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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の異常事態
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065_0050 【短編】 記憶の残照Ⅵ ~ヘコんじゃった!~


 周囲が会話を止めて、本当に火事が起こってるかどうか、その場で様子を窺う。


「火事みたいだな」


 そんな中、落ち着き払った態度で十路は文庫本を置き、立ち上がった。

 目線で促されたので、樹里も椅子を滑り落ちるが、このまま彼に従っていいのかとも疑問に思う。


「こういう場合、店員さんの指示に従うものじゃ……?」

「待ってられない。騒ぎを起こして陽動、まぎれて本命の作戦を実行なんて、常識だろ」


(やったことあるんですね……)


 縁遠い世界の常識については、さすがに口をつぐんだ。自衛隊の非公式・非合法特殊隊員だった彼が言う『本命の作戦』を、具体的に想像すると怖い。


「ただの火事だと思いますけど……」

「俺も九割九分そう思う。だけど残り一分の『当たり』を引けば、即オダブツだ。俺はそういう常識で生き延びてきた」


(や、わかるんですけどね……?)


 縁遠い世界の常識については、さすがに口をつぐんだ。裏社会に属する《魔法使い(ソーサラー)》としては、トラブルご免な彼の用心が正しいとわかるが、女子高生としての常識が理解を拒む。


 やはり十路は違う世界の住人だと改めて思いながら、樹里は懸命に追いかける。彼が早足で歩くと、歩幅が違う樹里は半分走らないとならない。


「ぶへ!?」


 こもった破裂音と共に、軽く地面が揺れた。足が小さく頭が重い、安定性に欠ける体になった今、たったそれだけの外的要因で、ビタンと音を立てて顔から倒れる。

 先を行く十路がすぐさま気づいた。起き上がるのを待つでもなく、手を貸すでもなく、樹里を荷物のように小脇に抱えて移動を続ける。

 またイラつかせ、舌打ちされるかと身構えたが、今度は違う。彼は緊張感を鋭くし、油断ない目つきで音の方角を見やっている。


「これ、ただの火事としても、ちょっとヤバくないか……?」



 △▼△▼△▼△▼



 ただの火事であることは間違いないだろう。

 しかし発見が遅れたのか、火の回りが早いのか、発覚した時には初期消火できるレベルを超えてしまっている。外に出てみれば、すっかり日が暮れているにも関わらず、ショッピングモールの一角からもうもうと黒煙が立ち上っているのがわかる。


「イクセス。消防無線に割り込め」


 火災現場と思われるのは建物北側。樹里たちがいたのは南側。十路が早急に避難したこともあって、本格的な混乱前に脱出することができた。

 駐車場まで移動した頃、ようやく消防のサイレンが、神戸の空に鳴り響き始めた。


「神戸市消防局、応答願う。こちら民間緊急即応部隊・総合生活支援部。火災発生。現在位置、現場ショッピングモール駐車場」


 樹里を地面に降ろした十路はヘルメットを被り、《バーゲスト》に跨りながら、矢継ぎ早に現状報告を行う。


「客の避難誘導が行われる前に、原因不明の爆発を確認。現場はかなり混乱している。負傷者は未確認なれど予断は許されない。即応できるのは一名のみだが、支援部は初動活動を行う」

「ふぇ?」


 平坦な言葉に、思わず樹里は疑問の声を上げる。

 支援部は基本、待ちの姿勢で、依頼があってから活動する。

 《魔法》を使えば、消防よりも迅速かつ確実な消火・救急活動は可能だろう。だからこそ消防からの応援要請がない限り、役割を奪うような真似はできない。

 本来未成年者の学生が生死の最前線に入るなど、許されないのだから。《魔法使い(ソーサラー)》という人外で、社会実験チームのお題目があるが、あくまで応援であって、メインで動くのは正規の消防隊員だ。さすがに目の前で事件・事故が起きればその限りではないとはいえ、参加の判断を(ゆだ)ねるところだろう。でなければ、後々問題にもなることも考えられる。

