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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の願いごと/イクセス編
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070_0310 great engineer, grave deviant, grand sinner Ⅱ ~挙棋不定~


「扱いヒデェ!?」


 とりあえず、暴れる《バーゲスト》を整備する時によく使う鎖で、武装を引っぺがされたリヒトは拘束された。彼もまた《ヘミテオス》なので抜け出そうと思えば簡単なはずだが、文句を言いつつも大人しくしている。


部長(ボス)。現実を直視するであります。コレがリヒト・ゲイブルズであります」

「あら? なんのことです? わたくしが尊敬する偉大なる先駆者ドクター・リヒト・ゲイブルズは、心の中に生きておられますわ。ところでこちらはどなた? 先日淡路島でお見かけいたしましたけど、その際にはお名前を(うかが)っておりませんし」


 なにやらショックを受けたらしい。コゼットは清楚なプリンセス・スマイルで色々なかったことにしている。


(なり)や性格を除外しても、リヒト(コレ)は尊敬に値する存在ではないであります」


 しかし珍しく語気を強め、嫌悪感を(あらわ)にする野依崎に、コゼットだけでなく誰もが態度を改める。


「コイツのせいで自分たちは《ヘミテオス》たちのいざこざに巻き込まれているのでありますよ? コイツがなにもしていなければ、自分たちは無関係だったとは言えないでありますが、かと言って許されることでもないであります」


 直接部員たちを巻き込んでいるのは、世界中からワケあり《魔法使い(ソーサラー)》を集めた顧問(つばめ)だが、それ以前それ以外の間接的な部分はリヒトに責任がある。その影響力は比ではない。


 元来の《(セフィロト)》や《マナ》との仕様違いにより、この世界では先天的脳機能異常発達症状を持つ人間が偶発的に生まれるようになった。リヒトは《魔法使いの杖(アビスツール)》の開発者として、そのオルガノン症候群発症者の真価を発掘したという世間的評価になっている。

 世界の常識を変えた――決定的な歴史改ざんを行った張本人と言える。


 ならばリヒトが手を出さなければ問題なかったかというと、そうとも限らない。(スー)金烏(ジンウー)の側から動き、教科書に記される名前が違うだけの世界と歴史が作られている可能性は高い。

 とはいえ存在している今と存在しないifの優劣など、誰も比較できない。部員たちにとってどちらの世界がよかったかなど、推測もできない。

 なのでゲイブルズ・ベトロニクス社とXEANE(ジーン)トータルシステム社で世界の暗部を秘密裏に二分し、《ヘミテオス》たちの意見相違を決定的な対立へと導いた張本人に、感情をぶつける以外にできない。大量殺戮兵器を()み嫌い、核兵器の基礎理論を提唱したアインシュタインを責めるような筋違いの話と理解していても。


 真っ先に言及した野依崎は、リヒトが主体となって極秘に作り出された人造の《魔法使い(ソーサラー)》だ。特異すぎる生まれに複雑な感情を抱いている彼女は、他人に運命を(もてあそ)ばれる嫌悪感も一入(ひとしお)なのだろう。彼がいなければ生まれていないことを加味しても。


「それについては言い訳しねェ。テメェらだけじゃねぇ。本当ならこの時代にいちゃいけない連中が、世界中を引っかき回した」


 (いか)つい顔にはさぞお似合いだろうが、ふてぶてしさのようなものはない。リヒトは(しん)()に、けれども傲慢(ごうまん)に、言葉を重ねる。


(つぐな)えッてなら、ひと段落ついた時に、いくらでも償ッてやらァ。消えろッつーならそれでもいい。でも今はまだダメだ。蘇金烏(ヤツ)の思惑を潰すまでは待て」


 リヒトの言葉は開き直りではあるが、感情論で正当性に訴えかけられたり、言い訳されるよりはマシか。

 間違っているとわかっていても、邁進しないわけにはいかない。だからその道を選んだ。

 その決断は(いさぎよ)いと言ってもいいだろう。十路は思い切り巻き込まれてはいるが、原因についてはさほど重要視していないのもあるか。

 自分の手が届かないところで起こったことは仕方がない。問題はその時に自分がなにをするか。なにができるか、だ。自衛隊は名目上軍隊ではないとはいえ、兵士だったのだからそう考えが叩き込まれている。

 それに彼が(つぐな)う時に、十路や部員たちが生きている保障もない。リヒトたちと共に叩き潰されるかもしれない。


 などと思った矢先、リヒトはクワッと緑の目を見開き、十路を射抜いてくる。


「だけど小僧ォォォォォッ! テメェだけは話は別だ!? つかなンだこのメンツはよォ!? 娘ばっかり男ひとりのこの状況!? それでジュリもかッてかァア゛ァン!?」

「面倒くせぇ……」


 入部から半年近くなって今更であるが、十路は納得した。

 悠亜かつばめか、あるいは両方か。支援部の情報や心臓を移植した経緯など、樹里の近況は十路の存在を隠してリヒトに知らせていたのだろう。世間的にも支援部の情報が徐々に明るみになり、十路の姿が映った映像も出回っているのに、どうやって情報を隠していたのか不明だが、この面倒くささを回避するために頑張ったに違いあるまい。でなければもっと早い時期にリヒトはこの部室に突入しているはず。


