FF5_0130 【短編】単純で複雑で純情な感情ⅩⅢ ~通学路~
週が開けて月曜日。
「ねーねー。兄貴ー。結局デートどーだったん?」
十路が登校のため、のったら坂道を上がる道すがら、同じ時刻にマンションを出てきた南十星にそれを聞かれた。
「どうって言われてもなぁ……井澤と一緒に三宮周辺をブラブラして、メシ食って解散しただけだし」
嘘は言っていない。その後に特大の特記事項があったが、部分的に取り出せば十路は嘘をついていない。
「そーいえばさ? なんかメリケンパークの辺でけっこーハデな事件あったとかって知ってる? ブカツの呼び出しなかったけど」
「いや。俺もニュースで言ってることしか知らん」
けれども唐突に話を変えてきたので、結局は嘘をつく破目になった。
「ふーん」
このタイミングで話を変えたのが、なにも考えてないだけなのか、野性本能で隠し事を察知したのか、じっと見上げてくる茶色い瞳からは読み取れない。
報道機関には詳細が伏せられている、観光地で起きた銃撃事件の真相は、樹里や野依崎経由で広まっていないのは間違いない。
真相を知ったら南十星はどういうリアクションをするか。この義妹もひとりよがりに隠れて行動するので、注意が必要になる。もし事件のことを知ったら、次に同じことが起こった場合、彼女が暴走しそうで怖い。
いまだヒリヒリする頬をなでつつ、十路はこっそりため息をついて、バレるまで秘密にすることに決めた。
「じゅりー」
同様に登校する学生たちのざわめきの中、坂道の下から、覚えのある少女の声が聞こえた。
十路が視界の隅で確認すると、さほど離れていない後方に、見覚えのある女子高生がふたり見えた。声を上げた側は偶然だろうが、呼ばれた側はもしかしてわざと遅れているのだろうか。
ふたりとも微笑している。挨拶を交わし、世間話をしているかのような、ごく普通の女子高生の姿でしかない。
どちらとも、事件を引きずってる様子は見られない。それに十路は安堵した。
「じー」
なに言いたそうな南十星の視線は無視した。目潰しカマすことも頭の隅で考えたが、さすがに理不尽暴力は自重した。
「それじゃ、先行くねー」
またハツラツとした声が後ろから届き、駆け足程度の軽めの足音が近づいてくる。それは十路を追い越した直後、止まってしまう。
しかも振り返って見てくるのだから、当然十路と目が会ってしまう。
「おはようございます」
「あぁ……はよ」
「相変わらずですね~。それとも朝だからですか?」
気安い言葉をかけて、結は後ろに視線を――樹里をチラリと見やる。
「そんなだと、また削られますよ?」
「勘弁してくれ……」
「だったら、シャンとしてくださいよ」
そして彼女は破顔する。
「帰り際に結局言えなかったから、遅れて言っておきます。デート、楽しかったですよ」
「アレでか?」
「事件がなければ、ですよ。次はゴージャスなの期待してます!」
「そういうのは社会人になってから、別の相手に期待しろ」
「それもそですね」
昨日の事件の翳りは、忘れたかのように結は屈託ない。
それ以上のなにかもない。
「それじゃですね~」
軽く手を上げて、カチューシャに押さえられた髪を揺らし、彼女は先に走り去った。
普通の先輩後輩、顔見知り程度の、付かず離れずのこのくらいでいい。
《魔法使い》と普通の人間を隔てる距離は。
「ほうほう。十路くんは井澤さんとどのようなデートをしてたのか、詳しく聞いてみたいものですね」
いつの間にか、隣を歩く南十星の向こう側になんかいた。具体的には白金髪頭でピンクのカーディガンを着た、学生服集団の中でも目立つロシア人留学生っぽいなんかが。
「それについては俺がバッチリ見ていた。あとで教えてやる」
その更に向こう側になんかいた。具体的にはやや着崩した学生服にウルフヘアの、なんかデートの最中ところどころ見たような気がしなくもないクラスメイトっぽいなんかが。
「和真くん、そんなことしてたんですか?」
「ってゆーか、ナージャ姉はしなかったん? そういうこと得意っしょ?」
「得意といえば得意ですけど、用もないのに踏み込みませんよ」
「踏み込まないってなら、いま聞くのはなんなん?」
