FF5_0100 【短編】単純で複雑で純情な感情ⅩⅠ ~神戸ポートタワー展望4F・展望室~
鼓を細長くしたような特徴的な外観を持つ神戸ポートタワーは、誰でも無料で利用できレストランや売店が入る地上層三階と、チケットを購入しなければ上がれない展望層五階からなる。
『展望四・五階だけは時間内に無人にできたであります。エレベータで降りれない民間人は、下層から非常階段で降りているでありますから、下に被害を出さないように』
「了解。それで充分だ」
『自分はどうするでありますか?』
「記録作っといてくれ。後々過剰防衛とか言われんための証拠を」
一緒に乗り込んだ、光学迷彩を解除した《ピクシィ》越しに野依崎に指示を出すと、レジャーバイクごと乗り込んだ昇り専用エレベータの扉が開いた。塔を一周する廊下に有料の望遠鏡が点在する、いかにもな展望室に出る。エレベーターが再び地上に戻ったのを見届けてから、十路は土産ものが並ぶ棚が壁沿いに設置された廊下を疾走する。
『トラブルご免はこんな時でも健在でありますか……』
「あ。あと、ついでだから、もうひとつ」
周回して速度を上げる最中、エレベータの様子を窺いながら、速度を調整する。
「さすがにここじゃちょっと跳びにくい。ジャンプ台になってくれ」
『了解』
バランスを取って後輪走行し、空けた足元に高度を下げた《ピクシィ》が割り込む。そして速度を落とすと同時に、重力制御の出力が一瞬強化され、後輪を乗り上げさせる。
調子よく走っていたところを、突如足払いされたような形で、十路の乗ったレジャーバイクは宙を舞う。
そして勢いを殺さぬまま、丁度エレベーターから出てきた中年外国人女性と、空中で寝かした車体の底部で激突した。
ただの飛び蹴りとは比較にならない。というか完全無欠に交通事故だ。銃を向ける間もなく、相手は吹っ飛んだ。
「あと――」
十路は転倒する。着地に失敗したわけではなく、故意に床を滑った。
「――ひとり」
敵が取り落とした短機関銃を手にし、振り返る。
「ふぇ?」
追いすがっていた、ギグケースを背負うパンクファッションの、キツネ顔の少女に銃撃した。
△▼△▼△▼△▼
階段もエレベータも使わず、《魔法》の身体能力でタワーの展望台まで登り、なんとか中に入って十路に追いついたと思ったら、いきなり彼から銃を向けられた。完全に予想外の事態だった。
「ぅひぃぃぃぃっ!?」
咄嗟に背を向けて丸くなったことですら、奇跡的な防御行動だった。
数発は外れ、追従して下がった連射は、背負ったギグケース内の空間制御ボックスに当たった。いきなりの衝撃につんのめって土下座スタイルをとらされたが、幸い樹里の体には突き刺さらなかった。
「防弾装備かよ」
十路が舌打ちし、大股で近づいてくる。なにをするかと思いきや、ポニーテールにした髪を掴み、乱暴に上体を引き起こさせて、熱を持つ短機関銃をこめかみに突きつけてくる。
彼は樹里を、完全に敵として扱っている。
(なんで……!?)
確かに今、彼との関係は悪い。視界に入っていても『いないもの』として扱われ、話すことすら拒まれている。樹里も彼に対して罪悪感を抱いているため、なまじ喧嘩に発展していないのがより悪い。
けれどもまさか、殺意を向けられるほど嫌われているなんて。
そんな悲観に支配された頃合に、浮かぶ《ピクシィ》から、おずおずと野依崎が語りかける。
『十路? それ、ミス・キスキでありますよ……?』
「…………は?」
『優先事項が多くて報告が遅れたでありますが、この近くにいたので事態を知らせたのであります。《魔法》を使って本格的に変装しているので、敵と認識するのも無理ないと理解できるでありますが、それはミス・キスキであります』
その問答で思い出した。十路に轢かれかけた原因も、結に敬語で返された理由も、ようやく理解した。
(そうだったぁぁぁぁっ!? 整形してたぁぁぁぁっ!?)
