FF5_0040 【短編】単純で複雑で純情な感情Ⅴ ~JR三ノ宮駅/周辺~
彼の人となりを知らずとも、全身から倦怠感を放つ普段を見れば、オシャレに頓着しないタイプであるのは、誰でもわかるだろう。
JR三ノ宮駅中央口改札を出てすぐの場所に立つ、その日の十路は、超がつくほどノーマルな格好だった。ロング丈のTシャツにコーチシャツを重ね、スキニーパンツをはく足元はスニーカー。色合いも変哲なく、駅構内で浮いているということもない。
彼の普段を知る者が見れば、逆に意外に思うだろう。色あせたデニムパンツ、ライダースジャケットにタクティカルブーツというワイルド未満な服装が、彼の定番なのだから。なにせオートバイに乗ることが多く、状況によってはそのまま戦闘行為を行うこともあるので、実用重視の格好になってしまう。しかも無造作な短髪を、軽くとはいえ整髪料で整えるなどしない。
今日の十路にミリタリー要素やライダー要素は、左腕に巻いた多機能サバイバルウォッチくらいしかないほど、ごく普通の格好だった。
その腕時計が刻むのは、キッチリ待ち合わせ時間の五分前。五分前精神は海上自衛隊の伝統だが、陸自所属だった十路の行動標準でもある。
(もう来てる?)
行き交う人垣を透して、駅構内の柱に寄りかかりスマートフォンをいじる、ショートボブをカチューシャで押さえた少女を見つけた。
視線に気づいたように、彼女もまた顔を上げたので、目が合った。
「堤せんぱーい」
十路の姿を認めると、軽くジャンプして存在をアピールする。実に年頃の少女らしい明るい仕草に、気の進まなさで燻っていた気持ちが幾分薄れた。
「悪い。待たせたか?」
「いえいえ。待ち合わせ時間はまだですし、わたしもさっき来たところですし」
片紐だけ肩にかけた小さめのリュックサックを揺らし、待ち合わせ定番のようなやり取りで近づいて、改めて結を見下ろす。学校の、しかも偶然でしか会わない、接点が少ない後輩だから、私服姿を見るのは二度目だ。
「な、なんですか……?」
「井澤もそういう格好もするんだなー、と」
今日の結のファッションは、普段着レベルから外れていないが、少しだけ特別感があるワンピースだった。なんとなく彼女には活動的な印象があり、以前見た私服もパンツルックだったから、少々意外に思った。
「ヘン、です、か……?」
今日は普通に受け答えしていたが、部室で見せていたような気後れを見せて俯き、結はスカートを握り締める。
「いや。いいじゃないか。似合ってる。制服しか見たことないけど、センスいいんだな」
今日は薄くだが、化粧が乗ってる顔は、決して不細工ではないが、絶世の美女というわけでもない。デートということで、普段より少しだけ、けれども背伸びはしすぎていない特別感が盛られている
知っている限り後ろ暗いことはなにもない、ごく普通、等身大の女子高生だ。
なにせ十路がデートしてきた相手といえば、バックに巨大組織がついていたり、刃物や銃や毒を忍ばせているような手合いばかりだった。あと物理的に遠慮のないの上官と、プロレス技を仕掛けたがる義妹も含まれるか。
警戒無用のデート相手に、なによりもまず安堵してしまう。特殊な経験しかない彼基準では、『普通』というだけで好感度ポイントになる。
「前にも思いましたけど、堤先輩って、無造作に褒めますね……」
「そうか?」
あまり一緒になることがないのに、いつ彼女を褒めただろうかと、十路は記憶をさらってみたが、該当する事柄が思い当たらなかった。
「で、井澤。今日の予定、結局ノープランのままだけど、行きたい場所とかあるのか?」
「あ、そうでしたね……なにも考えてませんでした」
「買いたいもの、食べたいもの」
「いえ、特には……」
「ふん……わかった。ここでちょっと待っててくれ」
結に見せるものではないので、少し離れて背を向けて、携帯電話を使う。持っている無料招待券の施設と、結の服装を考えて、大雑把な予定とルートを脳裏に作成し、必要ならば連絡先を探して電話をかける。もちろん時間はかけられない。
三分あまりで用を終えて振り返ると、結がじっと見ていた。聞かずとも、十路がなにをしていたか察したらしい。
「なんだか手慣れてますね」
「過去の経験だ……」
感心したように言われたが、十路にとっては自慢にもならない。むしろ憮然とする。
「休みの日に蹴り起こされて、『女を満足させるデートコース設定しろ』なんていきなり無茶振りされて、ダメ出しされて下手すりゃ殴られる目に遭ってみろ……嫌でも手際がよくなるぞ?」
「……随分と、その、個性的な方とお付き合いされてたんですね」
「付き合ってたというか……鍛えられてた?」
「……一子相伝の暗殺拳の修行ですか?」
「……まぁ、大体そんな感じ?」
そういえば、十路の経歴や、上官だった人物を、そんな風に誤魔化して結に説明した記憶が薄っすらある。彼女もそんな設定を真に受けるわけないため、『意味不明』と顔に書いている。だけど真実は話せはしないし、話したところで理解が得られると思えない。
色仕掛けへの対抗策、女性相手の諜報活動などのため、陸上自衛隊特殊隊員として上官に『女の扱い方』も仕込まれた。
そんな真実を普通の女子高生に話しても、返ってくるのは『は?』に違いあるまい。
「普通の高校生だったら、こういう時、どうするんだ?」
「わたしに訊かれても……ただ、堤先輩みたいに手馴れてるってことは、ないと思いますよ?」
「やっぱり普通じゃないか?」
「そこまで言いませんけど……どれだけ女性経験があるのかなーとは思います」
