060_0920 真実のカケラⅢ ~天敵~
全速力で離脱したにも関わらず、猛烈な衝撃波が《ヘーゼルナッツ》を盛大に揺らし、修理したばかりの艦体にダメージを与えた。
「どうなりましたの……?」
座席から投げ出された際にぶつけたか。額から血を流すコゼットが、揺れが安定した艦内で一番早く立ち直った。
応じて野依崎は、まずは艦の状況をチェックする。損傷はあちこちあるが、墜落を心配しなければならない深刻な影響はなかった。
ひと安心し、次いで艦外カメラで外を確認する。
真っ先に視認できたのは、巨大なキノコ雲だった。艦も淡路島上空からずいぶん流されたため、第二次世界大戦の資料映像そっくりの光景がディスプレイに表示された。
地表は衝撃波が蹂躙した土煙が覆っている。巨大なクレーターが穿たれているだろうが、それは見えない。建物の残骸が辛うじて見える程度だ。
前方監視型赤外線映像に切り替えると、粉塵の中にまだ生物的な熱源反応が存在している。それも広域に渡って。
核兵器か焼夷弾を使っていれば、熱線や炎でこのような反応になるのかもしれないが、今は確実に違う。
「まだ生きてる……」
つばめの呟きどおりだろう。さすがに大規模破壊攻撃で、相当縮小したようだが、殲滅までは至っていない。焼き尽くすには質量が大きすぎ、深部にまで到達していない。
しかもどうやら移動している。生き残っている部分が寄り集まっているらしい。
ひとまず置いて、カメラを移動させる。風景が一変してしてまっているので、目標地点を探すのもひと苦労だった。
やがて、倒れた人間そのままの形をした温度偏差を見つけた。しかも動こうとしているから、十路の生存は確認できた。
望遠の白黒画像で、顔などわかるはずもない。だが倒れているのが十路だけだと、知っていれば理解できてしまう。
少し離れた場所に、人間とは全く異なる形状の温度偏差もあるから。
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「ぐ……! 痛つつ……」
短い時間ながら、どうやら気を失っていたらしい。大規模破壊兵器の瞬間を知らぬまま、土煙を吸い込んだクシャミが、盛大な耳鳴りのせいで遠くに聞こえた。
セルフチェック術式を走らせ、深刻な肉体的損傷がないことに、十路は息をつく。
そして、遅れて気づいた。
停止していたはずの、自身の生体コンピュータが再稼動していることに。
振り返って上を向けば、茶色がかった灰色の空で、覆いかぶさっていたはずの瓦礫がなくなっていることに。
【トージ、一体なにが……?】
「お前も再起動したのか」
脇に転がっている、機能停止していたはずの《バーゲスト》が、頭痛にでも耐えていそうな女性の声を上げる。
【バッテリーが激減してるんですけど……私をなにに使ったんですか?】
「知らねぇよ……俺もなんだが」
金属の鱗が生えた左腕が、自分の意志で動くことを確認してから、十路は大型オートバイと共に身を起こす。
小山になってる瓦礫を上ると、嫌でも見える。土煙が幾分収まった光景は、数々の実戦経験がある十路でも見た経験はない、暴虐が駆け抜けた跡だった。彼が知る空爆後の街よりも、資料映像で見る関東大震災後が近い。よほど頑丈だった建物を除いて、軒並み粉砕されている。
「まだアサミは生きてるのか……?」
【えぇと? 私は事態が理解できていないのですが? なんであんなことに?】
「俺もよくわかってないけど……多分アサミだ」
爆心地に近いためか、山の裾野はより濃い粉塵に覆われている。だがその物体の巨大さが、全てを隠されることを拒んでいる。
追い立てられた時のように、半流動化していたのとは違う。固体に近くなったピンク色の物体が立っている。粉塵に浮かぶシルエットは、なにかのマスコットキャラを思わせる、極端にデフォルメされた人の形を取っている。身長が一〇〇メートル近いと生体コンピュータが測定している上、今度は筋繊維と血管が寄り集まったような生々しさがあるので、ゆるキャラとは全く結びつかない。
