FF5_0060 【短編】単純で複雑で純情な感情Ⅶ ~南京町広場~
南京町という地名は、神戸の地図には存在しない。
だがそう呼ばれる地域は存在する。横浜中華街、長崎新地中華街と共に数えられる、日本三大チャイナタウンとして。
朱色と金に彩られた異国情緒溢れる町並みは、当然のように中華料理店が軒を連ね、そこの料理を目当てにする観光客がひしめき合っている。
「熱ぃ~!?」
「その小籠包、店先に注意書きあったぞ。そのままかじったら火傷するって」
中華風の東屋がシンボルとして建つ、南京町広場のベンチで、その店頭販売している諸々で、十路と結は昼食を摂ることになった。ちなみに代金は、角煮バーガーを買うのにふたり分を十路が払ったり、別の店で刈包の代金を結が全部出したりと、結構アバウト。
小籠包に封じられた熱々の肉汁に悶える結は、十路が手渡したタピオカジュースでひと息ついてから、今更とも思える話題を振ってくる。
「お昼にどんなお店に連れて行かれるのかと、ちょっと身構えてたんですけど……」
「あー。前に井澤を連れて入ったの、曲がりなりにもホテルランチだったしな」
ディナーではなくランチ、しかも食べ放題スタイルだったから、一般的に呼ばれる『高級料理』からは外れるだろう。それでも高校生の昼食としてはかなり特別だが、あの時は結に頼みごとをしたことも絡んでいる。
炭水化物と脂肪分に偏った買い食いスタイルランチに、結は安堵したのか、失望したのか。
いや、どちらでもいい。コンビニの味とは全く違う豚まんを一口頬張ってから、十路は説明しておくことにした。
「もらったタダ券の中に、高級レストランの食事券もあったけど、使うのは止めた」
「どうしてですか?」
「これ前にも言わなかったか? 一〇年早い。高い飯が食いたければ、社会人になってからにしておけ」
デートの食事に数千円もかけるのが標準であるかのように、高校生の結に思わせるのは、彼女の為にならない。
いくらタダ券がある特別だと言い含めても、素振りからして彼女は今回が初デートだろう。調子に乗る性格ではないと思いたいが、変な意識を刷り込む危惧が拭えない。もしそんな偏見を抱かせてしまったら、この先彼女と付き合う男が悲惨なことになる。
「でも堤先輩は、そういう経験があるみたいな口ぶりですね?」
「まぁ……あるにはある」
上官に付き合わされたデートで、ドレスコードがある高級店に入ったことが幾度かある。
彼女は日頃、スルメをしゃぶりながらワンカップ酒を飲む完全庶民派だったのに。きっとそれも『女の扱い方』教育の一環だったのだろう。
「経験あるからこそ言っとく。自分で金払えない飯を、高校生の若造が食うのは間違いだと思うぞ」
「はぁ~……二歳しか違わないのに、オトナですね~」
「いや、そーゆーのとは違うんだが」
金銭面、彼女の先を考えて、このような昼食を選んだのは真実だが、それだけが理由ではない。
(なんか、尾行られてる気がしてならないんだよな……?)
非公式・非合法特殊隊員としての経験が、低レベルの警報を鳴らし続けているからだった。もっと危機感を刺激されるなら店内に入ったが、そこまでではないので、十路は屋外に留まることで追跡者の有無を見極めようと考えた。
昼食時なので、中華街に人は多い。広場には十路たちと同じように、食べ歩き商品を落ち着いて食べるために座っている者たちもいる。
そういった人々をそれとなく観察して、広場の隅に立つポークハットを被る男と、ギグケースを背負うパンクな少女というふたり連れに、視線が止まった。十路が視線を向けたから、慌てて体ごと目を背けたようにも思えたので目立った。
ふたりの背中をしばし、じっと見つめる。
(……違う。コレじゃない)
十路は首を捻りながらも、結が持つパックの焼き小籠包に箸を伸ばそうとしたのだが、空を切った。小悪魔チックな笑みを浮かべる彼女が意図的に遠ざけた。
「先ぱ~い。ここはデートっぽく、わたしが食べさせてあげますよ~。あ~ん」
「ヤメロ。俺まで火傷させようとするな」
△▼△▼△▼△▼
「危ね……! 十路と目が合いかけた……!」
「多分、大丈夫です……まだバレてないみたいです……かなり怪しまれた気しますけど……」
脳内センサーで捉えた背後の情報を、脳裏に画像化すると、十路はもう樹里たちに注目していない。
恐る恐る振り返ると、十路は結と話しながら、食事を再開していた。
口数が多い。彼は普段、必要がなければ口を開かない性分だから、樹里と一緒の時など静かなものだ。現在の喧嘩未満の微妙な雰囲気になる前からそうだった。
それが今はどうだ。無理して話題を作ってる風もなく、食事以外で口を動かしている。結もリラックスしていて、この時間を楽しんでいるのが見てわかる。耳を澄ませば、ざわめきの中から、楽しげなふたりの会話も拾える。
(う~……どうしようかなぁ……)
樹里の心に、罪悪感と共に再び迷いが顔を出し始めた。
今後ふたりの仲がどうなろうと、近しい仲とはいえ赤の他人である樹里が関知することではないと、頭では理解している。だがやはり無関係ではない以上、無関心ではいられない。
尾行がバレたら十路との仲に、更なる亀裂が入る恐怖もある。結にはバレてもそう大事にならない気がするが、十路に対しては本格的な破綻になりそうで怖い。
(あぅ~……ん?)
ふたつの感情の板ばさみになり、食べかけのゴマ団子を宙に止めたまま唸っていたら、なにか気になる匂いがふっと鼻元を過ぎ去った。
一瞬だった上にほぼ同時、肩に和真の手が乗せられたので、それきり気にならなくなったが。
「これ以上の出歯亀はやめとく?」
「高遠先輩って、意外と敏いですね……」
「樹里ちゃんって、ナチュラルにエグってくるよね!? 俺そんな鈍感だと思われてるの!?」
「ふぇ? え、や、その……そんなつもりで言ったんじゃないですけど……」
和真が相手だとどうも調子が狂う。そんなつもりもないのに、なんだか攻撃的になる。彼に対する苦手意識や警戒心が原因なのだろうか。
あと傷つけようと、後悔や罪悪感が大して沸かない。日頃ナージャに言い寄って迎撃されてもめげないところを目の当たりにしているからだろうか。
「それで、どうする? この後ふたりで普通にデートする?」
「…………」
白い歯がきらめく笑顔で和真に問われ、樹里は口ごもった。
彼女は基本、性根が優しい。たびたび意図せず和真を傷つけてしまっている気がするが、『これはマズイかも?』と思った言葉を口に出すような真似はしない。
考えた末に、必要と思える言葉だけを、早口で伝えた。
「いえこのままデバガメ続けましょう」
「そんなに俺とのデートが嫌!?」
考えずに言葉を発しても、考えて言葉を選んでも、傷つける結果になるのは、きっと樹里と和真の相性が悪いからなのだろう。どちらが悪いといった話ではない。そうに違いない。




