FF0_0710 過ぎたるものⅡ ~グランフォート摩耶&アレゴリー②~
《魔法》はなにか?
その問いに答えはいくつもある。
「通常、物質的に構築しなければならない電子機器や機械を、《マナ》で仮想的に再現する現象?」
「環境操作。生体コンピュータを保持するオペレーター《魔法使い》が専用インターフェース《魔法使いの杖》を介して、大気中に存在する極少力学制御デバイス《マナ》と通信を行い、一時的かつ仮想的にシステムを構築して物理的効果を発揮させる、一見超常現象にも見える技術の通称」
ナージャは割合簡単に、野依崎はより詳しく、教科書に載っているような説明を口にした。
「んー。正解だけど、そういうことじゃないんだよ」
つばめのお気に召す答えではなかったらしい。
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「…………本来この時代にあってはならない、人の手に余るオーバーテクノロジー」
十路は少し考えてから、印象論的な答えを口にした。
問うたのは、《魔法》に関わるシステムを開発したとされる、初源の《魔法使い》だ。誰よりも《魔法》に詳しい者が、技術論を期待していると思えない。
リヒトはピアスを揺らし、小さく鼻を鳴らした。
「じャあ、誰が、なンの目的で作ッた代物だ?」
リアクションだけでは正誤がわからなかったが、質問が続けられたことで、許容範囲の回答だと知れた。点数にすれば五〇点といったところか。
十路はまたも考える。
世論としては、目の前の男が《魔法》を作ったとされるが、違う。元々《塔》と《マナ》は三〇年前、世界各地に唐突に出現したものだから、リヒトは十数年後に、その利用法を開発したに過ぎない。そして《塔》の出現は、未だ謎に包まれている。
ならば大元からリヒトが作り上げたのか?
否、そういうレベルを超えているだろう。如何な超天才であろうと、個人でどうこうなる問題ではないと思える。
それに『誰』が作ったかは、おおよそわかる。というか、ありえないと思いながらも、消去法で二択か、三択か、それしか残らない。彼がそれに当てはまるかは、わからない。
「まず、作られた目的というか……そもそも俺たちが使ってる《魔法》は、本来の機能の副産物みたいなものじゃないのか?」
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「惑星改造ないし、地球工学関連テクノロジーの、ごく限定的な利用」
淀みなくコゼットは答えた。既に考え、彼女なりの結論を出していた証左だ。生物が存在しない星を生物が住めるように、あるいは地球の環境を制御するなど、フィクションの中にしか存在しえない荒唐無稽な設定だが、彼女は疑っていない。つばめに軽口を叩かれても言葉をブレさせない。
「惑星規模とは、大きく出たねー。なんでそう思うの?」
「逆に、惑星レベルの巨大なシステムが既に存在してるのに、なんでそう思えないんですの?」
各地に二〇ヶ所に《塔》が建ち、噴出する《マナ》は気流に乗って大気圏内全域に存在している。
つまり、世界中どこでも《魔法》は使えるようシステマティックに、地球の環境は既に作り変えられている。
「技術的に可能かっつー話を無視すりゃ、《塔》は温度差や地中の熱や圧力、マントル対流からエネルギーを得て稼動してるとしか考えられねーですわ。しかも二〇本の《塔》は《マナ》を吐き出すだけでなく、吸い込む側もある。地球のエネルギー収支を気にしてんのか、《マナ》の濃度を一定量に保つためかしんねーですけど、既に稼動しているこれだけの巨大システムが存在してて、惑星を改造するためのものじゃねーっつーほうが信じられねーですわよ」
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リヒトも悠亜も口を挟まないので、十路は続ける。
「しかも、惑星を改造した後も、このシステムは有用だ」
まずは土地開発。設計図とエネルギーと材料があれば、三次元物質操作で好きなように、箱庭ゲームさながらの住環境を作ることができる。
疑問符がつくが、自然災害。対処以前に、予め星が蓄える局所的なエネルギーを発散させるなどして、約束されているかのような平和な生活が営めるのではないか。
そもそも産業という概念すら、現代の形態に比較できないものになるのではないか。農業・漁業はまだしも、製造業などどこまで人の手が入る余地が残るのか。人工知能の発達で挙げられる未来予想図とは比較にならない変化があるはず。
「で。ここから先、自信ないんだが……このシステムは政治というか、統治にも使える」
興味を惹いた風に、リヒトが眉の動きで先を促してくる。
「だけど個人的には、独裁者とか暴君を作って、自滅するシステムにしか思えない」
もちろん限界はあるにせよ、二一世紀の科学と比較すれば、《魔法》は万能と呼べるテクノロジーだ。
その使用権限を無秩序に広げるだろうか。『星を作って管理運営する仕事』のオペレーターは、複数必要だろうか。
その文明レベルまで進歩すれば、果たして人類はどのような精神性になっているのか。貨幣や労働といったものが無意味となり、差別や競争がない、天国のような豊かで平等な社会になっている可能性もある。
しかし非日常に生き、人間の汚い面を多く見てきた十路は、否定してしまう。
人の欲には限りがない。他人を支配できるほどの圧倒的な力となる、物質的には万能となる能力を掌握した者が取る行動を考えてしまう。
反抗的な者には罰を与えるだけなら、まだいい。気まぐれに命を弄ぶような、残虐な社会が生まれるかもしれない。
