FF0_0700 過ぎたるものⅠ ~グランフォート摩耶&アレゴリー①~
目覚めた後の行動を、あまり覚えていない。記憶封鎖が解けた今でも覚えていない。忘れたというより、脳が記録を拒んでしまっていた。
彼女の死に泣き叫んだのだろうか。
どうしようもない憤りを、なにかにぶつけたのだろうか。
淡々と事後処理を行ったのだろうか。
「それから俺は、《無銘》を持って帰投しました。死体は残っていなかったですが、現場の損壊状況だけでなく、《魔法使い》が交戦してたのは遠くからでも確認されていたらしく、状況証拠だけでも充分として、離反者・衣川羽須美の抹殺任務は完遂となりました」
十路は肩を動かすほどのため息を吐いて、これで話はひとまず終わりと、動かし続けて乾いた口を気の抜けたジンジャエールで湿らせた。
あと付け加えるとすれば、せいぜい破損した銃剣の代用品として、折れた《無銘》の刃を加工して使っているくらいか。
彼女の最期をこんなに話したのは、任務完了を報告した際以来だろうか。とはいえその時は記憶が封鎖されていたから、ここまで長話していない。
実質、誰かに話したのは初めてになるのかと、遠慮の塊のように残っていた最後のソーセージを口に運ぶ。
「《騎士》くんは、《女帝》を殺していなかった、と」
終わったのは十路による説明だけで、話そのものはまだ続く。これからは質問の時間だと、ゲイブルズ木次悠亜がグラスを置いて口を開いた。
「君の認識ではどうなってたわけ?」
「まず前提として、日本政府から秘密裏に、正式に出された命令がありました。その上で羽須美さんを含めた『管理者No.003』が三人もいたので、記憶が切れ切れなのに繋がって、離反した羽須美さんを殺したって認識してたんです」
《ヘミテオス》に関する記憶がごっそり削られていた。変身した姿はもちろんのこと、同じ顔の『管理者No.003』がふたり並んでいるシーンも記憶になかった。
しかも似たような格好をしていたため、三人もいたのに、羽須美ひとりしか存在しなかったかのような誤解をしていた。
「だから『淡路島と同じ』なわけね」
「えぇ」
十路自身が言った言葉に対して、改めて頷いてみせる。
木次樹里と、アサミと名乗る少女の闘争。それが決着ついたところで、鄭雅玲という女が介入してきた。
「あの場には『管理者No.003』同士の決着に割り込んで、漁夫の利をかっさらおうとした、三人目がいた」
ただし淡路島の場合、四人目である悠亜によって阻まれた。
アフリカの場合、十路は仇を討ったが阻止はできなかった。
それは大きな――とても大きな、絶対的な違いだ。
仕方ないから後悔はしないが、思い出すとやはり、十路の口に苦い味が広がる。
「つばめが《騎士》くんに入れ込んで、樹里ちゃんに関わらせようとしたのは、そういうことだったのね」
グラスハープのように、グラスの縁を指でなぞりながらの、ひとりごとに近い悠亜の言葉に、ずっと無反応を貫いていたリヒト・ゲイブルズが眉間に皺を作る。いや完璧にガンつけてきた。
十路も視線に気づきはしたが、妻同様に患者の不満は無視する。
「理事長にハメられて修交館に転入しましたけど、記憶が一部ない状態だと『あの人だから』で済ませて、それ以上は考えませんでした」
「やー……つばめの普段が普段だし、それも仕方ないか」
「やっぱり理事長が、木次――妹さんと俺を強引にセット扱いしようとした理由は」
「樹里に普通の生活を送らせるための条件。君を含めて支援部にいる子は全員、面倒がついて回るでしょ? いろいろ特殊で不安定な樹里ちゃんの場合、プラスアルファでいざって時の保険が必要だった」
「あの暴走ですか……」
「私とリヒトくんが夫婦なのも、そういう理由もあるのよ。暴走はないけど、やっぱり只者じゃないって自覚はあるから、お互い抑止力としてね」
《魔法使い》の学生生活以上に寝ぼけ度合いが高い、木次樹里に今の生活を送らせる上で、堤十路は効果が見込める安全装置だ。
『管理者No.003』との関わりも長い。曲がりなりにも《ヘミテオス》を知っているため、異常性を知ったとしても偏見がマシな可能性がある。《魔法使い》として有事の対処能力を持ち、年齢差はあれど高校生で近しい。
なによりも《ヘミテオス》を倒した実績を持っている。
不特定多数の敵から狙われる可能性も、当人が暴走する危険性もあった、あまりにも不確定要素が強い樹里の側に置く人材としては、これ以上を望めないだろう。
五月、入部直前の事件では、樹里と十路を関わらせようとしていた、つばめの指示を不審に思った。
入部してからは、彼女の程よいお節介気質と、無理矢理な心臓移植への不安、同じく《使い魔》乗りであることなどが相まって、行動を共にすることをごく当然と考えるようになった。
つばめの策略とその意図に、納得の息を吐いて、皿に残っていたパセリを口に運んだ時、悠亜が口を開いた。
「そういえば言ってなかったわね。ごめんね。殺しちゃって」
「は?」
「や。五月に《騎士》くんを殺したの、私なのよ。樹里ちゃんに心臓を移植されて《ヘミテオス》になった、《騎士》くんの今の状況に叩き込んだひとりなのよ」
「…………」
河川敷で狙撃され、体に大穴が空いた記憶が再生された。
死んだと思ったというか実際一度死んだあの瞬間。その実行犯からあっけらかんと告げられて、十路はどう反応するべきか迷った。
△▼△▼△▼△▼
「兄貴……一度ガチで死んでんだ」
マンションでも、丁度その事に言及していた。むしろ話としては、堤南十星以外は面識のない《女帝》のことよりも、五月の出来事――樹里の誘拐と十路の変化に時間が割かれた。もっとも言葉で説明したわけではなく、タブレット端末で再生される映像を補足しただけだが。
