかなか手を出さないものねぇ? 待ちくたびれちゃったから、私からちょっかいかけちゃったじゃないの」
「お前の狙いがそれだってわかってるのに、手を出すか」
「かっわいー。私が話しかけると、ものすっごくイラついてるの、我慢してるのに」
元来の羽須美が砕けた性格だったので、傍目には態度の変化はあまり感じられない。十路にとっては思い出を穢される不快感が、別種の不快感になっただけでしかない。
(コイツ、他の『麻美』の記憶にまでアクセスできる……)
リヒトに聞いても判然としなかったことは、不快感の出所――本物の羽須美との格差から、是であると判断した。
「なにが目的だ? 修交館に潜入した理由も、俺をここに呼び出した用件も」
なので我慢しながら要件に入る。都市ゲリラ戦に明確な戦闘目的などあってないようなものだが、当人の口から聞けるものなら聞いてみたい。
それに、気に食わない相手との会話など、早々に終わらせるに限る。
【ギャハハハハハ!】
限りたいが、三番目の声によってそれも阻まれる。鄭の足元に着陸していたドローンがモーター音を立てて飛翔し、顔より少し高い位置で制止する。甲高いバカ笑いはそのドローンが発している。
【目的ぃ~? そんなの決まってるじゃない! そんなこともわからないなんてバッカっじゃないのぉ~!?】
それだけで鄭の《使い魔》のウザさは理解した。改めて『イクセスってマトモな部類なんだな』と思う十路に、こんなのと付き合う気概はない。《バーゲスト》を破壊した犯人に間違いないだろうが、そのことを口にする気も削がれた。あと本命が無事なのは推測どおりではあるが、樹里がもう一発入れていればと思わずにはいられない。
「閉嘴。(黙れ)」
【はぁーい】
ドス声を効かせた鄭は、改めて十路に向き直る。その顔にはそれまでの傲岸不遜な態度や、つい先ほど出したドス黒さはない。漂白されたような無表情だ。
「それで。話の続きだけど」
「自分の《使い魔》なのにスルーしやがった……」
けれども十路の一言が蒸し返してしまう。
【はいは~い。ど~もぉ~。多用途垂直起降隠形戰鬥機 《窮奇》搭載人工智能『貂蝉』どぅぇ~す! 気軽にディオちゃん様と呼んでね? よろぴく~――うっ!?】
命令無視する自己主張激しいドローンを、鄭は容赦なく叩き落した。
貂蝉とは、架空の人物でありながら中国四大美女に数えられ、三国志演義では漢の武将董卓とその養子の呂布を手玉に取った女傑だ。そんなイメージなど、ケタケタしたギャル声からは欠片も汲み取れない。
「ほんと、誰に似たのかしら……テストモードじゃこんなじゃなかったのに……早まったわ」
鄭が少し遠い目をする。演技ではなく多分素で。
性格など、十路にとってはどうでもいい。《使い魔》が現状を確認していることが遙かに重大だ。空から聞こえるジェット機の飛翔音も、ただの民間旅客機のものか、《窮奇》なる戦闘機か上空で警戒しているのか判別できない。
「堤十路。私はあなたに興味がある」
気を取り直した鄭が突き出した右掌に《魔法》の光が宿る。そこから棒が飛び出して十路の顔すぐ横まで通過して伸び、全身が出たと同時に端が掴まれる。
長柄に飾り気など一切ない、刃が根元から折れた剣鉾――本物の羽須美の装備で、奪われたと聞いた《無銘》だった。
「オリジナルの《ヘミテオス》、他の『麻美』が目的じゃないのか」
体内から出てきたとしか思えない《魔法使いの杖》の出現に驚きはしたものの、遅れはほんのわずかなもの。十路も臨戦態勢を取る。
空間制御コンテナから取り出して構えるのではなく、提げたまま側面の無人銃架に備えつけた《八九式小銃》を出現させ、脳で引金を引ける状態で銃口を向けた。境内には他に一般人の姿があるとはいえ、暗がりの中でこの構え方なら、正常性バイアスがギターケースにでも誤認させる。そもそもギプスでまともな銃撃戦ができないのもある。
