FF5_0010 【短編】単純で複雑で純情な感情Ⅱ ~修交館学院一〇号館(図書館)カフェテラス~
普段の昼休憩、樹里は教室で自作の弁当を友人たちと一緒に食べるのだが、この日は違った。
「なっちゃん、お兄さんがデートとか、気にならないの?」
「べっつにー。いちおー兄貴に連絡して、詳しいことは放課後に、ってことにしたけどさぁ。あたしが出しゃばることじゃないっしょ?」
中等部の堤南十星に連絡し、一緒に構内営業しているカフェテラスのオープン席にいた。ふたりとも弁当持参だが、デザートだけは注文した。わざわざ時間を作ってくれたという意味で、南十星の分は樹里の奢りだ。
相談内容は今朝の、友人である結とのことなのだが、南十星の答えは芳しくない。
「つかさ? ウチの部活、そういうことよくあんじゃないの? 吊り橋効果的に、助けた助けられたで惚れたはれたは」
「や。この前みたいな荒事で、民間の人を直接助けることなんて、そうそうないけど……」
「《治癒術士》のじゅりちゃんなら、関係なくあんじゃないの? ナイチンゲール症候群だっけ?」
「まぁ……ないこともない、とだけ言っておく。あと正確なナイチンゲール症候群って、慢性疲労だから。あと看護する側が患者をお世話して、そういう気持ちになることで、逆側は違うから」
相談相手を間違っただろうか。とはいえ、十路絡みの相談は、南十星にするしかないとも思う。
樹里は軽くため息を吐く。ついでに今朝の、南十星に相談することになった原因である、結との話も思い出した。
△▼△▼△▼△▼
「いや別に堤先輩が好きとか、そういうのとは違うからね!?」
以前、結は《魔法使い》同士の戦闘に巻き込まれた。それを助けたのが、十路だったらしい。樹里もその場には急行したのだが、事の終わりに立ち会っただけなので、具体的なことは伝聞でしか知らない。
ともかくその件で、結は十路に対して、恩義を感じているらしい。
だから、なにか礼をしたいと。
結は十路への好意を否定していた。そして言葉が嘘だとも思わない。
しかし普段の彼女からはありえない、顔を真っ赤にした有無を言わさぬ早口では、『好き』とまでは言えないまでも一定以上の好意があると見るしかない。
「ただ……なんというか、ちゃんとお礼はしたいなって……」
意識していないのだろう、胸の前で両手を組んで、所在なさげにイジイジ指を動かす様は、完全に乙女だった。
「物とかじゃダメなの?」
「なにプレゼントすればいいか、わかんない……」
樹里も十路の部屋に何度か出入りしているから、ミニマリストかと思うような、彼の物欲のなさは知っている。欲しがる物を問われても、答えに窮する。
結が考えているのは、一緒に街で遊んでなにか礼になることをしたい、といった形だった。
デートが礼になるのか樹里は疑問に思った。とはいえ結がこれを機に親睦を深めたいとか、自分の気持ちを確かめたいとか、別の思惑があることもなんとなくわかったので、指摘はしないでおいた。
「やー……結も全然知らない仲じゃないんだし、私がいなくてもいいような……」
「そんなこと言わないで!」
そして彼女は樹里に、その仲介を頼んできた。普段は快活とした結も、ひとりで直接彼に話す勇気はないらしい。
気持ちはわからなくないし、友人のことなので、できる限りの協力は樹里もしたい気持ちはある。
だが気乗りしない。
(堤先輩とは、ちょっと顔を合わせにくいんだけどなぁ……私がいないほうがいい気するんだけどなぁ……?)
