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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の世界事情/コゼット編
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020_1401 手荒い歓迎Ⅳ~Third party~


 つばめの指示に従ってやって来たパーティ会場は、なんの因果か偶然か。『ポートホテル・テティス』――人工島(ポートアイランド)にある、昨日コゼットと十路がクロエに会いに行った、あのホテルの(もよお)し物会場だった。

 会場はきらびやかな照明に照らされ、豪華な料理が並び、着飾った大人たちが集まっている。


 レセプションとは、企業の新製品発表会や創立記念であったり、芸術関係では個展や映画祭で行われるような、交流目的の立食形式パーティのことを言う。

 儀礼とすればかなり砕けた形ではあるが、主催者の考え方によって差が生まれる。ドレスコードや料理で判断すると、ワンランク上の形式と見る。


(確か学生服って正装(フォーマル)扱いだろ? わざわざ準礼装(ブラックタイ)に着替えなくても……)


 部員プラスアルファでやって来たホテルのフロントで修交館学院の名前を出すと、従業員に案内された部屋に、つばめが準備したらしい衣装が用意されていた。

 当然男女別れて着替え、再集合して入場して以降、社交的なことは女性陣に任せて、十路は出入り口近くの壁際から動かなかった。

 セキュリティの関係上、部員たちの空間制御コンテナ(アイテムボックス)手荷物預かり(クローク)に預けざるをえなかった。催し物会場の受付近くとはいえ、万一すぐ取りに戻れる場所を陣取っている。


(にしてもまぁ、俺って場違いだよな……)


 それとなく周囲を見回して、嘆息つく。若造にタキシードが早いという意味ではない。いや、実際早くて『着られている』感がある。

 多くは五〇代以上と思える招待客に混じり、明らかな若者がいると浮くという意味でもない。いや、実際浮いているが。


(間違いなく警察のブラックリスト入りしてるよな……)


 前を開けた紺色スーツ姿の男たちの視線を、それとなく受けていることだ。白く『SP』と染め抜かれた赤いネクタイを締めている者、赤い太陽と三日月の中に白抜きの桜が記された記章をつけている者とがいる。警視庁と兵庫県警の、要人警護任務に就く警察官たちだ。


 緊急招集される部活で県警と関わることは多いが、接することのない課の職員だから、胡散臭い目を向けられている。東京から出張してきた警視庁の警備部警護課員(セキュリティポリス)など、完全に不審者を見る目だ。

 要人警護の観点から、無理からぬことだとは思うが。


(兵庫県知事と神戸市長はともかくとして……あれ確か、今の経済産業大臣だよな……? あっちにいるのは経団連の会長じゃなかったか?)


 ここにいるのは、大物政治家や経済界の重鎮(じゅうちん)や神戸の要人たちという、錚々(そうそう)たる顔ぶれだった。関連企業の招待客たちも重役クラスのように見える。


(高校生が来る場所じゃないだろ……)


 十路は遠巻きに招待客を観察しつつ、撮影されていないか警戒していたら。


 三〇歳を超えてるかどうかという、あまり特徴のない、縁なし眼鏡の男に話しかけられた。


「イェンは来ていないのかい?」

「は?」


 その言い方では限られた人間にしか伝わらないと、遅れて理解した男は言い直す。


「あぁ、すまない。長久手(ながくて)のことだよ」

「ウチの理事長ですか」


 日本語に不自然なところがなく、顔立ちでは見分けつかないが、相手は中国人なのだろう。(つばめ)の中国読みはイェン、彼女のあだ名に違いあるまい。


「本日は他の仕事で来れないということで、我々が代理で来ました」

「そうか……いないなら仕方ないな」


 十路には大して興味はないらしい。男は人の多いほうへと消えて行った。


 本来裏社会の住人たる《魔法使い(ソーサラー)》たちが来場してるのは、既に会場内に広まっている。顔や名前は非公開で部活動を行っているが、会場入りする際の主催者出迎え(レシービングライン)で、ある程度は広まってしまう。

 それに(ともな)って、つばめの不在についても、何度か問われた。


「堤先輩……」


 入れ違いに樹里が近寄ってきた。肩を落としてトボトボと。


 彼女はミニ丈の赤いカクテルドレスを着ていた。色合いが目を引くだけでなく、背中はカットされて大胆に出し、細い脚を短いスカートから(のぞ)かせている。純朴な印象の樹里には少々意外な派手めの格好だった。しかし用意したつばめの見立てに間違いはなく、少女らしい可憐さと華やかさを振りまき、よく似合っている。


