FF5_0000 【短編】単純で複雑で純情な感情Ⅰ ~修交館学院四号館(高等部校舎)/一号館(管理棟)~
ある日、修交館学院高等部一年生、木次樹里が登校すると。
「はぁぁ……」
まだ人数の少ない教室で、陰鬱なため息を吐く、クラスメイトの伊澤結が目についた。
水泳部だから、少し茶色がかかった髪をカチューシャで押さえた少女だ。友人グループのリーダー格で、いつも人懐こい明るさを発揮している。普通なら遠巻きにされる希少超人類《魔法使い》である樹里に、入学直後に好奇心のみで近づいてきた彼女だから、このような態度を見れば不審に思う。
「結? どうしたの?」
「あ、樹里……」
声をかけられて初めて気付いた風情で、結は顔を上げた――だけでは済まず、なにやら言いたそうな視線を向けてくることに、樹里はそこはかとなく嫌な予感を覚えた。
どうやら声をかけただけで自分の席に着くわけにはいかず、話の相手をしないとならないらしい。仕方なく樹里が隣の席を勝手に拝借すると、結は待ちかねたように気持ち沈んだ感情を口にする。
「今更だけど、樹里の部活って、すごいよね……王女様とか」
それがあだ名ではなく正確な肩書きとして持つ該当人物は存在する。
大学部理工学科二回生にして総合生活支援部部長、コゼット・ドゥ=シャロンジェ。
「あの人、人間?」
「生まれつき脳が特殊ってだけで、《魔法使い》も生物学的には人間だけど」
「そういう意味じゃなくて」
『じゃぁどういう意味?』と樹里が問うまでもなく、結は語る。否、拳を握りしめて吼える。
「あの美人さ加減なに!? 金髪ブルーアイにあの体! 腰細っ! 背は高くもなく低くもない絶妙さ! 胸小さくないけど大き過ぎもしないジャストサイズ! しかももう大学卒業レベルで頭もいいんでしょ!? それで王女様!? どれだけ人類超越してるの!?」
「はぁ……そうだね」
樹里とて自分と比較すれば、神の不平等さに嘆きたくなる呪いたくなるヘコみたくなる。しかし嘆いて自分が変化するわけではないので、『アレは自分とは違うそういう生き物』という無意識下の認識で応対する。誰もが認める美人とは、そういう存在だ。普通の女性がチヤホヤされていたら、『あんな子よりも私のほうがもっと』と対抗心を燃やす者も出てくる。しかしコゼットの場合、容姿端麗・頭脳明晰・温厚篤実・ついでに家柄シャレにならない。出る杭は打たれるのが日本の常だが、あまりに出すぎて太ければ柱と呼ばれるので、誰も打つことができずに嫉妬心なんて湧かなくなる。
付け加えると、対外的にはパーフェクト・プリンセスなコゼットだが、身内扱いの上に女同士である樹里には、結構ズボラなところを見せている。具体的には言葉遣いが汚い。殴る意味で手が早い。同居人たる長久手つばめと共に酒を飲んでクダを巻く。彼女が樹里の部屋に泊まった際、寝ながら服を脱ぎ散らかしてヨダレ垂らす潰れたカエルのような寝姿など見ていれば、絶賛に白けた反応をしてしまう。
「しかももう一人の留学生も!」
話しているうちに、結の中でなにかが決壊したらしい。声が大きくなる。
ただでさえ国際色が強い学校にある、更に国際色が強い部活動だが、そんな呼び方ができるのは、彼女しかいないだろう。
高等部三年生、紆余曲折あって支援部に入部した、ロシアからの留学生ナージャ・クニッペル。
「白金髪に紫の目にあの体! 背ぇ高っ! 胸デカっ! お尻もデカいのにタレてない! ハリウッド女優かどこかのセレブ!? それとも宇宙人!?」
「はぁ……そうだね」
外見要素は結の言う通り、人形が動いてるような現実離れした容姿だ。ある意味ではコゼットすらも超越しており、全ての色が人造ではなく天然なのが凄い。加えてケアの問題だけと思えないベリーロングのサラサラヘアー。甘ったるさを不快に思わない絶妙な加減で漂わせるバニラの香り。
なにより胸。振り返ればワンテンポ遅れて揺れる。歩いただけで上下に揺れる。樹里の搭載物資とは根本的に違うなにかを感じる。劣等感を抱くが、嘆いていればなにか変わるわけではない。『アレは自分とは違うそういう生き物』という無意識下の認識で応対する。
