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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の人間関係
430/640

FF5_0020 【短編】単純で複雑で純情な感情Ⅲ ~修交館学院未使用車庫(総合生活支援部部室)~


 放課後。


「お疲れー」

「お疲れさまでーす」


 いつも通り、十路(とおじ)が支援部の部室に足を運ぶと、入り口を背に座る薄い背中がふたつとも、ビクッと震えた。


 黒のミディアムボブ後頭部はいつも見ているので、誰かなんて考える必要もない。カチューシャで押さえた栗色ショートヘア後頭部は、さほど見慣れておらずとも、誰かはわかっている。


 十路は回り込んで、鞄を投げ出して、向かいのソファに座りながら、早速口火を切った。


「それで、伊澤(いさわ)? 支援部(ウチ)の部室に来ることは聞いてたけど、他は知らないんだが。なんか俺に話があるとかないとか」

「えぇと……そうなんですけど……」


 結は受け答えしながら、十路の頭上にチラチラと、なんとも言えない目を向けてくる。


「あ、わたしのことは気にしないでください」


 一緒に来たナージャ・クニッペルが、ソファの背もたれ越しにのしかかり、豊かな胸を十路の頭に載せている状態であれば、普通の反応だろう。『気にしないで』と言われても、無理に違いあるまい。


 どう切り出したものか余計に悩み始めたらしく、口を閉ざした結に、十路は改めて視線を向けた。


 学年は違うが同じ校舎内にいて、樹里の友人であるため、面識程度はある。先日は街中で偶然会って一緒に食事もした。親しいとまでは言えないが、全く知らない仲ではない。

 印象としては、良くも悪くも普通としか言えない。

 悪い人物ではない。やや好奇心で突っ走る傾向があり、十路に対しても初対面から明け透けな物言いをしていたが、致命的な悪感情を抱くほどでもない。時々鉄拳制裁が必要になる(アホのコ)と比べれば、常識的な範囲の可愛いものだ。

 顔立ちは悪くはない。『騒がれるほどでもないが通用する可愛さ』という意味では、隣に座る樹里も同じだが、スッピンでその状態な彼女に比べて、結は女の子らしい努力で魅せようとしている。高校生しかも登校中なので軽くでしかないが、目元は化粧が見て取れる。

 今は借りてきたネコ状態だが、普段目にする闊達な性格と合わされば、魅力的な少女なのだろうと思う。『超人気アイドルと付き合いたい』などという非現実な願望の持ち主でなければ、普通の男子高校生が気取らず恋愛を楽しむことができる、等身大の相手だ。


「……ナージャ。いくらなんでも重い」

「失礼ですね~」


 もはや胸を押し付けるというレベルではなく、全力で体重をかけてくるナージャに半ば押しつぶされながら、十路はそんなことを考えていた。今日は声を聞いた記憶がない樹里から『なにやってんですか』的な冷たい視線を投げかけられているが、そちらは無視する。


「…………えぇと。堤先輩。その……先日は助けていただいて、ありがとうございました」


 やがて、折り合いと決心がついたらしい。樹里にも頼らず、付属物(ナージャ)は無視して、結が停止してしまった会話を再開させた。


「それで――」


 遠回しな経緯で十路も呼び出されたというか連絡を受けたその理由が、結の口から出てくる予感を覚えた、その時。


「あーーーーにきっ!」


 外から全力疾走してきた物体が急接近し、部室に突入し。


「とうっ!」


 並んで座る結と樹里の間、ソファの背もたれを蹴って、高々と跳躍する。ガレージハウスの高い天井近くで一回転して。


「ぐぇほっ!?」


 十路を巻き込むように落下してきた。いくら小柄な女子中学生とはいえ、人間の体重を受け止めたのだから、落下衝撃は生半可ではなかった。なにか出てはならないものが口から飛び出そうになった。しかも薄情にもナージャは寸前で身を離したので、ソファごと後ろ向きに倒れるのに、なんら助けにはならなかった。


「お、おま……!」

「兄貴が言ったんじゃん」


 咄嗟に出てきた批難は、腹に乗って抱きついた南十星(なとせ)に耳元で小さく(ささや)かれて(さえぎ)られた。

 仕方ないので十路は起き上がり、ソファを直し、もう一度座った。

 その間も南十星はずっと、コアラのようにしがみついたままだったので、樹里と結からなんとも言えない目で見られ続けている。


「で。伊澤。なんだって?」

「えぇと……」


 何事もなかったかのように十路は話を促したが、結は言葉を詰まらせる。

 当然の反応だろう。甘えるネコのように頭をグリグリ押し付けてくる南十星を抱きとめ、再び背後からしなだれかかるナージャをはべらせる十路に、デートの申し込みができる者がいたら、相当な猛者(もさ)だ。