 ちなみに男女別室で着替えて再集合した時、樹里は不安そうに、しかしなにか期待するような顔をしていたが、十路は気にしていなかった。空気読めないので。


「なに落ち込んでるんだ?」

「ふふっ、いいんです……目立ちたくないですし……お偉い人に話しかけられても困りますし……」


 力ない笑みを浮かべ、そちらを見た樹里が一層ヘコんだ。


「でも複雑な光景ですよぉ……」


 会場のそこかしこで談笑する輪ができていて、その中でも一際大きい人だかりがふたつある。その中心には、コゼットとナージャがいる。やはり《魔法使い(ソーサラー)》という存在は珍しく注目されるため、彼女たちと言葉を交わし、親交を深めようとする人々が集まっている。


 しかし十路と樹里は、こうして囲まれることもない。その違いを考えると。


「やっぱり胸の差ですか!?」

「全部そこに結びつけるのヤメロ」


 大台目前バスト七九にコンプレックスを持つ樹里に、十路は半眼を向けた。確かにナージャとコゼットは大きい部類で、彼女は(つつ)ましいが、反応差の原因は当然違う。少なくともそれだけではない。


「あのな、木次(きすき)? あの留学生ふたりに張り合うの、間違いだと思うぞ?」

「張り合うつもりないですよ……? こうなるって予想もついてましたよ……? でも実際、こうも違いを見せつけられると、泣きたくなります……」

「……俺にどういうリアクションを求めてる?」


 複雑な乙女心に、十路がリアクションに困っていると。


「十路くん! そんなところにいたんですかぁ!?」


 黒いセミイブニングドレスに身を包んだナージャが、人垣から抜け出てきた。


 大きく胸元が開き、体の線もあらわなマーメイドラインのドレスの黒と、長い白金髪(プラチナブロンド)と肌の白さが対比となって、これ以上なく()えさせている。しかも普段はしない化粧で決めると外見年齢が上がり、完成された大人の女性になっていた。


「やっぱり胸の差……やっぱり胸の差……」

「普段カーディガン着てるから意識しないけど、ナージャのアレはスゴイな……」


 開いた胸元から、白く豊かな双球と谷間がこぼれているのを見て、樹里は涙目。十路はため息。


「もぉ~、いなくならないでくださいよぉ」


 ナージャが十路の腕を取り、その豊かな胸元に挟むように抱え込んだ。柔らかな感触と共に、いつも彼女が(ただよ)わせているバニラの匂いとは違う、柑橘(かんきつ)系の香りが鼻腔(びこう)に届く。


「ナージャ……いつものノリはヤメロ」


 彼女が肉体的接触をしてくるのは珍しくないが、今はまずいと十路は腕を引き抜く。改まった場なのが一番の理由だが、普段より露出度が高く生地も薄い今の服装では、触覚的にも視覚的にも危険だった。

 しかし今のナージャにふざけた雰囲気はない。


「男()けになってくださいよ……」


 困ったような情けない顔で、ざっと三〇枚ほどの名刺を扇状に出現させた。


 社交会や商談会でもあるのだから、普通は顔を合わせることもできない《魔法使い(ソーサラー)》と(つな)がりを持とうと、名刺を渡されても別段不思議はない。ないのだが。


「押しつけられた名刺、プライベートの連絡先が書かれてるんですけど……」

「……理事長に渡しておけばいいだろ」


 十路は二重の意味を込めた。部の外交的な話は学生では判断できないし、独身恋人なし二九歳の私生活に活路が開けるかもしれないので。


 モテぶりでナージャが困っていることに納得していると、もう一方の人垣も割れる。


「堤さん。置き去りにしないでください」


 そこから出て来たのは、スカートが大きく広がるプリンセスラインの、象牙色(アイボリー)のイブニングドレスに身を包んだコゼットだった。ティアラなど身分を示す装飾はつけていないが、優雅な微笑を浮かべて歩く様は、正真正銘王女の風格を放っている。