付け加えると、どうにも彼女は信用できない。元々ロシア対外情報局のスパイとして近づいてきたことをさておいても、いつもホンワカ笑顔を浮かべて本心を見せない。更には元々の性格か意図した演技なのか、彼女のトリックスター的な振る舞いにはどうかと思う時がある。からかわれるのは常、パンツを強奪される実害を被ったこともある。思い出せばため息が自然に出てくるため、絶賛に白けた反応をしてしまう。
「あとさ……映画スターがいるんだよね」
その二人の話題を出せば、多少は落ち着いたのか。だが結は声を落としたものの、まだ話を続ける。
当人に訊けば否定が返ってくるだろうが、大間違いではない。代表作と呼べるのはリメイク作品一本のみだが、映画出演経験がある部員は存在している。
中等部二年生、堤南十星。
「なんかさ、やっぱり違うよね……ぜんっぜん普通の女の子かと思いきや、ふとした時にすごいシリアスな顔するし。なんか運動神経すごいっぽいし」
「はぁ……そうだね」
彼女を一言で表すなら、天真爛漫と誰もが答えるだろう。日本人とすれば色素薄めな帰国子女だからか、奇妙な言葉遣いをしているが、彼女の場合は魅力のひとつと言っていいだろう。部内のムードメーカーであり、マスコットのような存在だ。
だがもう一言加えるなら、個人個人で違う単語が返ってくるだろう。顔立ちからして中性的で、栗色のショートヘアを少しいじるだけで少年にもなる雰囲気を放つ。そうでなくとも少女とも女性とも言えない微妙な年頃が、可愛いとも綺麗とも言い切れない整った顔に表れている。中身も普段はアホの子全開なのに、ふとした時には絶句するほど冷徹な大人になる。
更に付け加えると、ちょっとイっちゃってるとしか思えない。大抵のことは過ぎるくらいに大らかな彼女だが、兄に関しては過激すぎ、彼を守ることには狂気めいた強迫観念を持っている。恐ろしいから試すことなど考えもしないが、下手に兄を貶めようものなら、彼女は本気の殺意を浮かべるだろう。
そんな彼女の精神性は、唯一使える《魔法》に顕著に表れている。亜音速・遷音速まで加速するたびに内臓破裂を起こす。突きや蹴りを放つたびに粉砕・解放骨折する。電撃や熱を使えば自身の体組織を焼く。傷つくことを厭わずに、兄を害する存在と障害を排除する。《魔法》で自己修復可能だから使える荒業だが、同じように《魔法》で治療できる樹里でも真似できないし、したくもない。アタマおかしいという意味で『やっぱり違う』ので、絶賛に白けた反応をしてしまう。
「最後に……小学生」
まだ言い足りないのか、結は口を動かし続ける。
総合学校に相応しく、幅広い年齢層が集まる部活動なので、該当する人物はひとりだけ存在する。
初等部五年生、野依崎雫。
「最初会った時、すっごくみすぼらしい子供だと思ったけど……あの子、変わる。なんかどこで生まれたのか全然わかんないけど、どんな風になるかわからないけど、絶対に変わる。あとロリ」
「最後の、なにか関係あるの?」
「ロリ強いよ!? ロリ最強!」
「はぁ……そうなの?」
さすがに結の力説を、樹里は理解できないから同意もしない。ロリカテゴリーは南十星も含まれてしまいそうだが、彼女の分類においては違うらしい。
ただ野依崎の評価について反論はない。常に偽ブランドのジャージにボサボサ頭という、近づきがたい格好の半ヒキコモリだったが、髪を切ってから考えを変えたらしい。最近は標準レベル程度には身だしなみを調えている。まだ子供子供している顔立ちと土器色の肌は、どちらかといえばアジア人。なのに赤髪と薄く浮いたソバカスという、東洋的と西洋的の特徴を併せ持つ、不思議な風貌だ。
しかも彼女は、中身が既に子供ではない。高等数学と物理学の知識が必要な《魔法》を自在に操るだけでなく、ハッキングも可能とする諜報・防諜・電子戦闘能力の持ち主だ。幼い彼女が数年後、どのように成長するか、少し考えただけでは想像できない。というか世紀の天才となるか、歴史に名を残す犯罪者になるかくらいしか想像できなくて怖いので、あまり想像したくない。
「それで結。なにが言いたいの?」
樹里以外の支援部女子部員を評したが、結局友人の態度がいつもと違う理由は理解できない。
「なんていうか……女として自信なくす」
「それ、私がいつも感じてること……だけど、そうじゃなくて」