《ヘミテオス》は完全な不死ではない。脳を一撃で破壊すれば殺せることを十路は知っているから、完全に無意味な行為ではない。
「それも目的ではあるけど、どちらかというとオマケ。私は支援部員――その中でも前線指揮官役であるあなたに興味がある」
「は?」
夜の安寧が銃声一発で激変する緊迫感をむしろ楽しむように、鄭は真っ赤な唇を濡らす。愛らしさなど微塵もなく、凶暴な肉食獣の舌なめずりにしか見えない。
「これまで支援部は色々と戦ってきたわね? だけど、全部切り抜けるなんて思ってなかったわ」
「嘘つけ。叩き潰そうと思えば、いくらでも手段はあったはずだ」
「勝とうと思えばいつでも勝てたのは事実だけど、そうじゃなくて、総合生活支援部って組織がまだあって、あなたたちがまだ学生やってること自体が想定外なのよ」
『どういう意味だ?』と十路が眉を動かすと、鄭の微笑が真面目なものに変わった。
「今までの戦い、支援部もその気になれば、圧勝できたはずよ」
「後先考えなければ、な。ただし俺たちは国家レベルの犯罪者として告発され、支援部は解体されてる」
「そう。ギリギリで勝って、丸め込むなんて思ってなかった」
可能な限り法令順守しているが、非常時ともなればそうもいかない。しかし違法性阻却事由が適応される範囲だ。犯罪行為でも事情が事情なだけに仕方がないと見なされている。
客観的な事実として、敵とはいえ誰も殺さなかった。民間人の生命を守ってきた。正当防衛が成立するまで《魔法》で抗戦しなかった。だから罪に問われていない。
一般人の生活に《魔法使い》がどのように影響するか調査する社会実験チーム。有事には警察・消防・自衛隊に協力する民間主導の緊急即応部隊。
彼らは学生。行うのは部活動。殺さなければいけない立場でもなければ、戦争しなければならない義務もない。
これまで部員たちは逸脱することなく活動してきたから、そんな支援部の建前と偽善が部員たちを守っている。
「直接はもちろんつばめの立ち回りだけど、その下地を作ったのは紛れもなく、指揮官役のあなたでしょ?」
いくら長久手つばめが財界・政界・官界にコネがあり、政治的な取引ができようと、実行部隊たる十路たちがムチャクチャをやっていれば、きっと今はなかった。
「なるほど……だから修交館に潜入して、俺に化けて他の連中を引っかき回そうとしたのか」
聞けば納得できなくもないが、十路にすればお門違いだ。
「具体的にどう聞いてるのか知らんけど、俺をそんな風に思ってるなら、お前の目はとんでもない節穴だ。今日一日でわからなかったのか?」
他から見ればどうかはともかく、彼自身は真面目にそう思っている。
支援部は軍事学的に正しい『機能的な戦闘集団』の極地にある、愚連隊のような部隊だ。いや金銭や権力や腕っ節に訴えることができる分、まだ不良集団のほうがまとめやすいだろう。支援部員など性格面でも技能面でも個性が強すぎ、しかも腕力・権力・金の力を鼻にかけないどころか鼻で笑う者たちばかりだから、取りまとめなど最初から放棄している。
十路は指向性と具体性を与えるだけ。指揮官というより扇動者に近い。『普通の学生生活』という共通目的があるから、まとまって行動しているように見えるだけでしかない。
よって作戦と戦果は、結果論に過ぎない。
『超法規的』と付くとはいえ、戦闘部隊としての支援部は制約が多い。 それでも遠慮なしに殺しにかかる相手に抗うのに、法や規則の隙間をかい潜り、利用できるものを利用していたら、結果として意表を突いて撃退に成功してきただけだ。『苦肉の策』という認識が強い。
堤十路は決して有能な指揮官などではない。
「ただでさえ女所帯に男ひとりで肩身狭いんだから、変なことしたら一発で爪弾きにされる部活だぞ。下手に命令なんぞしたらガン無視されて余計に収拾つかなくなるわ。こんな風に」