「それはそれ。これはこれ、です。直接見てないからこそ、無責任に盛り上がれるネタじゃないですかー」
「うーん。ぶっちゃけさー? 十路と結ちゃんのデートの話で、そこまで盛り上がれるかってゆーと、ビミョー?」
「え? なんですか? 合流後五分でラブホテル入っていったから中の様子を知らないとか、そんなオチですか?」
「いやいやいや。兄貴に限ってそんなことないって。せいぜい昼メシ食べてからの抜かずの三発」
「どちらかというと初体験同士色々と頑張ってはみたものの結局失敗的な?」
テンション高いのが三人揃うとやかましい。あと登校している学生が周囲にいる中、好き勝手しゃべらせておくと、十路の社会的生命が歪められる気がしてならない。
「そういえば和真。言ってなかったな」
「お?」
だから十路は手っ取り早く黙らせるため、立ち位置を変えて、あとついでに学生鞄をナージャに押しつけて、和真と肩を組むように腕を首に回す。
「なーに俺たちのデート尾行回してたのかな?」
「を゛!?」
そして膝裏を蹴って姿勢を低くさせ、チョークスリーパーを極める。落とさないよう、けれども締められる苦しみは与えるよう、陸上自衛隊格闘徒手技術を駆使する。
「だ、だずげで……!」
腕をタップされているが、しばらくは無視する。和真が助けを求めたのはナージャと南十星かもしれないが、彼女たちは巻き添えを恐れて早々に逃げた。
和真を半分引きずって歩きながら後ろも確かめると、樹里は全力で顔を背けて見ないフリをして、できる限り歩みを遅くし距離を開こうとしていた。きっと和真への仕打ちを見て、自分も極められる焦りを感じているに違いあるまい。
後輩の問題は、結だけではない。こちらはより重要で深刻だ。
『……もう、あんなこと、させませんから』
「え?」
唐突に、決意とも怨嗟とも憐憫とも取れる調子の、樹里の声が耳をかすめた。
だが彼女とはかなり距離がある。聞き間違いを疑うには声が明瞭すぎたが、思わず力が緩んだ拘束から逃れた和真が不思議そうな顔をしているくらいだ。きっと十路の耳にしか届いていない声だったのだろう。
きっと樹里が《魔法》で送ってきた声なのだろう。
『あんなこと』とは、どのことか。
敵とはいえ、無抵抗の人間に銃弾を撃ち込み続けた暴虐なのか。
それとも、十路がそうした行動を行った原因――ひとりよがりの無茶なのか。
(どうだろうな……俺がどうこうの問題じゃない、状況次第だもんな……それに――)
命と身柄が狙われる、支援部員の宿命においても、彼を《ヘミテオス》に変えた、樹里との関係においても。
今こうして普通に登校している、十路が望む『普通の生活』が、危ういバランスで成り立っている。
そして十路は、戦力を求められて支援部にいる。つばめから具体的な『辞令』があったわけではないが、彼は自身の役割をそのように捉えている。
害意を弾く盾であり、潜り抜ける殺意から身を守る鎧であり、因を切り裂く剣であり。
たとえ呪いをかけられ、人ならざる者に成り果てようとも、鎧で身を隠してしまえるから。
(お前はそれでいい。そのままでいてくればいい。だけど俺は、綺麗事だけで生きられねぇんだよ)
グリム童話集でも見てみればいい。お姫様と王子様の話はいくらでもあれど、『騎士』が主役の物語などほとんどない。
騎士道精神などという御為倒しで飾られていても、本質は泥と血に塗れ、時に汚い手段も選ぶ戦人でしかない。
『騎士』の役割とは、あくまでも陰の、穢れたもの。そもそも騎士道精神など、平和な時代になって身分が軽んじられるようになったから、無理矢理に飾り立てられた話にすぎない。
(つーか……なんで木次はアレで引かないかね……? なんで俺、怒られた上に顔面削られたんだ……?)
彼女の前で残虐行為したのに、なぜ距離を隔てても十路の近くにいようとするのか。しかもウロウロオロオロするだけだった子犬が、今日はまるで遠くから監視する番犬だ。
(ま、こういう部分に関しては、永久に相容れないだろうし……)
彼女との初対面で感じたこと。
それはもう詮ないことして考えず、和真を引き連れて、今日一日の『普通の生活』のために、十路は学校への坂道を登る。




