FF0_0630 悪魔と悪魔と悪魔の愛弟子Ⅳ ~ジャザイール民主人民共和国 アハガル山地③~
十路がロープを外す間も惜しんで、銃剣で斬って《塔》の外壁から飛び降りて近づいた頃には、片はついていると見えた。
そう思った。なにも知らなかったから。
「あーあ……杜撰な扱いするんじゃないわよ」
十路の銃撃で空いた穴がミシン目になり、落下した際にぶつけて折れたのか。刃が根元からなくなった《無銘》に、羽須美が嘆息ついていた。
その足元で、偽羽須美は地面に磔にされていた。右手の平と右足首には、羽須美が握っていたコンバットナイフが、肉体ごと岩盤に突き刺さっていた。それだけではなく、左脚の数箇所と脇腹と左手を、石筍のような岩の杭が貫いていた。
「十路……私、撃ったら撤退しろって命令したわよね?」
「いや――」
命令無視を咎めるものだが、上官としての言葉ではないと証明する、呆れを含んだ羽須美の声に、十路は反射的に言い返そうとした。
どう見ても偽羽須美は死に体だ。即死せずに憎々しく羽須美を見上げているのが信じられないほどに。戦闘はもう終わったのだから。
そう続けようとしたが、気づいて続きの言葉を失った。
なぜ偽羽須美に、左腕がついているのだ。狙ったものではないとはいえ、吹き飛ばしたはずなのに。
刃が失われたとはいえ機能には問題ない《無銘》と、P320コンパクト自動拳銃を、偽羽須美に突きつけている意味も、遅れて理解した。とても信じらはしなかったが。
『麻美の欠片』同志の戦いは、終わっていなかった。
「サージ」
十路の硬直に構わず《使い魔》を呼ぶと、荒々しい無人運転で表れたオフロードバイクが、羽須美の側で停車した。
羽須美は《無銘》を捨てた。火力は弱くとも、《魔法》を使用する際の機能不全を無視できる攻撃手段を選択した。観念しているのか、偽羽須美の抵抗もなかった。
羽須美は搭載されたままの空間制御コンテナから出てきたものを受け取る。
日中に改造を施した消火器だった。
「ここから先は見せる気ないから、サージに乗って離れなさい」
そして十路を見ないまま、今度は上官としての命令を下す。
「なにする気か知りませんけど、俺も任務を受けてここにいるから、カタつけた証拠、なにか確保してくださいよ?」
不精不精であるが、『命令』されたなら仕方がない。その改造消火器を使うのなら、証拠を残すつもりがないのだろうから、注意だけは忘れなかった。
十路は小銃を背負い、大型オフロードオートバイに跨った。
羽須美と一緒に帰投することを疑いもせず、少し離れるだけだと思って。
△▼△▼△▼△▼
「さて、と――」
十路が視界どころかセンサー感知領域から外れるのを待って、羽須美は同じ姿の同じ女性に対して口を開いた。
随分な時間があったが、串刺し状態では抵抗できないのは知っていた。《魔法使いの杖》なしで使える《魔法》の出力では、よほど上手い選択と幸運が合わない限り、逆転はありえない。観念したとは思えないが、無駄な抵抗はなかった。
偽羽須美は未熟な『欠片』だから。それを調べるために、十路に任務を任せて単独行動し、その国の同じその場所――《塔》No.5サーバーにやって来た。
彼女はLilith形式プログラムの本領を発揮できるほど成長していない。持つ要素は《ヘミテオス》だとしても、半身半人と呼ばれるには遠く及ばない。
「なんのために私を狙ってきたかとか、あなたの背後関係とか、どうでもいいわ。『回収』に同意してくれる?」
これまでの話や行動で、おおよそ予想できることは深入りもしなかった。後で『彼女』から文句あるかもしれないが、そこまでは知ったことではない。上司部下ではなく、そして『親子』でもなく、あくまでも協力者の関係でしかないのだから。
彼女自身のための、行動を定める質問に、串刺しされた彼女は憎々しげに言い放つ。
