070_0120 1st assault Ⅲ ~群疑満腹~
安堵するよりまず、いろいろ返せと思ってしまった。
【死ぬかと思いましたね】
「殴りてぇ。コイツすごく殴りてぇ。俺が痛いだけだから、やらないけど」
何事もなかったような声を出すパソコンに、十路が半眼を向けると、ペットモニター用と思われるWEBカメラが動いた。
【死にかけたのは本当ですよ。被弾箇所があと少しズレていたら、私というデータまで完全破壊されたでしょう】
WEBカメラの視線の先であるガレージの床には、《バーゲスト》だった残骸がブルーシートの上に並べられている。この短時間では、せいぜい半分程度しか回収されていない。
ここもガレージだが、総合生活支援部の部室ではない。それが証拠にオンボロの家具も、倉庫として使われていた名残のガラクタも、大量のイメージトレーニング用資料も、突貫工事で作りつけられたミニキッチンもない。居住性優先の部室にはない油くささが充満している。
レース場のピットガレージのように、機材や部品が整然と並んでいる。加えてシンフォニーブルーに彩られたスーパースポーツタイプの大型二輪車が駐車されていた。
「や。他に言うことないの? イクセスも《騎士》くんのこと、心配してたじゃない」
【そうでしたか? 記憶に残っていませんが】
貸しガレージだが、借りている当人であるためこの場の主となる。ゲイブルズ木次悠亜も、パソコンに接続された《使い魔》のコアユニットに見下ろす。
湾岸線で襲撃された十路は、支援部顧問たるつばめに連絡するのが精一杯だった。やはり《バーゲスト》の破壊はそれほどショックだった。通りかかった親切な誰かが、後続車への注意標示を代わりに行い、十路には路肩への避難だけを指示するほどに。
やがて現場には高速道路交通警備隊だけでなく、コゼットと南十星も駆けつけた。通常の事故なら警察に任せるが、今回は明らかに違う。砲弾が路面に残っている――空から攻撃された客観的証拠があるのだから。
通常では対応不可能な事案と判断され、本来証拠として持っていかれるだろう《バーゲスト》の残骸も、支援部側で早々に回収することができた。平気で普段使いしているが、《使い魔》は軍事機密の塊なので、スクラップとはいえ警察の手に渡ると不都合がある。
ちなみにこの辺りの話は、十路も後で聞いたことだ。現場対応は慣れているコゼットが行い、南十星に担ぎ上げられて病院に運ばれたので。
怪我は打撲と擦過傷、罅が入る不全骨折と診断された。学生服は破れてダメになったが、プロテクターを装着していないオートバイの交通事故としては異例の軽傷だったので、入院の必要もなかった。
だから完全に夜の時間だったが、話から聞いた十路は、このガレージを訪れた。《バーゲスト》は悠亜ともうひとりの手により製造されたためか、ここに残骸が運び込まれた。
《バーゲスト》の全損は疑いようないが、回収されたであろうコアユニットのイクセスは果たしてどうなのか。それを確かめるためにタクシーを使って駆けつけて、第一声がアレだった。十路は思わず前腕ギプスをつけて指しか動かせない左手を握り締めた。
「ところで《騎士》くん」
オートバイに乗って彼女も奔走したのか、レザーのパーカーにデニムパンツ、ミニスカートに見えるヒップバッグという街乗りライダールックの悠亜は、十路に問いながらも指は別の人物を示す。
「じとー」
「どうして私、妹ちゃんに睨まれてるの?」
着替えを持ってきたのと病院の付き添いまではともかく、その後は『もういい』と帰るよう促したが、南十星はガレージにもついて来た。襲撃者の正体も目的も不明なのだから、兄の身を第一に考える彼女にしてみれば、当然の行動かもしれない。
彼女たちは初対面ではないが、顔を曝して言葉を交わすのは今日が初めてとなる。それで敵意を向けられれば、悠亜にとっては意味不明だろう。
「あー……気にしないでやってください。原因は悠亜さんではない別人だと思うので」
「《女帝》絡み?」
「えぇ。一方的にコイツが突っかかってただけですけど、羽須美さんと仲悪かったんで……」
羽須美の側は歩み寄ろうとしていたが、南十星は懐かないネコのように牙を剥いていた。彼女たちが顔を合わせるたびに、十路は頭を痛めたものだ。
