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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》と《塔》/麻美編
370/640

060_0320 異変は既にⅢ ~海湾~

 それは格闘戦と呼べるものではない。


『遅いですよ!』

「くっ……!」


 トンファーを腰に()げた南十星(なとせ)は、必死に先行する影に追いすがる。

 人の手が全く入っていない木々の中では、脳内センサーがあまり役に立たない。赤外線も紫外線も(さえぎ)られるため、視界を変更しても意味はない。可視光線――通常の視界を断続的に微速度撮影し、辛うじて状況を掴みながら、自動車よりも早く移動していた。

 生身の人間に高速移動が可能だとしても、並の反射神経では木に激突して死ぬ。南十星でも半分目隠しされた状態のため、皮膚が裂ける勢いで枝に叩かれ、幹を蹴るのに失敗してバランスを崩す。


「こなくそ――!」


 それでもなんとか、《加速(ウスコレーニイェ)》と《(ダスペーヒ)》をまとうナージャに追いつき、拳を振るった。


『甘い!』


 直後、脾臓(ひぞう)が破裂した。ナージャは宙で振り返りざま、亜音速の蹴りを叩きつけた。神経が遮断されているので痛みは感じないが、生体コンピュータにエラーが点り、たまらず吹き飛んだ。

 普通の人間ならば、この時点でショック死している。


『ほらほら、休んでる暇ないですよ!』


 腕の太さほどの木をへし折って止まったが、即座に追撃がかかる。コンクリートを粉砕する勢いで、飛び蹴りが突っ込んできた。

 それをギリギリで避けても安心はできない。慣性の法則を無視したような急角度で追いすがり、手技足技で追撃してくる。

 数手は南十星も手合わせしたが、このまま続けては(さば)き切れない予感を覚えた直後、熱力学推進で一気に距離を開く。

 追撃はない。ナージャは市街地方向へと逃走を再開した。


「くっそ……!」


 毒づきながら、熱力学推進の指向を変えて、南十星は追いかける。


 彼女の入部前は基本的に自主練、時折兄に相手してもらう程度だったが、ナージャが支援部員になってからは、組み手や本格的な戦闘訓練に付き合ってもらっている。

 その時も、今も、容赦はない。いやクラスメイトの高遠(たかとお)和真(かずま)に言い寄られたら地獄突きを叩き込む時点で、ポヤポヤした見た目とは裏腹な苛烈さは知れているが、それはさておき。

 これでもナージャは手加減している。本領たる《魔法》の単分子(モノフィラメント)(ソード)黒の剣チョールヌイ・メェーチ》を使っていない。それでも南十星は軽くあしらわれている。もし本気だったら。自己修復が可能な南十星でも、八つ裂きにされている。

 理解できるからこそ、歯がゆい。


 移動するふたりは、やがて森を抜け、かつて淡路島の中心部――生穂と呼ばれた廃墟を駆ける。障害物がなくなったため速度は一気に上がり、ふたつの人影は衝突することなく建物の上を駆け、やがて港跡で停止した。


「はーい。ここまでですねー。到着までに一発も入らなかったので、わたしの勝ちでーす」


 《魔法》を解除し、ナージャが宣言した。

 タッチの差までは追いついた南十星は、《魔法回路(EC-Circuit)》を消滅させ、大きく息を吐いた。


「やっぱナージャ姉の《魔法》、ヒキョーだって……」


 要は妨害アリの競争で、しかも防御の上からでもナージャに一発でもクリーンヒットを入れることができたら、その時点で南十星の勝利というルールであったが、全く歯が立たなかった。

 そもそも南十星は(せん)音速がせいぜいなのに、ナージャは理屈の上では亜光速の移動が可能。スピードでは絶対に勝てない。

 だから強引でもヒットを狙うしかなかったが、それも軽くいなされた。推進力を使って強引な三次元機動をするだけの南十星と比べて、慣性の法則を無視しているとしか思えない動きをするのだから。


「そう言われましても。他にできないですし」


 それらは全て、ナージャの能力と《魔法使いの杖(アビスツール)》が可能にする、時空間制御によるものだ。限られた形態と範囲とはいえ、時間の経過を操るという、《魔法》でも規格外の代物を発揮する。