「格が違う……女としての格が違う……」

「普段は意識しないけど、部長ってやっぱり王女サマだよな……」


 人前なので二面性を発揮し、服装までもパーフェクト・プリンセスになった彼女に、樹里は涙目。十路はため息。


「困りますよ。わたくしをエスコートしてくださらないと」


 コゼットが柔らかく非難し、口紅を塗った唇をほころばせる。

 しかし青い目は笑っていない。『人に囲まれて厄介な状況だっつーのに無視(シカト)ぶっこいてんじゃねーですわよ』と語っている。


 このパーティの招待客は企業の重鎮が多いため、日本国内ではまだまだ重役クラスは男性が多い。

 そして《魔法使い(ソーサラー)》が珍しがられる上に、留学生ふたりは金髪白皙(はくせき)の美形であるため、人目を()くのは日頃からのこと。

 《魔法使い(ソーサラー)として珍獣扱いされることは想定していたが、会場入りした周囲の反応は予想を超えていた。


 支援部員ではない数会わせだと説明しても、高校生とは思えないナージャは、お近づきになりたい男たちに声をかけられ続け。

 王女であることを知られている様子のコゼットは、その美貌も加わって、あらゆる人々から声をかけられ続ける。

 本来パーティの来賓は、主催者よりも目立ってはならないはずだが、会場の視線を独占していた。


「どーせ私は地味ですもん……」


 その変身ぶりに、着飾ってもあどけなさが抜けない樹里は、背中を向けて暗雲を乗せていた。


「あー、まー、その……木次も似合ってるぞ?」


 着替えた彼女を最初に見た時、完全スルーしていたので、今更ながらに十路は言ってみる。


「いえ、いいんです……無理して(なぐさ)めの言葉をかけて頂かなくても……」


 全く通用しなかった。むしろ、どんよりした気配が濃くなった。


 それにコゼットとナージャが、なにか言いたげな、非難がましい視線を向けてきた。


(俺に木次をなんとかしろと?)