《魔法》で顔を変えていたことを、すっかり忘れていた。慌てて普段の、『木次樹里』の顔に戻す。
「そんなわけないだろ」
けれども十路は、樹里の背後でまだ否定する。肉体内部から操作すると《魔法回路》は外から見えにくいため、気づいてくれなかった。
「コイツ、今日一日、ずっと俺を尾行まわしてたヤツだぞ。和真とナージャ辺りがデバガメしてると思って放置してたけど、連中じゃなかったら敵以外に考えられない。しかも木次はそういう真似する性格じゃない」
「…………」
心が痛い。
デートをずっと出歯亀していたのがバレていたのに、『そういうことしない』と言い切られてしまった信頼感がハンパなく突き刺さる。
「それにコイツ、木次よりも胸デカい」
「…………」
泣けた。
十路がバスト七九Cカップを正確に把握し、偽乳だから別人と判断しているのを、泣く以外どう反応すればいいのかわからない。
いっそのこと、ひと思いに脳天を撃ち抜いて欲しい。乙女のプライドが守られるなら、それもアリな気がしなくもない。
「木次です……変装して先輩と結を尾行てました……」
でもそんな敵前逃亡は許されないのはわかりきってるから、樹里は心で号泣・顔は半泣きで声を振り絞った。
すると突きつけられていた銃が遠ざかり、掴まれていた髪が離される。次いで肩を掴まれ、振り返らせられる。
「…………」
まじまじと見下ろしてくる十路と嫌でも目が合う。先ほどまでは緊張感で鋭くなっていただろうに、普段どおり怠惰そうに細めた瞳が『へー。デバガメしてたのは事実なのか』とか『なに胸盛ってんだよ』などと語っている気がする。
痛ましいモノを見るような視線に耐えられず、樹里から逸らした。彼との関係悪化でここのところ、同じような態度を取ってしまっているが、それとは違う後ろめたさで。
だが彼の態度は変わらない。苛立たしげに舌打ちすると、樹里を攻撃した事実どころか、存在すら無視したように振舞う。
「フォー。あとひとり残ってるってことだよな? どこだ?」
『そこであります』
空中の《ピクシィ》が音もなく動いた。同時に短機関銃とは異なる銃声と、超硬質の装甲が弾き返した激音が響いた。
野依崎が守ってくれると知っていたような態度で、十路は短機関銃のセレクターをセミオートに変え、一発だけ反撃する。
銃弾は、エレベーターから半身を出して拳銃を向けていた、女性の肩を貫いた。
『それが『イランイラン』リーダー格の、アンジェラ・ヒネル・レイエスであります』
「名前と顔写真だけじゃピンと来なかったけど、その悪趣味な銃で思い出した」
樹里が知らないことを野依崎と話し合いつつ、十路は近づいて、女が取り落とした拳銃を拾い上げる。
M1911。日本では『コルト・ガバメント』の通称で知られる。数字が示すように登場は一〇〇年以上も昔だが、後世の自動拳銃開発に多大な影響を与え、現在でも製造され続ける最も有名な拳銃だ。
そんな知識を樹里は持っていないが、『映画でよく出てくる銃』くらいの認識があり、床に転がっていたそれが普通のものではないとわかる。
なにせフレーム全体が鉄とは明らかに違う。銀か白金のような光沢を放っているし、グリップ部分には宝石があしらわれている。十路が『悪趣味』と評すのも理解できる。
「東南アジアで潰した麻薬カルテルの首領とよく一緒にいた女だ。公式には対抗組織の仕業ってことになってるはずだけど、よくまぁ俺まで辿り着いたもんだ」
『女の執念を甘く考えてるであります。なぜ生かしたでありますか?』
「カルテルの一員とは違ったし、作戦当日アジトにいなかった」
『金で囲われていただけの愛人でありますか。こうして敵討ちを目論むほど、愛情深かったみたいでありますが』
