060_0120 その島、異境Ⅲ ~淡路~
大半の車は、橋を渡り終えたすぐの島北部、かつて石屋と呼ばれていた地区に留まった。
島全体が封鎖されているとはいえ、人が上陸することがゼロではない。
やはり、人の居住圏と近すぎる。海上保安庁が監視しているとはいえ、興味本位に上陸する輩がいる。異常を観測すれば、調べないわけにはいかない。
そのため海から海上保安庁が、陸上は自衛隊が少数、定期的な見回りを行っている。
それに年に一度だけ、申請すれば一般人でも上陸できる。
だから限られた地域までならば、辛うじて道路は通行可能で、太陽光パネルや風力発電、雨水タンクを用いた、最低限の生活必需設備は備えられている。
今回の査察団も、そうした場所を拠点として活動するために、上陸直後に停止し、宿泊の準備などを行うことになっている。
支援部員たちは先行して南下し、山道を登ろうとしていた。元は一応舗装されていたのだろうが、今は見る影もなく草が生い茂り、倒木が塞ぎ、道そのものも隆起したり削れている。
「やっぱり、道がメチャクチャですわね……」
ここから先は走りながら障害物を排除し、地盤を固めて道を作るため、《魔法》でオフロードタイヤに作り変えた《バーゲスト》を駆る十路が先行する。後ろに乗るためコゼットが高軌道車から降りながら、行く先を見てこぼす。
「人が住まなくなると、土地って簡単に荒れるものなんですわね……」
「あのねぇ。ワケわからないものが出現したからって、すぐ人がいなくなると思う?」
ドアのない運転席から、つばめが応じる。いつもエーカゲンな彼女には珍しい、声にも顔にも一片たりともふざけた雰囲気はない。
「《塔》が出現してからも、人は住んでたんだよ? ひと通りの調査が済んで、国連決議で無人地域を作るって決まってからも、住民はいたんだ」
「そうなんですの?」
「立ち退きなんて、スムーズに行くものじゃないでしょ?」
そういうものだろうと、十路も内心で同意する。
前の学校――自衛隊育成校での『校外実習』で、海外の戦闘地帯に赴いた時にも感じた。戦闘が行われている場所は、人が住んでいる場所のすぐ近くであることが多い。銃撃戦が行われているすぐ隣でも、非戦闘員は少なくない。
土地を離れられない理由があるのか。あるいは離れて行く場所がないのか。それぞれ理由があってのことだろう。
誰でも危険がわかる戦闘地域でもそういった事情なのに、平和な日本で未知の事態が、しかも離れた場所に巨大建造物が出現以外にこれといった変化がなければ、素直に立ち退きに応じない人はいただろう。
しかし淡路島は、無人島になってしまった。三〇年も経てば世代が変わり、人々は営みが活発な土地に移るだろうが、そうではない。
「だけどね……震災が起こった。キミたちはまだ生まれてないから、詳しくは知らないだろうけど」
【阪神・淡路大震災ですか……】
つばめとイクセスが補足する事柄が、直接的な要因となった。
明石海峡地下を震源とする、マグニチュード七.三の兵庫県南部地震を発端とした、第二次世界大戦後最悪と呼ばれた自然災害。
死者六〇〇〇人以上、重軽傷者四万人以上。家屋被害は八〇万棟以上を数える。近畿圏に大きな被害をもたらしたが、淡路島北部は特に被害が甚大だった。
「国はそれを期に、淡路島の全住民を立ち退かせたんだ。復興することなく、年に一回、慰霊式典がある時以外は、この島を封鎖した。だから道がメチャクチャなのは、その時の被害がそのまま残ってるのもあるんだ」
「…………」
コゼットは神妙な顔になり、帽子を脱いで胸に抱き、市街地に向けて軽く頭を下げた。
応じて部員たちも車両を降り、脱帽して黙祷を捧げた。
△▼△▼△▼△▼
時間をかけて道を作りながらやって来たのは、旧淡路市北一キロほどの、なだからな丘陵だった。
元は畑があったのだろう。無人化されても木や竹に侵食されることがない土地だった。澱んでいるが、農業用水として利用していただろう池もある。セイタカアワダチソウやヌスビトハギ・オナモミなどの雑草が盛大に生い茂っていたので、高出力のレーザー光線をなぎ払い、一気に草を刈った。神戸市内でやったら器物損壊・殺人になりかねない、絶対にできない強引な手段だ。
