FF5_0110 【短編】単純で複雑で純情な感情ⅩⅡ ~神戸ポートタワー地上1F~
やがて、パトカーが神戸の観光地に集合した。規制線が張られ、神戸ポートタワーと神戸海洋博物館は、無関係の者は締め出された。
十路は容疑者たちを警察に引き渡し、そのまま現場検証の立会い兼事情説明を行っている。
樹里はというと、大事ないまでに容疑者たちを治療すると、やることがなくなった。後追いで応援に駆けつけたため、直接見知っていることが限られていたので、事情聴取も早々に解放された。
なのでポートタワーの外にある自動販売機の側に、座り込んでいた。タワーの外壁に背を預け、体育座りして視線を膝に落としている姿は、家出少女のようにも見える。瞳の色が空虚なのも一層拍車をかける。
『ショックを受けたでありますか』
光学迷彩が施されていない《ピクシィ》が、樹里の頭に着陸した。野依崎も得たデータを証拠としてまとめるため、一時交信不可能になっていたのだが、再び電波を飛ばしてきた。
(まさか堤先輩が、あんな酷いことするなんて……)
当然ショックは受けた。十路と離れることができて、ホッとしているくらいに。
時間と物の被害はともかく、人的な被害はゼロで事件は収束した。ひとえに彼の活躍があってこそだが、そんな風には考えられない。
結局、十路の暴虐は、弾切れまで止められなかった。
気絶していたもうひとりはまだいい。リーダー格の女など、地獄を味わう結果となった。殺意を何度も撃ち込まれ、気を失いたくても激痛が許さず、ショック死したくても治癒が引き戻すのだから。しかも弾丸摘出のためとはいえ、自分の体に直接手を突っ込まれる非常識手術を体験させられたことも加味すれば。
逮捕というか担架で運ばれる際には、口から泡を噴いて正気を失っていた。今後の彼女に必要なのは、罪を償う更正プログラムよりもまず、心理カウンセラーのカウンセリングに違いあるまい。
(それに……一瞬、先輩を殺して止めることも考えた)
しかも、樹里自身にもショックを受けた。
支援部にはそういう『義務』もある。国家に管理されておらず、しかも《魔法使いの杖》のセキュリティに制限はなし。身勝手に犯罪を行おうと思えば簡単な立場にある。
だから抑止力として、ワケあり《魔法使い》が集まっている意味もある。
誰かが社会悪となった時、殺してでも止めるために。
それは理解していたつもりだったが、本当の理解には届いていなかった。十路に対して殺意が沸いた時、樹里自身にも恐怖した。
『……口止めされていたでありますが、もう今更でありますね』
音声では小さく息を吐いただけの返事をどう捉えたか、野依崎が珍しく饒舌だ。頭で作り上げた音声データを送りつけてるだけで、実際に口を動かしているわけではないだろうが、彼女は余計な言葉を吐く性分ではない。
『今日だけのことではないのであります。十路の過去が原因で発生した緊急の部活動は、これで三度目であります』
「え……?」
『警察が逮捕という形にし、自分も多少手伝ったでありますが、実質十路ひとりで処理したのであります。複数の《魔法使い》が戦力として必要な規模でもないため、他の部員たちには一切知らせずに』
全く知らなかった。
支援部員は皆、国家に所属していないワケあり《魔法使い》たち。入部理由が原因で命や身柄が狙われるのが宿命で、これまで国や組織を相手に戦闘を繰り広げ、部員一眼となって勝利し、普通の学生生活を守ってきた。
だから十路に関しても、同じようなものだと、無意識に思い込んでいた。まさか彼ひとりで秘密裏に片付け、しかも一度では済まず続いているなど、樹里は考えもしなかった。
『準備なし、突発的な対応だったにも関わらず、今回は随分とスマートに片付けたであります』
『あれのどこがスマートですか……!?』
樹里も声を口には出さす、音声データを作って返信した。口を開くと感情が鋭利なまま飛び出しそうな予感を覚えた。
