FF0_0400 追跡、そして戦端Ⅰ ~南ヌビア共和国 首都ジューバー~
「あぁ……あの時か」
皿の料理が半分ほどになった頃合で、チビチビとブランデーをストレートで舐め始めたゲイブルズ木次悠亜が、『つい』といった声を上げた。
「なにか?」
「や。多分それ、私が受け取ったのと似たような連絡だと思うのよ。その時、地球の反対側にいたから、私は動けなかったけど」
やはりそうか。
あの時の連絡は、日本政府や防衛省からのものではなかった。情報を非合法に暴くならばともかく、自衛隊員ではない悠亜に降りてくる連絡網であるはずがない。
可能性の高い共通項といえば。
「理事長からの指令、だったんですね……」
これしかない。悠亜も頷いて肯定した。
「《騎士》くんはその時、別行動を変とは思わなかったの?」
「多少不審には思いましたけど、『あの人だから』って考えが先に立ちました。俺たちの仕事はただでさえ守秘義務に引っかかりましたし、一応幹部扱いの羽須美さんと曹士の俺じゃ、扱う情報量や機密性が違って当然ですし。《魔法使い》じゃなくても問題ない訓練は、余所の部隊に俺を放り込んで、その間に羽須美さんは自分の仕事を済ますなんて、珍しくなかったですし」
「やー……その自立心と理解力、教育の賜物というべき?」
堤十路にしてみれば、裏目に出た。普段が普段だったから、その予兆は全く感じ取ることができず、素直に別行動してしまったのだから。
もしも羽須美に従わなかったら、現在はなにか変わっていたのだろうか。
詮無い話とわかっているが、考えたことは一度や二度ではない。
「なら、驚いたでしょ?」
先ほどとは逆に、悠亜に頷き返す。やはり知っている者と話すと、齟齬の確認と補完をすればいいだけなので、話が早い。
「衣川羽須美が、武装勢力も一般市民も関係なく、大量虐殺を始めたって聞かされたの」
「えぇ……俺に正式な命令が下されても、廃墟になった現場を見ても、やっぱり信じられませんでしたよ」
しかし記憶が一部封じられていても、おおよそ納得してしまっていた。完璧に日時と照らし合わせていれば、不自然な記憶の空白が浮き彫りになっただろうが、そこまでは不可能だった。
疑問を覚えたのは、『なぜ?』の部分だけ。
それも記憶封鎖が解き放たれた今、解消されてしまっている。
「《騎士》くんは、あの事件がなんだったか、今ならわかる?」
「この間の、淡路島の時と、同じようなことが起こったんじゃないですか?」
すべては勘違い。
そしてきっと、誰かの策略だった。
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「……は?」
最初、十路は理解できなかった。
羽須美に言いつけられた作戦遂行中に、首都の司令部から緊急で帰還命令が出た。これはわかる。事態が急変すれば、そういうこともあるだろう。
「……サージェント? 現状説明」
【戦闘態勢の友軍に包囲されている】
問題は、帰還した到着した途端、武装した兵士たちに囲まれたことだ。ただ小銃を向けられたどころか、汎用機関銃や機銃を備えた歩兵戦闘車で、十字砲火の用意が整えられた。見た目にはオートバイに乗る少年たったひとりに対し、過剰な戦力が向けられた。
「そりゃ見ればわかる。なんでそうなってるかって根本の話だ」
【堤十路三等陸曹に対する逮捕命令を執行中。《八九式小銃》はリモートによりロック】
「は? 本名で? ってことは、日本政府から正式に俺の拘束が要請されてる?」
【はい。詳細は不明】
そんな状況でも、十路は落ち着いていた。
まず、全く理解できない。武装解除と無抵抗を指示されたので、すぐ殺される事態ではない。それに明らかな示威で、囲む兵士たちが少々頼りなかった。十路が《魔法使い》と知ってか、知らずとも単身で挙げた成果のみで警戒しているのか、腰が引けているのがわかった。
犯罪を犯した覚えはない。傷害・殺人・建造物破壊他諸々は、凶悪犯罪者顔負けに行ったが、戦時国際法の陸戦法規を遵守した破壊活動だ。
なにより配置や射線を見て、《魔法》がなくても手持ちの通常装備だけで、突破と逃走だけなら可能と判断したのもある。
「……ワケわからんが、従うしかないよな」
不当な扱いなら遠慮する気はない。《魔法使い》は裏社会の人間だから、いつ用済み扱いされるかわからない。だが、なにも情報がないため判断できない。ここで不用意に行動することで、自らそうなる用心が働いた。
勘違いが起こらぬようゆっくりと、十路は大人しく武装解除に応じた。身体検査をくぐりぬける、最低限の武装を残すためでもある。