「なんだ、あれ?」
そして、異形はもう一体いた。キロ単位の距離を置いて対峙する、滅茶苦茶な合成獣が。
体高だけでも人間の身長を上回るが、基本のシルエットは、イヌ科の四足獣といっていいだろう。オオカミか、キツネか、タヌキか、そこまでは判然としない。
だがまとう毛皮は明らかに異なる。白が、黒が、砂色が、ライオンのような無地が、トラのような横縞が、ヒョウのような斑点が、ジャガーのような斑紋が。パッチワークのように部分部分で異なる。
しかも体を覆うのは、毛皮だけでない。左右非対称で不完全で歪ながら、昆虫の、亀の、魚の、甲殻類の外骨格が、鎧のように形成されている。
尾は一本ではない。イヌのようなものもある。ネコのようなものもある。トカゲのようなものもある。サソリのようなものもある。靡くほど長い鳥の尾羽もある。それどころかイカの触腕と目のない大蛇も生えている。
イヌを思わせる顔だとしても、上顎からはセイウチのように巨大な牙がはみ出ている。ウシのような曲がった、シカのようなねじれた、イッカクのような真っ直ぐの、角が複数生えている。瞳はネコ目ではなく、爬虫類を思わせる金のスリット型をしている。
実はかの幻獣は、人魚や天狗・河童といった、有名どころの怪異と大きく異なり、特徴が一環していない。イタチのような姿という話もあれば、タヌキに似ているという話もある。足が六本という話もあれば、水かきを持っているという説も伝わる。哺乳類から完全に離れて鱗を持ち、クモやタツノオトシゴのような姿という逸話までもある。
暗い山谷や深淵の淀みに住むあやかしと違い、天空に住むため気象学と航空力学が駆逐してしまった、空想上の生物。しかし架空の設定としても、グリフォンや鵺のように、二、三種の合成に留まるだろう。
だからあれは、生物学も神秘学も無視している。空想にも現実にも存在してはならない『雷獣』が、小さな紫電を放って存在している。
(まさか――!?)
十路は慌てて首を巡らす。
一緒に隠れた少女の姿が、どこにもいない。先ほどまで倒れていた場所に、彼女が着ていた服の残骸程度の痕跡しかない。
『――えちゃんが……『けがわ』だったんだ……』
端で見ているだけの十路の驚愕は捨て置かれ、事態は進む。
低く掠れた声は、少女のものどころか、人間のものではない。だが発する肉の巨人がアサミであり、正気を持っているとわかる。
対する雷獣は、なんの反応も見せない。象ほどの巨体とはいえ、肉の巨人と比べればその身は頼りなく矮小で、怯えてるとも見えるが、違う。
この場に満ちているのは戦場の空気だと、十路にはわかる。大規模破壊攻撃が行われて尚、終わりではない。むしろこれからだ。
だから雷獣は静かに佇み、決定的な瞬間を警戒しながら待っていると知れる。
『そっかぁ……だからパパは……』
わからないのは、彼女たちがなぜ戦わなければならないのか。蘇金烏になんらかの操作をされた暴走状態ならまだしも、正気を取り戻して尚、巨人は敵愾心を見せているのか。
『……おなか、すいた』
子供では分別がついていないだけで、食欲で行動していると思ってはならない。自衛と栄養補給以外の理由がなければおかしい。
考えられるとすれば、繁殖、ひいては生存のために、群れのリーダー争いをするような。
あるいは同族嫌悪。自分と同じ存在を不倶戴天の敵と見なす、野性的で非理性的で人間的な。
『……ごめんね』
子供らしい支離滅裂さかもしれない。だが激情と一緒に振るわれる暴力は、そんな可愛げがあるものではない。大きな物は相対的に動きがゆっくりに見えるはずだが、そんなことはなかった。煙幕を突き破って伸びてきた肉の塊は、砲弾と見まがう速度を持っていた。
ただし雷獣はもっと速い。肉塊が空振りして地面を粉砕した瞬間には、既に大きく飛び退き、宙にある。
しかもただ避けただけではない。青白い動きの軌跡が空間に残っている。まだ尾を増やしたかのように、太い線状の《魔法回路》を何本も形成して残し、伸びた肉の腕に触れさせた。
(《雷獣天崩》か《雷獣振戦》……?)