原因は、羽須美が十路の教官だったから。立場上仕方ないにせよ、兄を人間兵器に仕立て上げた者に、彼女が気を許すはずがなかった。
なので同じ姿を持つ悠亜にも、複雑な感情を抱くのは想像できる。睨むだけに留めているのが、南十星なりの理解と我慢なのかもしれない。
「じとー」
「ところで《騎士》くん。どうしてあなたも妹ちゃんに睨まれてるの?」
「それは俺も聞きたいです……」
南十星は突拍子もないアホの子なので、理解を放棄している節があるが、それとは別問題で理解できない。
「なーんか兄貴、初恋のおねーさんに再会したみたいな感じだしぃ~?」
悠亜への対応の仕方が気に食わないらしい。
別人と理解していても、やはり羽須美と同じ姿なのだから、十路も悠亜とどう接すればいいのか手探りな部分がある。最初から敵対を想定している『羽須美』とは違う。そういう意味では、すっかり大人になった憧れのあの人に数年ぶりに再会して、ちょっとドギマギしてしまう心境に近いのかもしれない。
とはいえそれは十路の問題であって、悠亜と羽須美が別人であることは、南十星も彼女なりに折り合いをつけなければいけない。
「イクセス。俺は確認できなかったんだが、相手はどうやって攻撃してきたんだ?」
なので小うるさい妹は無視して、十路は真面目な話に切り替える。
【私もハッキリとはわかりません】
ディスプレイに動画が再生される。順調に高速道路を走行中、大阪湾側を見た、機体側面のカメラで撮影されたイクセスの記憶だった。
【攻撃される直前に気づいたのは、これです】
急激にノイズが走り、一時停止された画像――夕方の大阪湾に、注意していなければ気にも留めない黒い点があった。
拡大しても正体は判別できない。鳥ではない、ヘリコプターとも異なるシルエットの、飛行物体という以外は。
「まさか戦闘機……?」
【断言できませんが、垂直離着陸機が空中静止中に攻撃したとすれば、状況に合致します】
「そういや、攻撃が飛んでくる方向が全部一緒だったな……ミサイルも飛んでこなかったし。でも、ありえるか?」
垂直離着陸機といえば、滑走路なしでどこでも離着陸できる、現代でも尚、先進的な飛行機というイメージを持つかもしれない。
しかし軍事用では輸送機としてはまだしも、戦闘機としてはごく少数しか実用化されていない。その理由はしごく当然のものだ。
滑走なしで離着陸を行うには、推進力を下へ噴射するシステムが必要となる。しかしそれは水平飛行時には無用だ。戦闘機の役割からすれば、そんなものを搭載させずに、航続距離や武装の充実、製造・整備の簡易性などをまず考えるだろう。
それに飛行機はロケットとは違う。翼で揚力を発生させて飛ぶことを念頭に置いている。エンジン出力を下へ向けるだけでは、揚力が足りない。実際、実在する垂直離着陸型の戦闘機は、機体だけなら問題ないが、ミサイルや爆弾を装備すると垂直離陸が不可能で、空中静止をしようとすれば墜落する。
とはいえ固定武装の機関砲だけでも、オートバイに乗った生身の人間にとっては、中れば充分すぎる脅威となる。
【ありえないというのは、私も同感ですけどね。ロックオンされたから気づいたわけでもないですし】
「は? 機関砲とはいえ、目視だけで撃ってきたのか? しかもかなりの遠距離だぞ?」
レーダー支援なしでも発砲は可能だろうが、第二次世界大戦期まで遡ったやり方だ。距離を考えれば非現実的とも言える。ショベルカーのアームに糸を貼りつけて操縦し、針の穴に通すような行為なのだから。
そんな攻撃を十路は想定していなかった。甘いと言われれば否定できないが、あまりにも馬鹿げているから排除していた。
【《魔法》を併用すれば、不可能ではありません】
「電磁波キャッチしたのか?」
【キャッチはしましたけど、パターンが違うように思います】
「《魔法》を使ってたとしたら、それはそれで、なんでわざわざ機関砲ぶっ放したかって疑問になるんだが」
いずれにせよ、この場では結論は出ない。
「つーか命中前に察知できる要素がなさそうなんだが、イクセスはどうやって攻撃を予測したんだ?」
【女の勘です】
「AIが非論理の代表格をヌかすなよ……まぁ、お前のおかげで俺は助かったわけだから、そこは感謝するけど」
ともあれ、決して無視できないが取り返しがつく、最小限の被害で襲撃を凌ぐことができた。