 十路は重いため息をつく。どうしようか迷い、だけど対応策を考え、意を決した。


「あのなぁ?」

「ひゃんっ!?」


 背中を向けていた樹里の肩に手をかけて、無理矢理振り向かせる。そして彼女の(ほほ)を両手で挟んで、十路は身をかがめて顔を近づけた。


「堤先輩!? 顔近い! 近すぎですってば!」


 キスされるとでも思ったか樹里は焦るが、もちろんそんなつもりはない。とはいえお互いの吐息がかかる間近だから、もう少し距離を詰めるだけで、唇は簡単に触れるだろう。


「もうちょっと自分に自信持てよ? 木次って結構可愛いんだからさ」

「か――!?」

「そりゃ日本人の感覚としては、金髪ブルーアイに(あこ)れる気持ちもあるかもしれないけど」

「や、その……!」

「それに胸の大きさ気にしてるけど、木次ってスレンダーだから、胸だけ大きくなればバランス崩れるし、今くらいがベストだと思うぞ?」

「そ、うですか?」

「いや、ほら、前に木次の全裸(アレ)見た時、スタイルいいと思ったし」

「あの時の事故(アレ)は忘れることにしたじゃないですか!?」

「その服だって似合ってるぞ?」

「あぅ……」

「普段の感じからして、そんな服着ないだろうけど、派手めの格好もいけるじゃないか? 俺は結構好きだけど?」

「ふぇ……!」

「今日みたい大人ばっかりが集まった場所だと、どうしても部長やナージャに注目するだろうけど、出るところに出れば木次だってな――」

「わかりました……! 私が悪かったですってばぁ……!」


 樹里は耳まで真っ赤に染めて、先ほどまでとは別の理由で泣きそうなっている。

 なんとなくバラを(かたど)ったヘッドドレスの載る頭に手を置いて、彼女を解放した。


「あらら~……()め殺しですか」

「普段の堤さんからすれば、少々意外な対応ですね」


 観戦していた留学生たち、聞こえよがしの会話を開始する。


「そういえばクニッペルさん? 堤さんが木次さんにかけたようなお言葉、かけて頂きました?」

「あらら? そういえばなかったでございましてよ? いつもと違うわたしや王女殿下を、彼はどのように思ってるのでございますでしょうか?」

「少々頑張ってみたのですけどね?」

「化粧をして香水も使ってみたのに、反応がないと不安になってしまいますわ~?」

「普通でしたら女性が着飾っていたら、世辞でもなにか一声かけるのが、殿方の甲斐性かと思うのですが?」

「甲斐性というか礼儀でございますですよ~? 名刺を頂いた方々からは、そんなお言葉をもらったのですけど、十路くんからはまだでございますわね~?」


 プリンセス・モードのコゼットと、ふざけてエセお嬢様言葉を発するナージャが、小さくニヤニヤと口元を(ゆが)めて挑発する。彼が乗らないと思っての言葉だろう。


「おぉ……我が魂の婦人なるコゼット・ドゥ=シャロンジェよ。美貌の花よ」


 ならばと十路も相応に対応した。(ひざまず)いてコゼットの手を取り、聖書の次に発行部数の多い古典文学を応用する。驚いたように反射的に引かれたが、過ぎない力で細い手首を握り、逃がさない。


「万一絶世の佳人コゼット・ドゥ=シャロンジェよりも麗しい女性(にょしょう)は全世界になしと告白せぬに()いては、全世界も立ちどまれ」

「わかりましたから……! わたくしが悪かったですわ……! というか、よくそんなセリフをご存知ですわね……」

「まぁ、ちょっと」


 顔を赤くする前にコゼットが乱暴に腕を振ったので、今度は逆らわずに解放して、素に戻って立ち上がる。


「十路くんって、ナチュラルにそういうことできちゃう人なんですねー……」


 期待半分不安半分なナージャには、やる気ゼロの拍手と賛辞を送る。


「わー。ナージャすげー。似合ってるぞー。惚れそうだー」

「リテイク!」

「お前、冗談でも俺から迫ったら嫌がるだろうが」

「それでもわたしだけ特別扱いってありえないですよ!? もちろん悪い意味で!」


 平気で友人の垣根を越えてくるくせに、恋人ゾーンに足を踏み入れるような行為はウブくワタワタする。

 ナージャの男女観というかボーダーラインはよく理解できず、それ以上に面倒くさくて真面目に付き合う必要性を感じないので、不満はそのまま捨て置く。

 コゼットが顔を真面目なものに作り変えたから。


「堤さん。どうしても挨拶しておきたい方がいらっしゃいますから、お付き合い願えますか?」

「もしかして『あの人』ですか?」

「えぇ」


 顔はプリンセス・スマイルのままだが、コゼットから嫌悪のオーラが発せられる。

 『あの人』とは何度か目が合っているので、お互いこの場にいることは承知してるが、まだ話してはいない。


「堤さんも一度お話しした仲ではありませんか。挨拶に出向いても、おかしな事ではないと思いますけれど」

「そうかもしれませんけど……」


 気の進まない十路とは、それ以上問答する気はないらしい。コゼットが腕を取って絡めて(うな)がす――というより引きずった。

 仕方なく足を動かしながら、まだ顔の赤い樹里に声をかける。


「《杖》預けてあるの、忘れるなよ」

「は~い、了解で~す」


 するとなぜかナージャが返事した。


「ふぇ? ナージャ先輩? そっちは私がやりますから、お話する方をお願いしたいですけど……」

「いや~、話してばかりで全然食べてないですから、ここらで休憩してガッツリ食べようかと」

「あの……その格好でガッツリ行くと、ガッカリされる男の人がいるんじゃないかと……」

「いーんですよ、そんなの。あ、持ち帰り容器(ドギーバッグ)ってないですかね?」

「ここで主婦的発想はやめましょうよ!?」


 こんな場所でもマイペースなふたりはさておいて、十路は『あの人』の前に連れて行かれた。


 やはりスカートの広がった、青いイブニングドレスに身を包むその女性。以前十路が見た日常的な顔とは違い、髪も化粧もセットしている。

 コゼットと同様にドレスアップした王女――クロエ・エレアノール・ブリアン=シャロンジェも、この会場にいた。


 生まれつきの気品を感じる、共通した美貌を持つ姉妹が、笑顔で向き合う。


「Votre robe est souvent bien assortis. Le bas-ventre, mais elle est tellement a l'etroit」

