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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の異常事態
388/640

065_0000 【短編】 記憶の残照Ⅰ ~ちっちゃくなっちゃった!~


 一〇月になり、二学期制を()る修交館学院の年間スケジュールは、後期に入った。日本国内で二学期制を取る学校の多くは『それだけ』だろうが、留学生が多い修交館学院の場合、多少影響が大きい。

 世界的には学校の入学シーズンは秋で、桜の咲く春に行う国はごく少数。留学生が多い修交館学院は、この時期に入学する学生も少なくはない。


 後期が始まって数日。転入扱いになる新たな学生を受け入れたわけでもない、影響も変化もほぼない高等部一年B組の教室で、その日の授業が全て終わった時のことだった。


「……樹里? なんか……変じゃない?」

「ふぇ?」


 友人の井澤(いさわ)(ゆい)に、自信なさそうな疑問を投げかけられた。

 木次(きすき)樹里(じゅり)は意味がわからず、ミディアムボブに収まった顔を怪訝なものにしながら、帰り支度を調えた。


 そして彼女が半端に指摘したのだろう、異常を遅れて自覚した。

 学生鞄と、追加収納(パニア)ケース型空間制御コンテナ(アイテムボックス)を取り落とした。ふたつの取っ手を一緒に掴もうとして、掴めなかった。


「え?」


 自分の手を見て、怪訝に思った。ブラウスとジャケットの袖が、手の半分を覆っていた。しかも腕を動かした際、砂よりも細かい粒子が袖の中からこぼれ落ちた。


「え゛!?」


 生体コンピュータを意識し、自身のパラメータを確認すると、ハッキリと異常が検知できた。


「えぇぇぇぇっ!?」


 しかもわずかとはいえ、異常は進行中だった。


「!」


 自分の体になにが起こっているのか、わからない。だが人前に留まっているのはまずい。

 とにかくそう判断し、鞄と追加収納(パニア)ケースを両手に持って、樹里は血相を変えて教室を飛び出した。


「おーい……? 樹里―……?」


 廊下を走りながらも、結の声は聞こえたが、無視するしかなかった。



 △▼△▼△▼△▼



 慌てふためく樹里の足が向かったのは、総合生活支援部の部室だった。

 落ち着いて考えれば、家に帰るべきだったかもしれない。しかし移動中も異常は進行し、どんどん走りにくくなってしまっていた。誰かに目撃されたかもしれないので、これで正解だったと思いたい。

 マンションより近場にあり、自身に起こった変化が自分でも全くわからないため、無意識のうちに相談できる相手を探したのもあるかもしれない。


【……本当に、ジュリだと?】

「さっきからそう言ってるれしょ!」

【無理ですよ……ジュリでなければ知らないことを知っていなければ、絶対にわかりませんよ】


 ガレージハウスには、明かりをつけていない。電動シャッターも彼女がくぐ

り抜けられるだけ開けて、再び閉めている。

 暗いプレハブ小屋の中で、部の備品である大型オートバイ《バーゲスト》のAIイクセスに、樹里は小一時間かけて事態を説明して、ようやく理解を得ることができた。顔のない彼女が、不気味な表情を浮かべていそうな声を発していたが、一転して普段の、怜悧な印象のものになる。


【ひとまず進行は、止まっているのですよね?】

「うん……」


 半泣きになりながら、樹里は頷く。自分の声が自分のものではなく、自分の体が他人のもののような違和感を覚えながら。

 イクセス相手に説明している間に、異常の進行は止まった。だからこれ以上慌てる必要はなくなったが、元に戻ったわけではない。依然として異常事態は起こり続けている。


【なら、ツバメか、リヒトかユーアに相談するしかないと……】

「さっき連絡したけろ、(られ)()てくれないの……東京行ってるし……」


 樹里は《ヘミテオス》と呼ばれている、普通の人間とも《魔法使い(ソーサラー)》とも異なる存在だ。

 必須なはずの《魔法使いの杖(アビスツール)》なしでその能力を行使し、lilith形式プログラムなる者と持ち、非常識な肉体の変化が行える。

 そのことを知り、対処法を示してくれそうな大人たちは、現在神戸を留守にしている。


 先日の秋休み期間、支援部は淡路島に(おもむ)き、戦闘に巻き込まれた。常人の理解を超えた状況に、戦略規模の大出力攻撃も行った。事前に非戦闘員を避難させ、周辺海域や本土沿岸にも避難警戒を呼びかけたので、軽微なもので済んだが、被害も出ている。

 日本政府も見過ごしはできない。加えて国連やアメリカ軍も関わる事態であった。部の独自判断による攻撃なので、事情説明をして正当性を訴えるために、大人たちは忙しく動いている。


 それが必要なことだとは、樹里も理解できるのだが、なぜこんな時にとも思ってしまう。留守番電話やメールで連絡は残したものの、折り返しがいつになるのかもわからない。あてにできない。


