FF5_0080 【短編】単純で複雑で純情な感情Ⅸ ~カワサキワールド/メリケンパーク~
「カワサキか……」
「なんでしみじみと……」
「俺の中では、あの会社は変態という位置づけだから」
「どういう意味ですか!?」
優れた製品を世に送り出している会社だとは思う。同時に個性的というか発想がぶっ飛んでる気がしてならない。なにせ飛び方がおかしい輸送機や観測ヘリを作った実績がある。鉄道ファンに聞けば色々な伝説を語ってくれるだろう。ただしオートバイに限った話ならば、もっと変態的企業がある。カワサキも実用的な電動オートバイを売るより前に人工知能搭載可変電動三輪ビークルなんてものを企画する変態性を発揮しているが、ロータリーエンジン搭載とか世界初アルミフレームとか最高時速三〇〇キロオーバーとか排気量一八〇〇ccなんて物を普通に作って売ったス●キがより変態に違いない(※あくまで個人の見解です)。
十路と結は、神戸海洋博物館内にある企業博物館・カワサキワールドを訪れていた。社名がカタカナ表記されている場合、オートバイのブランドのみを指すことが多いが、グループ全体の歴史や製品が展示されている。
日本の重工業の一端を担う川崎重工業は、神戸市と縁が深い。明治期に官営造船所の払い下げを受けて以来、兵庫県内だけでも複数の工場を持ち、二輪車輌・鉄道・船舶・航空機・プラント設備・産業用ロボットを作り続けている。
本社も神戸市にあるのだから、企業博物館が観光地にあるのも、不思議ないことなのだろうが。
「それよか、井澤が見たいものでもあるのか?」
入場を提案したのが結なのが解せない。都市部で生活する一般人レベルで考えれば、そこそこ長距離を歩いたので、西日本最大店舗の大手コーヒーショップチェーンでまったりする予定だったのだが、彼女が変更を申し出た。
タダ券があるとはいえ、そういう趣味でもなければ、女子高生が選ぶ場所とは思えない。
「堤先輩は、こういう場所のほうが好きのかなーと。これまでずっと、わたし向けのコース設定じゃないですか? だからですよ」
「井澤が行きたい場所に連れてったわけでもないだろうに」
「確かに違いますけど……でも、わたしのこと考えてのコースだったのは間違いないじゃないですか」
結に事件を思い出させないため。
結に変な金銭感覚を植え付けさせないため。
女性の望みを叶えてやるのが、デートで求められる男の役割だとすれば、方向性は明後日を向いている。だが彼のそれもまた気遣いと呼ばれるものだろう。
最後まで心の内に秘めていたら完璧だったかもしれないが、十路はその意図を明かしてしまっている。この不十分さが彼たる所以なのか。
そして好意は素直に受け取って礼を言えず、気まずげに首筋を撫でながら話を変えてしまうのも、彼が彼たる所以か。
「興味ないわけじゃないけどな。カワサキ製品にはそこそこ世話になってるし」
川崎重工業は、自衛隊に防衛装備を納品している軍需企業でもある。多くは航空機や潜水艦といった大型の物で、陸自所属で単独行動が多かった十路が直接関わるものではないが、例外もある。
それがモーターサイクルギャラリーの一角に展示されていた。
「特に、コイツには死ぬほど世話になった」
鮮やかなライムグリーンで彩色された中型オフロードバイク側の、説明が書かれたプレートには『KLX250』とある。厳密には『偵察用オートバイ』の名で自衛隊に納入されている物とは、カラーリングは勿論、補強パーツやオプションが異なるが、基本スペックは展示されている市販車と変わらない。
十路が言う『死ぬほど』は誇張だとしても、半分以上は事実だったりする。《使い魔》乗りとなるべく、トライアルバイクのオフロードテクニックや、エクストリームバイクの曲乗りを、このオートバイで訓練させられ、何度も転倒したのだから。
しかも後遺症の心配がない怪我なら、訓練を続行させられた。なにせ本物の《使い魔》乗りは単独行動が基本。誰かが手当てをしてくれるわけではないし、負傷しても行動しなければ死ぬような危険任務に就かされるのだから、訓練でもそういう経験をさせられた。骨折して曲がってはいけない部分から腕がプラプラしてるのに、剣鉾を持った笑顔の上官が追いかけてくるから、必死になって富士演習場を駆け回ったのを思い出すと、遠い目をしてしまう。
十路にとってのKLX250は、共に傷つき、共に戦った友であり、師匠でもある。動かし方も整備方法も、オートバイの基礎は全て彼 (?)から教わった。
「やっぱりバイク、好きなんですね」
「好きというか……バイクは趣味の乗り物だと思うけど、俺は必要性で乗ってるから、ちょっと違うけどな?」
そんな育成校時代の真相を、一般人の結に話しはしないが、ぼやけさせても会話に問題はない。
「今日のデートでも、バイクに乗ってどこか行くのかなとか、ちょっと思ったんですけど」
「最初っから選択肢になかった」
未経験者にとっては、オートバイは恐ろしい乗り物になる。二輪だから不安定、スポーツバイクなら車高が高く、生身を晒した状態で自動車並みのスピードで走るのだから。
それに女性が乗るとなると、服装・髪型を考えなければならないだろう。
普通の女子高生にオートバイの乗車経験など、ないのが普通であろうし、初デートでツーリングなどありえない。
「今日の行き先決めてなかったし、井澤がスカートで来るかもしれないのに、バイクでどこか行くとか考えない」
「あれ? でも支援部の人たちって、スカートでもバイク乗ってるって聞いたことが」
「それは特殊例だ……」