 しかも更に追加された。


「おーい! 十路ー!」


 部員ではないのに支援部の部室にやって来て入り浸るクラスメイト、高遠(たかとお)和真(かずま)とゲスい笑みなど見合わせたら、余計に言えるはずはない。


「頼まれてたエロ本、手に入ったぞ」

「おう。さんきゅ」

「熟女モノって……俺でも引くぞ」

「和真、わかってないなぁ……」


 高校三年生とはいえ和真はまだ一七歳のはずだが、どうして一八歳未満お断りな本を持っているのかという無粋な疑問は誰も触れない。男兄弟がいれば流す可能性もあるが、ひとりっ子の結は年頃な男同士の会話に、軽く固まっていた。

 代わりに十路の普段を知る樹里が、『あんまり言いたくないけど仕方ない』と言わんばかりのため息をついて、口を挟んできた。


「……堤先輩。話を有耶無耶(うやむや)にするために、わざとやってますよね」


 不自然なのは当然だ。普段の十路ならば、貼りつくナージャを邪険に振り払い、くっつく南十星の首根っこ掴んで引き剥がし、エロ本をこれ見よがしに手にする和真に白けた目を向ける。


 結を引かせるため、それぞれ頼んで仕組んでみたが、バレたなら意味がない。正解だと十路は軽く肩を(すく)めて見せて、南十星を膝の上からどかせ、ナージャも振り払い、エロ本はゴミ箱に放り込んだ。


「あー! 折角買ってきたのに!」

「どんなのか、ちょっと見てみたいですね」

「あたしもキョーミある」

「……ハイテンショントリオ。隅っこで仲良くエロ本読んで静かにしてろ」


 話に加えるとやかましく脱線させそうな和真・ナージャ・南十星を追い払い、十路は首筋をなでながら、いつもの怠惰な調子で結との話に復帰する。


「伊澤を助けたって言っても、俺にとってはもののついででしかないから、礼なんぞされる覚えもない。それじゃ伊澤の気が済まないってなら、せいぜい菓子折りのひとつで充分なことだぞ」


 助けられた結から見れば、それで済む問題ではないだろうと予想しながらも、十路は冷淡な言葉で先を封じた。

 必要以上に距離を詰められるのは、どうにも好ましくない。普通の学生生活を(いとな)もうにも、やはり《魔法使い(ソーサラー)》という違う生まれと立場は、なかったものとして扱えない。


 ここ最近などは特に。先日など、本来《魔法使い(ソーサラー)》同士の暗闘に留めなければならないことに、神戸市民が巻き込まれたのだから。『普通の人間』との付き合い方を、十路は用心する。

 最初からずうずうしく距離を詰めてきた和真については、もう諦めてしまっている。


 結が自分に恋愛感情を持っているかもしれないから、などという自惚れからの発想とは少し異なる。それどころか十路は、感情の有無など最初から問題にしていない。

 彼女は『後輩の友人』であって、それ以上の人間関係はトラブルの元だと認識しているから。これまで人物相関図に描かれていなかった、結との間に直接線が結ばれる自体が、十路にとっては好ましいこととは思えない。


「…………」


 それを察しているのか、はたまた別の要因なのか。樹里はやや不服そうな顔をしているが、口を挟んではこない。


 樹里は大人しい性格ではあるが、周囲が自己主張の激しいキャラクターばかりだから、相対的にそう思えるだけだ。内弁慶なので相手が限られるが、むしろ意見はハッキリ言うタイプだ。だから十路の自虐的な態度には不満をぶつけ、部活で無理をして怪我をすれば削られる勢いで血を拭われた。


 彼女はなにも変わっていない。変わってしまったのは十路で、彼の側から関係も変えてしまった。

 十路の自分勝手な感情であろうが、樹里が変わっていないことを垣間見て、そこはかとなく安堵のようなものを覚えた。


「そのことなんですけど……実はわたしも、ちょっと戸惑ってるんですけど――」


 遠まわしな拒絶をどう整理つけたか、結が再び口を開いたので、十路は意識を彼女に戻す。


「こういうものを渡されまして……」


 結が膝に乗せていた学生カバンを開いて、中から封筒を差し出してきた。

 中身は無料招待券だった。それもただ単にどこかの無料券を二枚渡されたのではなく、異なる複数の施設の無料券が、六枚から一〇枚ほどのバラバラの枚数で入っていると、やはり不思議に思う。


「なんだこのタダ券?」


 当然の疑問は、今度は樹里が答えた。十路と目を合わそうとしないのとは、異なる理由で目を泳がせて。


「さっき、ここに来る前、つばめ先生からもらいました……学外の仕事(おつきあい)でもらった物らしいです……どういう経路か知らないですけど、結の話を知ったらしくて……」

