FF5_0050 【短編】単純で複雑で純情な感情Ⅵ ~トアウエスト/神戸元町商店街~
「意外なチョイスですね……」
「まぁ、そうかもな。この辺りは俺も一回だけしか来たことないし」
三ノ宮駅の隣・元町駅の北側、トアウエストと呼ばれる地区に、結と十路は来ていた。
「その一回が気になるんですけど?」
「ただのパシリ」
紅茶専門店で言われたものを買うだけの簡単なお遣いだった。いや最初は口頭のみで『ペコー? オレンジペコー? スーチョン? 先から何枚目かの葉っぱで味も等級も変わるとかわかんねーよ』レベルの無理解男には高いハードルだったので、理不尽な王女サマに面倒くさがられながらメモに書いてもらうのが中々難題だったのだが、それはさておき。
「井澤もあんまりこの辺りは来ないのか?」
「そんなには……誕生日のプレゼント選びに来たくらいですかね? 普段使いするにはちょっと……」
トアウエストは、ハイセンスな雑貨屋・セレクトショップ・飲食店などが立ち並ぶ、神戸屈指のオシャレエリアだ。高校生ではちょっと早いかもしれないと、十路が危惧したくらいにハイセンスだ。
ここで特になにをするわけでもない。少々歩くことになるが、公共交通機関を使うには近すぎて早すぎるから、目的地までの時間つぶしにウインドウショッピングとなった。
派手さやケバケバしさなどない落ち着いた雰囲気ながら、自己主張している店の商品に、結は無関心ではないけどそこまでの興味はない様子だった。時々足を止めて、もう少し興味が惹かれれば店内に入って眺め、話のネタが途切れない散歩になっている。買うともなれば、高校生では背伸びになってしまうからか、眺めるだけで手に取ることもない。店からすれば迷惑な冷やかし客かもしれない。
「ちょっと遠出して遊びに行くとなったら、やっぱり駅前かハーバーランドか?」
「そうですね。お店も多いですし」
「ハーバーランドに行くのは、やめたほうがいいと思ったが、そっちがよかったか?」
「どうしてやめたんですか?」
「……俺と井澤が今日デートしてる理由、忘れたわけじゃないよな? あんなことが二度と起こるわけないけど、わざわざ危ない目に遭った場所に行きたいのか?」
商業施設が立ち並ぶ神戸ハーバーランドに遊びに来ていた彼女が、《魔法使い》同士の戦闘に巻き込まれ、危機一髪のところを十路が守った礼の話から、デートと相成った。
その時と、その後の大規模戦闘から、復旧は進んでいるものの、痕跡はまだあちこちに残っている。ハーバーランド内だけでも、手がつけられず撤退したテナントもある。
「あ」
『言われて気づいた』みたいな顔をする結に、ストレス障害の症状があるように思えないが、わざわざ記憶を刺激させる必要もなかった。十路も一応そういうことを考えてデートコースを設定した。
そんな気遣いも、言ってしまっては意味ないだろうが。
「いい機会だから訊くけど、井澤は《魔法使い》のこと、どう思ってるんだ? 普段だけならともかく、戦闘を実感したからわかるだろ? 俺たちは関わるとかなりヤバい人種だぞ?」
こんな質問をするようでは、もっと意味がない。
「確かにあの時は怖かったですけど……でも、それを言い出したら、どこかでたまたま事故とか事件に巻き込まれる可能性だって、ないわけじゃないですし」
「そりゃそうだけどな?」
「さっきの質問ですけど、わたしが樹里とか堤先輩に持ってるイメージって、お巡りさんに近いんですよね。武器持ってるから危ないといえばそうでしょうけど、でも無闇に怖がるのは違うっていうか」
結はいい子だとは思う。だから樹里の友人でいられるのだろうし、彼女とならば大切な関係を結べるとも思う。
だがトラブルご免の十路から見れば、危機感が足りていない。警察官どころか、暴力団関係者くらいに思ってくれたほうが、まだ安心できる。
「それに、なにかあったら、堤先輩が守ってくれるでしょう?」
しかも、この無条件の信頼が重い。応えようと奮起する重みではなく、ただ邪魔になるだけだ。
冷たいと言われようと、それが十路の正直な気持ちだった。
苦い思いをするならば訊くべきではなかったと、別の話題を振ることにする。
「井澤はファミカバン使ってるのか?」
他県では通用しないローカルネタだ。高級子供服ブランドが販売している、デニム生地にアップリケのついた手提げ袋を話題にしている。
「持ってないですけど? 突然ファミカバンがどうかしたんですか?」
「いや、本店って、元町じゃなかったかと思い出して」
「確か線路向こうのはずです」
「近くなら寄ってみるか? さすがにポンとプレゼントできる額じゃないから、見るだけになるけど」