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武装解除を要求され、銃を持った兵士が常に付き従う警戒ぷりだったが、不思議と手錠などで拘束されなかった。軟禁状態にされたものの、宿舎の個室であって牢屋に入れられたわけではない。
部屋を出された時には、尋問というより事情聴取を受けた。それも毎度、相手が違う。《魔法使い》という人種への妄言や誇張のせいかとも思ったが、どうにも違う。十路に対する扱い方ではなく、事態に対して手探りしているような印象を受けた。
相手が情報を求めているのはわかったので、十路もどうせ報告書に書くことだからと、隠し立てせず素直に答えた。特に羽須美になんらかの指令が入り、別行動を開始した部分を念入りに訊かれたことに、首を傾げつつも正直に話した。
なにが起こってるのか、聴取相手に問うても答えは返ってこなかった。その答えは数日後、きっと急いで現地入りしたのだろう、ふたりの日本人が聴取でも尋問でもなく、面談を求めてきた時に明らかになった。
「なぜ中央情報隊の現地情報隊の方が? しかも……別の所属を名乗られましたが、あなた別班ですよね?」
十路には見慣れた迷彩服三型を着て、自己紹介した自衛官たちに、疑問の声を上げた。
中央情報隊とは、防衛大臣直轄の情報部隊で、陸上部隊が業務を遂行するのに必要な情報を集めることに特化した部隊だ。その中でも現地情報隊は、海外派兵の際に現地情報収集を行う。
自衛隊のPKO派遣の際、実働部隊が入る前に活動していただろうが、撤退した後に残っているのはおかしかった。
更におかしいのは、陸上幕僚監部の指揮通信システム・情報部別班だ。
陸上幕僚監部自体が普通の省庁とは扱いが違う、防衛省内部の特別の機関で、不透明性が高い。その中でも指揮通信システム・情報部は、やはり国防や陸上自衛隊運用の情報を扱うために、更なる秘密のベールに包まれている。別班、ムサシと呼ばれる部署に至っては、公的記録に存在しない。
十路自身が非公式・非合法の存在なので、接触してくる人員も自ずと守秘性の高い職務に就く者に限られる。それでも陸上自衛隊の諜報機関員がふたりも、しかも片割れは非公式の存在が目の前にいる状況に、否応なく警戒した。
強硬手段を使うべきかと考えたのがわかったかのように、彼らはまず不当な拘束について十路に謝罪し、タブレット端末で説明を始めた。
「羽須美さん――いや、衣川准尉に、離反の容疑……? ちょっと待ってください? 内容は知りませんが、《使い魔》に新しい指令が送られてきたのは、そちらで把握していないのですか?」
通常の場なので言い直しが必要なほど呆然とした、驚愕の内容だった。
拘束されたのも納得した。教唆や幇助どころか、十路が同調している可能性を考え、用心されて当たり前だ。
「そんな無差別攻撃を、衣川准尉が行った……?」
場所はジャザイール民主人民共和国――別行動した羽須美が単身向かった国の、オアシスが発展した交易中継都市だった。砂漠の中にあるとはいえ、数万の人々が暮らしていた。
今は吹き飛び、全て過去形になってしまった。それだけでも信じたがたいのに、戦時でも許されない暴虐を行った犯人が羽須美と聞かされても、十路には信じることができなかった。事態把握のために動いた国軍のヘリか偵察機のものであろう、完全に破壊された街と羽須美の姿を、映像で見ても尚。望遠撮影するカメラに、十路が見たこともない厭らしい笑顔を見せて、直後破壊されたのであろうノイズが走る続きを見たせいでもある。
諜報員たちから、アタッシェケースに厳重に保管されて運ばれた封筒が渡された。シュレッダーがない場所でも証拠隠滅できるよう、ニトロセルロースが染みこんだ紙に印刷されていたのは、国防に携わる政府高官の署名が入った、極秘の命令書が入っていた。
非公式とはいえ公式の書き方がなされた、無味乾燥の文章を目で追うごとに、体が震えた。
(羽須美さんの追跡、捜査、身柄確保……不可能な場合は殺害……か)
《魔法使い》に対抗できるのは、《魔法使い》しかいない。しかも武装を持った状態で現地の最寄にいる。
警察では容疑者と親しい刑事など、事件捜査から外すだろう。だが相手が生きた戦略兵器であれば、そうも言っていられるはずはない。即応性と対応能力を考えれば、十路に後ろ暗い命令が下されるのは当然とも言えるが、理不尽に思った。
同時に丁度いいとも思った。なにが起こったのか知りたいのは、十路も同じだったから。