「…………金券ショップに売るか?」


 あの策略家の顧問に関わると、どんな目に遭うかわからない用心から十路がこぼすと、結から涙目が向けられた。


「わたしと一緒に行くの、そんなに嫌なんですか!?」


 態度には出さないが、さすがに十路も内心では慌てて弁解する。


「伊澤の問題じゃない。あの理事長はロクなことしやがらないから、あんま乗せられたくないんだよ……」

「…………」


 結から『あぁ……わかります』とでも言いたげな、納得の空気が返ってきた。支援部員ほどの深い付き合いがあるはずない、一般学生の結からも、長久手つばめという人物はそう認識されているらしい。


「でだ。伊澤」


 策略家(つばめ)のことは今更で、それより今大切なのは、目の前の少女だ。気を取り直した十路は、指に挟んだチケットをヒラヒラ振る。


「俺と行くより、いつもの友だち連中と行くほうが面白いと思うぞ?」


 十路としては、忠告として言ったつもりだ。

 しかし、隣で聞く樹里が、またも不機嫌そうな視線を向けてくるのはなんなのか。

 どうやら彼女も意識してのことではないらしい。十路が目を合わせると、慌てたように、けれどもそれとなく目を逸らす。


(言いたいことがあるなら、さっきみたいにハッキリ言えよ……)


 関係を悪化させているのは十路自身だと思っているが、自分勝手な不満が湧き出た。

 結はすぐ近くで行われている、そんな支援部員の無言裡の交流に気づかなかったが。


「いえ! 行きましょう!」 


 彼女の内に眠っていたなにかに点火させてしまった。


「デートしましょう! 堤先輩!」

「お、おぅ……」

「今週末朝一〇時三ノ宮駅待ち合わせ! どうですか!?」

「わかった……」


 間に挟むテーブルに手を突き、身を乗り出してきた結の迫力に、十路も仰け反りながら頷いてしまう。


 結も一杯一杯だったのか、それとも我に返ったのか。了承に安堵の息を吐くと、自分の行動を思い出して恥じるように頬を染める。そして一礼すると、部室を駆け出していった。


 それを見た樹里が、どう行動したものかと迷ったように見回したが、席を立って、友人の後を追って出ていった。


【なんだか、グダグダでデートすることが決まりましたね……】


 ずっと黙っていた、ガレージハウスの壁際に駐車された《バーゲスト》が、存在しない口を開いた。


「まぁ、そこはいいとして……木次はなんだったんだ? なんか言いたげな顔して、なにも言いやがらねぇし」

【『女心がわかってない』とでも言いたかったんじゃないです? 私が見てても、あの言い方はどうかと思いましたし】


 設定上とはいえ女性なのだから、イクセスの推測は、大外れではないだろう。

 また関係がこじれた、と思っても今更だ。


【ところで、トージはそんなに人間関係を絶ちたいんですか?】

「木次の友だち相手に言うのもどうかと思うが、普通の人間が《魔法使い》に近づいても、ロクなことない」

【バイクに人間関係なんてわからないので、私はなにも言いませんけど……ジュリの性格ならば、文句も言いたくなるでしょうね】

「そこはもう、俺の性分だ」

【だからといって、意図的にデート中に雰囲気をブチ壊すような、変なことはしないことです】

「断れなかった時点で悪足掻(あが)きは諦めてる。そんなことしたら、この部室に俺の居場所がなくなる」

【ジュリ経由でそうなるでしょうね。女の性分をよく理解していることで】


 ともあれ、週末の予定は決まってしまった。


(デート、か……)


 そう呼ばれる行為を、しかも純粋に行うのは、いつぶりだろうか。まだ自衛隊宿舎で生活していた頃、日本にやってきた南十星に、そういう名目で連れ出されていたが、身内相手はカウントしない。


(今朝聞いた話じゃ微妙な感じだけど、大丈夫かぁ……?)


 部室の片隅で行われている、ハイテンショントリオによる『うわぁ……ちょっとハードル高いですねー』『和っちセンパイのシュミ?』『こんな趣味ないって』『じゃあ、なんでジュクジョモノ買ってきたん?』『ドン引きさせるなら、普通のエロ本じゃ意味ないと思って』『だったらホモいのとか薔薇いののほうがよかったんじゃないです? ロリはビミョーですしね』『そんなディープなの、そこらのコンビニで売ってねーよ』『ジュクジョモノが売ってたのに? ホモも売ってたら買ったん?』『というか、そこらのコンビニで熟女モノのエロ本を平気で買える和真くんに、若干引きますけど』『がふっ!?』『どーやって買ったん? 菓子と一緒にレジ持ってったん? シュールなんだけど』『いやほらきっとあれですよ。ティッシュと一緒に『すぐ使うので袋は()りません』って』『いくら俺でもそんな買い方する勇気ねーよ!』『ダメですね~』『和っちセンパイ、(おとこ)()せてよ』『だったら(おとこ)じゃなくていいよ!?』などというエロ本品評会(かずまいじり)は完全に無視して、十路はボンヤリと考えた。

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