 なのに十路は躊躇なく行動を決断した。


「私も――」


 十路がそのまま建物へ突入しそうな雰囲気を察したので、後ろに乗って樹里も続こうとしたが。


「この辺りで待機してろ」


 ヘルメットのシールド越しに、無感情な瞳と無慈悲な言葉を投げかけられ、動きを止めざるをえない。


「邪魔だ」

【トージ……】

「事実だろ」


 (たしな)めるようなイクセスの声も素通りされる。


 樹里は自分を見下ろす。同時に生体コンピュータが把握している、自身のパラメータに意識を向ける。

 オートバイと大差ない身長。手を借りなければ乗ることもできない短い足。コップひとつ持ち上げるのも難儀する小さな手。

 原因不明で《魔法》は上手く使えない。普段ならそれでも、普通の手段で手伝えることはあるだろうが、今の体では。


 樹里が災害現場に入ったところで、足手まといになるのは、十路の言うとおり間違いない。誰よりも《魔法使い(ソーサラー)》として現実に生きてきた彼の言葉は、合理的で正しい。

 幼児の体では、役立たず。

 だが高校生の頭脳では、素直に認められはしない。盲目的な事実否定まではせずとも、現実を突きつけられ、思考停止した。


 動きを止めた樹里に構うことなく、オートバイを発進させた十路を、見送ることしかできなかった。



 △▼△▼△▼△▼



 ショッピングモールには、最寄の署のものだけではなく、市内各所から消防車と救急車が集まり、夜空に赤い光を投げかける。封鎖された周辺には、野次馬やマスコミが集まり、事態を見守り、記録し、発信している。


 消防車は放水しなかった。内側から消火する段階で、設置された消火設備を活用するため、消防隊が屋内に入ったのだから。火災現場らしい光景は展開されなかったと言っていいだろう。


 車止めが撤去され、遊歩道に入った救急車も、頻繁な出入りはなかった。有毒ガスを吸ったと思われる人がストレッチャーに載せられたが、意識はハッキリしているのが見て取れた。

 入り口近くが臨時の救護所のような状態になったのは、どうしようもなかった。火災の直接的な影響だけでなく、避難の混乱で怪我人が出た。とはいえ救急隊員による応急処置で充分なようで、病院への緊急搬送が必要なほどでもない。


 大規模火災に発展せず、負傷者も軽傷者のみで、重大な事件にはならなかった。 

 正式にそう判断が下され、撤収準備を行っている現場で、完全装備の消防隊員を相手に、ヘルメットを被ったままの学生が話をしている。


 樹里が聴覚に集中すると、声質が普段と違ってやや聞き取りにくいが、内容を拾うことができた。


「火元は改装中だった店舗部分でした。画像が荒いから、原因究明の参考になるかわかりませんが、突入直後を撮影したデータです」


 固体窒素の砲弾を放り込み、衝撃波と不燃ガスと極低温で一気に鎮火。散弾のように、不燃ガスの充満には充分な、一発の爆発力を低下させた、数で補うやり方を採ったようだが、それでも破壊消火を行ったのは変わりない。

 これもまた、普段にはない。火災で部活動ともなれば、熱力学や流体力学を操る者に消火は任せて、十路は負傷者の救助・搬送に回る。

 ひとりしかいないとはいえ、今日は全てを十路が行った様子だった。

 その証拠のように、彼が着ている学生服が一部焼け、覗く肌は煤で黒くなっている。《使い魔(ファミリア)》と機能接続を行い、生命維持と防御の《魔法》を展開したから、その程度で済んでいるのだろう。

 逆を言えば、《魔法》があってもダメージを受ける、激しい火災だったとも取れる。


 今の樹里がついて行っても、完全な足手まといになったに違いあるまい。

 十路の判断は正しかった。

 有事の際、彼の判断はいつだって正しい。

 そんな風に思ってしまう。


(邪魔、か……)


 だから彼の言葉は、深く突き刺さったまま。『かえし』がついていて、引き抜くことができない。


 誰かを失望させるのは、怖い。

 だが十路は、そもそも誰かに期待などしていない。


 《魔法使い(ソーサラー)》としては一番の経験者だから、部内ではなんとなくリーダー的立場に収まっている。だが彼の基本スタンスは、普通の人となんら変わらない消極的なものだ。彼自身がやる必要あるならやるが、もっと上手くやれる者や、やりたい他人がいるなら任せてしまう。人との関わりの中で、積極的に動くタイプではない。

