060_0700 手探りながらの宝探しⅠ ~探索~
(宝探しぃ……?)
なぜそういう話になっているのだろう。十路は《バーゲスト》を駆りながら、内心で首を捻る。
予定は考えてなかったから、問題ないといえばないのだが。
長杖に腰掛けて飛んで着いてくる樹里は、どう考えているかも知らないが。
『最初はねぇ、『しやくしょ』だって。探したんだけど、わからなかったの』
ヘルメットの無線越しに聞こえてくる声が、楽しげに弾んでいるから、『まぁいいか』と思うしかない。
敵と想定して警戒してはいるが、アサミはこれまで戦ってきた者たちとは違う。支援部員や樹里に対して、明確な敵意を持っている様子がない。交戦が避けられないなら全力で戦うが、そうでないならわざわざ戦う理由もない。
警戒だけであっても、彼女が知っていることを、根掘り葉掘り問いただすべきだろう。生まれや育ちについてはまだしも、最低限この島での行動については。
とはいえ、相手は子供だ。これから行く『最初のチェックポイント』が、どうやらアサミが最初に上陸した地点のようだから。知りたいことはおいおい聞いていけばいいかと思い直した。
やがて着いたのは、海に突き出た人工島だった。
「最初、ここに連れて来られたのか?」
「うん!」
乗せる時は抱えあげたが、十路の手を待たずにリアシートから飛び降りた、ヘルメットを被ったままアサミの頭が上下に動く。
十路もスタンドを立てた《バーゲスト》から降りながら、あたりを見回す。
ほとんどなにもない。震災の影響がそのままなのか、放置されたため侵食されたのか、建設途中で廃棄されたのか、沼地のようになっている。
唯一あるのが、淡路市役所庁舎の、廃墟だ。
【トージ。そこの地面を見てください】
イクセスが示すとおり、周辺の地面には、グリップを高めるための溝が掘られた、一本だけの轍が刻まれている。
(タイヤ痕……?)
時間を経て、多少薄れているが、間違いない。
十路たちが上陸した数日前、下手すれば前日くらいについたものではないか。
【確証はないんですけどねぇ~……】
なぜかスピーカーから、意図的に感情が抑えられた、それでいて嫌悪感たっぷりな、矛盾した平坦な声が続けられる。
【以前、《真神》が履いていたタイヤと同じにしか見えないのが、どうにも引っかかりますねぇ~……】
陸路か空路か海路か判然としないが、ここがアサミの上陸地点で、そこにこのタイヤ痕が残っているということは。
「アサミをここに連れてきたのは、誰? 男? 女?」
問うと少女が小首を傾げる。
性別すらわかっていないということは、やはり『そう』なのかと、問いを重ねる。
「もしかして、全身黒い服着て、ヘルメット被ってて、顔を見てない? それから銀色のオートバイに乗ってた?」
「うんっ」
元気のよろしい回答に、十路とイクセスのため息が重なる。
「マジか……」
【あの連中、私たち絡みだと、トコトン首つっこんできますね……】
たびたび支援部に接触してきた、防衛省関係者と目される男・市ヶ谷が、またも関わっているのか。
イクセスにとっては、彼の《使い魔》である《真神》のAIカームに、言い寄られてるのかなんだかわからない間柄なので、ウンザリ感も一入だった。
「子供を置き去りにして、アイツらどこへ行ったと思う?」
【あの《使い魔》の行動を理解したくもないんですけど……島にまだ潜んでるか、もう島にはいないか、半々じゃないかって気がしますね】
「俺たちに用事があるなら、姿見せて声かけてきそうな気するんだが……目的がわからん」
積極的に探っていないせいもあり、彼らの行動や思惑は、ほとんどわからない。元諜報員のナージャと情報担当の野依崎が、独自に動いている様子ではあるが、この件で報告がないのは、重大なことは判明していないのだろう。
ともあれ、わからない以上は、警戒以外にやるとはない。
だから十路は、少女が広げている『宝の地図』を、上から覗き見る。樹里も反対側から頭を近づけてきたが、気にしない。