使い方が違うが、形状から察する機能は、『彼女』が使うから十路も知っている。あれは入力された電流を増幅させる、仮想の雷インパルス電流発生装置だ。
炸裂音と同時に高圧電流が流れ、直接触れた部分に至っては一瞬で炭化した。
だが、まだ終わらない。宙にある雷獣の伸ばした前肢には、やはり青白い《魔法》の輝きが宿っている。刃物のような爪が分解され、高周波音を放ちながら円を描いている。
後肢が地面に触れたと同時に振り下ろし、一〇本の光輪が放たれた。
(《雷獣烈爪》……)
過去に十路の窮地を救ってくれたものよりずっと小規模ながら、不定形電磁流体カッターが、肉塊の腕をズタズタに切り裂いた。
だが、まだ終わらない。体から新たな肢のように《魔法回路》が幾本も伸びる。それが白に近い紫のプラズマ球を作る。
雷獣は遠吠えでもするかのように、仰け反りながら口を開ける。息と一緒に浮遊する球雷を吸い込む。
そして首を戻す同時に、閃光を吐き出す。
(《雷獣咆轟》……!)
やはり小規模で、強結合と呼ぶには圧縮が弱いが、超高温のプラズマを砲弾として電磁力で発射した。土煙幕を衝撃波で吹き飛ばし、その向こうの巨体へと直撃させた。肉は蒸発どころかプラズマ化し、新たに爆煙に包まれる。
【あの未確認生物は、まさか……】
姿形は変われど、誤解のしようがない。雷獣が使う《魔法》は、『彼女』と同じなのだから。専用の拡張部品を使っていないためか、破壊力は小さくなってしまっているが、原理と効果は変わっていない。
しかも一撃の威力が小さくなっているからといって、弱くなっているわけではない。兵器として考えれば、総合的な戦闘能力は、大幅に向上している。一発で焦土化できる戦略兵器は強大だが、戦場で使うには非効率な代物となる。それが高速で移動しながら、必要最小の損害・消耗で最大の成果を上げることができる、効率的な形態に進化している。
更に言えば、発揮した戦闘能力が、上限という確証もない。
「っ……」
十路の脳裏がうずく。
(俺は、これと似たことを、知ってる?)
二足歩行する巨大なオオカミ。散弾銃と狩猟ナイフで武装した、狩人の身なりの。
そして童話の、生きたまま丸呑みにされ、狩人に救われた少女のように。
割かれた腹から覗く、女の体。
(確か――『バルバトス』って呼んでた)
人間兵器たる《魔法使い》など、まだ可愛いもの。人の姿を捨て、動物として生存競争に必要な要素も捨て、目標の殲滅のみに特化したハイブリッド戦闘生命体へと進化する。
あれが《ヘミテオス》の本領だ。知っていなくても覚えている。
「今、か……?」
『彼女』自身にも、つばめにも頼まれたことを、十路が実行する時なのか。
【今、ですか……?】
支援部に《バーゲスト》が配備された、一番の理由を発揮する時なのか。
《魔法使い》と《使い魔》が、共に迷う。決断したところで、今の『彼女』を破壊できるのかという疑問もあるが、思考するためにも、まずは決断が必要だった。
迷う間もなく事態は進む。土煙と爆煙が、暴風によって振り払われた。
『『フォル……ネウス』……』
腕を振った巨人が呼びかけ、応じるように、マイクロ波ビームが飛来する。同時にプラズマの直撃を受けて、炭化して機能しなくなった部分が崩れ落ち、不足を補うように細胞が増殖し、肉が盛り上がる。
ソロモン七二柱の悪霊たち序列三〇番、海の怪物の姿を取る地獄の大公爵。
それがあの形態、ひいては機能の名前か。見た目に海棲生物の要素はないが、十路たちが追い立てられた肉の津波、北欧神話の巨人に由来する説も考えると、それらしい。
だから、あの程度では終わらない。雷獣もマイクロ波ビームの支援を受けて、電力を補給した。
そのまま襲いかかると思いきや、雷獣はまだ収まらぬ蒸気を吐きながら首を動かし、十路たちに金瞳を向けてくる。
『彼女』が暴走した時と同じ、野性の瞳だ。
しかし今は不思議と、正気と知性を感じる。
視線を交わしたのは、実時間は大したものではなかかろうが、体感時間では長く感じた。