 己がそうなのだから、他人にも過度な期待をしない。妥協できる最低限をクリアしてさえいれば、あとはどうでもいい。優れているならそれに越したことはないが、求めはしない。


 だからこそ、十路に『邪魔』と言われたことが、心に突き刺さった。今の樹里は必要最低にすら届いていない、役立たずと言われたのだから。


 普段からシビアな判定をする者に言われたなら、ここまで落ち込みはしなかったはず。実際、覚えている限りはそうだから。


 ――もぉ~! なんでこの程度もできないのかしら……


 樹里に戦う(すべ)を叩き込んだのは姉だ。上手くできなくて失望を突きつけられながら、できるようになるまで何度も同じことをやらされた。

 とはいえ、無茶振りが多かった。走行中の《使い魔(ファミリア)》で、支えなく立ち上がるだけでも大変なのに、更に車上でバク転を決めろなど、運転免許すらない子供に求めるのは絶対に間違っている。結局できるようになるまで泣きながら続けたが、樹里に非があるとは全然思っていない。


 ――あのねぇ……? もっと現実を知りなよ?


 こちらの記憶でもそうだ。

 『覚えている母親』は、態度や口調に似合わずシビアな面があった。

 とはいえ、子供らしい自由な発想で描かれた落書きの『理想の部屋』に、空調・水質浄化の厳密な能力を算出し、放射線遮蔽性の重要性を説いて、次々とダメ出ししていくのは、大人として如何(いかが)なものか。高校生の知識では夢がない行為と思ってしまい、子供の理解ではチンプンカンプンだった。


 ――お前は、『マーメイ』とは違う。


 こちらの記憶でもそうだ。

 なにが違うのか、あまり理解していなかったから、失望されても心には響かなかった。求められたわけではなく、幼心に自分で決めた目標であったためか、ただ『またか』とボンヤリ考えた程度。


 しかしずっと否定され続けていたことは、気づかぬうちに幼い心をすり減らしていた。比較対象がないから、それまではわからなかったが、同じ『欠片』同士と戦って敗北したことで、『出来損ない』であることをハッキリ自覚し、折れてしまった。


 今の樹里のように。いや、それよりは多少はマシかもしれないが。


(また怒らせちゃった……)


 人波に隠れて様子を伺っていたが、十路に言われたとおり、待機していたことにするため、駐車場に戻る。



 △▼△▼△▼△▼



 あの時、淡路島にいた者にとっては、アサミは死んだ存在なのだろう。

 だが樹里は、あの少女が死んだ認識がまるでない。違和感として自分の中にいる実感があるから。

 違和感を覚えるのは、転送された記憶のせいだ。別のコンピュターへのデータ移植など、電子機器としては当たり前の行為が、樹里の人間部分にとっては、自分の経験していない記憶を持つという、ありえない行為と感じる。


 そして今回、原因不明の幼児化。まだアサミの因子は、樹里の中で独立して生きていると考えるしかない。


(なんなの……? アサミちゃん、一体どうしたいの……?)


 アサミが生きているといっても、記憶(データ)を引き継いだだけで、二重人格になったわけでもない。

 応えなどないとわかっているが、とぼとぼと歩きながら、樹里は呼びかけとも独り言ともつかぬ思考を行う。


 突然現れた、遺伝子工学的には自分と同じなのに、決定的に違う少女。

 話す時間もほとんどなく、知ることもできず、謎と記憶を残して消えてしまった。


(私になにか恨みでもあるの……?)


 違うだろうとは思いつつも、断言することはできない。本当のところは消えた少女にしかわからないことで、樹里には推測しかできない。


(それとも、なにか心残りがあるの?)