「嫌よ……」
「でしょうね」
銃を向けたまま、肩をすくめて見せる。
それならそれで構わない。羽須美に不都合はない。『麻美の欠片』に対処する必要はあっても、無理に回収する必要はない。
偽羽須美が苦しむだけ。最期を彼女自身が選択しただけの話だ。
「じゃあね」
偽羽須美の胸元に消火器を置き、レバーを引いて離れた。
なにがなんだか理解していない顔をしていたが、なんのことはない。それが普通の反応だ。ホースが切られているが、見た目の違いがそれだけの消火器でしかない。《ヘミテオス》が生身で使えるセンサー能力でも、機能までは判断できないだろう。
判断できるようになった時には遅い。消火器が時間を置いて灼熱した。
テルミット反応――アルミニウムと酸化金属の還元反応を利用し、高熱で鉄条網やバリケードを破壊するのに使われる焼夷手榴弾は、証拠隠滅に便利だが、効果範囲が狭く燃焼時間は数秒しかない。
《ヘミテオス》は生物の限界を超越した超生命体だ。条件によって左右されるが、常人が即死する致命傷程度ではほぼ死なない。焼夷手榴弾では殺せない。
けれども《ヘミテオス》は、不死でも不滅でもない。
だから羽須美は、エレクトロン焼夷弾を用意した。偽羽須美との戦闘で使う当てのなかった重火器類を分解し、消火器を改造して詰め込んだ。
『焼夷弾』と名はつくが、エレクトロン――マグネシウム主体のアルミ合金を使った、照明弾との相の子のような存在だ。第二次世界大戦期の空爆で、油脂焼夷弾を落とす際の目印として使用されていた。
焼夷手榴弾よりも温度は低くとも、発する温度は鉄を溶かす。しかも数分間に渡って反応し続ける。
生物としての限界を突破している《ヘミテオス》といえど、確実に滅せられる。
やがて消火器の容器が熱に耐えられなくなり、赤熱化して形を失う。火花を散らして反応しているエレクトロン合金も、堰を切って溢れ出た。
壮絶な悲鳴と、生きたまま焼かれる異臭が、夜闇に入り始めた岩石砂漠に広がった。
串刺しにされた偽羽須美はもがく。死に瀕した火事場の馬鹿力でなく、《魔法》までもを併用した筋力で、体を引き千切りながらも無理矢理拘束から抜け出した。
だが意味はない。半液化した金属を振り払おうにも、手にまとわりついて新たに灼くだけ。あっという間に表皮と真皮を焼き払い、皮下組織の脂肪分をカロリーにして炎を上げる。
地面を転がっても消せない。一度反応したエレクトロン合金は、水中でも燃え続ける。
身悶えする人型松明に背を向け、羽須美は《無銘》の柄と、ついでに見つけた折れた刃を拾い上げる。
(やー、どうしたもんかなー。偽羽須美は完全消滅させるから、証拠は残らないのよね。やっぱ十路に《無銘》でも渡して、私が死んだことにするっきゃない? 辻褄合わせは――)
彼女に宣言したとおり、元の鞘におめおめ戻れるとは考えていない。離れた場所で足を止めた。
さすがに偽羽須美がもがき苦しんだ末に消滅するのを待つつもりはない。そこまで鬼ではない。これだけやれば、機能衝突など意図的に起こすのは不可能だから、大出力の《魔法》で片をつける。
「え?」
だがその前に、脳内センサーが強烈なエネルギーを感知した。《魔法》使用時の無秩序な広がりではなく、指向性を持ったエネルギーの奔流だ。また羽須美に向けてのものではない。
ほぼ頭上である《塔》の外壁部から、燃えている偽羽須美に向けての、非接触電力伝送を行うマイクロ波ビームだった、
偽羽須美にそのシステム使用権限はなかったはず。数日前に《塔》に潜入して調べた際、それは確認した。
となれば考えられるのは。
「ウソ……! まさか、今ここでバージョンアップ……!?」
進化を証明するように、莫大な電力が供給された体が、燃えたまま不気味に膨れ上がった。