「そういう可能性も無きにしも非ずだけど、俺が金ヅル潰したから恨まれてる説に一票」
国家機密に関わるはずの内容を、高校生と小学生が世間話のように語っている。特に十路は当事者なのに、まるで他人事の口ぶりだ。
それが癇に障ったか、肩の傷口を動く手で押さえる女が叫んだ。まだ若い、華やかで艶ある美形の顔だろうに、今は痛み以外の要素で夜叉のように歪んでいる。声もまた錆びた鋸を挽いたような裏声になっている。
「何語だ?」
『タガログ語では? 自分には理解できないでありますが』
「まぁ、なに言ったか見当はつく」
言語の壁は乗り越えられずとも、罵声をぶつけられたと理解できるはずなのに、当人は全く堪えていない。
「え……」
十路は無造作に倒れた女に近づくと、短機関銃を向ける。一発だけの銃声と同時に、肩を押さえていた女の手に赤黒い穴が穿たれた。
『何事でありますか?』
「キッチリ後始末したいだけだ」
感情の機微があまり感じられない、良い意味でも悪い意味でもマイペースなふたりの会話テンポは、やはり変わらない。しかも十路は更に二度、今度はデニムパンツに包まれた足にも銃撃する。
女は最初なにが起こったか理解していない様子だったが、遅れて絶叫した。十路は致命傷にならない部位を選んで撃ち、嬲っているのだから、死の恐怖は否応なく煽られる。
「ほら。聞いた話じゃ、俺を簡単に死なせないとか、息巻いてたそうじゃないか? やられてみた気分どうだ?」
至近距離からの発砲なので、十路の身にも返り血が飛ぶ。頬に幾つもの飛沫血痕をつけた顔は、一見なんの感情も浮かんでいないが、普段の無愛想とは違う。
樹里が知らない十路の姿だった。電波を送る後輩にも言えることだが、姿が見えない分、違和感は少ない。だからより一層、十路が知らないイキモノに見えてしまう。
知識としては当然知っていた。彼は修交館学院に転入する前は、陸上自衛隊に非公式に所属する非合法特殊隊員だった。
当然実際に目にした。非凡な作戦遂行能力と豊富な軍事知識、そして操る強力な《魔法》は、生体万能戦略兵器と呼ばれるに相応しい。
しかしその姿を見せる機会はごく限られている。彼はあくまで怠惰な野良犬。熊をも食い千切る牙を持とうと、縄張りを侵さなければ無害な獣だったはず。
それが今は違う。無造作に人の命を軽んじ、既に抵抗できない敵を嬲る。
「なにやってるんですかッ!!」
樹里が怒りに染まった。一挙動で立ち上がり、十路が握る短機関銃の銃身を握り、強引に逸らした。連続発砲の熱で掌が焼けたが構わない。
「あ?」
ハッキリと不機嫌が表に出た瞳が見返してきたが、怯まない。
「どけ」
「嫌です!」
「邪魔するな」
「邪魔します!」
「こいつは敵だぞ? 今はまだ俺の問題だけど、そうじゃなくなるかもな」
「もう終わってます! これ以上はやりすぎです!」
短機関銃を奪いたいが、十路も腕に力を込めて抵抗する。暴発の危険があるが、銃を破壊するしかないかと樹里が考えた矢先、抵抗がなくなった。
しかし十路の顔に観念や苛立ちはない。浮かんでいるのはむしろ冷淡や侮蔑だろう。
「だからお前は甘いんだよ」
彼は左手に持っていた装飾過多の拳銃を、展望室ホールの片隅に転がっていたもう一人の女に向ける。樹里はその場面を見ていないが、オートバイで激突され、そのまま気絶してたか、動かないもうひとりがこの場にいた。
無慈悲な銃声と共に、やや太めの体が着弾衝撃で震え、血が吹き出た。
「ほら、《治癒術士》? 治さないとコイツら死ぬぞ? 殺したくないなら頑張れ」
今の十路は、身の毛のよだつ残虐性を発揮する狂犬か。
否、逆か。人工知能を搭載し自律行動で敵を攻撃する、冷酷なロボット兵器か。
樹里は改めて戦慄した。




