060_0910 真実のカケラⅡ ~進化~
斜面を駆け下りる勢いそのままに、十路と樹里を乗せた大型オートバイは山の麓までたどり着いた。神戸淡路鳴門自動車道の高架をくぐり、市街地へと突入する。
肉の津波も遅れて到達し、廃墟を飲み込み、瓦礫を飲み込んで行く。
止まることもできないまま、落ちる速度に焦りを抱きつつ、十路は安全地帯にできる場所を探す。
だが、見当もつかない。長らく放置された無人島の廃墟なのだから、頑丈そうな建物を探すのもひと苦労。しかも大規模破壊攻撃の衝撃波と、タイミングによっては肉津波の圧力まで耐える頑丈さが必要となる。
そんな条件の揃った建物など、望めない。いくら地震大国で建造物の耐震・免震に定評があろうと、しかも無人島の廃墟なら余計に。
ならば地下に逃げ込んで、やり過ごすしかない。衝撃波をまともに受けない分、まだ望みはある。
だが地下鉄もなかった土地勘のない無人島に、どこにそんな施設があるのか、わかるはずもない。
(MK2破片手榴弾か、〇一式軽対戦車誘導弾でも持っとくべきだった……!)
非合法・非公式に持っている銃火器を、空間制御コンテナから抜いてしまったのが悔やまれる。爆発物があれば工夫次第で、小さな塹壕程度はすぐに作れたはず。
先ほどまで《ヘーゼルナッツ》との交信を仲介していた偵察機に代わり、攻撃機が背後から低空飛行で追い抜いていく。設備を載せていないのか無線連絡はないが、行く手を導いているように思えた。武装を搭載した無人航空機に交代させたのは、援護するつもりか。
(あれか……!)
三洋電機洲本工場。日本で初めてニッケル・カドミウム蓄電池を量産した、かつての国内電源開発・生産拠点。高度成長の時代、島民たちにとっては、ここで働くことが憧れだった。
肉の津波に追いつかれる前にたどり着ける場所の中では、最上の選択肢だろう。あれだけの大工場なら、地下設備があっても不思議はない。
なくても最悪、生き埋めになればいい。
工場上空を旋回する無人航空機に向けて、十路はハンドサインで指示を出す。迷っているのか伝わっていないのか、しばし反応がなかったが、二度繰り返すと『了解』を示すように翼が大きく上下に振られた。
後は運。ハンドルを動かし、錆びたスライドゲートの隙間から、工場の敷地に突っ込む。
きっと稼動していた頃は、生産設備が立ち並び、多くの人々が働いていただろう。今や淡路島の無人化に際して設備は移設された、広いだけの建物に入り、ひたすら奥を目指す。地下設備への入り口は見つからず、探している余裕もない。仕方なく建物最奥まで突っ走り、ブレーキをかける手間も惜しんで、樹里を引きずり下ろしながら、故意に転倒する。
「頼むから、キレるなよ……!」
「努力……します……!」
不気味な脈動を続ける華奢な体を押さえつけて、コンクリートに囲まれた隅で小さくなる。転倒した大型オートバイによりも姿勢を低くし、変化した左手を回し、彼女を抱き止め小さなスペースに押し込む形にする。
待つまでもなく、指示したとおりにすぐ訪れた。装備していた二発よりも多く、爆発音と震動が襲ってくる。無人航空機から発射された近距離空対空ミサイルだけでなく、《ヘーゼルナッツ》本体からも、誘導爆弾かなにかで攻撃しているのだろう。
十路たちが居る場所とは逆側から、建物の柱が次々と破砕され、梁と天井が崩落していく。人の手が離れ、雨風に晒されていた建物が瓦礫と化す。
最後に十路たちの真上、建物隅の柱にも、小型ミサイルが撃ち込まれた。
(頼む……!)
