FF5_0090 【短編】単純で複雑で純情な感情Ⅹ ~神戸海洋博物館/連絡橋~
機会を窺っていたところに、突如十路が思わぬ行動をしたから、焦って仕掛けたに違いない。
駆け出してから数秒遅れて、背後から発砲音が響いた。しかし曲がりくねった通路なので、当たりはしない。床や壁材が小さく削れて粉塵が舞い、金属質の展示物に火花が散った。
(MAC10短機関銃系――減音器付き。9×19㎜P弾、三二発発射)
十路にとっては聞き慣れた銃声だった。小型で隠すのに都合よく、命中精度はいまひとつでも銃弾をばら撒く目的ならば問題ないため、犯罪者やテロリストによく使われる皮肉なマシンピストルだ。だから十路も都市部の任務で、度々この銃と相対した。
減衰され、しかもフルオート射撃では、日本の一般人が想像する銃声とは全く違う。博物館内にいた他の客たちは、異変を理解しながらも戸惑うだけで、具体的な行動はしない。
その隙に十路は、結を抱えたままモーターサイクルギャラリーを飛び出した。そこは鉄道・航空機・船舶・産業用ロボットの展示がある大展示室だ。
「鉄砲だ! 物陰に隠れてしゃがめ! 撃たれるぞ!」
実物〇系新幹線先頭車両の陰に飛び込み、十路が声を張り上げると、やがて理解の悲鳴が上がる。無闇に動くなと警告したにも関わらず、無秩序な足音はパニックになって出口に殺到していると示している。
しかし射撃手は、目標以外への無差別攻撃の意思はないらしい。発砲はなかった。
(殺しに手馴れていない……意図的に民間人を巻き込むのは避けてる……『イランイラン』ってのは、聞いたとおりの相手か)
とはいえ、意図せずとも巻き込む可能性は充分ある。隠れ続けて警察に任せることも考えたが、それでは時間がかかり、誤射の危険が高まる。
しかも、これは十路が招いたトラブルだ。けじめは必要だろう。
(どうしたもんか……得物がなぁ?)
ごく普通のデートをしていたのだから、装備はない。この場にある物を即席の武器にしようにも、短機関銃相手ではさすがに分が悪い。
(それに、人数がわからない)
つばめの連絡では『一部』としか聞いていない。元々の相手が何人いるのか、話を聞いた時には把握できていなかった。
普通に考えれば、複数人で仕掛け、逃げられないよう出口を固めているはず。
(ヤケでも起こされたら堪ったもんじゃない)
偏見だとわかってはいるが、『彼女たち』が女性である以上、感情任せになにをするかわからないという先入観がある。
そもそも『彼女たち』は、その感情論で十路と敵対関係にあるのだから。いつ巻き添えで誰かが傷つかないとも限らない。
(なら、強行突破して、人気のない場所に誘い込むのが、誰にとっても一番か……)
時間はかけられない。部員の誰かに来てもらうのが一番だが、待っていられない。
数秒で結論を出すと、抱きかかえた結に囁いた。
「井澤はここで小さくなってろ。そのうち警察が来るはずだ」
「……え!?」
取り残されることに理解が及ぶと、結は無意識か、シャツを掴んできた。嫌でも彼女の不安が伝わってくる。
だが十路は、その手を引き剥がした。
「連中の狙いは俺だ。一緒にいると死ぬぞ」
正確には、離れれば結が安全という保障はない。今日一日一緒のところを見られているに違いないため、人質に使われる可能性も想定できた。
だからこそ、すぐさま動かなければならないとも考えた。
「いいな。絶対に動くな」
「あ……!」
怯えた結が手を伸ばしてきたが、十路は無視する。新幹線先頭車両の内部を見学できるよう、ホームの高さを作り上げる台座の陰から、カメラ機能を起動させた携帯電話だけを突き出して撮影する。
(相手はひとり――いや、エントランスにもうひとり。やっぱり固められてるか)
十路を撃ったひとりは、モーターサイクルギャラリーの通路から出てきたところだった。もうひとりは遅れて事態を察し、エアガンよりもオモチャらしい短機関銃を手に、カワサキワールド内に入ってこようとしていた。
壁際に展示された、KV-107II型ヘリコプターの側に、制服を着た博物館職員がいるのが見えた。災害時の避難誘導は訓練しているかもしれないが、突然犯罪者が銃を持って暴れた場合の訓練は受けていなくても不思議はない。彼女は恐怖に固まりへたり込んでいた。
