FF0_0010 真実への門扉Ⅰ ~グランフォート摩耶~
この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。
しかし秘術ではない。
誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。
そして古よりのものではない。
たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。
なによりもオカルトではない。
その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。
《魔法使いの杖》とは、思考で操作可能なインターフェースデバイス。
《マナ》とは、力学制御を行う万能のナノテクノロジー。
《魔法使い》とは、大脳の一部が生体コンピューターと化した人間。
《魔法》とは、エネルギーと物質を操作する科学技術。
それがこの世界に存在するもの。知識と経験から作られる異能力。
その在り方は一般的でありながら、普通の人々が考える存在とは異なる。
政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。
企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。
軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。
国家に管理されて、誰かの道具となるべき、社会に混乱を招く異物。
故に二一世紀の《魔法使い》とされる彼らは、『邪術師』と呼ばれる。
しかし、そんな国の管理を離れたワケありの人材が、神戸にある一貫校・修交館学院に学生として生活し、とある部活動に参加している。
民間主導による《魔法使い》の社会的影響実証実験チーム。学校内でのなんでも屋を行うことで、一般社会の中に特殊な人材である彼らを溶け込ませ、その影響を調査する。
そして有事の際には警察・消防・自衛隊などに協力し事態の解決を図る、国家に管理されていない準軍事組織。
《魔法使い》は特殊な生まれ故に、普通の生活など送ることは叶わない。そんな彼らが、普通の生活を送るための交換条件として用意された場。
それがこの、総合生活支援部の正体だった。
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その日の夜、堤南十星は不機嫌全開だった。
ある意味では中学生という年齢らしい、可愛いとも美人ともつかない整った中性的な顔は、天真爛漫な笑顔を浮かべているのが常だ。部活動や教室内ではマスコット扱いされ、ムードメーカーとしての役割を知らず知らずに担っている。
同時に、だから義兄からは日頃アホの子呼ばわりされている。叱られようとヘラヘラと気にしないため、責任感の強い者たちが頭を抱える要因を作っている。
それは彼女の本性を無害なものへと誤認させる、子虎の毛皮でしかない。
しかし今の彼女は珍しく、不機嫌さを露にしている。眉間に皺を作り、頬杖を突いて顔を歪ませ、空いた右手の指先はテンポよくテーブルを叩いている。自覚無自覚半々で、凶暴な野性を覗かせている。
「いやぁ、助かったよ」
全てはテーブルの向かいで食事をかっ込む、長久手つばめのせいだ。
ここは南十星の私室である二〇二号室ではない。神戸の《魔法使い》・修交館学院総合生活支援部の関係者が暮らす、マンション最上階に一室だけある、長久手つばめともうひとりの部屋だ。
そして時刻は九時前。寝る準備をしていたところを証明するように、夜の早い南十星は、寝巻きにしている無地絣の浴衣を着ている。
なのにこの部屋に呼び出され、なぜか料理を作らされた。
「淡路島のゴタゴタ、ようやく目処ついたから神戸に戻ってきたはいいけど……外に食べに行くのも面倒だったし」
焼いてポン酢をかけただけのエリンギを、ビールで流し込むつばめに、悪びれた様子はない。南十星の不機嫌さなど、完全に無視している。