ふたりの上に瓦礫が落下し、視界は暗闇に閉ざされた。
△▼△▼△▼△▼
「十路くんの指示どおり、目標建造物の破壊を確認……あれで潰れてたら、元も子もないですけど……」
「…………」
砲雷長席に着くナージャの不安を含んだ報告は、特に誰も反応を示さない。無人航空機の遠隔操縦桿を握る南十星は、元より無反応だ。
「関係各所への通達、一方的ですけど完了。リアルタイム映像を寄越せっつってますけど、どうします?」
「忙しいから無視。後で録画映像を渡せばいいよ。それより周辺海域の船舶については?」
「海上保安庁に丸投げですわよ」
「まぁ、レーダー見る限り、退避は順調みたいだし。遠くからでも異常は見えてただろうから、呼びかければ逃げてくれるか」
通信士席に着くコゼットと、腕を組んで突っ立っているつばめのやり取りを確認し、野依崎は接続した艦のシステムに意識を向ける。
《ヘーゼルナッツ》は大きな螺旋を描き、一度離脱した淡路島上空に再び戻ってきた。
既に上昇途中に取り込み、艦内に蓄えて運んだ大量の窒素を、艦底部に《魔法回路》で形成された仮想の炉に注入している。
「《N.mcqp》Drop ready...(《ポリ窒素爆弾兵器》投下用意――)」
高温・高圧環境下では、原子同士が強く結びつき、同素体になる。
炭素の同素体ならば、ダイヤモンドや黒鉛のように、安定物質になるのに対し、窒素の同素体は非常に不安定な物質になる。
古いSF小説でその理論は、核兵器に次ぐ破壊力を持つとされている。《魔法》ならば実用化できるそれは、本当に軍用爆薬を上回る破壊力を発揮する。
本当にやってしまっていいのかと、野依崎はわずかに迷う。
しかし実行しなければ、確実に彼らは死ぬとわかっている。
意を決して、ジョイスティックのボタンを押し込む。
「――Now! (投下!)」
爆音を立てて仮想炉内部を数百万気圧まで一気に高める。信管となる《魔法回路》を閉じ込めて、六方最密充填構造を取る固体窒素の結晶体を生成する。
通常の大規模破壊爆弾兵器は、パラシュートや四枚羽による空気抵抗で、落下速度を減速させるが、今はそんなことをする時間がない。解放と同時に位置エネルギーが運動エネルギーへと変換され、加速しながら目標地点へ一直線に落下する。
△▼△▼△▼△▼
十路の目論見は、半分ほどは成功した。
「ぐ……! どうせ、なら……! オマケしてくれよ……!」
建物の崩落事故を見ると、壁際は意外と無傷であることが多い。だから建物隅で姿勢を低くした状態で、崩壊させた。大爆発の遮蔽物とするために。
退避できる空間は確保できたが、十路の背中にも瓦礫が落ちてきた。一気に肉体が潰れる荷重ではないが、それでも危険な状態に違いあるまい。
暗闇の中でも地響きを立てて近づくのがわかる、肉の津波にまでのしかからると、どうなることか。
「せん、ぱい……!」
それを察した樹里は、自由にならない体を動かそうとした。
《神経調節 意識障害 危険域と判断》
《千匹皮.lilith――自動攻性防御モードで実行》
だが、それどころではない。脳裏には相変わらずシステムメッセージが、ひっきりなしに表示される。何度キャンセルをかけても、樹里の生体コンピュータは勝手な挙動を繰り返す。
「呼んで、ない……! 邪魔、する、なら……引っ、込んで、て……」
十路が側にいて、隠れる必要がある今は、自動攻性防御モードの出番ではない。彼を敵性認識してしまえば、無意味な殺害をした上に、戦略規模の攻撃に巻き込まれて死ぬだけだろう。
「出てくる……なら……力を、貸して……」
だが、他に頼るものがない。肉体が自由にならないのはもとより、異なる術式も起動できない。
だから求める。
「先輩を……! たす、けて……!」
すれば『悪魔』が応えた。
《管理者No.001による命令1確認》
《『この子たちが生きるのに望む力を』》
《上位権限有者によるアクセス――初期化》
《セフィロトNo.9iサーバーとリンク》
『魔法』とは空想の具現化。誰かの望みに応じて揮われる、形ある奇跡として描かれる。ただし正確には、善なる者による力ではない。
《魔法》とは知識と経験から作られるもの。だから完全に消えることはない。組み立てられていた形が一度バラバラになり、別の形へと組み立て直される。作業経過を示すバーが、大して待つまでもなく一〇〇パーセントを示す。
《千匹皮.lilith バージョンアップ完了》
《自動攻性防御モード――削除》
言うなればそれは、揺り篭だった。手段を問うことなく荒々しくも、なにも知らない幼子を守るためのもの。悪意ある者を容赦なく傷つけようと、幼子の仕業ではないとする免罪符。
《全身完全変形――実装》
《因子複数並列起動――制限解除》
《非接触電力伝送システム――制限解除》
それが不要と判断された。歩行器なしに足を踏み出させ、転んでも己の力で立ち上がらせ、一人前として扱うべきだと。
少女が望んだ。罪悪も責も自分が負う。補助はもう足枷になると。
《コマンド自動命名――Aamon》
こうしてその童話には本来登場しない『悪魔』が宿る。ソロモン七二柱の悪霊たち序列七番、四〇個軍団を配下に置く炎の公爵が。
《起動不可。電力不足》
生体コンピュータは現状から最適解を導き出し、肉体を勝手に動かす。コンクリートが分厚く覆いかぶさる現状では、《塔》からの非接触電力伝送システムは効果的ではないことを、脳は理解している。
《システムNo.0057860147確認――接続》
左手が《バーゲスト》のフロント裏側に差し込まれ、引き抜いたケーブルの端子に触れる。
《システムNo.0540067454確認――接続》
背中に生えた大蛇の頭が、十路の変異した鋼の左腕に牙を立てる。
近くにある大電力、《使い魔》と十路の《魔法使いの杖》の反物質電池から電力を供給する。
「ああああぁぁぁぁぁっっ!!」
しかし『悪魔』が目覚めるより早く、地表に叩きつけられた窒素爆弾が、大爆発を起こした。