樹里以外の支援部女子部員はオーラが違う。只者ではない雰囲気を放っている。一名ばかり、オーラと呼ぶより電波ゆんゆんな気がしなくもないが、それはさておき。
「結が支援部の部室に来たことなんて、片手で数えられるくらいだし、私以外の部員と話したこともあまりないでしょ? なのに急にどうしたの?」
支援部の存在も、結にとって身近な《魔法使い》である樹里の入部も、もう半年前からのことだ。色々あって最近は世界的に有名となったが、学内ではずっと有名だったのだから、彼女の評など今更に思えてしまう。
加えて他部員と結との間には、直接的な接点がない。先日の、野依崎の誕生日絡みで、結たち友人グループも参加したあの時が、直接話した初めてではなかろうか。
他の機会で話したことがありそうな人物といえば――
「…………堤先輩の周りって、綺麗な人が多いなぁ、って」
「ふぇ?」
言いにくそうに結が口を開いたのは、樹里も丁度、その人物の顔を思い出したところだった。
出てくる名前としては予想外だったため、『なんで堤先輩?』という疑問にたどり着くのも、少しばかり時間がかかった。
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その頃、堤十路は、学院一号館の理事長室にいた。
後輩たちに噂されてるなど知るはずもなく、あと盛大なクシャミをすることもなく、怠惰そうに首筋をなでていた。
「――が予想されるであります」
二次元では珍しくないが現実には珍しい、初等部標準服セーラーワンピースを着ている。恰好だけは一応普通だが、快活さ無縁の無表情と焦点が定まっていないボンヤリ眼差しという、電波ゆんゆんな雰囲気に、初対面の人間はきっと怯む。
野依崎雫は、内容の重大さとは裏腹に、いつもの態度で報告を終えた。
「またか……フォーと同じセリフ吐くのもどうかと思うが、面倒だな……」
「また他の部員には知らせないつもりでありますか?」
「あぁ。これは俺の問題だ」
「ひとりよがりな考えで単独行動すると、またミス・キスキ辺りに怒られるでありますよ」
「とは言ってもなぁ……なとせ辺りが知ってみろ? 血の雨が降るぞ?」
「面倒ごとを片付けるのは、それが一番手っ取り早い方法であります」
「即物的な片付け方しても、トラブルは解決しやしないんだよ。つーか、前に俺がそれをやっての、今回のトラブルだろ?」
「そうでありますけど……しかし、十路ひとりで片付けたとしても、同じと思うであります」
「ぶっちゃけ、そこらは俺の自己満足」
なにを言っても無駄と思ったか、野依崎は小さく嘆息ついて、口を閉ざす。
それでふたりの会話は終わったと見たか、オーク材のデスクに着く理事長室の主、長久手つばめが口を開いた。
「それで、トージくんは具体的にどうする気?」
「『どうする』と言われても……」
首筋をなでながら、十路は言葉をぼかした。
語らずとも、先の言葉は承知していると言わんばかりに、野依崎がタブレット端末で、様々な書き込みフキダシが追加された地図を見せる。
「もう少し絞り込みが必要でありますが、潜伏先もおおよそ判明しているであります」
「だったら警察に通報すれば終わりじゃないか。俺、動く必要ないだろ?」
自分で動く必要も、その覚悟も必要ないことに、十路は拍子抜けしたように手を短髪頭に移動させた。それなら朝一番で、理事長室に呼び出される必要もなかっただろう。
「まぁ、そうかもしれないけど。事が片付くまでは用心して」
「了解」
これまでがこれまでだったから、つばめの言葉は単なる注意喚起なのか、なにか裏があるのか、勘繰ってしまう。今回はなにもないことを望みたい。
「それより樹里ちゃんと、どうなの?」
「なんで急にその話を?」
「顧問が部員の人間関係に気を配ることが、そんなに不思議?」
「仕事してないとは思いませんけど、そういう場面を見せていないのに、顧問ヅラされても……」
つばめの話に構わず教室に行こうと、十路が応接セットのソファに投げ出した学生鞄を手にした時、スラックスのポケットで携帯電話が震えた。
「…………は?」
届いたメールを見て、十路の顔は怪訝と、若干の苛立ちを含んだ歪みを作った。
「なんで木次の伝言が、なとせ経由で来るんだよ……?」