言うなり十路は飛びのく。
怪訝な顔を作りかけた鄭も一瞬遅れて下がる。電磁波の塊が高速接近することに気付いたに違いない。
【はぎゃぁ!?】
大人しく浮遊していたドローンだけが巻き込まれた。叩き落された上にプロペラの一基を踏み潰された。
「兄貴はまーたコソコソと……」
三点着地を決めた、《魔法回路》で全身に覆う南十星が、文句ありまくりな顔で姿勢を正す。
ついて来ないよう誤魔化したが結局彼女が来たことに、十路はため息をつきながらギプスをつけた手で首筋をなでたが、過去と未来はひとまず忘れる。
現状こそが問題だ。周囲の無関係な人間から見れば、電飾ピカピカな子供が轟音を立てて出現したのだから、当然のように視線が集まる。カメラを向けている者もいる。
衆目のある場で戦闘などできない。十路は小銃を空間制御コンテナに格納し、戦意を目に見える形で引っ込める。
「んで? ここでコイツ殺りゃ全部カタつくわけ?」
ここで正当性のない戦闘を開始すれば、普通の学生生活などあっけなく崩壊するにも関わらず、南十星は全く頓着せずに拳を構える。
「アホ。もっと深刻になるからヤメロ」
「ちぇっ。メンドイなー」
頭に軽くギプスを落とすと、南十星は素直に手を下ろした。けれども《魔法》をキャンセルせず継戦態勢を保っている。
【ちょっとぉぉっっ!? いきなりなに!? ぶ――!?】
しかも我慢の代償行為のように、ドローンを完全に踏み潰した。
「弁償」
「お前、『静かになって丁度いい』とか考えてるだろ」
《無銘》を下ろして手を突き出す鄭には、遠まわしに支払いを拒否する。
交戦前の空気はかき消えたとはいえ、鄭に気を許すことはない。できない。
「お前は支援部の指揮命令系統を寸断させたつもりかもしれないけど、とんでもない勘違いだからな」
最後に忠告する。鄭の存在は腹立たしいが、戦わずに済むのなら越したことはない。
「そう?」
だが彼女の側が受け取りを拒否し、交戦を選択した。
日常にまぎれた非日常、ごく普通の学生生活の裏での暗闘は、まだ続くと宣言されてしまった。
ならば十路が選べる道は、ひとつしかない。
「なにする気か知らんが、俺も動くからな」
「やれるものならどうぞ」
鄭は踵を返し、周囲の人間を無視して、神社の境内を出て行った。背後から十路や南十星が攻撃しないと確信している足取りだった。
「ったく。煽ってくれんじゃん」
その姿が完全に見えなくなってから、南十星は《魔法》をキャンセルし、完全に戦意を引っ込めた。
それで周囲の人々の興味も失われた。《魔法使い》がなにも起こさないことを、目に見える形で示されたのだから、彼らは失望の息を吐く。
巻き添えで死んでいた可能性など、想像もせずに。
ともあれ、終わった。
これで正式な開戦となった。
独立強襲機甲隊員の本領発揮――神戸に来る前に幾度も繰り返してきたこと、また行うだけ。
「じゃ。なとせ。部室で言ったとおり、今回俺ひとりで動く」
「あの女とさっき話したこと、皆とジョーホーキョーユーしないわけ?」
「俺からは言わない。変に混乱させる可能性もあるからな。お前が共有するのまで止めないから好きにしろ」
「うわー。投げやり。マンションにもしばらく帰んないわけ?」
「あぁ。行方不明になる」
南十星に言い置いて、十路も消えようとしたが。
言っておかねばならない気がして、足を止めた。
「……なんか、なとせだったら、俺が潜伏しても根拠不明に見つられそうな気がして、ヤなんだけど」
「見つけても見なかったことにするって。ま、気ぃつけて」
止めるつもりはないらしい。ごく一般的な注意喚起だけで、南十星はヒラヒラ手を振る。
そんな態度が一層、非公式・非合法特殊作戦要員の潜入能力や作戦遂行能力を、『勘』の一言で台無しにしそうで怖い。




