FF0_0750 過ぎたるものⅥ ~グランフォート摩耶&アレゴリー⑥~
「なぜ、それが、やってはならねーことなんですの? その娘さんは死んだわけじゃねーんなら、父親としちゃぁ取り戻そうとするのは当然じゃねーです?」
ずっと黙ってつばめの好きにしゃべらせていたが、とうとうコゼットが口を挟んだ。まだ情報を咀嚼しきれていないと知れる、黄金の柳眉を寄せた表情だが。
「学生で未婚で子供もいないキミたちに訊くのもどうかと思うけど……親にとって、子供が一番可愛い時期って、いつだと思う?」
「ちっこくて癒しになる一歳未満?」
「しゃべるようになり、四足歩行から二足歩行という進化が実感できる一、二歳でありますか?」
「徐々に手がかからなくなる三、四歳?」
南十星・野依崎・ナージャが疑問符付きで答えたが、いずれもつばめの満足する答えではないと、質問が変えられる。
「じゃあさ、親から『あの頃は素直で可愛かったのに……なんで今はこうなった?』とか言われたら、どうする?」
「蹴り倒してタコ殴りですわね。『テメェらのせいだろ』っつって」
家族仲は最悪と呼んでいいが、現状のメンバーで唯一、実父母が生存しているコゼットが、表情ひとつ変えず即答した。王族である彼女の場合、世間的には公王・公王妃への暴行という大事件になるが、きっと家庭の問題として構わず実行するだろう。
それで理解のそよ風が流れた。
「大抵の親にとっては、子供はいつだって『今』が一番可愛いんだよ。成長して反抗期全開でも、大人になって結婚して巣立っても、いい歳になって孫ができても……色々と変わって、自分のことを覚えてなくても、ね」
母親のような顔でつばめの言葉には、母親になった経験のない部員たちでも、異論を挟ませない力があった。
「だから、あの男が求めてるのは、懐かしむことしか許されない、過去の娘なんだよ。今の有り様を変えるのは、絶対にできないし、やっちゃいけないこと」
それこそが、木次樹里がワケあり《魔法使い》として、総合生活支援部に入部している理由の最たるもの。
△▼△▼△▼△▼
「樹里ちゃんはね、イレギュラーな『欠片』の中でも、一層イレギュラーなのよ」
悠亜が微かに笑って視線を送ると、受けたリヒトも微かに笑うように肩を動かした。
「それぞれの『欠片』が持つ麻美の人格データ量は、かなりバラバラなの。私はそこそこ大きいから、記憶喪失程度でしかないけど、中には本能レベルの自我しかなくて、まともに人として生きられないのもいたわ。そういう『欠片』は、私が探して回収や処理してるんだけど」
《塔》の中で見た、『管理者No.003』たちの情報は十数名分あり、更にその多くには『行方不明』の但し書きがあった。中には『現地登録名称』がないものもあった。
なにかが違えば樹里もまた、そのひとつになっていたかもしれない。
「樹里ちゃんも、そういう『欠片』だったわ。南米のジャングルで野性まる出しだったし。や~、最初見た時、サルとしか思えなかったわ」
どこにでもいそうな普通の女子高生と評する以外にない、彼女の現在を考えれば、全く想像できない話だ。
「回収しようにも、《騎士》くんも知ってる《千匹皮》の自動攻性防御が手に負えなくて……」
「ならなぜ……処理しなかったんですか?」
十路も、あの暴走状態に陥った樹里と戦ったことがあるから、容易でないのは実体験として理解できる。
だが以前、悠亜が半殺しにして止めた話を聞いているし、直接見た彼女の戦闘能力なら、余裕で手玉に取るくらいの実力差があったはず。そもそも一緒に暮らしているなら、なんらかの折に意図せぬ暴走が起こり、それを止めることができなければ、今のような関係はないはず。
捕まえて人格データを回収することが暴れて無理だったなら、なぜ後腐れなく殺してしまわなかったのか。それどころか、なぜ姉妹関係を結び、親代わりになり育てたのか。
リヒトが険しい視線を送ってきたが、十路は気にしない。裏社会に生きてきた者として、常識的な話をしているだけだ。家族であっても視線だけで口を挟んでこないのは、それを理解しているのではないのか。
「あの子を保護したのは、気の迷いというか、情が移ったとしか、言えないのよね」
麻美の太母たる面目躍如、ということだろうか。
「《ヘミテオス》は見かけの年齢なんて、どうとでもなるんだけど、あの頃の樹里ちゃんはまだ、小さな子供だった……や。っていうか、子犬?」
「話を聞く限り、そんな言葉で片付けられない凶暴さですけど」
「ややややや。それがね? 獣化して暴れて手がつけられないから、どうしよっかなーって思ってたら、いきなり人間に戻って倒れこんだのよ。子供の体で大したカロリーあるわけないのに《魔法》使ったから、すぐにエネルギー切れしちゃって」
「じゃあ、アッサリ回収できたんじゃ?」
「や~、別の意味でできなかったわねー。ダンボールに入って鼻スピスピ鳴らしてる捨て犬みたいに哀れで」
なんとなく想像できる。淡路島のアサミは淡白でそういう雰囲気はなかったが、同じ外見で樹里のように子犬チックに足元から上目遣いに見上げてきたら、無下にできない気がする。
「で。持ってた食べ物あげたら、懐かれたの」
「対応まで捨て犬と一緒……」
「そのままにもしておけないし、仕方ないから連れて帰ったら、つばめに怒られたわ」