 これだけでも、最初から敵う相手ではない。


 南十星は悔しげな顔で、背負った空間制御コンテナ(アイテムボックス)を下ろす。


「あたしに足んないの、なに?」

「うーん……並の《魔法使い(ソーサラー)》だったら、今でも充分に勝てると思うんですけどね」

「並じゃダメなんだって」


 そして中から取り出したコンテナを、海に蹴り転がす。

 水を感知すると自動でガスが送られ、いくらも経たないうちに二人程度は余裕で乗れるゴムボートが出現する。


「生き急ぎすぎですよ? ただでさえナトセさんの《魔法》は自爆仕様なのに」

「つっても、他に方法はないし」


 船外エンジンも取り出し、膨らんだボートにふたりで取り付ける。


「まぁ、気づいたことを言っておくと、ナトセさんは人間としての感覚に重きを置きすぎなんですよね」

「人外加減がまだ足んね?」

「そっちは充分です。というか、普通の《魔法使い(ソーサラー)》と方向性が真逆なんですよ。人外加減の」

「結局そこ? 《躯砲(クホウ)》全否定になっちゃうんだけどさ」

「言っても仕方ないのわかって言いますけど、他の、もっと普通の《魔法》も身につけるべきですよ」

術式(プログラム)は自動的に作られるから、あたしがどうこうしても仕方ないんだけど――」


 そして海に出ようとしたところで、南十星が不自然に言葉を切った。子虎の野性をむき出しにして、廃墟を見渡す。


「ナトセさん?」


 ナージャの呼びかけは無視し、感覚を研ぎ澄ます。

 直感が(ささや)いた。しかし脳内センサーには、特段変わった反応はない。

 いくら南十星が直感にかなりの信頼を置き、実際馬鹿にできない的中率を誇るとはいえ、百発百中ではない。


「…………気のせいか」


 異変がなければ、そう思うしかない。所詮は勘で、気のせいかもしれないと、南十星自身も割り切っている。


「どこかの機関から紛れ込んでますかね? 査察の関係者が足を伸ばすにしても、隠れる必要はないでしょうし」


 しかしナージャは、感知できない者がいる方向性を考えていた。

 警戒はしつつも行動は変わらない。エンジンを始動させて、海に出る。遮蔽物がない場所に身をさらすことになるが、なにか起こった場合は発見も容易くなる。

 しかもこれから海に潜るのだから、気にしない。狙撃の予定がない、調査目的だけの人員なら、いつものことだから気にしない。

 やや波のある大阪湾に出て、予定ポイントにつくと、(アンカー)を投げ込むと、ふたりは水中装備を身につけて海の飛びこむ。

 水中装備とはいっても、水中メガネに足ヒレ(フィン)程度。あとはサンプルを採取する容器と、目で見た映像を記録するデバイスくらいしかなく、酸素ボンベもシュノーケルもない。ふたりともダイビングスーツを着込んでいるので、上を脱げばそのまま海に入れる。《魔法》で生命維持を行えばいいので、水中装備がなくても《魔法使いの杖(アビスツール)》があれば問題ない。


 大阪湾の透明度はせいぜい五メートルと短い。水中では電磁波の通りが悪いため、脳内センサーの働きは不十分。ふたりは聴覚を意識して、潜水する。


『……魚、いないね?』

『わたしたちが色々やっちゃったので、死滅してる可能性も考えましたけど……死骸も見当たらないですね』


 口を開かず超音波通信で声をやり取りして、違和感を共有する。

 淡路島周辺は、豊かな漁場だ。水の透明度が低いのは、汚いというより、溶け出した栄養が豊富だからだ。だから本土側の沿岸では、牡蠣(かき)海苔(のり)の養殖が行われている。

 豊かな海のはずなのに、魚が全く見当たらない。死骸が小魚に食べられ、プランクトンやバクテリアに分解されたと考えても、戦闘を起こした日からあまりにも間がない。


『それだけなら、魚が別の場所に逃げたって考えられるんですけど……』


 ナージャが海底を指し示す。

 魚だけではない。確認した限り、海底に海草や貝や甲殻類といったものまで確認できない。

 更には、地形が一部変わっている。イメージとしては、荒地をブルドーザーで無理矢理突き進んだような道が近い。


『これ、なんの跡だと思います?』

『明らかにフシゼンだよねぇ……? どデカいナマコでも這ったん?』


 海底の岩を砕くほどの重量物が、一直線に移動した痕跡に、ふたりは困惑を深めた。


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