「つまらん! ここ《魔法》のミナモトがある場所でしょ!? 不思議生命体が溢れてるって期待してたのに!?」
コゼットが《魔法》フル活用だったこと以外はスムーズだった道中に、高機動車を降りた南十星が叫ぶのに、十路は半眼を向けた。無視しようかとも彼は一瞬思ったのだが、結局は愚妹の戯言を相手する辺り、兄としての義務感が表れている。
「なとせの頭の中じゃ、怪獣が闊歩して火ぃ吹いてるのか?」
「さすがにそこまでは求めない。体長二メートルのハムスターとか、そんくらいでいいや」
「怖っ……」
そんな怪生物が出てくるくらいなら、逆に怪獣が闊歩してくれたほうがマシだ。《騎士》と呼ばれた《魔法使い》にとって、交戦して敗北したとしても、焼かれたり踏み潰されるのはまだ許容できるが、ヒマワリの種代わりに頭かじられるのは嫌すぎる。
「やっぱり淡路島に《塔》があるのは、なにか意味があるんですかね?」
誰への質問かわからないナージャの声に、十路は振り返る。他の部員たちは海を見ていたのだが、彼女は離れていても届く海風に、長い髪をたなびかせ、島中央を見ていた。
視線の先には、離れた山から生えて青空に伸びる《塔》があった。
「意味って?」
「日本の創世神話じゃ、日本列島は淡路島から作られてるからですよ」
古事記や日本書紀に記された、伊弉諾尊と伊弉冉尊の国生み神話において、最初に作られたのは、架空・実在が判然としない淤能碁呂島を除けば、淡道之穂之狭別島――つまり淡路島だ。
その中でも一番最初にできたとされる、ほぼ中央に位置する先山に、《塔》は建っている。
あまりにも合致している。知って《塔》を見れば、神々が土地を作るのに使った、天沼矛にも思えてくる。
関わりを勘繰ってしまうのも、無理はない。
「日本人でも初耳だ」
ちなみに十路のように、ロシア人に教わることは、まず考えられない話だが。
「十路くーん。初耳じゃいけないと思いますよ~? もっと自国の文化を知りましょうよ~?」
「じゃあロシアというか、ユーラシア大陸は、どうやって生まれたんだ?」
「さぁ? 神様がボルシチのついでに作ったとかじゃないです?」
「テキトーすぎるだろ……」
自国文化理解度の怪しいロシア人の相手はそれ以上せず、十路は野依崎を見やる。
この場所にいるのは、伊達や酔狂でも観光でもない。ちゃんと目的があってのこと。そして野依崎が挙げた条件により、この場所を使うことが決まった。
彼女は十路の視線に反応せず、空を見上げたまま、ポツリと漏らす。
「そろそろ来るであります」
見上げると、ちょうど雲の中から、黒い三角形が出現した。それは旅客機では考えられない急降下で、彼らが立つ場所を目指してくる。
ヘリコプターを思わせる、垂直ファンから送られる風が吹き荒れる。好き勝手の方向に向いていた部員たちは、慌てて帽子や髪に手をやり、空を見上げる。
半自律高高度要撃空中プラットフォーム《ヘーゼルナッツ》。
遠目では全翼型の爆撃機にも見えないこともない。しかし巨大さは比べるまでもなく、実体は底部にはゴンドラを複数搭載した全金属製飛行船だ。《魔法》による攻撃能力を考慮外にしても、砲・爆弾・ミサイルで重武装した、飛行戦艦と呼ぶべき、本来存在し得ない巨大兵器でもある。
遺伝子工学的に作られた、野依崎につけられたコードネームは《妖精の女王》。
そしてシェイクスピアは『ロミオとジュリエット』で、妖精マブはハシバミの実の馬車で現れると記している。
その名が示すとおり、野依崎が使用権限を有している《使い魔》だ。
「デカ!」
「アメリカさんもまぁ、よくこんなの作りましたねぇ……」
十路は乗ったこともあるが、初めて間近で見る南十星とナージャは、接近してくる巨体に驚きと呆れの声を上げる。
「うっわぁ……結構ハデに壊れてますわね……」
コゼットは、艦体に残る傷跡に顔をしかめた。