「男女比(かたよ)ってるのは偶然だ……あと俺、アンタの嫁の妹とデキてるわけでもないけど……」

「心臓とッ替えられてるだろうがアァン!?」

「ヘミテオス管理システムが起動するまで、誰かの血を輸血されたくらいにしか思ってなかったんだが……」


 血涙を流しそうな、しつこい時の和真とは違ったウザさに辟易(へきえき)し、パスする。


「フォー。対応任せた」

「嫌であります」


 『面倒であります』と言いつつも頼みを聞いてくれる野依崎が、今日は完全拒絶だった。


「兄貴ー? あたし代わろかー?」

「血の雨が降る予感しかしないからヤメロ」


 ステキ笑顔で挙手する南十星は下がらせる。十路への敵意マンマンなリヒトに結構キているみたいだが、激突というか一方的殺戮の危険を許容できない。ちなみに実力不明ながら《ヘミテオス》相手なのだから、()られるのは南十星と想定している。


 十路が対応しなければならないらしい。ロクな会話は交わしていないが、一応はリヒトと面識があるのだし。


「で。アンタ、なにしに来たんだ? 悠亜さんから『衣川羽須美』の正体探ってるとか聞いたけど、判明したのか?」


 とはいえ丁寧な対応などする気ない。策略家理事長(つばめ)丁寧ヤンキー王女(コゼット)以上に払う敬意はない。

 相手もそれを気にする性格ではない。十路の言葉では無視されるかと思ったが、リヒトはちゃんと回答した。


「テメェらも淡路島で見たヤツだ。(ヂェン)雅玲(ヤリン)


 どのようにして調べたのか知らないが、ここに来て不確定情報を出さないだろう。


――やり方全部、アイツな気がしてならないのよねぇ……?


 悠亜もそれらしき予想を口にしていたが、大当たりか。


「アンタら夫婦が何度も()り合ってる相手らしいけど、一連のことは当てはまってるか?」

「あァ。ヤツらしい()り方だ」


 リヒトが鼻に(しわ)を寄せるのは、訊いた十路に対する悪感情とは違うだろう。

 

 (ヂェン)の目的がいまひとつ予想できなかったが、そうなると納得できる。

 今回支援部は波状攻撃、それも都市ゲリラ戦を仕掛けられている。戦闘目的が不明確で臨機応変に奇襲を行う、ただでさえ片がつきにくい嫌な戦術なのに、心理戦要素が混じった(かく)乱も受けていて、相当やりにくい。悠亜とリヒトが手を焼いてきたのも頷ける。


「なぁるほど……《つぐみの(ひげ)の王様》って呼ばれてたのも納得ですわ」

「は?」

「日本じゃあんま有名じゃねーみてーですけど、グリム童話くらい知っとけっつーの……」


 コゼットの納得は(ヂェン)の別名――あるいはLilith形式プログラムに対する別種のものだった。疑問の視線を送ると、彼女は金髪頭をガリガリかきながら説明してくれた。リヒトは存在しないことになっているのか、プリンセス・モードはOFFされている。


「美人だけど無礼で高慢ちきな王女が、改心して幸せになるっつー話ですわ。タイトルの『(つぐみ)(ひげ)の王様』っつーのは、他国の王子に王女がつけた渾名(あだな)ですわね」


 娘の振る舞いに怒った父たる王は、『今から最初にやってきた男にお前を嫁にやる』と宣言し、やって来た物乞いに押しつけて勘当してしまう。

 家事などしたことない娘が、庶民――それも最下層の環境に突然放り込まれても、ままならない。なにもできずに役立たずと(ののし)られる。瀬戸物を市場で売る商売は一度は成功したが、馬に乗った兵に踏み砕かれてしまう。

 やがて娘は城で女中として働き、残飯をもらって食いつなぎ、己の傲慢を悔いる日々を送る。


 ある日、城で晩餐会が(もよお)された。その場には娘が『つぐみの髭の王様』と嘲笑したあの王子もいた。

 娘はいつものように残飯の入った壷を腰に提げ、物乞いの夫が待つ家に帰ろうとしたが、その王子により連れ出され、皆の前で踊ることになってしまう。

 残飯をぶちまけながら踊る様に笑われ、娘は逃げようとしたが、王は手を離さない。

 彼は娘に(ささや)いて告げる。物乞いも騎兵も、変装した彼だった。娘の心を入れ替えてもらうための演技で、改心した今、結婚を申し出たいと。


「ンなことされた女は、泣いて喜ぶどころか、張り倒して一生恨むと思いますけど、作り話なのでそれはともかくとして。変装の達人の名を冠した術式(プログラム)の機能なんて、コピー以外ありえねーでしょう?」

