060_0610 疑惑の彼女たちⅤ ~準備~
「あ」
梱包を解いたら、バネが転がり落ちた。
床に落ちたそれを、コゼットが身を屈めて拾おうとしたら、同じ即席作業台で作業していた野依崎が、見もせずに声をかける。
「部長、腕立て伏せ」
「ハ?」
「知らないでありますか? 陸上自衛隊では、銃の分解結合で部品を落とすごとに、反省と称して腕立て伏せ一〇回でありますよ」
「ンなあるあるネタ知るか」
自衛隊員でも軍事経験者でも日本人でもないコゼットは、腕立て伏せを無視してバネを拾い上げる。野依崎も本気でやらせる気はないらしく、電子部品に繋いだパソコンをいじり続けている。
「マザーボードに問題なし。部長、組み立てを」
「はいはい。査察団が来る前に、とっとと終わらせますわよ」
応じてコゼットは、ファンタジーの魔導書を連想する、巨大な本に手を当てて起動する。《付与術士》としての作業専用に使っている《魔法使いの杖》《パノポリスのゾモシス》のページが表紙から外れ、宙に浮かんで部品たちを回収し、ひとつにまとめていく。
彼女たちは《ヘーゼルナッツ》の貨物スペースで、即席の作業台を作り、《八九式小銃・特殊作戦要員型》の修復を行っていた。《魔法使いの杖》としての重要部品以外は、どこからか提供された部品を使うことになるので、実質新造と変わらない。
《魔法》で手早く組み立てたそれの出来栄えをチェックしたものの、《付与術士》とはいえ軍事関係者ではないコゼットでは、よくわからなくても不思議はない。
「はい」
だから、十路に押し付けてきた。
重く長い、本来の89式5.56mm小銃の利点を潰したような装備を右手一本で受け取り、彼は替わりに左手に提げていた物を掲げた。
「フォー。艦の備品、カッパらってくぞ」
赤い金属容器に、レバーとホースがくっついた、支援部員にとってはいつものブツを。
「消火器、好きでありますね……」
アメリカ軍の艦内備品なので当然、十路が愛用する(?)日本国内生産品ではないが、仕組みは変わらないので問題ない。
「けど、なにに使うでありますか?」
「非殺傷兵器」
十路は作業台に消火器を置いて、話をコゼットに振る。
「ということで部長。チャチャッとこっちの用意もお願いします」
「またコキ使いやがりますわねぇ……どうしろと?」
「俺も詳しいこと知らないから、そこから相談なんですけど、『スティッキーフォーム』って言って理解できます?」
「それ、一番『非殺傷』ではない非殺傷兵器であります……」
返事はコゼットではなく、野依崎から返ってきた。薄いソバカス顔に呆れを作りながらも、真面目に考えてくれている。
「手っ取り早いのは、ゲル化させた水でありますかね? 拘束具として有用か大いに疑問でありますが……ポリアクリル酸ナトリウムならば、《ナッツ》に積載してるであります」
「なんでそんなのがある?」
「汚水処理。結露防止。除湿と消臭。ちょっと工夫が必要でありますが、冷却にも」
「あぁ……飛行戦艦だと、そういうのが必要になるのか」
「あと、エロい目的にも使えるであります」
「長期任務だとムラムラするから? それも飛行戦艦らしいと言えばらしいのか?」
結局その非殺傷兵器のことは、知っているのか知らないのか。化学物質の名前と、十路たちの会話で察したと思われるコゼットが、具体策を口にする。
「とすると、消火器の中身入れ替えるだけで、改造は必要なさそうですわね。でも一本じゃとても足んねーでしょう? しかも水溶液を最初に噴射して、様子を見ながら粉と水追加してくくらいしか、方針が思いつきませんけど?」
「即効果が出ないって、武器として大問題だな……でも、それしか方法ないか」
「つか、《魔法》で地面を液状化して、半分埋めるのが一番ですわよ」
「できなくはないんですけどねぇ……俺が持ってる術式は、細かいことが苦手ですから」
だから『スティッキーフォーム』は、未だ実用化に至っていない。
無傷で拘束するための暴徒鎮圧用非殺傷兵器は、トリモチのような粘着物質や、瞬時に膨張・硬化する発泡コンクリートなどで、研究開発されている。しかし弾体が直撃した衝撃で死ぬ可能性や、拘束する物質で窒息死する危険性がある。それらを重視して改良すれば、今度は本来の目的である拘束ができない。フィクションのロボット兵器くらい気を遣わなくていい相手ならまだしも、対人用としては再現が非常に難しい代物だ。
「気をつけて取り扱うでありますよ。素手で触れば部長の肌年齢がお婆ちゃん化するであります」
「なんか、悪意ある善意の言葉ですわね……ンな急激に脱水されるかい」
コゼットと野依崎が席を立ち、持ってきた消火器も持ち去って、連れ立って貨物スペースを出ていく。
つばめと話を終えた十路は、部員たちに指示を出した。具体的には後回しにして樹里以外の部員に艦に入るよう言っただけだが。
樹里は朝食の後片付けと、終わったら出かける用意をして待つよう指示した。
不在の間に十路は《八九式小銃》をチェックし、問題ないことを確認する。小銃と弾薬を空間制御コンテナに収めていると、入れ替わるように、給湯室を占有していたナージャと南十星が入ってきた。
「はい。お弁当です。あり合わせになっちゃいましたけど」
「菓子はあたしらが持ち込んだのと、戦闘糧食のヤツ、全部集めた」
