FF0_0530 追跡、そして戦端Ⅴ ~サハラ砂漠のどこか②~
十路の空間制御コンテナには、水だけではなく酒まで入れっぱなしだった。
「ねぇ、十路」
彼女はそれをチビチビやりながら見張りに就いていた。哨戒任務中に飲酒などありえないが、そこは羽須美クオリティ。彼女も《ヘミテオス》と知った今なら、アルコールを《魔法》を分解していたと推測できるが、その当時は単に諌めるのを諦めていた。十路は耳に意識を半分向けて、まともな相手をせずに仮眠の準備をしていた。
「もしも《魔法使い》でなければって、考えたことない?」
「は? なんですか急に」
だが、状況になんらな関係ない話に、手を止め顔を向けることになった。
「十路は子供の頃からさ、育成校で《魔法使い》としての教育を受けてきたじゃない?」
「そうですね」
「思うところないの?」
育成校は、学校教育法に則った教育機関とは言い難い。法的な扱いは、盲学校・聾学校のような特別支援学校と、小中一環教育を行う義務教育学校の中間のような、裏技的な存在だ。
一般的には同一視されるが、義務教育学校は必ずしも小中一環校というわけではない。九年間の義務教育を、初等課程六年・中等課程三年で区切らず、地域や学校の実情に合わせて五・四や四・三・二で区切ったりもする。
だから早期カリキュラムが存在する。普通の公立校では学習指導要領によって、学年ごとに学習内容が定められているが、前倒しされた。十路の場合、中学校卒業年齢には、既に高校卒業相当の履修を終えていた。
特別支援学校としての性質は、《魔法使い》が例外なく発症している先天的脳機能異常・オルガノン症候群を、特殊教育が必要な要素として解釈して、子供たちを超法規的ながら合法的に集めているからだ。あながち嘘ではないため、当事者たる十路からすれば始末が悪い。
日本の場合、通常の教育課程では十分な教育効果が望めないとして、障害のある児童を対象とした教育を示すが、育成校で行われていたのは、欧米の天才児教育に近い。知識と経験から《魔法》を生み出す、《魔法使い》としての性能を伸ばす教育だった。
実情はかなりとんでもない。勉強したくなければ辞めればいい進学校とは違い、実質逃げ道が存在しない。
それに十路の場合、別の要因も存在した。
「ガキの頃には色々あったはずですけど、考えても仕方ないって思うようになりましたね」
父親は法律関係者で、しかも我が子のことだから、そのような制度に反対の立場だった。ただ未来はともかく現在だけで見れば、制度が制定されている以上、不服でも従わないわけにはいかなかった。
『親の背を見て子供は育つ』の言葉どおり、十路も不服の立場であったはず。
だが、従妹である南十星が堤家に引き取られた頃を境に、考えが変わり始めた。
《魔法使い》という同じ境遇にも関わらず、二重国籍と言う要素で扱われ方が違う、普通の子供のように育つ義理の妹なのだから。
思考回路が大人になり始めた頃には、両親たちが、無力感に苛まれながらも、できる限りのことをした結果だと理解できる。だが子供だった当時には、親たちは十路を放置し、突然できたイモウトなる生命体ばかり構うように感じた。長期休暇で寮生活を離れ、実家に戻るのが苦痛になった。
だから自力本願に、育成校に居場所を作ろうとしたという部分もある。
結果出来上がったのが、『聞き分けよく優秀な良い子』だ。人によれば子供らしくなく、幼い頃から枯れていたと評するであろうし、面と向かってそのように好評価されれば、十路は鼻で笑うに違いない。
「さとり世代ね~。いや、つくし世代?」
「羽須美さんも同じ世代でしょうが」
ゆとり世代・さとり世代・つくし世代と、世間では別のように扱われているが、実は違う。一五年以上も幅がある同じ時代の子供たちを特徴別に分類して、別の名前で呼んでいるだけの話だ。
自分のことのみ恋愛にも興味ないゆとり世代で、目立つの嫌いで欲も熱意もないさとり世代で、支配を嫌う十路は、どれも当てはまるのだが、それはさておき。
どうも話は謎――羽須美の一時行方不明や、もうひとりの彼女について、触れる様子はなかった。『一晩考えさせて』と彼女が望み、十路も急かさなかったから、朝まではその話を持ち出すつもりはなかった。
『なにが言いたいんだ?』としか思わないので、半分以上の意識を割くことなく、十路は撃ちまくった銃の整備と点検を始めた。さすがに砂漠の真ん中で本格的に分解清掃する勇気はなかったが。
「もしも《魔法使い》じゃなかったら……十路の歳だったら、今ごろ高校生よね。普通にどこかの学校に通って、普通に勉強して、普通に友達付き合いして、普通に笑って、普通に恋して、普通に青春して……そんな生活してたって思わない?」
いろいろ知った今ならば、妄言と未来予期半々と思える羽須美の言葉に、十路は仕方なく顔を上げた。空想的理想主義などおくびにも出すことなく。
「考えても仕方ないでしょう。現に俺は《魔法使い》です。仮に《魔法》が使えなくなったとしても、他の生き方ができるわけないでしょう」
言外に『下らない話につき合わさないでくれ』と頼むと、彼女はあっさり引いた。その本音が知りたかったと言わんばかりに。
「そっか……レンジャー修了のお祝いに、ってのも、ちょっと考えたんだけど」
「は?」
「うん。まぁ、打診された時、私もどうかと思ったし。断っとくわ」
自己完結してしまったので、羽須美がなんの話をしていたのか、結局わからなかった。頭に『?』を浮かべながらも、聞かねばならない話ではないのかと、彼は流してしまった。
紆余曲折を経て、結局は修交館学院の高校生となった今の十路を見たら、果たして彼女はどう思うのだろうか。
そして、今なら思ってしまう。
もしも《魔法使い》でなかったらという仮定に、彼女自身のことは一言も触れられていなかった。
ただの妄言、十路の考えを聞きたかっただけだから、触れなかっただけとも考えることができるが。
逆説的に、《魔法使い》でなかったら、彼女は存在していないとも考えられてしまう。
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翌朝の朝食は、ファースト・ストライク・レーション。なにかと悪名高いアメリカ軍の戦闘携行糧食だが、従来型とは別コンセプトで新開発されたものなので、かなりマシな部類に入る。作戦行動中の使用を想定しているので、食器不要の惣菜パンといった無難な献立なのもある。一品が少量・品目が多いため、仮に舌に合わなくても地獄の時間はごく短く、次への期待を込めて新たなパッケージを開けられる点も評価したい。
「十路」
まだ陽も完全に登っていない時間、ケミカル色の謎ジュースで十路は食事を終えていると、カフェイン大量混入の軍用ガムを口に放り込んで、羽須美が口を開いた。
「『私』を殺してみる?」
「まだ昨日のアレ、続けたいんですか……?」
殺し屋同士の危険な挨拶みたいな真似など御免だ。というかあんなことをする殺し屋が実在したら、それはそれでお目にかかってみたい。目にする分はともかく、体験したくはないと顔をしかめる。
「そうじゃなくて……言い換えるわ」
すると羽須美は、まだ束ねていない髪を靡かせて首を振った。
「『悪魔』祓い、一緒にやる?」