《魔法》はそれが可能だ。『気に入らない』なんて理由だけで、考えるだけで人を殺せてしまえるのだから。
生殺与奪を支配する特権階級を生み出す、世紀末的世界観の、弱肉強食の社会になってしまう気がしてならない。
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つばめも他の部員たちも口も挟まないので、コゼットは続ける。
「地球型惑星を改造した後も使える万能技術だとすれば、いま地球にある《魔法》の指揮命令系統とセキュリティ、どーなってんですわよ?」
軍事組織図上の命令系統や、《魔法使いの杖》に課せられたセキリュティのことではない。《塔》や《マナ》を含めた地球規模の、《魔法》を司るシステム全体の話だ。
「仮にわたくしが全権限を有してたら、惑星改造が終われば《魔法》が使えないようシステムを破壊ないし凍結させて、権限を破棄しますわ。それができず、尚且つ他人にもある程度の権限を譲渡しないとならねーなら、いざって時には権限を剥奪でき、強権も発動できる、最高権限を手放しませんわよ」
なのに現状、自動化されているであろう《塔》は、粛々と与えられた役目をこなし、世界を変え続けている。政府や軍といった組織の思惑でセキュリティが開放されいれば、《魔法使い》個人の思惑で好き勝手に《魔法》が使える。
システムの末端が、独立して動ける状態にある。
そんなこと、ありえない。会社組織の中で平社員が、上司に報告・連絡・相談を怠り自分勝手やっていれば、普通はクビになる。
けれども《魔法》はそうなっていない。国家や組織という頚木が代行しているが、いざという時の安全装置を噛ませているだけで、制御されているわけではない。多くは《魔法使い》当人の意思という根拠虚弱なもので、辛うじて秩序が守られているに過ぎない。
本来手にしているはずの誰かが、絶対的な権力と責任を手放している。
ならば恩恵を授かるだけだったシステム末端が、その座を手に入れようと暴走を始めるのは、少し考えれば誰でも想像できる。
無論、管理者が意図的に放置している可能性も充分考えられる。コゼットもそれは理解している。
「人間が絡んでるのは、二社だけ《魔法》関連の機器を製造販売してるっつー部分だけで、あとは実質無秩序状態。ぶっちゃけ、いつ第三次世界大戦が……いえ、いつ第四次世界大戦が起こっても不思議ねーでしょう? 誰がなんの目的で、こんな状態にしてんですわよ?」
地球規模で考えれば、《魔法使い》が振るえる力など、ごくごく小さい。しかし人間の常識で見れば、十分すぎるくらいに大きい。
アインシュタインが予言した。第三次世界大戦でどのような兵器が使われるかはわからずとも、第四次世界大戦には石と棍棒が使われると。あらゆる文明が滅び、わずかな生き残りが原始的な生活を送る、人類史の終焉が訪れる。
三〇年以上前から既に大量の核兵器が存在していたのだから、今更かもしれないが、《魔法》の存在は世界終末時計の針を確実に進めている。
「もしかすれば、神様の試練かもよ?」
「ンなの信じる敬虔な宗教心、持ちあわせてねーですわよ……でも――」
ただの茶々とも思えない、どこか挑戦的なつばめの笑みに、コゼットは渇いた口を三本目のビールを喉に落としてから続ける。
「この惑星改造システム作ったのが誰か……アホくさいことに、宇宙人か未来人か、本物の『魔法使い』なんつー、ロクでもねー選択肢しか考えつかねーんですけど」
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「いずれ劣らぬ本命なしの超大穴だけど……俺の一押しは未来人。根拠と呼ぶには弱いが、重力波と、特に先進波からそう考える」
先進波とは、マクスウェルの電磁方程式から算出される、通常とは逆向きに進む波のこと。しかし現在、既存の科学では、数学上にしか存在しない。観測すらされておらず、式の上でも無意味なものとして扱われている。
なにせ先進波は、時間を遡上すると解釈する以外にない。水面に水滴が落ちた波紋でいえば、通常の波が同心円状に広がるのと同時に、逆再生映像のように周囲から中心に集まる波が存在することになる。
未来から過去への伝播。よってSF小説などでは、超光速通信やタイムトラベルのギミックとして利用されている。
《魔法使い》は一部で擬似的なれど、これが扱える。十路の場合、使いどころが限られるが障害を無視する通信、やはり限定的な力学的未来予知と呼べるセンサー能力として発揮できる。
「現状の科学では、未来に飛ぶのは可能でも、過去への時間跳躍は不可能って結論が出てたと思うけど……未来で先進波が使われているとすれば、結論が揺らぐ気がする。時間の遡上ではなく、別の平行世界間移動と考えれば、重力波によるものか」
この辺りは天才たちが思考実験を繰り返して結論が出ていない理論物理学の分野で、十路では疑問を抱くだけで判断できない。
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つばめは焼酎で唇を湿らせてから、口を開いた。
「七〇点」
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悠亜はウィスキーで唇を湿らせてから、口を開いた。
「五五点」
つばめと比べて悠亜の採点が辛いのか。コゼットに比べて十路の説明が稚拙だったのか。その差は誰にもわからない。
「二〇点」
目の敵にされている気がする重症患者の採点は、アテにならないので十路は無視した。