 樹里の感覚としては、心中でひとりごとを呟いたに過ぎない。


 ――わかんない。


「え?」


 しかし、なにか応じた。

 記憶が蘇ったのとは違う。幻聴と称すほうが正確だろう。だが自分ではない心の声を聞いた。上手く説明できず、他人と共有できそうにない感覚だが、そう説明するより他しかない。


「お嬢ちゃん?」


 少し慌てた足取りで近づいた救急隊員が、膝を折って目線を合わせてくる。

 ヘルメットの下の顔には見覚えがあった。名前までは覚えていなかったが、以前の部活動で言葉を交わしたことがある、若い隊員だった。危篤(きとく)状態の患者を治療した際、予断は許されないことを、使用する薬剤の指定するなど、普通学生が持ち得ない知識で言い含めたので、相手も記憶に残っている可能性がある。

 さすがに幼児化している今、正体に気づかれることは考えにくいが。


「お母さんかお父さんは? はぐれたの?」


 年端もいかない子供が夜にひとりで、しかも火災現場を歩いていたら、誰何(すいか)されても不思議はない。

 理解はしても、迷子のように扱われても困る。保護者が来るはずないので、警察まで呼ばれて保護される一連の流れまで予想できてしまう。

 そうなればまた十路に迷惑をかけてしまう。


「あ! ちょっと!」


 意を決した樹里は、駆け出した。


 本来の職務があるからだろう、隊員は追ってはこなかった。たまたま手隙の時に、ひとりの子供を見かけたから、大人の義務感で声をかけただけか。

 ともあれ、こんな(なり)では、また別の大人に声をかけられ、今度は本格的に保護されてしまうかもしれない。樹里は人気(ひとけ)のない方向へと逃げた。


「あっ!」


 わずかに浮いたタイルに足をとられ、またベチャッと倒れる。女子高生の体なら、きっと気にも留めなかっただろう、ほんのわずかな段差でこの様だ。


 店内では十路に抱え上げられたが、今度は助けてくれる誰かはいない。戦闘した時を思えば、痛みは大したものではないが、樹里はすぐには動けない。


 あまりにも自分が情けなくて。


「…………! ~~~~~っっ!!」


 堪えようとしても無駄だった。奥底から湧き出たものが多すぎた。顔が歪み、涙が溢れる。


「もうや()ぁぁ……!」


 階段を登るのすらひと苦労。ちょっとしたことで簡単にこける。椅子に座ることだって難儀する。

 未成年なのだから、大人扱いはされない。けれども高校生ともなれば、子供扱いもされない。それが今や大人からは、完全な子供扱いされてしまう。

 昨日まで何気なかったはずのことが、満足にできない。自分のことですら、自分で面倒を見れない。

 幼児化して一日も経たない間に経験した、自分自身の無力さには、ほとほと愛想が尽きる。


 それでもずっと倒れたまま、泣いているわけにもいかない。でなければ、また要らぬ大人の目を惹いてしまう。しゃくりあげながら涙を拭いて、立ち上がる。


「痛い……」


 足を引きずるほどではないが、すりむいた膝が脳に文句をつけてくる。

 普段なら痛覚を誤魔化し、即座に傷口を再生させて塞ぐ。それが《魔法》が使えない今はできない。生体コンピュータそのものは稼動し、鋭敏感覚は残っているので、自己修復できるかと思いきや、働いてくれない。


 樹里の足取りはショッピングーモールから離れ、自然と人通りのない方向へと向かう。

 海沿いから少し内地側に入っただけで、日本全国どこにでもあるような、雑多な建物が町並みになる。住宅が多いため、人通りもまばらなな道を、樹里はできる限りの速さで歩く。


『木次! どこだ! とっとと出てこい!』

「――!?」


 耳をつんざくかん高い怒声に、思わず耳を塞いだ。

 夜にも関わらず大量の鳥が飛び立つ。各所で犬猫が一斉に咆える。しかし樹里以外の者は異変が理解できない。動物たちの間接的な異変によって、なにが起こったのかと周囲を見渡す。

 人間には聞こえない二〇キロヘルツ以上の音も、おおよそ小さな動物には聞こえる。樹里も人間の可聴域外の音まで認識できる。

 不特定多数には感知させず、樹里にだけ聞こえるよう、十路が《使い魔(ファミリア)》を介して超音波で呼びかけた結果だった。


 そういえば、駐車場で待ってろと言われたのに、離れてしまった。

 思いはしたものの、今は十路に会いたくなかった。そんな考えさえ樹里の脳裏には思い浮かばない。

 むしろ追い立てられるように、声から遠ざかった。


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