「!?」


 どうすればいいのか、樹里が小さなため息をついたところで、野性動物並みの聴覚が、シャッターの向こうで足音を捉えた。


【この歩き方は……】


 人間離れしたセンサー能力で、イクセスも察知したらしい。


 足音は警戒する様子もなく向かってくる。部員の誰かが部室に来たのだ。今まで部員が来なかったのが幸運だっただけで、時間が過ぎれば当然のことだ。


 樹里は再びパニックになり、隠れられそうな場所を探す。とはいっても、限られている。


「ん~~~~……!」


 棚の一角に詰め込まれた、ガラクタが詰め込まれたダンボール箱を動かす。普段なら大したことない重さを懸命に動かして、普段なら隠れることができない場所に身を潜めさせる。


 近づく足音はやがて止まった。電動シャッターのスイッチボックスを押そうとしているのだろう。

 隠れても、いずれはバレてしまうだろう。ならばどうやって部室を脱出するべきか。パニックに陥った頭で、樹里は思考を巡らせる。


【その足音は、トージですか?】


 しかし先じて、イクセスが外に呼びかけた。


 (つつみ)十路(とおじ)。ふたつ年上の先輩であり、支援部の部活仲間。

 今の樹里が一番会いたくない相手だ。


【周囲に他に誰かいますか?】

『いや? いない』

【でしたら、誰にも見つからないよう、すぐに入ってください】

『なんだよ?』

【とにかく】


 しかもイクセスの側から、赤外線スイッチで電動シャッターを開けてしまった。異常が起こっていても、樹里の生体コンピュータと脳内センサーは、普段どおりに機能しているので、それがわかる。

 十路が首を傾げながら、膝を突いてわずかな隙間をくぐり抜けると、すぐさまシャッターは下ろされた。


 暗視ができる樹里には、十路の不審顔がよく見える。辛うじて家具の輪郭が見える程度の部室を、不思議そうに一瞥して、オートバイに振り向く。


「で? イクセス。なんだ?」

【ほら】


 今度は彼女は十路を無視して、樹里に呼びかけてくる。


【私だけでは手に余る事態です。それにトージなら、あなたの事情を知っています。今の状況で頼れる人間は、他にいません】

(確かにそうだけどぉ……)


 十路も《ヘミテオス》だ。だがオリジナルとは違い、樹里がそのように体を作り変えてしまった、半端な形だ。

 そのせいでギクシャクしていて、しかも淡路島でまた決定的なことが起こり、いつ関係が破綻しても不思議ない。そんな相手に助けを求めようとしても、やはり気持ちが萎える。


【ここでモタモタしてたら、他の部員も来ます。早く】


 イクセスの言い分は、納得はできないが、理解はできる。

 このまま行動しないことは、より危機的状況に陥る。知らない他の部員たちには、《ヘミテオス》の情報は慎重になる必要がある。なのに否応なく広めてしまうのは、最も避けなければならない。


 悩んだ末、樹里は諦めて意を決し、つっかけただけのローファーが脱げないよう難儀しながら、ダンボール箱の間から這い出る。

 ジャケットとブラウスの裾を、軽く引きずってしまう。今の状態では仕方ない。それよりもスカートがずり落ちるので、手で押さえることに注意が向く。


「ちゅ、つつみ、しぇんぱい……」


 暗がりに順応していない目でも、見えるであろう場所まで出て、十路を見上げる。

 普段から見上げる必要があった。だが十路も樹里も、日本人としては平均的な身長だから、頭ひとつ分の違いでしかない。

 それが今や、意識して首を上げないと視界に入らない。最近では逸らし、地面に落とすことの多い視線を、彼の顔へと向ける。


(たしゅ)けてくらしゃい……」


 回らない舌に泣きたい気分で頼むと、十路は怠惰に細めている目を、驚きと不審と警戒で見開いて。


「アサミ……?」


 先日、淡路島で出会い、戦い、消えてしまった少女の名を呟いた。

 鏡でも確認したので、間違われるのは、樹里も無理ないと思う。


【いえ……信じられないと思いますが、その子はジュリ・キスキです……私も散々確かめたから、間違いありません】

「…………………………………………………………………………」


 苦汁を含んだイクセスの説明を受け、十路はまじまじと、寸法が四〇パーセントオフされた樹里を見下ろしてくる。


 アサミも樹里も《ヘミテオス》、しかも一様に『管理者No.003』としてカテゴライズされている、別人でありながら同一人物という、謎と矛盾に満ちた存在だ。

 樹里の肉体年齢を巻き戻せば、あの少女と同じ姿になるのは当然。

 《ヘミテオス》のことも、『管理者No.003』のことも知る十路ならば、そこまでは理解できるはず。


「ゑ?」


 だが、一時間前まで女子高生だったのに、今は幼稚園児並にちんまくなっていれば、無理もあるまい。樹里も自分の身に起きた変化でなければ、似たようなリアクションをすると思う。

 いくら《魔法》がある世界とはいえ、ありえない現象に、十路の常識が理解を拒んだ様子だった。


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