部室にレギンスを置いていたり、いつもレギンスを穿いていたり、ミニスカートをキュロットパンツ状にする洗濯バサミを持っていたりと、いつでもオートバイに乗れる準備をしている。それが使えない切羽詰った状況なら、パンチラを気にせずスカートをたくし上げて跨るか、安全を無視して横座りする。
そんな支援部女子部員を基準に定めたら、世の女性は『違う』とツッコむに違いない。
「なんならスカートで乗れるか、試してみればいい。支援部の連中がヘンってわかると思うぞ」
レースゲーム筐体を思わせるシミュレーターがあったので指差す。
その受付を行っているインフォメーション、ではなく、その横に目についた。
「来週来ればZ1が見れたのか……」
イベント予定が書かれてあった。翌週から企画されていた廃盤バイクの展示、並んだ展示品の名前と写真に目が止まった。
「なにか?」
「いや、もう一台、俺が時々乗ってたカワサキバイクがあるんだ。大昔に生産終了してて、まずお目にかかれないんだが、それが展示する予定になってるのが気になって」
「思い出のバイクですか」
「とても人に話せないヤな思い出だけどな……」
900 Super4という正式名称よりも、欧米輸出用型番であるZ1のほうが、日本国内でも通りがいい大型オートバイだ。馴染みあるのは自衛隊とは関係なく、上官の私物だったから。
当時は一八歳未満、つまり大型自動二輪免許がないのに動かして、駐屯地の外で飲んだくれた上官を何度迎えに行ったことか。嫌だったが迎えを断ると後が怖かったので、無免許運転にビクビクしながら転がしたのを思い出すと、ため息が出てくる。
それも今となっては、大切な思い出だが。
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「中、入らないわけ?」
「や。堤先輩にバレますって……」
和真と樹里はというと、神戸海洋博物館には入らなかった。身を隠せる遮蔽物は多いが、距離が取れないため、彼ならば察知しても不思議はない。中華街で一度バレかけたので、楽観視はやめておくべきだと考えた。
なので樹里はメリケンパークで時間を潰すつもりだった。今日はじめて、デートしている先輩と友人を視界から外して、大手コーヒーショップチェーンでふたり分の飲み物を買ってきた。ジュースも昼食も奢ってもらったので、今度は樹里が和真の分も出した。
「それよりも高遠先輩。もう二度と『ベンティキャラメルアーモンドヘーゼルナッツモカホワイトチョコチップエキストラホイップチョコソースキャラメルソースジェリーバニラクリームフラペチーノ』とか、ス●バ呪文を詠唱しないでください」
「冗談で言ったんだけど、一回で覚えた樹里ちゃんはスゴい。買ってきたコレ、正解かどうか俺も覚えてねーし」
「だったら最初から言わないでください……!」
『お陰で何度店員さんに聞き返されたことか』という後の句は、トールアイスライトアイスエクストラミルクラテのストローをくわえて飲み込んだ。ちなみに注文時に言ったセリフは『アイスラテ、サイズはトール。氷少なめミルク多め』で、わざわざ呪文を唱えてはいない。
「ところで樹里ちゃんは、海洋博物館に入ったことある?」
「ないです。っていうか、メリケンパークに来たのも二、三回くらいですし」
「神戸市民は観光地に行かないもんなぁ」
「多分、神戸市民に限らず、わざわざ地元の観光地に行く人は少ないと思いますけど」
十路たちが出るのを待ち、海洋博物館を視界に収めて、整備された公園のベンチに座って、そんな風にまったりしていたら。
脳内センサーが、急降下する『電波の塊』を察知した。
「!?」
樹里は半ば条件反射で立ち上がりながら飛び退いたが、衝突ギリギリだった空間で『それ』は動きを止め、空中に静止した。
肉眼では見えない。否、風景が歪んで見える。背面の風景を前面に映し出す、映像投影型の光学迷彩を《魔法》で発揮している『なにか』があった。
怪訝に思う間もなく迷彩が解除され、重力制御の《魔法回路》をまとった、戦闘機の模型のような物体が出現した。
「樹里ちゃん、これは?」
「野依崎さんの《魔法使いの杖》です……でも、なんでここに?」
支援部員である野依崎雫の《魔法使いの杖》――《ピクシィ》は、通常のものとは大きく異なり、手に持たずに使い、通常考えられない遠距離で《魔法》を発動できる遠隔操作型だ。
野依崎は装備をいつも『着ている』から、《ピクシィ》は所持していない。監視装置や中継器のような使い方をするために、市内のあちこちに分散して配置されている。
とはいえ、元々メリケンパークに配備されていたとは考えられない。飛んできた一基は、明らかに意思を持って樹里に接近してきた。変装しているにも関わらず。
(もしかして、あの電波って……)
十路たちを追跡している時、上空からたびたび奇妙な電波を拾っていたが、《ピクシィ》もまた追跡していたのではなかろうかと考えた。
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「ん? 悪い」
不意にポケットの中で携帯電話が震えた。デート中だが、相手が相手だから無視はできない。結に一言断ってから十路は耳につけた。
『トージくん。用件だけ伝える』
電話は長久手つばめからだった。普段にはない緊張で固い声で、メールで問い合わせた返信が来た。
『前に話した連中の確保が行われたけど、一部を取り逃がした。強行する可能性が高いから、気をつけて』
「了解」
前提あってのことなので、短い言葉でも理解できた。
現状の危険性と、違和感の確信も抱くことができた。
危惧していた最悪、その二、三歩前くらいの状況にはある。
だから十路は、携帯電話をゆっくりと仕舞うと。
「ひゃっ!?」
有無を言わさず結を抱えて駆け出した。




