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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の過去/羽須美編
424/640

FF0_0750 過ぎたるものⅥ ~グランフォート摩耶&アレゴリー⑥~


「なぜ、それが、やってはならねーことなんですの? その娘さんは死んだわけじゃねーんなら、父親としちゃぁ取り戻そうとするのは当然じゃねーです?」


 ずっと黙ってつばめの好きにしゃべらせていたが、とうとうコゼットが口を挟んだ。まだ情報を咀嚼(そしゃく)しきれていないと知れる、黄金の柳眉を寄せた表情だが。


「学生で未婚で子供もいないキミたちに訊くのもどうかと思うけど……親にとって、子供が一番可愛い時期って、いつだと思う?」

「ちっこくて癒しになる一歳未満?」

「しゃべるようになり、四足歩行から二足歩行という進化が実感できる一、二歳でありますか?」

「徐々に手がかからなくなる三、四歳?」


 南十星(なとせ)・野依崎・ナージャが疑問符付きで答えたが、いずれもつばめの満足する答えではないと、質問が変えられる。


「じゃあさ、親から『あの頃は素直で可愛かったのに……なんで今はこうなった?』とか言われたら、どうする?」

「蹴り倒してタコ殴りですわね。『テメェらのせいだろ』っつって」


 家族仲は最悪と呼んでいいが、現状のメンバーで唯一、実父母が生存しているコゼットが、表情ひとつ変えず即答した。王族である彼女の場合、世間的には公王・公王妃への暴行という大事件になるが、きっと家庭の問題として構わず実行するだろう。


 それで理解のそよ風が流れた。


「大抵の親にとっては、子供はいつだって『今』が一番可愛いんだよ。成長して反抗期全開でも、大人になって結婚して巣立っても、いい歳になって孫ができても……色々と変わって、自分のことを覚えてなくても、ね」


 母親のような顔でつばめの言葉には、母親になった経験のない部員たちでも、異論を挟ませない力があった。


「だから、あの男が求めてるのは、懐かしむことしか許されない、過去の娘なんだよ。今の有り様を変えるのは、絶対にできないし、やっちゃいけないこと」


 それこそが、木次樹里がワケあり《魔法使い(ソーサラー)》として、総合生活支援部に入部している理由の最たるもの。



 △▼△▼△▼△▼



「樹里ちゃんはね、イレギュラーな『欠片』の中でも、一層イレギュラーなのよ」


 悠亜が(かす)かに笑って視線を送ると、受けたリヒトも微かに笑うように肩を動かした。


「それぞれの『欠片』が持つ麻美の人格データ量は、かなりバラバラなの。私はそこそこ大きいから、記憶喪失程度でしかないけど、中には本能レベルの自我しかなくて、まともに人として生きられないのもいたわ。そういう『欠片』は、私が探して回収や処理してるんだけど」


 《塔》の中で見た、『管理者No.003』たちの情報は十数名分あり、更にその多くには『行方不明(Unkwon)』の但し書きがあった。中には『現地登録名称』がないものもあった。

 なにかが違えば樹里もまた、そのひとつになっていたかもしれない。


「樹里ちゃんも、そういう『欠片』だったわ。南米のジャングルで野性まる出しだったし。や~、最初見た時、サルとしか思えなかったわ」


 どこにでもいそうな普通の女子高生と評する以外にない、彼女の現在を考えれば、全く想像できない話だ。


「回収しようにも、《騎士(ナイト)》くんも知ってる《千匹皮》の自動攻性防御が手に負えなくて……」

「ならなぜ……処理しなかったんですか?」


 十路も、あの暴走状態に(おちい)った樹里と戦ったことがあるから、容易でないのは実体験として理解できる。

 だが以前、悠亜が半殺しにして止めた話を聞いているし、直接見た彼女の戦闘能力なら、余裕で手玉に取るくらいの実力差があったはず。そもそも一緒に暮らしているなら、なんらかの折に意図せぬ暴走が起こり、それを止めることができなければ、今のような関係はないはず。

 捕まえて人格データを回収することが暴れて無理だったなら、なぜ後腐れなく殺してしまわなかったのか。それどころか、なぜ姉妹関係を結び、親代わりになり育てたのか。


 リヒトが険しい視線を送ってきたが、十路は気にしない。裏社会に生きてきた者として、常識的な話をしているだけだ。家族であっても視線だけで口を挟んでこないのは、それを理解しているのではないのか。


「あの子を保護したのは、気の迷いというか、情が移ったとしか、言えないのよね」


 麻美の太母(グレートマザー)たる面目躍如、ということだろうか。


「《ヘミテオス(わたしたち)》は見かけの年齢なんて、どうとでもなるんだけど、あの頃の樹里ちゃんはまだ、小さな子供だった……や。っていうか、子犬(ワンコ)?」

「話を聞く限り、そんな言葉で片付けられない凶暴さですけど」

「ややややや。それがね? 獣化して暴れて手がつけられないから、どうしよっかなーって思ってたら、いきなり人間に戻って倒れこんだのよ。子供の体で大したカロリーあるわけないのに《魔法》使ったから、すぐにエネルギー切れしちゃって」

「じゃあ、アッサリ回収できたんじゃ?」

「や~、別の意味でできなかったわねー。ダンボールに入って鼻スピスピ鳴らしてる捨て犬みたいに哀れで」


 なんとなく想像できる。淡路島のアサミは淡白でそういう雰囲気はなかったが、同じ外見で樹里のように子犬(ワンコ)チックに足元から上目遣いに見上げてきたら、無下にできない気がする。


