060_0000 宝島
『宝島』って名前だけだと、色々あるんだよね。出版社だけでなくて、店の名前に多いし。まんまの名前の島が沖縄に本当にあるし。
わたしが言いたいのは、ロバート・ルイス・スティーヴンソン作の、子供向け冒険小説のこと。
世界中で見れば、何度もドラマ・映画・アニメの題材になっているし、下敷きにして別作品に作る翻案化もしてる。
それだけの有名作品でもあるし、なによりタイトルの響きがいいから、色々な名前になってるんだろうね。
ひょんなことから宿屋の息子が、海賊が財宝を隠した地図を見つけて、仲間と共に冒険に出て宝探しする話。
絵本で物語に触れたコはいるだろうけど、原作を読んだコはあんまりいないんじゃないかな?
内容は、おおよそ違わないと思うけど。
というか、読んだことなくても、タイトルから想像つくんじゃないかな?
現実の宝探しっていうと、だいたい沈没船の貨物引き上げを言うんだけどね。
いやぁ、どこかに隠された財宝ってのは、実際あっても不思議ないと思うよ?
でも地図とか暗号に従ってって形で、成功例を聞いたことないよね。
徳川埋蔵金とか、そうじゃない? いっつも重機で盛大に掘り返して、痕跡っぽい穴とかは見つかるけど、他はなにも見つからないじゃない?
え? 知らない? ジェネレーションギャップ?
…………コホン。気を取り直して。
現実の宝探しをして、金銀財宝ザックザクになるかはさておいて。
『宝』と呼べるものが、島にあるかというと、あるよ。
ほら、神戸のすぐ近く。淡路島に。
三〇年前、突然出現した、《魔法》の発生源《塔》。
露出部分だけでも高さ一万メートル。地下部分は想定できないほど深く突き刺さっていると思われている、謎の超巨大建造物。
あれこそが宝だよ。
ん? なんでだって?
わたしじゃなくても予想できるでしょ?
大気中に《マナ》を放出しているから、中になにかあるのは予想できる。
それがとんでもないテクノロジーだってことも、予想できるでしょ?
いまだ《塔》には誰も入ったことがない。
それどころか、傷つけることすらできない。
いろんな人たちが調べようとしたけれど、誰にもどうにもできなかった。
だから、《塔》をどうにかできない、けれどもどうにかできた時には非常に危険じゃないかって、無人地帯が作られて、誰にも立ち入らないようにした。
この取り決めができた時には、まだ《魔法》の理解が進んでなかったって事情もあるけど、今でも方針は変わらない。
見る人が見れば、《塔》は正に宝だよ。それだけの価値はある。
キミはどうかな?
わたしだったら、アレは……
罪の象徴って言うかな?
△▼△▼△▼△▼
そこは広い部屋だった。
ただ広いだけで、物は少ない。最高級のカーペットが敷き詰められ、最高級の応接セットが置かれ、最高級の執務机とその上にある実務の機械がある他は、なにもない。
殺風景にもほどがあるが、壁の一面をガラス張りにすることで、高所から見える風景で飾っている。
高層ビル上階にある、面積を贅沢に使った部屋で見る、世界屈指の夜景。これを自宅から見れば、『成功者の光景』とでも呼ぶのだろうか。
ただしそこは、オフィスビルの一室で、オフィシャルな場だ。明かりが消されているとしても。
「彼らが明日、淡路島に行くのに、なにか変わりあったかい?」
豪華な椅子を半回転させ、その光景を見下ろす男が、まだ若さが残る声で問う。
『いや。予定どおりみたいだ。連中、やること大急ぎで片付けて、旅支度してたし。同時に自衛隊やら在日米軍やら国連の動きも活発になってる。ここまでしてて変更はありえないだろ』
スピーカーモードの電話機から流れるのは、こちらは完全に若いとわかる男の声だった。
詳細な説明と報告がいくつかあったが、男は気のない『そうか』の一言で話を終えた。
『なぁ……? 俺としては、正直気が進まないんだけどな? 本気か……?』
だが電話越しの声は、質を変えて、まだ話を続けさせた。
それに男は、窓に映る自分の顔を歪めてみせた。
印象を動物に喩えると、カラス。
鳥に表情筋はない。だが種類が違えば、顔から受ける印象はかなり変わってくる。
「あぁ。本気だ」
『マジか……仕事だっていうから、言われたとおりにしてきたけどよ』
今の表情はさながら、
ガラスに映る自嘲の笑みが深まる。知的な印象を与える眼鏡でフィルターがかけられた、ともすれば閉じているようにも見える目も、完全に瞼が閉じられる。
『最後までピーピー泣いてたぞ? さすがに俺も罪悪感感じたぜ?』
「『アレ』は、人間ではない」
『いや、そうは思えないから、余計なことだってわかってて、言ってんだっての……しかもアンタの子供だろう?』
「――違う」
声音は変わらなかった。男は口を開き、大きく息を吸う際、唇が震えたが、その感情が電話越しに伝わることはなかった。
『…………そうか』
納得はしていそうにないが、言葉に込められた頑なさに諦めた息が届いた。通話自体も向こう側から電話が切られた。
それで部屋に静寂が宿る――はずだった。
「あーらら。ひどいわねぇ」
窓から差し込む光では届かない部屋隅から、おどけた若い女の声が発せられた。
毛足の長い絨毯で、ほぼ完全に殺された足音を立てて、暗い光の中に姿を現す。
タイトなレディーススーツから窺える線は、どちらかといえば細く、間違っても豊満・グラマラスなどと呼ばれるタイプではない。後頭部で長い黒髪をまとめた、いわゆる夜会巻きにしてスッキリして見える顔も、整ってはいるが、美人としてチヤホヤされるほどとも思えない。
服装や髪型は大人の女性らしく決めており、その年齢に見えるのだが、顔立ちは少女の面影が強いため、なんともチグハグな印象を受ける女性だった。
彼女は男の背後に近寄り、椅子の背もたれ越しにしなだれかかる。
「『おかゆ』ちゃんは、『毛皮』ちゃんを捕まえるために行ったんでしょぉ? ちょっとそれはないんじゃない?」
男の耳元で囁く声は、外見からは想像できない、大人の色香が含まれていた。ただし同性どころか一部の男性からも下品と見なされる、媚と称したほうが正確だろう。
「なんの用だ。呼んだ覚えはない」
男は反応しない側だった。うるさそうに女の体をどかして立ち上がる。
「やー。ダメ元で、ちょっとおねだり」
女は気にした様子もなく、そして悪びれた様子もなかった。
「私も淡路島に行ってみたいの」
「なんのために?」
「直に見てみたいから」
女が笑みを深める。
その印象は――
「『毛皮』ちゃんと、『赤ずきん』ちゃんの、お気に入りをね」