「相手はやっぱり、《騎士》くんたちのクラスに編入してきた『衣川羽須美』か、その関係者かしら」
一連のことを承知している口ぶりで、悠亜が話をまとめた。それは十路も同感で、南十星も異論なさそうだった。
「狙いはなんなのさ?」
「わからない……俺を殺す前に弾切れって線があると思うか?」
【ちょっと考えにくいですね。今日日空戦はミサイルが主戦力とはいえ、機関砲だって一〇〇発以上装填されています。そこまで撃たれていないでしょう?】
「なら、俺じゃなくて、《バーゲスト》を破壊するのが目的で、撤退したってことにならないか?」
【他のトラブルや、作戦の許容時間オーバーとか、可能性だけなら他に考えられます。AV-8A攻撃機の場合、冷却水の量で空中静止に時間制限がありましたし。それに《バーゲスト》の破壊が目的で、トージの殺害ではなかったとしても、トージを生かす必要があったとは、あの状況では考えにくいです】
「様子見、挑発……とにかく状況を引っかき回したい」
ひとりごとに近い悠亜の言葉に、その場の視線が集中する。
目での質問にすぐには応じず、電気ポットで沸かした湯でインスタントコーヒーを淹れ、一口すすってから彼女は再び口を動かした。
「偽《女帝》の正体が私の予想どおりなら……っていうか、やり方全部、アイツな気がしてならないのよねぇ……?」
「アイツってーと?」
「あなたたちも淡路島で見たわよ」
南十星の言葉に工具キャビネットにカップを置いた悠亜は、イクセスが接続されているパソコンのマウスを操る。
ディスプレイに表示された画像は、視察の様子か。大規模工場をバックに、真っ白なヘルメットと高級スーツを身につけた一団が映っている。
悠亜が操作して別の画像に切り替える。今度はなにか大掛かりな公式行事だった。二種類の国旗が掲げられた壇上で大勢の記者団を前に、まだ中年に届いていない眼鏡をかけたアジア人男性と、アフリカのどこかと目される民族衣装を着た黒人男性が、笑顔で握手を交わしている。
「鄭雅玲。公にも蘇金烏の近くにいる女で、あっち側についてる『麻美』の筆頭って感じかしら? だから私も何度も戦りあってるのよね」
眼鏡の男は知っている。XEANEシステム最高経営責任者――そして、支援部の『敵』である者だ。
悠亜の指が示したのは、彼から少し離れて控えている女性だった。
淡路島で彼女を見かけた。やはり羽須美や悠亜と見分けつかない外見を持っていた。
だが写真で見る印象は全く違う。彼女たちは高校生・大学生くらいなら無理のない外見年齢だが、秘書然とした写真の鄭はもっと上に見える。ありていに言えば化粧が濃くてケバケバしい。素顔を知っていると、似合っていないと思ってしまう。
「コイツ、強ぇーの?」
「やー。強いわね」
無遠慮な南十星の問いへの素っ気なさは『お察し』ということか。
悠亜の戦闘能力は、弱いとは到底思えない。羽須美と比較するのはなんとも言えないが、十路とは互角かそれ以上だろうと思っている。
そんな彼女と何度も争い、決着がついていない。詳しい状況は知らずとも、鄭は侮ることのできない相手と充分に知れる。
(《つぐみの髭の王様》とか言ってたか……)
悠亜はそう呼んでいた。きっと鄭が持つLilith形式プログラムの名だろう。
「ま、修交館で高校生始めたのが鄭って確証もないけどね」
話の流れから、十路は『羽須美』の正体を鄭なる女と想定して詳しい話を聞こうとした矢先、悠亜が前提から覆して打ち切ってしまった。
「その辺りのこと、今リヒトくんが調べてるから、結果待ちね」
「あ、そうだったんですか……まぁ、いなくて助かりましたけど」
書類上は悠亜の夫であり、世間的には《魔法》のシステムを開発した祖であるリヒト・ゲイブルズは、やはり書類上義妹である樹里に溺愛している。もう病気か中毒と呼んでいいほどに。
なので彼は、樹里に近しい男である十路に対し、激しい敵意を持っている。今のところ悠亜のお陰で大事に至っていないが、いつなっても不思議ない剣幕がある。リヒトと顔を合わせなくて済むのなら、それに越したことはない。
「となると、問題は当面のことか」
十路の《魔法使いの杖》は突撃銃のため、普段は持ち歩いていない。学生の身分で使ったら違法になるため、使いどころが非常に難しい。