『ここから先は自分の憶測で、十路に確かめても本心を明かさないと思うでありますが、確度はそれなりにあると思うであります』
頭のいい彼女が気づかなかったとは思えないが、野依崎は気にした様子を見せない。
『あの残虐性は、ミス・キスキがいたからだと思うであります』
『私がいなかったら、あんなことはしなかった……?』
悪趣味にもほどがあると、十路への嫌悪感が更に募る。
『是。だから前二度は、随分とスマートではない終わり方であります。なにせお得意の奇襲・闇討ち・罠ハメで、全員軽傷で逮捕したでありますし』
『……ん?』
樹里の認識では、そちらが『スマートに片付けた』になるから、小首を傾げる。実際には《ピクシィ》の重みであまり首は動かせなかったが。
樹里と野依崎が定義する『スマート』には、大きな隔たりがある。
『十路に軽くあしらわれて、敵う相手ではないと理解できれば一番よかったでありますが、警察が介入してるでありますからね。捕まえた連中は反省どころか、余計に恨んでるに決まってるであります。連中が出所すれば、また復讐しに来るのではないでありますか?』
『じゃぁ、先輩のさっきのアレは……』
『きっと徹底的にヘシ折るためであります。実行犯である『イランイラン』のメンバーは元より、同じことを考えている連中への警告として。警察に提出した映像は、リンチした部分を削除してるでありますが、全部それとなく裏社会に流すよう指示出したら、間違いないであります』
外傷という証拠の隠滅ができる樹里なしで行えば、過剰防衛どころか殺人未遂で十路が逮捕される。ただ単に逮捕の瞬間を映し出すような生半可さでは、誰の心も折ることはできない。
《魔法》の治癒があってこそ可能な、違法ギリギリの行為だ。厳密には充分すぎるほど違法だが、現行の法律では裁く術がない、限りなく黒いグレーゾーンを突いている。
『大体あの十路が、ただの腹いせでリンチなどすると思うでありますか? 倫理観の問題ではなく、効率や損得の面で』
『確かに……』
――今はまだ俺の問題だけど、そうじゃなくなるかもな。
暴虐を止めようとした樹里に、十路が放った言葉が蘇る。
トラブルご免を自称するように、ただただ感情任せに力を振るうなど、デメリットが大きすぎてやるはずない。
トラブルご免を自称する割に、大きなトラブルの芽を摘むためなら、小さなトラブルを起こすことを厭わない。
そして不自然な言動で部員たちを遠ざけようとするのは、なにか思惑がある時だった。
彼の字は《騎士》。
当人は呼ばれるのを嫌っているが、いつだって通称どおり、他の部員たちを守るためにあろうとする。
お姫様扱いでもしたいのか、女性陣の手を血に汚したくないと言わんばかりの単独行動をする。
「もぉ~~~~!! あの人はぁ~~~~!!」
ひとりよがりに、先ほどとは別種の怒りが湧いた。
同時に安堵した。血まみれの姿を見せても、彼はやはり、樹里が知っている堤十路のままであることに。
ならばまず必要なのは――ミネラルウォーターか。
自動販売機に手を突いて、樹里は立ち上がる。
そしてついでだから、頭から離陸した《ピクシィ》に問いかける。
「そういえば野依崎さん? 私が《魔法》で顔を変えてたこと、野依崎さんも今日一日、先輩のデートをデバガメしてないと、知らないことだと思うんですけど?」
『……ノーコメントであります』
△▼△▼△▼△▼
ひとまず警察への引継ぎが終わると、今日のところは解放された。
(後でなんか追及されるかもなぁ……弾痕とか血痕とか、明らかに『やりすぎ』の証拠が残ってるし)
気疲れをため息にして吐き出して、十路はタワーのエレベーターから降りた。観光用のルートが設定されており、到着階は三階なので、まだ階段を下りないとならない。
(こりゃ時間つぶさないと帰れそうにないな……)
窓から見える外の様子に、ため息が出た。規制線が張られた先には、マスコミ関係者や野次馬がそれなりにいる。道路封鎖まではしていないため、通りがかりの車が人集りを目にしてスピードを落とす、あまり好ましくない集まり具合を見せている。