「Vos cheveux ont ete perturbes. Comme votre cur tordu」

「Vous pouvez tricher l'odeur putride de parfum, n'est-ce pas impossible?」

「Avez-vous un maquillage epais pour cacher l'age de votre peau?」


 部外者に内容を聞かせないためか、言語が切り替えられた。


「ふふっ」

「うふふ」


 そして同時に高貴な笑いを浮かべた口元に隠す。傍目(はため)には、王族姉妹のなごやかな会話に見えるだろう。


 フランス語がわからない十路も、なにを話したか具体的にはわからないが、ふたりの地を知っていれば実情は違う事はわかる。


(絶対に毒吐きあっただろ……)


 ふたりが挟む空気が、(よど)んでいる。


「ちなみにお二方は『クロエのドレス、お似合いですね。下っ腹がキツそうですけど』『髪の毛乱れてますよ。コゼットの曲がった性根みたいに』『腐敗臭を香水で誤魔化すのは無理がありません?』『そういうコゼットは、厚化粧で肌をごまかす歳になりました?』とおっしゃっていました」

「俺の心を読んで解説しないでください」


 無表情で王女に付き従う無表情のロジェ・カリエールは、今日もホテル従業員と見るのは不可能な異彩を放つメイド服だ。


 それでようやく存在に気付いたわけではないだろうが、クロエが十路を見て、なぜか側に控えるロジェの耳元で(ささや)く。


「殿下は『今日はムッシュ・ツツミも正装されているのですか。よくお似合いですよ』とおっしゃってます」

「……どうも。クロエ王女殿下もよくお似合いです」


 知らない人間が見れば、日本語を話せないクロエの言葉を、ロジェが翻訳(ほんやく)してるように見えるだろう。


(さすがに公式の場で、あの特殊な日本語は使わないんだな……)


 イロモノ王女も特殊性を自覚していることに、そこはかとなく安心した。


「それで、なぜ貴女方(あなたがた)が、この場にいるのですか?」

僭越(せんえつ)ながら、わたしがご説明いたします」


 コゼットの問いに答えるためには、長い話になることを感じたためか、翻訳のフリを挟まずに無表情でロジェが直接説明を始めた。


「平たく申し上げれば、公国の売り込みのために、殿下は神戸に来られたのです」

「トップセールスをしに? そこまでして売り込む商品がありました?」

「いえ。そういう意味での『売り込み』ではなく、広報としてのです」

「誘致ですの?」


 名目上は国を代表する立場の割に、どうやらコゼットもピンと来ていない。


 先日つばめも説明していて、後に十路自身も簡単に調べた範囲では、ワールブルグ公国の主要産業は重工業・金融業・観光業とあった。

 そして純粋な招待客なのか、誰かにねじ込んで招待してもらったのか知らないが、彼女がこのレセプションにいる、ということは。


「《魔法》の関連企業を公国に……?」


 王女の仮面がはがれないギリギリまで、不可解さにコゼットが顔を歪めるのに、メイドは無表情のまま軽く頷く。


「《魔法使い(ソーサラー)》のお二方には説明は無用でしょうが、《魔法》とは科学技術。それを形作るものがもたらすであろう、技術の発展の恩恵(おんけい)は、公国の将来に多い関係があります」

「随分と都合のいい解釈ですわね……」  


 説明するロジェへではなく、(かたわ)らで微笑を浮かべているクロエに向けて、コゼットは吐き捨てる。


 『都合のいい解釈』の意味が、十路には理解できなかった。

 ロジェが、ひいてはクロエが語る構想は、研究都市・神戸で行われていることだ。


「そもそも次世代技術の塊である《魔法使いの杖(アビスツール)》の部品でも、現状では一部の大企業が独占的に製造しており、しかもまとまった数の量産は不可能です」

「だから《魔法使いの杖(アビスツール)》は軍事兵器並みに高価ですけど、主要部品の製造は、《()()()使()()()()()()()ですわよ……それとも誘致するのが、それを製造してる特例的な企業とでも?」

「この件に関しては部外者であるコゼット殿下にお教えするわけにはいきません」

「別に聞こうとは思っていなので、別に構いはしませんが……ワールブルグも神戸のような《魔法》研究都市にするおつもりですの?」


 『《魔法》の関連企業』とはいっても、特殊な中枢部品を製造可能な限られた企業だけではない。《魔法使いの杖(アビスツール)》の外装には金属・非金属の特殊素材が用いられるし、内部には通信機器や光学応用分野のメーカー既製部品も使われている。