だから南十星も、つばめの言葉など無視する。ただ茶色の瞳に不機嫌さを乗せて送り続ける。
つばめは更に無視するように、電子レンジフル活用の時短料理を食べていたが、タマネギを丸ごとコンソメで蒸したものを切り分けたところで、嘆息しながら箸を置く。
「あのねぇ……?」
そして、南十星から見て左に視線を向けた。
「言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなよ?」
そこには南十星とは質が少々異なる、ジトーッとした視線を送る三人がいた。
「あら。言っていいんですの?」
勝手に冷蔵庫を開けて出した缶ビール片手に、コゼット・ドゥ=シャロンジェが不思議そうな顔をする。金髪はいつものゆるふわ風ウェービーロングのままだが、着ているのはネグリジュと、寝る準備オッケーな格好をしている。
「お食事終わるまで待ちまふよ?」
魚肉ソーセージをモグモグしながら、ナージャ・クニッペルも言葉を添える。こちらも長い白金髪を三つ編みにし、パジャマの上からドテラを羽織った、就寝前の格好をしている。
「まぁ、理事長のことでありますから、訊いて素直に答えるかが、既に疑問でありますが」
冷凍庫に入っていたのか自前なのか不明のアイスキャンディを舐めながら、野依崎雫が冷淡さを添える。赤髪頭にはフェルトのネコミミ帽子、着ているのは偽ブランドのエビ茶色ジャージと、普段着兼部屋着の格好をしている。
彼女たちがこの部屋に来た反応からすると、どうやらつばめは南十星だけ呼び出したらしい。集まったのは、南十星から彼女たちに連絡したからで。
彼女たちは皆、急いてはいないと口ではいいながらも、目は『とっとと説明しやがれ』と言っている。
南十星も同感だ。だからこその不満顔なのだから。
「今更だけどさぁ。りじちょーってなんか企んでるじゃん? 詳しくは聞かなかったけどさ」
不満顔の一番の理由は、手探りで会話しなければならないこと。
つばめが創設した総合生活支援部は、本来国家が管理するべき《魔法使い》が集まる、民間の超法規的準軍事組織だ。部員それぞれに国家に管理されていない『ワケあり』の理由はあるものの、本来存在するはずはない組織が、裏技が駆使されて存在している。
その創設理由は明らかにされていない。少なくとも今までつばめが説明している『理事長の立場として、学生が学生らしく生きるために』なんて理由が本題であるなど、部員たちは誰も思っていない。
それでも深くは訊かなかった。普通の生活など望むべくもない彼女たちにとって、普通の学生生活を送ることができていたのだから。あまり詮索しない暗黙の了解も手伝って、つばめの企みは気にしつつも放置していた。
しかし、もうスルーできる状態ではなくなった。部員がこの場に集まっているのが証明だ。
「りじちょーさー。淡路島の件で火消しに走って、ずっと居らんかったじゃん。それは必要だってわかるけどさ? あたしたちへの説明も全部ほったらかしじゃん? 帰ってきたならセツメーしてよ」
前期・後期の二学期制を採る修交館学院には、学期の区切りとして一〇月頭に秋休みがある。大した期間ではないが、年によっては元来の休日と合わさって一週間近い連休になる。
その期間を使い、彼女たち総合生活支援部は、現在無人島になっている淡路島に上陸した。
そこで彼女たちは、常人の不可能を可能にする《魔法使い》といえど、非現実的な未知の経験をした。
《塔》の出現と共に無人島化された淡路島で、居てはいけないはずの、年端もいかない少女に出会った。
アサミと名乗るその少女は、つばめのことを『ママ』と呼び、どことなく部活仲間の先輩である木次樹里の面影を持っていた。
樹里と、義兄である堤十路と、どうやらなにかを察した様子なのだが、ふたりは情報を隠したため、南十星にはわからない。暴くことも考えたが、どうやら事が終われば話してもらえる様子だったため、強く問いただすことはしなかった。
そうしてアサミと十路、樹里は、他の部員たちと別行動していたが――正体不明の異変が起きた。
島を覆うほどの『肉』が溢れ、巨人が現れた。その正体はどうやら、アサミであったらしい。