そうこうしているうちに、地上一階のレトロなタイル床に足を踏み入れた。
中にいるのは、ほとんどは警察関係者で、他にいたとしても施設の関係者だ。ただ巻き込まれただけの一般人は、怪我でもなければ、簡単な聴取で解放されただろう。
だが、なぜか一階に、結の姿があった。
「つ――」
十路の姿を認めた彼女は、即座に動きを止めた。
なにしろ浴びた返り血は簡単に拭っただけ。服は斑に染まっている。警察の聴取から早めに解放されたのも、これが一端ではないだろうか。暴力とは無関係の一般人なら、ドン引きモノの有様に違いあるまい。
「放っぽって悪かったな、井澤」
意図的に何事もなかったような態度で近づくと、結が後ずさった。
「だ、大丈夫なんですか……? その血……」
「ただの返り血だ。怪我はしてない」
下がったのは一歩だけ。多少声が震えているが、十路が予想していたよりもシッカリした反応だった。曲がりなりにも《魔法使い》の友人をやっているだけのことはあると、変な感心をしてしまう。血だらけで普通に振舞われるというのは、意外とホラーな光景だ。
「……これが《魔法使い》って連中の日常だ」
だからついでに釘を刺しておくことにした。
「支援部の部員はそれぞれ特技を持ってる。他の連中は比較的穏当な方面だけど、俺は荒事に特化してる」
――数え切れないほど人を殺した……って言ったら、信じるか?
結には以前、朧げな話はした。その時は間に受けなかったが、果たして今はどうだろうか。
痕跡とはいえ、暴力の証拠が目の前にある今なら。
「だから、恨みも方々からあちこち買ってる。こんな血なまぐさいことも一度や二度じゃない。それどころか、謂れのない理由で狙われることもある。前に井澤が巻き込まれた事件はそれだ」
樹里と結との友人関係にまで口出ししたくはないが、結果として嘴を挟むことになってしまうかもしれない。けれども十路としては、言っておかなければならない。部室で言ったことだが、今ならば真実味が違う。
結を助けたのが事実だとしても、それは義務の延長線上でしかない。警察官や消防隊員が市民を守るのと同じで、恋愛感情などとは全く関係がない。
しかも十路は、軍事関係者だった。義務の中に、人殺しまで含めて考えている。
他の部員たちは名目上だけでもずっと民間人であったり、軍事経験者であっても実戦経験が怪しいなど、まだ違う。十路はそこに一線を画す。
日本で平和に暮らしている、ごく普通の女子高生が、近づくべき人間ではないと考える。それが誰にとっても良い選択だと。
――だから、《魔法使い》に近づくな。
釘を指す言葉を実際に口にしようとした時、頭に液体が降ってきたから言葉にならなかったが。水滴が落ちてきたとか、そんな些細なものではない。頭上でドポドポ音を立てて五〇〇ミリリットルが降り注ぎ、顔どころか上体を濡らす。
「………おい。木次。なんのつもり――」
振り返り、いつの間にかいた樹里にペットボトルの水をぶっかけられたとわかると、当然ながら不機嫌な声が出たが、すぐに言葉に詰まった。
「血だらけでウロウロしないでください」
樹里の目が据わっている。低い声に一切の揺れがない。
こういう静かな態度の彼女には、キレて暴走した時とは違う危機感がある。普段温厚で臆病だから、怒らせた時の反動が読めない。
「どーせ結をドン引きさせるために、ワザとやってるんでしょーけど……どーしてまた血まみれになるようなムチャするんでしょーね」
現に、彼女との関係は非常にデリケートなものになっているにも関わらず、ビクつく子犬が喉で唸る猟犬と化し、喧嘩を売る暴挙も厭わない。この先どんな行動に出てくるのか、より想像がつかない。
推移を見守っていると、樹里はハンカチを取り出し、十路の胸倉を掴んで顔を下げさせた。
「いぎっ!?」
ハンカチで顔を拭われただけのはずだが、痛覚は『タワシでこすられた』と脳に報告してくる。関係に皹が入る前、十路が無茶すると、彼女に『反省しろ』と言わんばかりに力を込めて血を拭われていたが、今回はその比ではない。