正確さがまるでない。目標物と位置関係だけが大雑把に記された、参考にしたら確実に迷う地図だ。淡路島内を表しているかさえも理解できない。
(これ、ここじゃないな)
それでも読み取れる情報はある。
人工島という場所が特徴的すぎる。地図が示す印がこの市役所を示しているのであれば、海岸線が描かれていないのは不自然だ。しかも紙の右端ではなく、真ん中にあり、東側に別のチェックポイントが存在している。
内地の地図だと考えたほうが自然だろう。
「イクセス。地図か衛星写真をどこかからダウンロードできないか? できれば三〇年前の地図がいいんだが」
【ちょっと苦労しますね……wi-fi接続できませんし】
「関係ないだろ」
無人島でwi-fi接続が不可能なのは事実でも、軍事車輌たる《使い魔》が、携帯ゲーム機並の通信環境しか持っていないわけがない。
それが証拠に、神戸市内よりも時間がかかったが、ディスプレイに画像が表示された。
かつて淡路島には、三つの市が存在した。北から淡路市・洲本市・南あわじ市と。
(南あわじのほうが、それっぽいな)
洲本市役所もまた海に近い。『宝の地図』の縮尺をにもよるが、やはり不自然さを感じる。完全な内地に建つ南あわじ市役所のほうがそれらしい。
「アサミ。この島に市役所は三ヶ所ある。他の二ヶ所に行ってみたか?」
「うぅん?」
返ってきたのは、『しやくしょ』が他にあること自体が想定外という顔だった。
△▼△▼△▼△▼
更に移動し、南あわじ市役所跡に赴いた。
建物そのものは残っているが、やはり風化し、ガラス類は全て割れ、無残な体を見せていた。
小石程度は大丈夫でも、さすがにガラス片が散らばる場所は歩かせられない。靴を履いていない少女を抱えた十路と、長杖を無造作に持つ樹里は、警戒しながら建物内に入る。
すると、ここが『宝の地図』に描かれた場所だと、すぐに判明した。土や埃にまみれたエントランスに、あからさまなコンテナボックスが置かれていた。
足元を乱雑に払い、少女を下ろし、十路がその箱をチェックする。アサミは無造作に手を伸ばそうとしたが、許さなかった。樹里の脳内センサーと併せ、罠や爆発物などがないことをチェックしたが、中身が判然としない。だから十路が木箱の蓋を開けた。
まず、折りたたまれた紙があった。揮発性の薬品や生物兵器の感染もなさそうなので、アサミに手渡す。
そちらはオマケのようなもので、箱の役割はこちらが本題だろう、非常食が入っていた。ペットボトルに入った飲料水、アルファ化米の入ったレトルトパウチ、缶詰などが、三日分ほど備えられている。
誰だか知らないこの『宝探し』イベントの主催者は、どうやら本気でアサミを放り出すつもりのようだった。市役所違いでこれを探し当てることができなかったから、どういう方法か彼女は《ヘーゼルナッツ》に忍び込んだのだろうと推測する。淡路市役所跡から停泊場所までは、子供の足でも来れない距離ではないのだから。
そちらはそれとして、十路はアサミが広げている紙を上から覗き込む。やはり樹里の頭に近づくことになるが、やはり気にしない。
――たたたうたえたたたきばたたちたたのたなかたたたた
紙にはそんな文字の羅列と、デフォルメされたタヌキのイラストが書かれていた。
「や、まぁ……子供向けの暗号なら、まずはこのレベルですか……」
十路は『バカにしてんのか?』と思ったためにコメントは差し控えたのだが、樹里はそうでもないらしい。半笑いの無理矢理な納得ではあるが。
ともあれ、本当に『宝探し』を行うらしい。エントランスの隅に置かれていた、緑に埃を積もらせている人工観葉植物に目をやると、鉢に『いかにも』な紙が丸めて突き刺さっている。きっと次の場所へのヒントだろう。
それに十路は、不気味さと不審感を抱いた。
(誰がなんのつもりだ……? アサミだけでなく、俺たちにまで宝探しをやらせる気か……?)