先の戦闘で《ヘーゼルナッツ》は、姉妹艦と呼べなくもない巨大《使い魔》と交戦した。その時の損傷が見ただけでわかる。敵艦の攻撃によるものよりも、緊急手段による自壊のほうが大きいのだが、それはさておき。
降下してきた巨体は、次々とワイヤーつきの銛を発射し、深々と地面に打ち込んで、一メートルほどの高さを残して位置を固定する。
「それじゃ行くよ~。もっかい乗って~」
気嚢部の底面に、やや歪な『W』の頂点位置に存在する、五基のゴンドラ。艦橋兼居住区となる中央ゴンドラ後尾、スロープ兼用ドロップゲートが開口したので、部員たちはつばめの音頭で再度車両に乗り込んだ。
△▼△▼△▼△▼
貨物機を思わせるの貨物スペースから扉一枚通過すると、今度は船の印象が強い廊下だった。
「本気でここで寝泊りするつもりでありますか?」
先頭を歩きながら、野依崎がいま一度の確認を行う。
《ヘーゼルナッツ》は主たる彼女ひとりどころか、『半自律』とつく無人運用も可能な艦だ。
しかし人間が乗り込む際は、それなりの人数が乗ることを前提にしている。だから支援部員は、淡路島にいる間、ここで寝泊りすることになった。
艦が破損しているとはいえ、応急処置が行われているので、居住性や機能はひとまず問題はない。
淡路島上陸の一番の目的は、この艦の修理だ。離れた場所で寝泊りして移動するのも面倒であるし、保安上の問題もある。
他いろいろな事情を考えて、そうなった。
「ホテルにするには不向きと思うであります」
《ヘーゼルナッツ》は既存科学ではありえない方法で浮上・飛行するため、着陸時でも機関が稼動してないと、自壊してしまう。外にいるよりはマシだが、船に乗っている程度にはうるさい。
「寝れないような繊細なのが、ウチの部にいますの?」
だがコゼットは真顔で逆に問う。素で疑っていない様子だった。
十路もその程度の認識だった。
車輌でも航空機でも艦艇でも、戦闘のための兵器は密閉できる作りになっており、風通しが悪い。その中に大勢の人間が長時間いれば、体育会系の部室のような、饐えた匂いが湿気と共に篭る。
それと比べれば、飛行戦艦は快適だった。ほぼ無人、乗っていても野依崎ひとりのため、生活臭がほとんどない。機械的要素は武装ゴンドラに詰め込まれているので、中枢ゴンドラには油くささもない。加えて《魔法使いの杖》に使うバッテリーを大量に搭載し、豊富な電力が使えるため、空調も効いている。
そっと他の部員を見回してみた。
ナージャはスパイ組織の非合法諜報員だが、陸軍訓練経験がある。それなりのサバイバル経験がある様子のため、今も顔色は変えていない。
南十星は立ったままでも寝る子だ。論外。
コゼットは、王女の肩書きを裏切るように、半屋外のガレージハウスで昼寝するような図太さを持っている。やはり論外。
唯一不安そうな顔をしているのは。
「……耳栓して寝ます」
野生動物並みの鋭敏感覚を持つ樹里くらいだった。
「それでいいなら、使うであります」
納得したのか気を遣うのを止めたのか、野依崎は足を止め、廊下に並んだシャッターカーテンのひとつを開ける。人間がひとり入れるスペースに、ベッドが置かれていた。
「これ、カプセルホテルのユニットですわよね?」
「士官用の個室は狭いながらもあるでありますが、下っぱの部屋など、相部屋でも作るスペースがないであります。それにこの手のメイド・イン・ジャパンは、思いのほか快適であります」
他国民から見れば、どうでもいいことに心血を注ぐ変態国家製居住空間は、それを目当てに外国人旅行客が来るくらいである。
「トイレはここ。シャワーはここ。給湯スペースはここ。食料庫はここ。冷蔵庫もあるので、持ってきた生鮮食品はこっちに移しておいてほしいであります」
「思ってたより、いたれりつくせりですわね」
「今はため池から汲み上げて使えるでありますが、飛行中は水の使用を制限するので、そうでもないでありますよ。いくら快適にしたところで、旅客機に住めるかというと、話が違ってくるでありますし」
「まぁ、メシと風呂は別で考えるとして、寝るだけなら問題ねーですわね」