「で。持ってた食べ物あげたら、懐かれたの」

「対応まで捨て犬と一緒……」

「そのままにもしておけないし、仕方ないから連れて帰ったら、つばめに怒られたわ」

「いやなんか、犬拾った子供が『戻してきなさい』って親に怒られてる場面が脳内再生されますけど……そうじゃないですよね?」

「や。もちろん違うけど、根っこは同じ? 『この子飼っていい? ちゃんとお世話するから!』って」


 同じ『管理者No.003』だから言えるセリフかもしれないが、なかなか樹里の扱いがひどかった。


「しかもね~? 向こうも私を娘だなんて思っちゃいないでしょうし、私も母親だなんて思ってないけど、やっぱり親子らしい感情って残ってるみたいね? 反対されたら余計なんとかしてやるって反目しちゃってね」


 『や~。私もあの頃は若かった』などと手を振る、きっとその時から外見年齢が変わっていない女は、ひとしきりケラケラ笑うと一転、酔っ払いのように静かな自嘲を浮かべる


「……つばめが止めるのも当然って思い知ったわ。育児なんてただでさえ大変なのに、しかも本物以上の野生児よ? オオカミに育てられたわけじゃないけど、代わりに変身するオオカミ少女よ? 自分で言い出したことなのに、途方に暮れたわ」


 ラドヤード・キップリング作『ジャングルブック』のモーグリ、エドガー・ライス・バローズの『ターザン』のような、言葉をしゃべれず四足歩行を行う、動物に育てられた野生児は現実にも記録がある。森に暮らさずとも、隔離状態で適切な養育を受けなかった子供も、似たような特徴を持つとされている。 

 そして多くないものの、その後の回復・教育次第で、年齢相応の人間らしさを得た事例も存在する。


 樹里は普通だ。どこにでもいる女子高生以上の印象を抱きようがない。おおよそはともかく端々(はしばし)ではぶっ飛んでいる支援部員の中で、最も一般人に近い思考回路と感性を持っている。

 野生児という過去を見ても、《魔法使い(ソーサラー)》としての常識で考えても、これは異常だ。

 そのくせ、非常時の備えも一丁前に仕込まれている。長杖を操る白兵戦技術、《魔法》に必要な物理学だけでなく《治癒術士(ヒーラー)》としての知識も修め、手信号(ハンドシグナル)や《使い魔(ファミリア)乗り(ライダー)としての(トリック)といった特殊隊員に近い経験も持つ。一般常識と併せ持つものではないのだから、これはこれでまた異常と言える。


 樹里の常人離れした成長と常人的な人格形成には、『欠片』とはいえ麻美の経験や知識が下敷きになっているのかもしれない。

 

「必死に母親みたいなことやって……あの()は《魔法使い(ソーサラー)》としては簡単に死ななない程度に、《ヘミテオス》として簡単にボロ出さない程度にはなったと思う」


 それでも多くは、悠亜の努力の賜物(たまもの)といっていいだろう。親代わりとして、師として――羽須美が十路に与えてくれたものよりも、もっと多くのものを樹里に与え続けたであろうことは、容易に想像できる。


「あと、普通の女の子としては、自慢の娘よ」


 慈愛の微笑に保護者としてのプライドが表れている。

 もしかすれば《ヘミテオス》としての、複雑怪奇な運命を選んだ悠亜自身と重ね、己に望めぬもの樹里に託したのかもしれないと、十路はふと考えた。


「とはいえ、私があの()にできることは、もうないかなって最近思うのよね」

「だから、修交館に入学させたんですか?」

「や~、違うとは言わないけど、それだけが理由じゃないわ。諸々(もろもろ)のことを考えてだけど、私が我を張るのに限界を感じたってのが一番かしら?」


 十路が(うかが)い知る範囲では、リヒトが樹里に対して過保護・過干渉なのとは対照的に、悠亜はどこか淡白で放任主義な印象がある。

 高校生を相手にした、同性の保護者ならそんなものと思える程度だが、熱心な保護者ぶりを見せたこれまでの言葉と比べると、拍子抜けするというかチグハグ感を意外に思う。


「《ヘミテオス》のことは当然秘密にしなければならない。積極革新派の『欠片』たちからはデータを狙われる。ついでに《女帝(エンプレス)》と間違われて、みたいなこともしばしば。一ヶ所に落ち着けない、荒事から切り離せない生活だったからね。子育ての環境としては最悪でしょう?」


 逆を言えばそんな状況下で、樹里が常識的かつ平凡に育ったことが驚異的だ。それが悠亜の努力ということであろうが。


「だから仕方なく、つばめに相談したの。その結果、いつまでどこまでできるか、いまだに全然見通せないけど、あの人が作る学校に入学させて、ごく普通の学生生活をさせようってことにね。それが樹里ちゃんを守ることにも繋がるから」

「守ることに? そうですか?」

「最初聞いた時は、私も《騎士(ナイト)》くんと同じようなリアクションをしたわね。だけどつばめ(あのひと)はそういうところ、合理的だわ」


 十路はなにかの折りに、支援部の危険性をたびたび訴えている。

 国家に所属する束縛はない代わりに後ろ盾もなく、そのくせ一般市民の前に表立つ。身の危険にも悪意にも晒される立場は、アンダーグラウンドの世界で生きるよりも、遙かに過酷だと考える。

 だから学生生活を送らせることが、樹里を守ることに繋がるとは思えない。同じ市内に住んでいるとはいえ、悠亜たちとは離れた場所で生活しているのだから、保護者から聞くと一層違和感がある。


「だからこその、キミたちのクラブ――総合生活支援部でしょ?」


 悠亜の細い、戦士らしくないが女性らしい人差し指が、真っ直ぐ十路に向けられる。改めてリヒトの緑色の厳しい視線にも射抜かれる。


「それに、そのための《騎士(ナイト)》クン。キミは《ヘミテオス》を否定しない……うぅん。否定できない」

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