夜間、遠くから撮影した映像は荒かったが、映されたものは十分理解できた。
貨物列車で戦う十路と、樹里だったもの。それが片付いたと思えば、誘拐犯であろう人物との交戦。場面を河川敷に移し変え、橋と共に列車を消し飛ばす。
そして銃を構えた十路が、胸に穴を空けて吹き飛んだ。樹里が鬼気迫る表情で、己の体に腕を突き入れて心臓を引きずり出した。
それを移植し、十路を蘇生させた。
ずっとふたりが秘密にしていた、なにか隠しているとは察しても追求はしなかった出来事を知り、部員たちは驚きを隠せなかった。感情や本心を隠すことに長けた彼女たちだから、見た目にはわからないが、そこそこの付き合いがあればわかる。
野依崎雫だけは驚きはない。事件の際、つばめによって引っ張り出されたのだから。手っ取り早い説明として見せた映像は、彼女が撮影したものだ。
『――それがMEMS。Micro Electro Mechanical Systems。肉眼では見えないほどの小さな部品です』
ホームビデオ(世界的最高機密)の上映時間、長久手つばめはテレビを付けて、教育的なお堅いドキュメンタリー番組で暇を潰していた。顕微鏡写真を写している画面隅に出て続けている番組タイトルからすると、未来の技術に関する番組の、ナノテクノロジー特集らしい。
部員たちが半年前の事件を知った判断し、テレビは点けっぱなしだがボリュームを落として、つばめは話に復帰する。
「その時、トージくんは《ヘミテオス》になった……厳密にはオリジナルとは違う、一部権限が与えられただけの『準管理者』だけど」
コップの焼酎を回しながらの締めの言葉に、コゼット・ドゥ=シャロンジェが呼吸を忘れていたようなため息を吐いて、部長らしい、博識な彼女らしい口を利く。
「半神、ねぇ……? ギリシャ神話だと大体ゼウスが浮気して出来た子供ですけど、ファンタジーやオカルトとなにか関係ありますの?」
「人間を超越した、だけど神と称されるほど完璧でもないから、そういう通称がつけられてるだけ」
「《魔法使い》とも別格なんですのね」
コゼットは平常運転に戻ったかのようにも思えるが、まだ戻っていない。秘密を知っても情報が全く足りないので、致し方ないのかもしれないが、手探りのような間遠い質問が物語っている。南十星はそう判断した。
「《魔法使い》の上位版がいる、みたいな話は、師匠からポロッと聞いたことありますけど……」
ひとりごとの体で、ナージャ・クニッペルが髪の尻尾を振り回す。
「直接対決して、全然敵わなかったとか。お酒入ってた時の話ですし、間に受けてませんでしたけど」
支援部と直接戦ったこともあるので、この場の誰もが知っている。
ナージャの師匠は、元々ロシア特殊部隊の隊長で、《魔法使い》でないにも関わらず《騎士》――《魔法使い》殺しと呼ばれた兵だ。現在では老年のため差はあるかもしれないが、その強さは実体験として理解している。
そんな彼でも敵わなかった。南十星よりも遙かに関わりが深いナージャは、不審と納得が入り混じった
「まぁ、上位版って認識で間違いではないよ。《魔法使いの杖》なしで《魔法》を使える。あと、医療系の術式を持ってなくても、生半可なことで死にはしない。不死身ではないけど、不老半死くらいにはある」
「どこが上位版でありますか。そこまでいったら生物としてのカテゴリーが別物であります」
最早、生き物とさえ呼んでいいのか。《魔法使い》も人間でありながら機械的な性質を持っているが、レベルが違う。
「なんで兄貴を、その《ヘミテオス》にさせたのさ?」
「一言で言えば、必要だったから」
「二言で言えば?」
「私が求める必要十分条件を満たすコだったから」
「……いや、いいや。言い方変える」
早々に張り合うのを止めた。数を増やしていっても、知りたい情報まで辿り着くのは、いつになるか知れたものではない。
「《ヘミテオス》って、誰?」
何ではなく誰。彼女たちが否応なく関わっている『管理者No.003』の正体を問うならばともかく、もっと広義の《ヘミテオス》と総称している。
つまり南十星の質問はおかしい。他の部員三人は、青・紫・灰の怪訝な視線を向けた。
けれども彼女が唐突に、ワケわからないことを言い出すのは、今に始まったことではない。しかも理屈ではなく直感で、過程をすっ飛ばして結論に辿りつくこともままある。
「それを話すには、遠回りになるんだけど――」
つばめも、その真意を理解したかのように。
否、その質問を待っていたと言わんばかりに、悪魔の笑みを浮かべた。
「まず、《魔法》って、なんだと思う?」
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「さて……やっぱり《騎士》くんが一番聞きたいのは、樹里ちゃんや《女帝》、私たち『管理者No.003』が何者なのか、って話なんだろうけど」
黙ってしまった十路に代わり、悠亜が話を進める。彼は小さく頷いて主導権を明け渡した。
「だけどちょっと、長い話になるのよね」
空けたグラスにウィスキーを注ぎながら、悠亜はチラリと目線を動かす。気づいた二本目のラム酒を飲んでいたリヒトが手を止めた。
夫婦間で無言裡のやり取りがあり、やがて彼が大きく酒臭い息を吐いて、テーブルに瓶を置く。
「小僧」
緑瞳が十路を射る。ただしこれまでの険悪なものとは質が違う。義妹絡みとは異なる真剣味がある。
「テメェは《魔法》をなンだと思ッてやがる?」