 《魔法使い(ソーサラー)》の協力が得られるなら、無重力合金のような特殊環境下でないと製造不可能な素材や、ナノテクノロジーの産物も、《魔法》を使うことで比較的安価に、実験レベルなら充分な量を受けることができる。研究開発部門を持つ企業ならば間違いなく欲するものだ。


 総合生活支援部は社会実験の名の下に、そうやって民間企業と結びついている。


 しかしワールブルグ公国が神戸の真似をしたところで、上手くいくか非常に怪しいと思ってしまう。もちろん十路は政治や経済の素人で、専門家の分析では真逆の結論が出る可能性もあるが、それを加味しても。


 金融視点で見た場合はかなり渋い。《魔法》と関われば収益が増えるわけではない。将来への投資といえば聞こえはいいが、一種のギャンブルであることは間違いない。


 しかも神戸が研究都市なのは、民間所属の《魔法使い(ソーサラー)》たちがいるからではない。人工島建設の折に産業都市構想が生まれ、その後に淡路島に《塔》が突如発生した結果に過ぎない。そういう都市だからこそ支援部が生まれたと考えるべきで、順序は逆だ。


 考えられる問題はまだある。ヨーロッパ圏にある《塔》の位置は、ロシア北西部と大西洋上だ。《マナ》は季節風に乗って世界中に満ちているし、距離に影響あるかないかはともかくとして、遠く離れたワールブルグ公国には、そういった都市を作る名分が足りない。


 他にあるとすれば――


(……そういうことか)


 遅れて『都合のいい解釈』の理由を察した。

 きっとコゼットがワケあり《魔法使い(ソーサラー)》である理由も、それに絡む。


(日本人ほど迷信深い民族もいないと思うけど、こういうところは宗教意識低いから、俺には理解できない感覚だな……)


 よくあることだ。十路も海外はもとより国内でも経験した。

 だがコゼットのそれはきっと、何倍も苦い。


「具体的にはなにひとつ決定ではありませんので。交渉の前段階と思っていただいて結構です」

「前段階で、公女が来日? そんなに暇ですの?」

「視察も含まれておりますので」


 ロジェの無感情な説明に、コゼットの取り(つくろ)った顔がどんどん崩れていく。代わりに(あらわ)になるのは不快感だ。


「Repondez a la question.(答えなさい)」


 そしてこの場では日本語ではしゃべらないからと、フランス語に切り替えて、憎々しげに姉を睨む。


「Que feriez-vous si un 《sorcier》 etait ne dans votre pays d'origine?(国で《魔法使い》が現れたらどうしますの?)」

「Tu n'es pas protege? (国の管理下に入るのでは?)」

「Vraiment?(信じられっか)」


 フランス語ではなにを話しているのか、十路にはわからないが、王女の仮面はほとんど外れているのはわかる。


「部長」


 人前なのでまずいと思い、腕を引いて口を閉ざさせる。


 そのタイミングで会場の外から破裂音、そして悲鳴が聞こえた。扉越しに、しかも会場内の人々も会話を止めて見渡すぐらいなのだから、相当な大事だ。


「木次! 《杖》!」


 指示を叫ぶと樹里は頷き返して入り口へ消えた。

 それからいくらも()たない、開いた重い扉が自重で閉じられる前に、絨毯張りでもわかる足音が接近してくる。どうやら樹里は、ギリギリ入れ違いになったらしい。


 扉が蹴り開けられれ、顔を隠して銃を手にした兵士たちがなだれ込んできた。十数人いる彼らの半分は即座に散開し、会場を取り囲むように招待客たちに銃口を向ける。


 そして残りの半数は、背負い紐(スリング)をずらして銃を背負い、三段伸縮式の警棒を抜いて襲いかかる。

 他の客には目もくれず、《魔法使い(ソーサラー)》たちに向かって。


「ナージャ!」


 コゼットやクロエたちに被害が(およ)ぶ前に迎撃しようと、前に出ながら十路は叫ぶ。


「ほえ?」


 彼らが襲いかかろうとする目標には、部員ではない、スティックサラダのキュウリをくわえた、間抜けな風情のナージャまで含まれていた。


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