「わたし、神戸生まれじゃないから、あのセンス理解できないです……」
「俺も出身こっちじゃないから、理解できん」
いい歳して幼稚園児の持ち物を使っていると、他県民から奇異の目で見られる。ダサイという声も少なくない。
しかし神戸では、女子中高生が当たり前のように持っているステータスだ。新作が毎年のように発売されているが、店に行列が生まれてほぼ即日完売してしまう、高級ブランドバッグのような扱いを受けている。
「堤先輩って、どこの出身なんです?」
「静岡。井澤は東北だったよな?」
「はい。宮城です。だから神戸ノートとか知りません」
「あぁ……神戸で●ャポニカ学習帳が売ってないのは珍しくないんだよな……」
「日直が通じないことに驚きました。そして日番がなにかわかりませんでした」
「一番理解できないのはサンライズ?」
「そうそう。メロンパンですよね? でもこっちで『メロンパン』っていったら違うパンになるの、意味わかんないです」
神戸あるあるにカルチャーショックを受けた他県出身者同士で盛り上がりながら、飾らない時間が過ぎて行く。
誰が見ても、きちんとデートしているように見えるだろうか。
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そんな風にのったら歩いて元町商店街に突入した十路と結を、樹里が物陰や人陰に隠れる位置から追跡していると。
「ほれ」
「ひゃん!?」
不意に冷たいものが頬に押し付けられ、飛びあがった。振り返ると、和真がプラカップを押し付けていた。
「なんですか……!?」
「喉渇かない? 近くにサンワがあったから、ちょうどよかったし」
もうひとつのプラカップと一緒に指差すのは、商店街の一角でフレッシュジュースを作っている老舗フルーツ専門店だった。
(南国系の変わった匂いがするなーと思ってたけど、そういうことか……)
日本ではまだまだ珍しいトロピカルフルーツを使ったジュースもあり、地元民に知られた店なのだが、実際に買った経験は少ないという稀有な商品でもある。
「急に消えてどこに行ったのかと思えば……」
「あんま気張ってても、いいことないよ? 気づいてる? さっきから距離近いよ? 十路たちにバレるよ?」
「ふぇ?」
紫色の謎ジュース――原料・ドラゴンフルーツ――に口をつけてからの和真の指摘に、改めて樹里は脳内センサーで十路たちとの距離を測定する。
意識していなかったが、追跡開始から距離が一メートル近く詰まっていた。距離はまだまだ開いているが、和真との話し声でも聞こえれば、ふと振り返る可能性だってある。
「そんなわけで、リフレッシュ」
「はぁ……ありがとうございます」
距離の違いによく気づいたものだと思う、和真の指摘に納得できたなら、素直に差し出されるカップを受け取る以外にない。どこか懐かしいミックスジュースの優しい甘みにひと息つく。
ちなみにミックスジュースは、関東においてはただ複数種の果汁を混ぜたものだが、関西圏では複数の果物と牛乳を攪拌した飲み物を指す。なので関東人は関西で飲む際には『フルーツ牛乳じゃん』などと言わないよう用心が必要となる。下手にツッコむと小一時間くらいの議論に発展してしまう。
「――あ。お金」
飲んでしばらく経ってから遅れて気づき、樹里はスカートのポケットに手を突っ込む。
「いいって別に。奢るよ。そんな高いものじゃないし」
その意図を和真は正確に掴んで、先を封じてしまった。そう言われてしまっては、なんだか財布を出しにくい。
樹里は少し逡巡したが、素直に礼を言って、甘えることにした。次の機会に奢り返せばいいと思ったのもある。
「奢られるの、嫌?」
「やー……奢ってもらうの当然に思うって、人としてどうなのかなーって思いますし、私はそうなりたくないですし」
「デートでも? 女の子一般の考え方なの?」
「さぁ……どうなんでしょう? 人によるんじゃないですか? 男の人的には、デートで奢るの当然って思うものですか?」
「やっぱり人によると思うけど、俺は女の子の前では少しくらい、見得張りたいかなぁ?」
「私なら気を遣います。それに、下心を勘繰ります」
「……警戒するの、俺が相手だから?」
「…………や? そういうわけじゃないですヨ? 多分誰が相手でも同じですヨ? ハイ」
「絶対そうだよね?」
先輩で部外者なので、日頃和真とすることのない話をしながら、言葉の合間合間にジュースで口を湿らせて、先を行くふたりの足取りに合わせて歩く。
端から見れば、樹里たちもまたデートをしてるように見えるのかもしれない。