寝台列車並みの設備があるなら問題ないと、コゼットは頷いたのだが、十路は異論を唱えた。
「部長。男がひとりだけいること、忘れてません?」
彼個人としては、気にしない。いや気にしないように努めている。だが紅一点ならぬ黒一点状態で、他の女性陣は気にしないのかと、念のために声を上げた。
すると『言われて気づいた』みたいな顔で、女性陣が見てくる。
これだから男ひとりは嫌なのだ。部外者はハーレム状態だとあげつらうが、実際は肩身が狭いこと。事故で彼女たちの裸を見たことがあり、同時に痛い目も見ているので、トラブルご免の十路としては用心する。
「兄貴。誰かに夜這いかける予定ある? この狭いスペースでヤるの、なかなかアクロバティックな気ぃすっけど」
「しねーよ」
筋違いなことを言い出す南十星は冷たくあしらう。
「十路が個室を使えばいいであります。ベッドも多少は広いでありますし、部屋に鍵がかけられるでありますから、連れ込んでヤれるでありますよ」
「だから、しねーよ」
やはり筋違いなことを言い出す野依崎も冷たくあしらう。
ただ、『艦長』がそう言うのならばと、ありがたく個室を使わせてもらうことにした。
義務教育年齢ロリっ娘たちの無造作な言葉に、変な想像を膨らませて頬を染める、ウブな年長組は無視して。
△▼△▼△▼△▼
「ここが戦闘指揮所。艦のコントロールはここで全て行うであります。本来関係者以外立ち入り禁止でありますが、まぁ、今更でありますね」
以前十路が入った時は、青色灯が薄暗く灯っていただけだったが、今日は普通のLED照明が灯された。小規模だが、イージス艦や潜水艦を思わせる、ディスプレイや操作卓が壁沿いに設置された光景が広がる。
アメリカ軍の最高機密のはずだが、これから部員全員でいじるのだから、機密保持もへったくれもないと、野依崎は入室させるのに頓着しなかった。
「フォーちん! 早速だけど、大砲撃たせて!」
「撃たせるわけないであります」
目を輝かせる南十星に冷たく答え、野依崎は様々な機器とクッションで改造された艦長席に登ってケーブルを接続する。
すると彼女の脳内で描かれた映像が、大型ディスプレイに投影される。
「こっちが大まかなタイムスケジュール。こっちが艦の破損状況。部長の《魔法》フル活用を前提に組み立てたでありますから、期待してるでありますよ。マニュアルや設計図は艦載コンピュータにあるので、適宜確認してほしいであります」
「マジですのね……」
普段からよく土木工事に借り出される彼女だが、今回はその比ではない。薄々予想していたであろう作業量の多さを可視化され、コゼットがゲッソリと肩を落とした。
「ある程度は《魔法》で自己修復させることが可能でありますが、今回はそれを越えているであります。最も問題なのは骨格の破損。普通に修理を行おうと思えば、もう一度艦を建造するほどの作業になるであります」
「わかってますわ。わかってますわよぉ……やるっきゃないのはわかってますわ……」
『それでも泣き言くらい言わせてくださいな』と言わんばかりに、コゼットは頭まで下げて全身で悲哀を表現する。
「淡路島上陸中、《魔法》使った時のレポートは、戦闘した時みたいに大雑把でいいから。さすがに普段みたいに、使用履歴と合わせた細かい報告までは求めないよ」
「求められたら暴れるわ」
コゼットの、半端に顔を上げた上目遣いの恨みの視線を軽く流し、つばめが顧問らしい言葉を吐く。
「わたしは査察団の相手をしないといけないから、《ナッツ》のことはキミたちに任せきりになるけど、大丈夫?」
「大丈夫とは思えませんけど、やるしかないでしょう?」
「まぁ、そうだけどね。物資の搬入が始まるから、そっちの対応もよろしく」
「それこそ理事長がなんとかしてくださいよ?」
床を見てブツブツこぼし始めたコゼットに代わり、十路が返事したが、つばめの態度は変わらない。
「それじゃあ、後続も来るし、早めのお昼ご飯食べて動こう。詳しいことは食べながら説明するから」
一応は顧問らしい音頭で、部員たちは動きはじめる。