十路と樹里もまた変異した。十路は左腕が、金属の鱗が生えたものになっていた。樹里は肉体が様々な動物に異変し暴走状態直前になり、それどころか空想上にすら存在しない巨獣へと変身した。異形と化したふたりは巨人と交戦し、撃破する。
情報を総合すると、彼らは半神半人と呼ばれる超常の存在らしい。暴走や肉体変形を見たことがある樹里はまだしも、十路までもが非現実な存在へと作り変えられていた。
そして、アサミの消失。樹里になにかを託し、塵と化した。
管理者No.003。麻美の欠片。新たなキーワードが出てきた。
しかも。
「じゅりちゃんさ、りじちょーのこと『お母さん』っつって呼んでたじゃん。マジなん?」
真相も全貌も全くわからない。だから、呼び出されたのを機会と捉え、作らせた食事をのん気に口に運ぶつばめに、胡乱な目を向けている。
「ナトセちゃんが本当に聞きたいのは、その話じゃないでしょ?」
しかしつばめは、両肘を突いて、手首の動きだけでビールを飲みながら、話をずらした。
いや、見透かされた。それに気づくと南十星は顔をしかめる。アクションメインとはいえ俳優業をやっていたので、それなりにはポーカーフェイスを使いこなすが、この策略家相手に意味がないと、素直に悪感情を面に出す。
確かにそうだ。聞きたいことの最たるものは、淡路島上陸に出会った彼女たちだ。
《ガラス瓶の中の化け物》と呼ばれた、ゲイブルズ木次悠亜と、《つぐみの髭の王様》と呼ばれた、鄭雅玲。
瓜ふたつ――いや、南十星にとっては瓜みっつの、同一人物としか思えない同じ容姿を持つ、互いを殺そうと戦意を放っていた彼女たち。
「なんで『あの人』そっくりなのさ? じゅりちゃんも似てるなーとは思ってたけど、そーゆーレベルじゃないっしょアレ。世の中三人同じ顔の人間がいるってっても、限度あるっしょ」
知りたいことは全てだが、あの女性たちの正体が、南十星にとって一番大事な情報なのは、間違いない。
「あの人って?」
知らない故だろう。コゼットの、あまり考えた様子もない問いに、南十星はまた顔を歪めた。
名前を口にするだけでも、気の進まなさでブレーキがかかる。返事が遅れたたため、問いは別人が答えることになる。
「衣川羽須美。《女帝》なんて呼ばれていた、戦果が確認されている範囲では最強の《魔法使い》です」
「陸上自衛隊に所属し、十路の上官だった人物であります。十路が《騎士》と呼ばれるようになった、直接の要因でもありますね」
ナージャは元ロシア対外情報局の非合法諜報員で、野依崎はアメリカ軍秘密施設から逃亡した電子戦のスペシャリストだ。情報を扱う術を持つ彼女たちは、当然のように既知としていた。
元陸上自衛隊開発実験団所属、准陸尉。
陸上自衛隊の特殊部隊というと、特殊作戦軍が一番有名に違いないが、開発実験団の装備実験隊なども、一種の特殊部隊になる。その名前の通り兵器・装備の開発・評価を行うため、危険かつ遂行困難な任務に当たる選抜チームとはベクトルが異なるが、十路と羽須美の場合、一般的に言われる特殊部隊員に近い立場にあった。
なにせ三〇年前に登場したばかりの、既存の軍事を無意味なものにする、史上最強の生体万能戦略兵器なのだから。普通の部隊に放り込めず、戦術も運用法も発展途上であるため、実働実験する上ではうってつけの所属先と言えるだろう。
「なーんで兄貴があの人を殺す羽目になったかは、あたしはゼンゼン知んないけど」
こういった公的な情報は、ナージャと野依崎が詳しいに違いない。その女性のことで南十星が知っているのは、プライベートな方面だ。
「わたしやフォーさんはともかく、ずっと一般人だったナトセさんまで《女帝》を知ってるのが、ちょっと意外ですけど?」
「そりゃ知ってるよ。兄貴に会いに行けば、ツラ合わせてたし」
ナージャの言葉に南十星は思い出す。
修交館学院に転入するまで、十路はずっと富士山麓の自衛隊駐屯地内で、南十星はオーストラリアで、離れ離れで生活していた。