「あ゛? なんですか?」
でも文句は言えない。後輩がフツーに怖い。アクションを間違えたら爆死しそう。
十路は涙目になりながら、歯を食いしばって悲鳴を飲み込んで、耐える以外になかった。
△▼△▼△▼△▼
どう見ても拷問が行われている現場を見て、結は固まっていた。
単純に引いているのではない。
否応なく『差』を、『壁』を、実感したから。
「結ちゃんは、十路を叱れる?」
若い男の声に振り返ると、一応は顔見知りの先輩がいた。ポークハットをはずし、押さえられていたウルフヘアをかき上げている和真は、結にとっては話はしたことがあれど、知っているだけで親しくはない先輩でしかない。お互い《魔法使い》の友人を持つ故の、間接的な付き合いしかない。
そんな先輩から声をかけられ、結は少々驚いた。学年は違えど、軟派でそこそこ有名な彼から、存外に真面目な顔で問われたのもある。
「普段はグータラしてて面倒くさがるのに、いざって時にはアイツさぁ、結構ムチャするんだよ。そこまでしなきゃどうにもならない、《魔法使い》ならではの特大トラブルだったってのはわかるけど、普通の人間だったら死ぬようなことでも、アイツは平気で飛び込んじまう」
十路当人に聞こえてたら『いや全然平気じゃないから』と返ってきそうな話だが、樹里の拷問に耐えている最中、そんな余裕はないらしい。
「だけどさ、そういうの、ムチャだって思える?」
「え……?」
「例えばね? 一般人が火事の現場に突入とかとんでもないけど、消防隊員が突入するのは当然と言えば当然じゃん? 刃物を持って暴れてる通り魔相手に、警察官だったら取り押さえないといけないじゃん? 十路が今日、銃持った連中とやり合ってたの、そんな風に当たり前って思ってない?」
「思ってなんか――」
「ホントにそう? よーく考えて?」
なぜそこまで念入りに問うのか。
思ったものの、和真に言われ、結は考える。
「博物館の中でなにがあったか知らないけど、どうせアイツのことだから、結ちゃんには動かないよう言って、ひとりで行動してたんだろ? その時、どう思った?」
「どうって……」
思い返しても、特段の記憶は蘇らない。和真の予想どおりのことがあっただけだ。
ただ、ひとりにされて、不安だった。
「十路のこと、少しでも心配した?」
「あ……」
重ねて言われてようやく気づいた。
自分のことだけ。十路の心配など、全くしていなかった。むしろ取り残されて不満を持っていた節もある。
「普通の女子高生に、銃撃戦に巻き込まれて、それを撃退できるヤツの心配しろって、無理なのわかりきってるけどさ――」
途切れた言葉は、和真が視線の先で補足する。
そこにはハンカチで顔を拭うたびに無表情が仏頂面になっていく樹里と、掴まれた襟首を引き下げられてついに跪かされた半泣きの十路がいる。
結と樹里は違った。彼女は彼の身を心配し、無謀さに怒る。
十路を普通に人間扱いしている、決定的な『差』だ。
そして今の十路に、結を助けてくれた時のような頼もしさはない。
結の中に、乖離した空想と現実を同一視していた『壁』があった。
《魔法使い》は、映画やアニメで描かれるヒーローでも、無敵の超人でもない。
ただ脳に異常があるだけで、ごく普通の人間に過ぎない。
友人が常々言っていることなのに、本当の理解には及んでいなかった。
「危ないところを助けられたら、好きになっちゃうかもしれないけど、向こうは好きだから助けるわけじゃないでしょ? それに人間だったら、情けない部分あるよ。それが受け入れられないってなら、《魔法使い》は単なる理想像として憧れるだけにしたほうがよくない? 映画とかマンガの登場人物みたいにさ」
「……そう、ですね」
彼女自身思いもしなかった、己のキタナイ部分を指摘されてしまえば、和真の忠告に素直に頷く以外にない。図星を突かれても頑なに否定しない程度には、彼女は子供ではなく素直だった。