結は口でも否定はしつつも、引いてるような気がしなくもない。
プレイボーイは否定するが、女性経験も普通ではない自覚がある十路は、目を泳がせた。今更『女性経験などない』と嘘否定しても無駄なのはわかっているから、不要な言い訳などしない。
代わりに空咳ひとつで、スイッチを入れ替える。お茶目というより誤魔化しで、恭しい態度を取る。
「それでは今日一日、私めがエスコートさせて頂きます。さて、どうお呼びいたしましょう? 『結ちゃん』? それとも『結姫』にいたしましょうか?」
こんなホスト的接客態度も仕込まれた。彼自身『気色悪ぃ』と内心顔をしかめる怠惰さ皆無キラキラ笑顔も、鏡の前で練習したものだ。
「ドン引きですよそのキャラ!? 堤先輩はいつもみたいに無愛想でぞんざいでいてください!!」
結にはとっても不評だった。結構失礼な言葉で懇願されるほどに。やはりコレはイケメンでなければ許されない暴挙なのか。
「なんだか今日一日、怖くなってきちゃいましたよ……」
「心配せんでも、ホテルに連れ込むとかないし、遅くならんうちに解散する」
「そういう心配はしてないですけど……」
「いや。そういう心配こそしておけよ? モロ出しにされても困るけど」
ともあれ、十路にとっては久方ぶりの――『普通の高校生のような』という意味では初めての、デートが開始された。
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「普通だ……! すげー普通のデートだ……!」
「やー……あれで普通っていうんですかねー……あと、なに期待してたんですか?」
「エキセントリックを期待してたわけじゃないけどさ? あの十路がだよ? フツーに女の子エスコートしてること自体、意外じゃない?」
「やー……まぁ、それは、その……」
待ち合わせ場所は駅だとしても、電車で遠出するわけではないらしい。駅舎の外に向かい始めた十路と結のを確認し、すぐ近くの物陰から出た途端、和真と樹里は寸評を始めた。
(結局デバガメってるよぅ……なんで来ちゃったかなぁ……)
そして樹里は、内心この場にいることに、今更としか言いようのない後悔をしていた。
後悔するくらいなら、最初から来なければいい。いや、来たのはもうどうしようもないから、デートする友人と先輩の追跡など、やめてしまえばいい。
けれども気になる。無視して家でなにかやっていても、気になって手つかないことくらい簡単に想像できた。
だから和真と共に少し離れてふたりを追跡し、野生動物並みの鋭敏感覚はフル稼働させている。
「にしても……」
同じように前方に注視していた和真が、不意に樹里の顔を覗き込んできた。特徴的な彼のウルフヘアはポークパイハットで、やはり特徴的な女型ながら整った顔はサングラスで隠されている。
「どうやって変装してるの?」
「やー……一応《治癒術士》ですから。やろうと思えばこれくらいの整形できます」
「《魔法》使ったの?」
どんぐり眼の人懐こい子犬チックな少女の顔は、声が不似合いな細目のキツネ顔になっている。
《魔法》による美容整形手術の結果だ。既存の医療技術でも骨を削ったりシリコンで盛ったり皮膚を引っ張ったりと、人相を変えることはできるが、おのずと限界はある。だが《魔法》による医療行為ならば、そんな限界など無視してしまえる。髪型も変えてポニーテールにしている。
身長や体格はそのままだが、完全に別人と化していた。
「……胸までデカくなっていない?」
「……ヤ? 気ノセイデスヨ?」
身長や体格はいじっていない。『これは変装』という建前のもと、詰め物でバストアップを図っているだけだ。《魔法》は関係ない。
「それとその服、どっから持ってきたの?」
和真が不思議がるように、装いも普段と違う。部活の都合でほぼ毎日学生服を着ているためか、樹里の普段着は結構無頓着だ。行く場所などせいぜい近所のコンビニかスーパーなのだから、地味な色合いの地味な服装で済ませてしまう。
それが今や、ヘヴィなパンクファッションだ。黒基調で地味な色合いとはいえ、十字架やドクロでとてつもなく派手に見えるという、矛盾した装いだった。使う《魔法》が電磁力学に傾向した『雷使い』だから普段はつけないアクセサリーをジャラジャラさせ、赤い空間制御コンテナを無理矢理詰め込んだギグケースまで背負っている。
「つばめ先生のお古……らしいです」
「……そのコメントはスルーするね?」
色々思うことがあったらしい。和真の言葉に不自然な間が空いた。理事長がロックしてた過去も当然だろうが、彼女に話が伝わっている点にもきっと思うところあるのではないか。しかし彼は別のことを問うてくる。
「目立ってない?」
「や~? ここならまぁ……まだ大丈夫じゃ?」
三宮駅周辺には、三宮さんセンタープラザという複合商業施設がある。飲食店からファッション、雑貨など、バラエティ豊かなショップが立ち並んでいる。
中でも特徴的なのは、ゲーム・アニメ・マンガ・フィギュアといった、サブカルチャーの専門店が多数密集していることだ。マニアが足繁く通う神戸のOTAKU聖地となっている。
だから少々奇抜な格好でも大したことはなかろう――などという理屈はない。事実、少なくない目を集めているため、『目立っていない』とはとても言えない。クールジャパンの影響か、サブカルチャーへの理解も進み始めた昨今、目を向けられる以上なにかあるわけではないが、変装した目的の半分は達せられていない。
ともあれ、和真と樹里は、先を行く十路と結を追跡する。