駐屯地で生活している自衛隊員は、休日でも当直に申し出て外出証をもらい、常に身につけている必要がある。そして入隊したばかりの教育課程隊員は、最低でもふたり以上で外出しないとならない。部外者が営内生活隊員と面会するため駐屯地内に入ることはできるが、入る時よりも出る時が面倒で、他の隊員たちの手前もあるということで避け、外で待ち合わせる隊員が多い。
許可証はともかく、子供の頃から営内生活をしている十路は、ひとりで外出するのは自由だった。なのに南十星が会いに行くと、なぜか彼女も付いて来ていた。
「その衣川さんに思うところありそうですわね?」
「あたしあの人、嫌い。今でも大っ嫌い」
意外そうにコゼットに問われる自覚はある。南十星は誰とでも仲良くなれるため、そうそう人を見限ることはない。現に敵対し、殺し合いをした末に入部したナージャとも、先輩後輩を超えた友人関係を築いている。
だがあの女性だけは、話は別だ。
「だって兄貴を軍事兵器に育てたのは、あの人だから」
こんな言葉、十路がいる場では絶対に言えない。彼はあの女性をいまだ敬愛しているのだから。
仕方ないどころか、それが当然であるとは理解している。彼女は陸自の上官で、後任を育成しなければならない。十路が今も生きているのは、彼女の教えがあってのことだと南十星もわかっている。
だからといって、感謝する気にはなれない。十路に軍事兵器としての道を強いたのは、やはり彼女だという認識が強い。
「ミス・キスキを十路のパートナーとして不適格と称していたのは、そういう理由でありますか?」
「……違う、けど、そうかも」
野依崎への返答は、少し考える必要があった。淡路島滞在中にそんな話をした記憶を探るのと、答えの吟味とで。
十路を《ヘミテオス》へと作り変えたのは、樹里だ。当人たちから話を聞いたわけではないが、状況はそれを示している。あのふたりは時折、なにか共通する情報を隠している素振りがあった。
樹里も、あの女性と同じなのか。
それはつばめに話を聞かないと、わからない。
「んー……話すとすれば、まずはその辺りからしたほうがいいのかなぁ?」
その当人は缶ビールで唇を湿らせて、そんなことを独り言つ。長い話になりそうな予感に、南十星は諦めのため息を鼻から洩らす。自然と口元にも力が入った。
リアクションはそれだけ。望みは叶えられそうなのだから、それ以上不機嫌の顕示は必要ない。
「その前にお尋ねしてーんですけど」
コゼットが口を挟んでくる。ずっと疑問を抱えていて、様子を見て黙っていたが、この機を逃せば訊けないと考えた体で。
「なんでナトセさんがメシ作ってますの? 木次さんは?」
コゼットは最後にこの部屋に来て、リビングに座り込んでいる。しかもその話題が出なかったので、もうひとりの住人について知るはずはない。
ついでに言外にコゼットは、十路の不在も問いただしている。この場を見回す青色の視線から、南十星はそう見る。
彼らふたりは、南十星たちが知らない情報を、確実に知っている。しかし『理事長が戻ってくるまでは』と一様になにも語らなかった。
だからやきもきし、帰ってきたつばめに対して一層不機嫌なわけだが、八つ当たりの感情をぶつけられている当人は、意に介した様子はない。
「家出したっぽい?」
「ハ?」
内容に反して口調まであっけらかんとしたものだ。コゼットが『意味不明』と黄金の柳眉を寄せるほど。
「『夜には帰るからご飯作っといて』ってメールしたんだけど、わたしが帰ってきた時には、誰も居なかった。もちろん晩ご飯なし。しかも財布もケータイも《魔法使いの杖》も、全部置きっぱなし」
つばめは缶を空にし、新たにテーブルの下から焼酎の瓶を取り出して、コップに空ける。
「そりゃそうだよねー。こないだまでタダの同居人だったオンナが、歳が合うはずのない母親だなんて思い出せば、身の置き所に困るよね」
それだけ言って、水も氷を入れず、下町のナポレオンを一口含む。
内容は深刻なはずだが、語る当人の態度が完全に裏腹だ。だから呆気に取られ、なんとも言えない沈黙が場に宿る。
学生内では最年長のコゼットが、こめかみを指先でかいて、その空気を辛うじて破ることができた。
「えっと……行方不明になってて、そのリアクションどうなんですの?」
「そっちはトージくんに頼んだから」