始まりと同様に、唐突に終わる。雷獣は首を向け直して、瓦礫を蹴立てて巨人へと駆け出した。
あぁ。そうだ。
臆病なくせして気の強いところがあり、激したかと思えば引っ込み思案。
彼女が我を張る時は、いつだって誰かのため。初めて会ったその日、自己犠牲精神と甘さに相容れない予感を覚えたが、結局は助けられてきた。
変わってしまっていても、なにも変わっていない。
「……イクセス。援護するぞ」
十路は意を決して、大型オートバイに跨る。
「理事長は負ける前に殺せって言ってた。なら最初から、そうしなければいい」
【…………そうですね】
すぐに決断を下す必要はない。
それで少しは気分が軽くなったか。小さな息をスピーカーから洩らして、イクセスは普段の調子を取り戻す。
【ですけどアレ、アサミなんですよね?】
非公式・非合法の活動をしてきた十路にすれば、知ったことではない。敵であれば老若男女を問わず、殺さなければならなかったのだから。
肉の巨人が子供であろうと、今や明確な『敵』なのだから、考慮することではない。
【わからないことが多すぎますし、まだ色々話を聞く必要がありそうですが?】
もし気にしなければならないならば――
「いつもどおりに『部活』するだけだ」
彼らは学生。これは部活動。殺さなければいけない立場でもなければ、戦争しなければならない義務もない。
《魔法使い》が普通の学生生活を送るためにある、総合生活支援部において大切な、馬鹿げた偽善を貫くだけ。
彼らが戦うのは常に自衛。守りたいものを守るため。
【電力が足りません】
「準管理者No.010の権限において、セフィロトNo.9iに支援要請。電力転送」
イクセスの懸念は問題ない。左腕を挙げて命ずる。システムは既に繋がっているはずだから、これで充分だろうと。
十路の予想どおり、《塔》から高出力のマイクロ波ビームが掌に照射され、莫大な電力へ変換されて蓄えられる。
【把握していない機能でも、当たり前のように使いますね……】
「『立ってる者は親でも使え。座っていても立たせて使え』が、堤家の家訓だ」
フロント裏から外れてぶら下がっていたケーブルを、左腕を接続する。金属の鱗が動いて作られたコネクタに挿しこむ。これで十路の側から《バーゲスト》に電力供給できる。
【《ヘーゼルナッツ》が近くを航行中です。支援要請しますか?】
イクセスへは返事せず、十路は直接話すため、《魔法》の無線で呼びかける。
「《ヘーゼルナッツ》、聞こえるか? こっちの状況を把握できるか?」
『感度良好』
この非現実的な非日常事態に、野依崎の変わらぬ無愛想なアルトボイスに日常を感じ、少し安堵する。
『戦況そのものは把握しているでありますが、どういう経緯で怪獣大決戦が勃発しているのか、理解不能であります』
「時間がないから質問は受け付けない。とにかく手出しするな」
『彼女』たちが意図せずとも、巻き添えを食らう可能性があるのに、更に《ヘーゼルナッツ》まで考えながら行動できない。
なによりも、《ヘミテオス》のことは、同じ存在が片をつけるべき。
「それより、この戦闘を誰にも目撃させないように警戒してくれ」
『本土や海上からの望遠撮影や、監視衛星の目までは隠せないでありますよ?』
「詳細がわからなければ、それでいい」
事態そのものと、その収拾に支援部が表立つのが知られるのは、もう仕方がない。だが、二体の『怪獣』の詳細は、絶対に外部に知られてはならない。
「堤十路の権限において許可する。《使い魔》《バーゲスト》の使用制限を解除せよ」
【OK. ABIS-OS Ver.8.312 boot up.(許可受諾。絶対操作オペレーティングシステム・バージョン8.312 起動)】
情報秘匿さえできれば、後はなんとかなる。
『普通の生活』を続けるために、なんとかする。
意を込めて、十路はアクセルを全開にした。
「これより部活を開始する!」
【了解!】