どうするべきか悩んだ挙句、当事者の妹である南十星にメールで相談し、昼休憩もその続きとなったわけだが。
△▼△▼△▼△▼
「兄貴もコーコーセーなんだし、誰かとデートしようと、あたしが気にすることじゃないっしょ。てか、あたしがイチイチ気にしてたら、兄貴もウザいっしょ?」
南十星は淡白というか、無関心だった。
こういうところは普通の兄妹だ。歳の割にベタついているが、互いの私生活に過度には干渉しない。『仲がいい』で済む範囲だろう。
「全然気にならないものなの? たとえば、陸上自衛隊の任務で、堤先輩に恨みを持つ人が近づいてくるとか――」
「よし殺ろう。サクッと片付けてくる」
「『って風に気にならないの?』って話! 今回は私の友達だから! 普通の人だから! たとえ話だから!」
こういうところは普通の兄妹ではない。アタッシェケースを手に、本気狩る《魔法》少女と化して飛び出そうした南十星を、樹里はジャンパースカートの肩紐を引っ張って必死に止めた。
「やだなぁ、ジョークだって」
南十星は笑って座り直すが、色素薄めの茶色い瞳からは、冗談は一片たりとも感じなかった。不用意なことは言うまいと、冷や汗をかいた樹里は改めて心に誓った。
「てかさぁ、じゅりちゃんの友達が兄貴をデートに誘いたくてヤキモキしてるからって、なしてじゅりちゃんが、しかもあたしに相談すんのさ?」
「や、まぁ、私が口出すことじゃないのはわかってるけど……《魔法使い》の事情もあるし、先輩の普段知ってると、素直に仲介するの、どうかと思えて……」
「まー確かに、兄貴は優しくないってゆーか、甘くはないからさ。フツーの女の子は引くだろーね」
再び弁当箱を手にしながらの南十星の言葉に、樹里は返事を彷徨わせる。
確かに十路には、世間一般で言われる意味での『優しさ』はない。椅子を引いたりドアを開けてエスコートしてくれるわけでもない。重い荷物を持ってくれるわけでもない。いつも無愛想で笑顔なんて浮かべない。困っていても助けてくれず、容赦なく見捨てられる。
どう考えても真逆の評価を受ける、女子ウケ最悪なタイプだ。
けれども本当にどうにもならない、誰も助けてくれない時にこそ、彼は助けてくれる。周囲に無関心・無頓着に見えるが、口や手を出さないだけで無視はしていない。
彼の気遣いは、『普通』を『良い』にするものではない。『悪い』を『普通』に変える時に働く。出番がなければそれに越したことはない、最悪にならない保険として機能する。
それがわかっているから、普段の野良犬チックなやる気なさに思うことはあれど、支援部員たちは十路に信頼を寄せている。
「そもそもさ、デートするかもまだわかんないんしょ? 今日の放課後、話することになったんだからさ? 後は当人どーしの問題じゃん」
「や~、そうなんだけど……」
だがそれは、やはり付き合いあっての理解だ。
この辺り支援部員の常なのか、十路も夢や幻想をぶち壊してくれるタイプだ。なにも知らない普通の女子高生が、ピンチを救ってくれた白馬の王子様像など期待していたら、確実に幻滅する。
先輩と友人とはいえ所詮は他人事だから、樹里が口を出すのは違うと、彼女自身も理解している。樹里を通したものではあるが、十路も結も全くの初対面ではないのだから、放置してもいいとも思った。
とはいえ、無関心でもいられない。
そんなモヤモヤした思いをどう片付けたものかと考えた結果、南十星の召喚と相成ったわけだが。
「ぶっちゃけさぁ、じゅりちゃんは兄貴のこと、どー思ってんの?」
「ふぇ? 私?」
「兄貴とデートしたいって女の子の話を聞いたから、気になってあたし呼び出したんしょ? なん? 兄貴を他の誰かに取られたくないワケ?」
弁当を胃に片付けて、デザートのパフェに移行しながらの南十星の質問は、樹里の想定外だった。
先ほどから昼食を摂る手が完全に止まっている樹里は、その様子を眺めながら考えて、迷いを口にする。
「気になってないってったら、ウソになるけど……私が先輩をどう思ってるかとは、関係ない気がする」
自身の感情を吐露することなく、今回の事実関係だけを明かすと、柄の長いスプーンをグラスに突っ込んだ状態で、南十星が動きを止めた。まだ原型を留めて立っているホイップクリーム越しに、『それもウソっしょ?』と言ってる気がする視線を送ってきた。
しかし彼女の口からは、別の言葉が出てきた。
「兄貴とじゅりちゃん、このところビミョーな感じだから、なんかあったんしょ? ケンカじゃないっぽいけど」
「ん、まぁ……ケンカではない、ね……」
ただの喧嘩だったら、どれほどよかっただろうか。謝って済む問題なのだから。
木次樹里は、堤十路を、『化け物』にした。
もちろんそんな意図はなかったが、結果だけを見れば、批難されて当然のことをしてしまった。
以降、十路は彼女を可能な限り無視し、樹里は申し訳なさで彼の顔をまともに見ることができない。だから結の件でも、十路に直接連絡するのが怖くて、南十星に頼ったところが大きい。
「だから、前みたいに付き合い方は、もうできないよ……」
「…………」
諦めと、もどかしさが混じった樹里の言葉に、南十星は再び無言の言葉を込めた視線を送ってきた。
しかし今度はなにも言うことはなく、彼女はジャンパースカートのポケットから、震えたスマートフォンを取り出す。
「…………なんこれ?」
届いたメールを見て、南十星が首を傾げて、幼さを強調するワンサイドアップを揺らした。
「どうしたの?」
「いや、兄貴からのメールなんだけどさ。『今日の放課後に部室来て、全力で俺に甘えろ』だってさ」
「?」
樹里も小首を傾げて、ミディアムボブを揺らした。




