070_0220 2nd spoofⅢ ~転禍為福~
セーラーワンピースのスカートから覗く、金属繊維に包まれた足を動かす。履いているのは子供サイズとはいえメカニカルなコンバットブーツだが、ゴツさに似合わぬポテポテした足取りで。
まだオヤツにも早い時間だが、小学生の野依崎雫に課せられた本日の授業は全て終了した。なので彼女は薄型ランドセルユニットの上に赤いランドセルを背負って下校していた。下校とはいえ彼女は構内で生活しているのだから、『初等部校舎を出た』という意味でしかなく、普通の児童とは違って校門から逆行している。
その道すがらには、体育の帰りか、男女兼用の学校指定ジャージを着た学生たちがバラバラに歩いていた。見覚えある、なんともやる気ない男子学生の後ろ姿もある。念のため着込んだ《魔法使いの杖》と接続して歩容認証すると、歩く姿勢は九九パーセント以上一致している。
昨日の十路の襲撃は、野依崎も当然知っている。普段から後方支援を担当しているため、現場に赴くことはなかったが部活として動いている。
なので事態が楽観視できるものではないが、致命的でもないことは知っている。十路のことも、イクセスのことも。
とはいえ己の目で確認するのとはまた違う。
包帯やギプスを覗かせているので、体育は見学したかもしれないが、普通に登校している姿を見て、野依崎はそっと息を吐いた。
「堤さん。お時間よろしいですか?」
「俺まだ授業が終わってないんですけど? 部室に顔出した時じゃ駄目なんですか?」
「話の内容次第ですけど、話自体はすぐ済みます」
唐突に現れた、装飾杖を手にしたコゼットにより、手近な物陰に連行されて姿を消した。
「――は? なんの話ですか?」
「テメェしらばっくれるかァァッ!?」
「ぎゃああああぁぁぁぁっっ!?」
そしてなんか怒声と悲鳴と暴虐が聞こえてきた。
△▼△▼△▼△▼
なぜかドアだけが壁に立てかけられているのか疑問に思ったものの、それ以上は気にしない。まだ誰も来ていない放課後の支援部部室に一番乗りした野依崎は、デスクのパソコンを点けた。
OSの起動を待つ間、冷蔵庫の保存容器を電子レンジに入れる。中身はアイスクリームだが、添加物の特性で真逆の性質を持つ。秋が深まりナージャが作ってくれるようになった、科学技術の申し子 《魔法使い》らしい分子美食学によるオヤツだ。
温かいアイスクリームという矛盾したものを匙で舐めていると、閉じたはずの電動シャッターが唸りを上げる。
ある程度開いたシャッターをくぐり、中に入ってきたのは、ジャージ姿の十路だった。
「まだ授業中なのではないでありますか?」
「サボった」
「あと先ほど、部長にボコられていなかったでありますか?」
「それがサボった原因だ……怪我してるってのに……急になんだったんだか……」
廃品をコゼットが修理した灯油ストーブに火を入れて、十路は不機嫌にソファに腰を下ろす。その動作もどこかぎこちない。
「フォー。ちょっと」
ギプスをつけてるため指だけで手招きし、逆の手で膝を叩いている。
よく十路がソファに座っている時、野依崎はその上に座っているが、彼から求められたことは今までなかった。
「まだ冬本番じゃないけど、吹きっさらしだとやっぱり寒い」
「自分はカイロ代わりでありますか」
強化服を着ているのに、カイロ代わりになるだろうか。そう思いつつも容器とスプーンを手にしたまま、野依崎は促されるままに十路の膝に座る。怪我しているのだから、飛び乗るような真似はしない。
フェルトのネコミミ帽に顎を乗せられたが、そのまま大人しくホットアイスクリームをムグムグする。しばらくすると体に回されていた手が動いたが、気にしない。尻部分の感圧センサーが下から突き上げてくる物体の存在を報せてくるが、それも気にしない。
ホットアイスを食べ終えて、ようやく野依崎は体を捻って背後の顔を見上げた。
「《ハベトロット》を装着しているので、自分の胸や股間をまさぐっても面白くないと思うでありますが?」
「……固い」
「どうしたでありますか? 怪我して自慰ができず性欲発散に困ってるのでありますか? 別に構わないでありますが、自分のツルペタボディに欲情するほどに」
「お前、雰囲気とかへったくれもないな……」
ならばと野依崎はムード作りに務めることにした。声だけ。