「さんきゅ」
作業台の上に乗せられた、どこから持ってきたのか不明のバスケットとダンボール箱も、追加収納ケースに収めていく。
その作業を見守りながら、ナージャが白い柳眉の角度を変えて問うてくる。
「それにしてもあの子、そんなに用心しないといけない相手なんですか?」
「詳しくは俺もわからない。だけど用心に越したことはない」
年端も行かない少女の姿なのが、色々な意味で厄介だ。答える十路自身も、つばめから脅威を聞かされても、どこまで警戒すればいいのか把握しきれていない。
もっとも、今まで敵対してきた、《魔法使い》以外の相手が感じたことと、同じなのだろうとも思う。まだ飲酒喫煙が認められていない若造たちが、既存軍隊を上回ると聞かされても、信じられなかっただろう。
「どういうことか、後で全部話してもらうよ」
「…………」
憮然としている南十星には、小さなため息を返す。
特にこの義妹には知られたくなかった。だがなにも教えないという選択は、許してもらえないことは理解している。『今ここで話せ』と言わないのが、最大限の譲歩に違いない。
「《おいしいおかゆ》って、どういう意味でしょうね?」
多分十路に訊いているのだろうが、ひとりごとの体でナージャが呟く。
つばめは少女をそう呼んでいた。その場では理解できなかったが、ドイツ語も母国語であるコゼットが教えてくれた。
グリム童話の一片。貧しい親子が、合言葉を唱えるとお粥が無限に湧き出る、魔法の鍋を与えられた物語だ。樹里の《千匹皮》、十路の《緑の上衣を着た兵士》と同じく、《ヘミテオス》たらしめるLilith形式プログラムの名前であろうことは、容易に想像できる。
だが、どういった能力なのか、全く予想つかない。だからナージャに答えない。
そうこうしていると、再び野依崎とコゼットが戻ってきた。
「水溶液一本、純水と薬剤入りを一〇本ずつ用意しましたわ」
アタッシェケースの中から消火器を取り出し、コゼットは作業台に並べていく。中身を入れ替えるだけとはいえ、数の割りには早い作業だった。
「十路の不在中、こちらは《ナッツ》を戦闘可能な状態にするであります」
新たな消火器を空間制御コンテナに収めながら、野依崎に返す。
「なくても大丈夫だと思うけどな……?」
「用心しすぎて損はないであります」
「それもそうだ」
十路自身が言ったことだから、意見を翻した。
半神半人を楽観視してはならない。
△▼△▼△▼△▼
支度を終えた十路が艦の外に出ると。
「えーと……」
樹里、愛想笑いを浮かべていた。
「……?」
アサミ、小首を傾げていた。
【…………】
イクセス、見守っていた。
《ヘーゼルナッツ》のドロップゲートから離れた場所で、三者三様の視線が飛び交う、緊迫とまでは言えないまでも奇妙な緊張状態が作られていた。
ちなみに少女の格好は、昨夜の動物パジャマからチュニック姿に変わっている。つばめは無人島でどうやって都合をつけたのか。もしかして大人ものを工夫したのか。靴なんてなく、元は靴下と思えるものを重ね履きし、小石を踏んでも痛くないようにしている。
(そういえば木次……)
樹里は子供の相手が苦手なのか、そうではないのか。
以前、支援部の部活動絡みで、小学生に懐かれたというか心を寄せられた時、同じような愛想笑いを浮かべていたのを思い出した。
しかし、どちらでも関係ないと思い直す。
遺伝子が同じ。つばめは関係性を肯定している。少女もまた《ヘミテオス》。
樹里にとってはアサミは、普通の子供と思って接するなど、不可能な相手に違いない。
ちなみに、十路は子供が苦手だ。顔か態度か目つきか、なにが原因か知らないが、接した大半から泣れるので、あまり関わりたくない。
だからアサミの世話は彼女に任せてしまいたかったが、これでは期待できまい。
「理事長は? 高機動車もないけど……まさか」
【そのまさかです。戻りました】
「マジかよ……」
見回して浮かんだ疑問は、耳につけた無線機を通じて、イクセスが答えてくれた。やはり年端もいかない子供の前では、幽霊オートバイ疑惑を隠しておくべきと思ったのか。
それとも《使い魔》という存在を隠すことで、《ヘミテオス》に対しての手札になるかもしれないと思ってか。
つばめから『任せる』と確かに言われたが、ここまで投げっぱなしだと、怒りを通り越して呆れてしまう。
十路はため息をついて、《バーゲスト》に追加収納ケースを固定させる。
「行くぞ。木次は飛んでついて来い」
その作業を見守っていたふたりに呼びかけると、樹里もアサミも同じ方向に小首を傾げる。やはり『同じ』であると思えてしまう。
「行くって……その、どこへ?」
相変わらず少し怯えをにじませながら、樹里が問うてくるのに、どう答えたものか、十路は少し考えた。
なんの予定も立てていない。《ヘミテオス》同士で衝突する最悪を想定し、《ヘーゼルナッツ》や査察団から離れることしか考えていない。漠然と島中央部まで足を伸ばすつもりではあるが、そこでどうやって時間を潰すかまでは。
ピクニックとでも答えておくか。十路が口を動かそうとした矢先。
「これ!」
少女がどこからか、得意げに紙を取り出して広げて見せた。
「それ……」
昨夜、彼女を発見して所持品を確認した時、唯一持っていたもの。
手書きの『宝の地図』だった。