そんな世間の目と法律を気にしながら、《魔法使い》として戦わなければならない状況で、《使い魔》は大きな戦力だったが、失われてしまった。
『羽須美』を警戒しなければならない現状、代替が絶対的に必要となる。
【ユーア。私を《コシュタバワー》に載せてください】
「二、三日我慢しなさい。こうして話してると問題なさそうだけど、ちゃんと調べたいから」
十路もイクセスと同じことを考えたが、なにか言う前に悠亜に却下されてしまった。
ガレージ内に駐車されている、青い大型スポーツバイクもまた《使い魔》だが、十路が主登録されたものではない。戦力を揃えるには、《コシュタバワー》のコアユニットをイクセスに交換するのが一番手っ取り早い。過去の部活で使った方法でもある。
だが開発者が、メンテナンスの必要性を訴える以上、従うしかない。破損したコアユニットも応急処置だけでパソコンに接続しているのだから。
「なら、後のこと、お願いします」
『羽須美』への警戒は、こちらでなんとか考えるしかない。イクセスのことは悠亜に任せて、南十星と共に辞去することにした。
すると再びカップを手にして、最後に悠亜が不思議そうな眼差しを十路に向けてくる。
「ところで、普通の手当てを受けてるけど、樹里ちゃんに治してもらわないの?」
日常生活内ならともかく、部活時の負傷は、《治癒術士》たる樹里に治療されるのが常だった。
「誰か連絡したか?」
とはいえ樹里は家出中で、部室にも顔を出ていない。今回の緊急事態で彼女にも連絡したのか、つばめにしか連絡していない十路が知るはずもないので、南十星に問うと、彼女はワンサイドアップと一緒に頭を振った。
「知らね。あたしらからはなんも言ってないけど、無線で聞いてっかも」
とはいえ、彼女が現状を知っていようと、十路にとってはどうでもよかった。
今回の怪我は、やはり動きに支障あるが、介護も松葉杖も必要ない程度だ。《治癒術士》の治療が必須でもない。この程度の怪我なら交戦継続したことは何度もある。
万一を考えると治癒を受け、肉体を完全状態にするべきだと理性は訴える。それでも十路の感情は、樹里と顔を合わせない選択を選んだ。
△▼△▼△▼△▼
十路と南十星を見送った悠亜は、再びコーヒーを一口飲んで、やはり再びキャビネットにカップを置いた。
そうして空けた手に鉄パイプを握り、天井をド突く。
「コラ。コソコソしてないで、入ってきなさい」
鋼板の向こうでなにかが動いて十数秒後、扉の蝶番がゆっくり軋む。
「うぐ……」
学生服姿で長杖を手にした樹里が、気まずげな顔でガレージに入ってきた。その表情の理由が、単に盗み聞きがバレたからなのか、『姉』と思っていた存在が違った真実も含んでいるのかは、当人以外にはわかるはずもない。
なので悠亜はなにも言わない。『用事があるのは私じゃないでしょ?』とでも言うように、樹里を無視してコーヒーをすすりながらスクラップを検分し始めた。
確かに樹里が用事あるのは、悠亜ではない。
用事の片割れは、ずっと屋根に潜んでいた理由であり、もう帰ってしまった。
残りの片割れ、床に並べられた《バーゲスト》の残骸を痛ましく眺め、パソコンに繋がれたコアユニットに視線を移す。
イクセスもWebカメラで樹里の顔を見上げる。
【ジュリ……やはり私では、怪我をする前にトージを守ることができません】
十路たちの前では出さなかった、機械らしくない、悔恨に満ちた声だった。
命令を受けたわけではない。頼まれたとも言いがたい。
それでも樹里の希望には添えず、十路を完全には守れなかったことに、彼女自身落胆している様子だった。
それは高望みだと誰もが言うだろう。支援部員たちは時として、生死の狭間に身を置くのだから。勝利し、生存し、しかも無傷でとなると、希望でしか語ってはならない虫のいい話だ。
そしてイクセスが言いたいことは違う。
【……トージを守りたいのであれば、あなたが動くしかありません】
樹里の自発的な行動を求めていた。
――望みを言ってくれなきゃ、俺はどうしようもできない。
十路にも求められたことだ。
だが求められても樹里は動かない。唇を噛むだけで動けない。
このままでは駄目だと理解していても、なにかを変えることを想像すれば、気持ちが萎えて踏み出せない。