「いやなんか、犬拾った子供が『戻してきなさい』って親に怒られてる場面が脳内再生されますけど……そうじゃないですよね?」
「や。もちろん違うけど、根っこは同じ? 『この子飼っていい? ちゃんとお世話するから!』って」
同じ『管理者No.003』だから言えるセリフかもしれないが、なかなか樹里の扱いがひどかった。
「しかもね~? 向こうも私を娘だなんて思っちゃいないでしょうし、私も母親だなんて思ってないけど、やっぱり親子らしい感情って残ってるみたいね? 反対されたら余計なんとかしてやるって反目しちゃってね」
『や~。私もあの頃は若かった』などと手を振る、きっとその時から外見年齢が変わっていない女は、ひとしきりケラケラ笑うと一転、酔っ払いのように静かな自嘲を浮かべる
「……つばめが止めるのも当然って思い知ったわ。育児なんてただでさえ大変なのに、しかも本物以上の野生児よ? オオカミに育てられたわけじゃないけど、代わりに変身するオオカミ少女よ? 自分で言い出したことなのに、途方に暮れたわ」
ラドヤード・キップリング作『ジャングルブック』のモーグリ、エドガー・ライス・バローズの『ターザン』のような、言葉をしゃべれず四足歩行を行う、動物に育てられた野生児は現実にも記録がある。森に暮らさずとも、隔離状態で適切な養育を受けなかった子供も、似たような特徴を持つとされている。
そして多くないものの、その後の回復・教育次第で、年齢相応の人間らしさを得た事例も存在する。
樹里は普通だ。どこにでもいる女子高生以上の印象を抱きようがない。おおよそはともかく端々ではぶっ飛んでいる支援部員の中で、最も一般人に近い思考回路と感性を持っている。
野生児という過去を見ても、《魔法使い》としての常識で考えても、これは異常だ。
そのくせ、非常時の備えも一丁前に仕込まれている。長杖を操る白兵戦技術、《魔法》に必要な物理学だけでなく《治癒術士》としての知識も修め、手信号や《使い魔》乗りとしての技といった特殊隊員に近い経験も持つ。一般常識と併せ持つものではないのだから、これはこれでまた異常と言える。
樹里の常人離れした成長と常人的な人格形成には、『欠片』とはいえ麻美の経験や知識が下敷きになっているのかもしれない。
「必死に母親みたいなことやって……あの娘は《魔法使い》としては簡単に死ななない程度に、《ヘミテオス》として簡単にボロ出さない程度にはなったと思う」
それでも多くは、悠亜の努力の賜物といっていいだろう。親代わりとして、師として――羽須美が十路に与えてくれたものよりも、もっと多くのものを樹里に与え続けたであろうことは、容易に想像できる。
「あと、普通の女の子としては、自慢の娘よ」
慈愛の微笑に保護者としてのプライドが表れている。
もしかすれば《ヘミテオス》としての、複雑怪奇な運命を選んだ悠亜自身と重ね、己に望めぬもの樹里に託したのかもしれないと、十路はふと考えた。
「とはいえ、私があの娘にできることは、もうないかなって最近思うのよね」
「だから、修交館に入学させたんですか?」
「や~、違うとは言わないけど、それだけが理由じゃないわ。諸々のことを考えてだけど、私が我を張るのに限界を感じたってのが一番かしら?」
十路が窺い知る範囲では、リヒトが樹里に対して過保護・過干渉なのとは対照的に、悠亜はどこか淡白で放任主義な印象がある。
高校生を相手にした、同性の保護者ならそんなものと思える程度だが、熱心な保護者ぶりを見せたこれまでの言葉と比べると、拍子抜けするというかチグハグ感を意外に思う。
「《ヘミテオス》のことは当然秘密にしなければならない。積極革新派の『欠片』たちからはデータを狙われる。ついでに《女帝》と間違われて、みたいなこともしばしば。一ヶ所に落ち着けない、荒事から切り離せない生活だったからね。子育ての環境としては最悪でしょう?」
逆を言えばそんな状況下で、樹里が常識的かつ平凡に育ったことが驚異的だ。それが悠亜の努力ということであろうが。
「だから仕方なく、つばめに相談したの。その結果、いつまでどこまでできるか、いまだに全然見通せないけど、あの人が作る学校に入学させて、ごく普通の学生生活をさせようってことにね。それが樹里ちゃんを守ることにも繋がるから」
「守ることに? そうですか?」
「最初聞いた時は、私も《騎士》くんと同じようなリアクションをしたわね。だけどつばめはそういうところ、合理的だわ」
十路はなにかの折りに、支援部の危険性をたびたび訴えている。
国家に所属する束縛はない代わりに後ろ盾もなく、そのくせ一般市民の前に表立つ。身の危険にも悪意にも晒される立場は、アンダーグラウンドの世界で生きるよりも、遙かに過酷だと考える。
だから学生生活を送らせることが、樹里を守ることに繋がるとは思えない。同じ市内に住んでいるとはいえ、悠亜たちとは離れた場所で生活しているのだから、保護者から聞くと一層違和感がある。
「だからこその、キミたちのクラブ――総合生活支援部でしょ?」
悠亜の細い、戦士らしくないが女性らしい人差し指が、真っ直ぐ十路に向けられる。改めてリヒトの緑色の厳しい視線にも射抜かれる。
「それに、そのための《騎士》クン。キミは《ヘミテオス》を否定しない……うぅん。否定できない」