「おにぃちゃん? どしたの? フォーのおっぱい、おっきくないよ? あと、お尻になにか固いのが当たってるよ? これなぁに?」
「無表情でそのロリボイスは怖い……」
「文句多いでありますね」
あっさり平坦なアルトボイスに戻した野依崎は膝から降りる。空の容器とスプーンを置き、棚に積み上げられた備品の箱をあさり始める。
「そんなに性欲を発散したいのであれば、自分が手伝ってやるでありますから、下脱ぐであります。他の部員が来る時間までさほどないため、手っ取り早く済ませるでありますよ」
やがて手ごろな金属棒を見つけた。
直径三センチほどもあるので、もう少し細いものがあればベストかもしれないが、他に見当たらないから仕方がない。
「なにする気だよそれで……?」
「十路の尻にぶっ刺すであります」
「真顔で言うお前が怖ぇよ!?」
「自分にどうしろと?」
わざわざアダルトグッズを用意をしなければならないのだろうか。今すぐの使用を求められるので通販だと対応できない。直に販売店に行って購入してくるしかないが、小学生女児に売ってくれはしないだろう。
言葉の裏でそんなことを野依崎は考えていた。真面目に。至極真面目に。『馬鹿と天才紙一重』という先人の言葉どおりに。
「ならば自分が局部を踏んだり蹴ったりすればいいのでありますか? 《ハベトロット》の出力でやると、潰れるかもしれないでありますが?」
「そういう発想しかないのか!?」
「他にどうしろと?」
野依崎としては最善策を申し出たつもりだが、断られるなら仕方ない。
男性機能を破壊される危惧からか、閉じていたシャッターを再び空けて、十路が部室を出ていくのを止めもしない。
金属棒を元に戻した野依崎は、起動し終わったパソコンを操作する。
「ん?」
OSの起動と同時に、自動的に起動する常駐プログラムが、いつもと違う。
誰が設定をいじったかは、考えるまでもない。起動したのはテキストファイルで、そこに書かれたメッセージに、コゼットと樹里の署名があるのだから。放課後最初にパソコンをいじるのが野依崎と見込んで、このような方法で伝言を残したのだろう。
「…………ふん」
子供らしくない顔でしばらく考えこんだ野依崎は、まずはメーラーソフトを立ち上げた。
△▼△▼△▼△▼
だらけた空気が漂う古文の授業中、部屋の扉が静かに開いた。
「すみません、保健室に行って遅れました」
前の授業の体育で、気分が悪くなったから保健室に行くと途中退席した『羽須美』が、学生服に着替えて入ってきた。出欠を取る際、クラスメイトがそのことを連絡していたので、教科担当も咎めもせずに着席を促す。
(やっぱり、か……? 部長に物陰に連れ込まれて、ワケわからん指示を出されたけど)
席に着く彼女を後目に、十路はポケットに手を入れて携帯電話を操作した。前もって作っておいたメールを送信するだけなので、見る必要もない。
だがすぐに携帯電話が震えたので、結局見なければならない。十路は机の陰に隠したまま、画面を確かめる。
メールを送ったコゼットからの返信かと思いきや、違った。記載されているアドレスは支援部共用のものだが、メールを送ってきたのは野依崎だった。
「ぶふっ!?」
内容に思わず噴き出した。噛み殺そうとしたが完全には無理で、周囲の視線を集めてしまった。
(いきなりなんだ、アイツは……!?)
子供だから無知というより、本人の性格として性的なことに無頓着で、心臓に悪い少女なのは知っている。これまでも知らぬ間に裸でベッドに潜りこんでいたこともあった。
だが今回のメールはあまりにも予想外すぎた。
――手淫や口淫は未経験のため射精誘発に時間かかると予想。
――自分の体格では挿入には拡張が必要と思われるため今すぐの使用は不可。
――あの状況下では前立腺を直接刺激するのが最良手段でありますが、なにか問題であったでありますか?
――単純にリーダーの肛門に挿入予定だった器具の直径が問題でありますか?
意味不明だったが、とてつもなく不穏だった。アメリカ生まれと思えない漢字多用でエロ成分は薄まっているが、代わりに恐怖が満載されている。その気もないのに性犯罪者にさせられかけ、しかも尻までピンチだった。
十路は『なんの話だ』と返信した。授業中なので短文だが、『!』の数で抗議の意志を伝えておく。
大人顔負けの思考回路で話が通じるので油断していたが、あの少女は義妹を上回る常識外れでトラブルメーカーであることを思い知った。