「外見だけでなく、《魔法》までですよ?」

「そこらはわたくしよか、フォーさんが詳しいんじゃねーかと思うんですけど?」


 ある程度の確信を持って『同じ予想をしているのではないか』とコゼットが視線を向けると、野依崎は『その通り』の意を含んだ息を面倒そうに吐いた。


「……聞いた話では、《塔》は工場だけでなく、サーバーの機能も持っているのでありますよね? そこに《魔法使い(ソーサラー)》の個人情報も蓄積されている、と」


 十路の《ヘミテオス》管理システムが起動した際、『セフィロト9iサーバーとリンク』というシステムメッセージが流れた。内部に入った際にはAIらしきものが対応し、《管理者No.003》の詳細情報を開示した。

 首を動かし、その経験を端的に伝える。


「どういう形でか、どこまでかは想像できないでありますが、《ヘミテオス》だけでなく普通の《魔法使い(ソーサラー)》とも……より正確には《魔法使いの杖(アビスツール)》と《塔》は双方向で通信していると思うであります。例えば、術式(プログラム)生成はクラウド化されていて、サーバーからダウンロードしたデータを個人専用に改変しているとか。バックアップか定期的な情報収集かで、《魔法使い(ソーサラー)》の個人情報や使用履歴などを発信しているとか。そしてそのビッグデータは閲覧制限がかけられていると思うであります」


 ここまで来ればなんでもアリと思いつつも、十路もありえることだと考える。《塔》の中で彼自身のデータを閲覧し、管理者権限の階級によって情報の制限が異なったのも体験した。


(ヂェン)雅玲(ヤリン)なる者は『管理者No.003』としての権能で、そのデータのアクセス権限を持っていると推測するであります。なので《魔法使い(ソーサラー)》独自の術式(プログラム)も実行可能……もしかすれば、他の《ヘミテオス》が持つLilith形式プログラムも」


 野依崎が灰色の瞳に少し挑戦的な色を浮かべると、リヒトはゆっくりと部員たちを見回す。誰も異論がないことを確かめて、凶暴に顔を歪めた――否、笑った。


「正解……()ッていいだろう。手間かかるガキばかりじゃねェようでなによりだ」


 実質的に初遭遇となる支援部の知的レベルは、彼の要求を満たすものだったらしい。


「……《魔法使い》や他の『管理者No.003』の記憶まで収集されて、(ヂェン)って女は利用できるのか?」


 十路が()()を問うと、リヒトはいぶかしむような目を向けくる。

 

「なにを()ッて『記憶』ッつーのか? 生理学的には神経細胞上の樹状突起スパインの活動、電位を計測してデータ化できるモンだ。心や魂ッつー意味なら、科学者(オレ)の範疇じャねェから知るか」


 彼はどうやら、十路が問うた理由を、漠然ながら察したらしい。問いには答えたものの『知るか』の言葉どおり、踏み込まないと宣言している。

 踏み込まないのは十路に対してだけではない。改めて他の部員たちを見回して、部活に関わらないことも宣言する。


「バカじャねェなら、あとはテメェらでなンとかできッだろ」

「ちなみに嫁はなんて言ってんだ? 仮に『手伝え』って言われてたのに、いまの一言で俺たち放置したら、アンタ後でボコられる気がしてならないぞ?」

「…………」


 目を泳がせる恐妻家、全て図星らしい。

 だがリヒトはすぐに気を取り直した。


「テメェら余所(よそ)のガキどもよりも、オレはジュリを優先する」

「アンタらが色々隠してたから絶賛イジけて家出中の今、出しゃばったら樹里(いもうと)に嫌われる気がするぞ?」

「…………」


 再び目を泳がせる重症患者(シスコン)、図星というか正確な未来予知だと判断できる正気は残っているらしい。


「どうせ具体的な対応策なんて、話し合いできないからいいけど」


 今日起こったことのまとめと軽食には付き合っていたが、それ以上は無意味だと十路は考えている。具体的な対策など話し合って、その情報がどのような形でかで(ヂェン)に洩れていたら、危険ですらある。

 リヒトを無視して話し相手を変えると唐突さに目を丸くされたが、一方的にコゼットへ告げる。


「部長。今回俺は単独行動します。同じこと繰り返すとは思えませんけど、もし俺を見たら、そいつは敵だと判断してください」


 加えて野依崎に預けている空間制御コンテナ(アイテムボックス)を引き取ることを伝え、顧問にいくつか校内の消火器を拝借する伝言を頼み、十路は部室から立ち去る。復旧に手を貸せないのだから、いなくてもさして問題はない。

 こういう非常時の部活動で中心的な役割を担っていた彼が、投げ遣りとも放棄とも言える退出に呆気に取られたか、誰も声はかけない。


「ねぇ、兄貴」


 否、南十星だけは呼び止めた。


(アイツ)、最後になんか言い残してなかった?」

「大したことじゃない」


 妹に対してもぶっきらぼうを貫いて、夜闇に消えた。

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