ちょうど新幹線と台座の陰に入るので、襲撃者たちからは見えない位置になる。十路はスニーカーの足音を立てないよう近づき、職員をヘリの陰へと引っ張り込んだ。
「警察関係者です」
そして余計なことも嘘も言わず、財布と一緒に常に持っている、支援部員に与えられた身分証明書を見せて問う。
「ここに今すぐ動くバイクがありますか?」
△▼△▼△▼△▼
メリケンパークの芝生を樹里は駆ける。和真は安全な場所にいるよう言い含め、置いてきた。
『敵は……テロリストと呼ぶのが正確か疑問でありますが、まぁ、犯罪者集団でありますね』
《ピクシィ》は再び姿を消したが、無線を飛ばして野依崎が教えてくれる。樹里も口を開かず、《魔法》の無線を使って頭の中でデータのやり取りをする。
『そのビミョーな言い方は?』
『被害者の会なのであります。ただし皆、陸上自衛隊の《騎士》に壊滅させられた非合法組織の関係者であり、一般的にその感情は逆恨みと呼ぶでありますが』
『それって……!』
『ありていに言えば、十路に復讐したい、物騒な未亡人ネットワークであります』
それを伝えるために、野依崎は《ピクシィ》を樹里の元に寄越してきた。
ずっと十路を追跡していたのは、デート中だから遠慮して、事が丸く収まればなにも伝えないつもりで見守っていたからか。野依崎まで十路のデートを出歯亀していた可能性もなきにしも非ずだが、今となってはどうでもいい。
『組織の名は『イランイラン』。由来は東アジアからオセアニアの熱帯地方に分布する常緑樹。花から抽出した精油は、香水の材料として使われるであります』
樹里が時折感じていた匂いは、もしかしたらそれか。どうやって知ったか、同じ人物に復讐するために、同じ香りをまとっているのか。
『数日前、神戸入したのを察知したのであります。とはいえ、まだ事が起こっていない段階で、支援部が動くのは問題があるであります』
総合生活支援部は、民間緊急即応部隊。警察・消防・自衛隊だけでは手に余る事態に部活として動く。
自衛のためならば話が変わるが、基本、事が起こってからでないと動けない。
『理事長と十路と協議した結果、静観を決定。そして今日警察が確保する予定だったのでありますが、一部の確保に失敗して……現状があるであります』
『私、そんな話、一言も聞いてないですよ!?』
『十路が教えるなと言ったからであります。部長も知らないであります』
『またあの人はひとりで背負いこもうとするなぁ!?』
怒りの感情が芽生えた時、神戸海洋博物館のエントランス・ロビーに飛び込んだ。壁いっぱいの陶板レリーフと、イギリス軍艦ロドニー号の巨大な模型が嫌でも目に入る。
同時に、カワサキワールドの出入り口から、エンジン音と、小さな二輪車が飛び出してきた。
それに乗った十路と、目が合った。
「お前もか」
すると彼はアクセルを吹かし、ロビーに乱立する小さな展示模型の台座を使って、モトクロス競技のように、吹き抜けを高々と跳ぶ。
「ふぇっ!?」
そして上から強襲してきた。
慌てて横っ飛びにその場を離れると、タイヤとサスペンションを鳴らして着地した彼は、それ以上樹里には見向きもしない。二階への階段を小さなオートバイで強引に登っていった。
「いま先輩、私を轢こうとした……!?」
『あー……ただの勘違いだと思うであります』
「で、ですよね……」
樹里もまた勘違いした。『十路が』という意味を、『樹里が』という意味に読み違えた。
『それよりも』
「そうだ……!」
へたり込んでいる場合ではない。樹里は立ち上がり、迷う。十路を追うべきか、彼が飛び出してきたカワサキワールドに入るべきか。
二秒の逡巡で、樹里は一階奥へ走ることを選んだ。銃撃が行われた場所が、《治癒術士》である自身の行き先だと判断した。
「うっわぁ……」
まず目についたのは、倒れた東南アジア系の若い女性だった。服装は外国人旅行客としては変哲ないが、減衰器がへし折れた短機関銃を手にしている。なによりも体から特徴的な香料の匂いがする。
『イランイラン』を名乗る敵に違いあるまい。
離れた場所にもうひとり倒れている。こちらは子はもちろん、もしかすれば孫がいるかもしれない、そこそこな歳の女性だった。銃は一見無傷だが、持ったまま踏み潰されたのだろう。それを操作する指がデタラメな方向を向いている。
(堤先輩、平等に容赦ないなぁ……)
共に体のどこかにタイヤ痕が刻まれ、四肢が折れ曲がり、血を噴いている様に、改めて悪い意味で関心してしまう。女どころか老人や子供だろうと、敵ならば彼は同じ扱いをする。
それでも手加減はされていた。バイクに乗ったままの体当たりで重傷だが、気絶しているだけだ。
冷酷だが、非情ではない。直接問えば『殺してしまえば過剰防衛なんて言われて後々面倒だから』などと返し、決して本心を見せないだろうが、ある意味では彼らしい。
簡易的に診察して、命に別状なさそうなのを確認すると、樹里は襲撃者ふたりを、首にかけていた借り物のネックレスや、当人が身に着けていた衣服で拘束する。空間制御ボックスに入った手錠や結束バンドを使うよりも、そっちが早い。
「誰か、ケガした人はいませんか?」
そして居合わせた人々に声をかけながら、カワサキワールド内を確認する。十路を追いかけるつもりだから、簡単な確認になってしまうが、負傷者の存在は見て取れない。
「結?」
足早に確認をしていたが、新幹線先頭車両の側でへたり込む結の前では、さすがに足を止めた。
声をかけられた彼女は、恐る恐る顔を上げ、不思議そうに樹里を見返してくる。
「大丈夫? ケガない?」
「え、はい……大丈夫です」
『なんで敬語?』と不思議に思いはしたものの、時間がない故に、樹里は聞き返さなかった。
「すぐに警察が来ると思うし、外のほうが危ないから、動かないで」
それだけ言い残して、樹里は企業博物館を後にする。
十路がどこへ行ったのかと考えながら、彼が登っていったエントランス階段を駆け上っていると、野依崎の無線が飛んできた。
『十路はどうやら、神戸ポートタワーで迎え撃つつもりらしいであります』
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共に神戸を代表する観光地である海洋博物館とポートタワーは、道路を隔てた向かいにある。双方の施設に入れるお徳なセット券も販売されており、二階相当の高さには直通の連絡橋が作られている。
十路はそこを通過していた。
(さすが天下のカワサキ。動態保存カンペキだな)
彼が跨るのは、自転車のフレームにエンジンと燃料タンクを取り付けただけのような、異様な車体だった。生粋のカワサキファンでも、この子供の乗り物ようなオートバイを知る者はごくわずかだろう。
MB-1コヨーテ。日本では発売されていない、排気量区分では原動機付き自転車に入るレジャーバイクだ。職員に動く車体を要求して、博物館のバックヤードから出されたのが、来週から始まるイベント展示として保管されていたこれだった。
博物館での展示車輌はどうするものか十路は知らないが、機能を外すような静態処置もされていない。それどころか、製造から半世紀近い骨董品にも関わらず、駆動に不安はない。
そんな車体のアクセルを、十路は無用に吹かしていた。襲撃者が何人いるのか不明なため、注目を集め、ここにいることを知らしめるために。
『十路』
唐突に耳元で、少女の平坦なアルトボイスが聞こえたので、アクセルを緩めて止まる。
「フォーか。状況は把握してるか?」
『是。『イランイラン』の取りこぼしは、十路が撃退した二名を除くと、残り二名の模様』
「取り押さえるのにポートタワーを使いたい。中の民間人を脱出させられるか?」
『三分猶予を。展望デッキのフロアひとつだけでも空けさせるであります』
情報共有している相手なので、話が早い。
光学迷彩を発動したままなので見えはしないが、野依崎の《ピクシィ》が遠ざかったと思える間を置いた後、銃声と共に連絡橋の柵に火花が散った。
下の道路から撃たれた。十路は姿勢を低くして、再びコヨーテのアクセルを開いて疾走する。
相手が使っている銃は、装弾数三二発が一.五秒で空になる連射だ。指切りバーストで調整できる熟練者でなければ、あっという間に撃ち尽くしてしまう。
だから、危険なのはごく短時間でしかない。下にいる敵と、後ろの海洋博物館から出てきた敵の姿を確認する余裕は充分あった。
(そろそろいいか? 中で待ち構える時間も必要だし)
非難時間と相手の移動時間を加味し、野依崎がなんらかの手段で鳴らしたのであろう、非常ベルが鳴り響く神戸ポートタワーに、十路はレジャーバイクで飛びこむ。




