005_1170 【短編】一警察官から見た総合生活支援部Ⅷ 「……なぁ。俺、夢でも見てる?」
陽はすっかり暮れてしまった。
星灯りも見えない夜空と同じように、桜田刑事も暗澹たる気分だった。
「ひゃっほー! カチコミだーい!」
「なっちゃん……! 見つかるってば……!」
「大丈夫だいじょぶ。風が強いから聞こえないってば」
釣り場や公園整備でもしていなければ、港など人気はある場所ではない。倉庫にほど近い駐車場は、夜ともなれば無関係な人間など誰もいなかった。
そんな場所に、大学生だけは変わらぬ私服だが、学校終わりを示すように、学生服姿の少女たちが集まった。六名の支援部員が勢ぞろいしていた。
風が強く吹いていた。瀬戸内海の、そのまた奥にある神戸港で、それなりの強さを感じるのだから、外海ではかなりのものだろう。
天気と、人間兵器たちの集合。この後、嵐しか予想できない。
「自供が得られたとはいっても、天気に助けられましたね」
午後から行動を共にしている男子学生の言葉に、桜田刑事は振り返った。
誰への言葉かと思いきや、彼は責任者たる外国人女子大生と並んでいた。
「車ぶっ潰した甲斐はあったってことですのね」
「肉体言語で語ったら、教えてくれました」
「素直に拷問したって言いなさいよ」
「木次に治療させながらですから、少し違う気もしますけど?」
「それ、二倍痛めつけたってことじゃねーですのよ……」
その時の記憶を忘れるために、桜田刑事はそっと視線をそらした。
自動車販売店に立てこもり、車を奪って逃走を計った『アジャスター』の者を緊急逮捕した学生たちは、警察に引き渡す前に、拷問した。
桜田刑事はその現場を見ていない。犯人ひとりを連れ去る間、もうひとりの見張りが必要だったから、大道と共にその場を動くことができなかった。
ただパンパンパンパンパンッと肉がぶつかるヤな音が聞こえ、戻ってきた際に女子高生が後ろめたそうに目を泳がせていたから、察したというか他に考えられなかっただけだ。
桜田刑事の立場からすれば、止めなければならないだろう。傷害・暴行の現行犯なのだから。
しかし彼は大人だった。卑怯な大人だった。理不尽と戦う気概を失ってしまった。理解不能対処不能と思ったら、事件解決のためにというか一刻も早く危ない連中との縁を切りたいがために、超法規的措置・見なかったことにしてしまった。
一介の警察官が《魔法使い》に立ち向かっても、物理的or社会的にプチッと潰されるだけという、現実問題というか非現実的問題が立ちはだかるが。
「戻ってきましたー」
偵察に行っていた外国人女子高生が、闇の中から陽気な声を上げて現れた。
「いやいや、見える範囲でも、なかなかの設備でしたよ。ちょっとした工作艦ですね」
「公式の届け出は、調査船となっているであります。素人が設備を見たところで、危険性は理解できないと思うであります」
子供のものとは思えないアルトボイスが、闇の中から届いた。桜田刑事が首を巡らすと、先ほどまでそこにいなかったはずの小学生女児が、やはり偵察から戻ってきていた。
彼女たちは車のボンネットに置かれた、ノートパソコンにデータを移す。部員たちは集合し、それを確認する。
表示されたのは、神戸港の一角に停泊している、全長一〇〇メートルクラスの船の概略図だった。
「設備を簡単に移動させられるんですから、使い勝手はいいでしょうね。実験も海上でやれば、バレにくいですし」
『アジャスター』を名乗る科学者集団は、住宅地の一軒家だけでなく、船を根城にしていた。本拠地にしているとまでは言えないだろうが、重要施設であることは間違いない。
逮捕して自白させた構成員からそれを聞き出したが、男子学生がこぼしたとおり、風の強さに助けられた。三人も逮捕された異変に、彼らがすぐさま出航していてもおかしくなかったのだから。
「風が収まるまで身動きできないってことで、警戒レベルは高いです。科学者に見えない方々が、ちゃんとした武器を持って定期的に見回りしています。思ってたより人数が多いですね」
「護衛代わりもいるでありましょうが、資金提供しているテロリストも乗り込んでいるのではないでありますか? 自分たちのバッテリーで実験の目処が立ったから、成果を発表する予定だったとか」
「ありえますねぇ。見た範囲でも、ちょっと装備が充実しすぎてますし」
「そちらは自分たちのお膝元に乗り込んで、しかもバッテリーを強奪する用心と思うでありますが」
偵察に向かった外国人女子高生と小学生の説明と共に、画像も変化していく。
巡回の様子を捉えた高感度の暗視撮影映像、その装備のカタログ、その人物の名前など、スパイ映画に出てきそうな映像だった。
「こりゃ戦闘は避けられないか……」
男子学生がダルそうに首筋をなでながら、結論づけた。
「ナージャ姉がこっそりブツ取り返すのが、一番早くね?」
「勘弁してくださいよ~。それなりに広いんですから、探すだけでもひと苦労ですよ~」
面倒そうな彼の意を汲んだかのように、女子中学生が異論を出してはみたが、外国人女子高生がオーバーアクションに手を振った。
「見せしめの意味も込めて、コテンパンにするのが一番であります」
「常人が《魔法》を使えるテクノロジーというのも、確認しておきたいですわね。すぐ軍事利用できるレベルで完成してるなら、破壊も視野に入れる必要がありますわ」
小学生女児と女子大生も、交戦に賛意を示す。
女子高生は子犬のように小さくため息をついただけで、意見は出さなかった。
だから男子学生は、その場の最高年長者に振り返った。
「つーことで大道さん。交戦します。事後報告でもいいですけど、関係各所への根回し、お願いします」
「後で調査に入るでしょうから、あまり荒らさないでくださいね」
「そこは相手と……部長の頑張り次第? とりあえず殺さず沈没させない努力はします」
周辺の地図を広げて、男子学生は少女たちに、次々と指示を出していく。彼女たちも異論なく素直に指示に従い、闇の中へと消えていく。
彼自身も配置に就こうと、オートバイに跨ったところで、桜田刑事は声をかけた。
「聞くまでもないって自分でも思うが……海上保安庁に任せるとか、そういう発想はないんだな」
「選択肢その一『いろいろ面倒起こしやがるけど責任転嫁できる連中に任せる』。選択肢その二『自分の仕事だって主張してロケットランチャーの前に飛び出る』。組織上層部なら、どっち選ぶと思う?」
「お偉いさんの考えじゃなくて、お前らの思考回路を言ってんだが……」
「二択の結果がわかってるから、俺たちも最初から『自分でやる』になるんだよ。今回は俺たちが出しゃばってるから前後してるけど、普段でも間違いなく応援要請が来る状況だ」
相手が手榴弾を持っているのは、桜田刑事も確認した。装備には銃火器だけでなく爆発物があることも確認されている。
警察や海上保安庁、制限された武力しか持たない組織では対応できない、面子などどうでもよくなる事態だ。
だからといって、日本国内ではなかなか考えらない状況に飛び込むのは、普通の学生の発想ではない。
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【こちらは修交館学院、総合生活支援部です。観測船『アジャスター号』乗組員に警告します】
そして始まってしまった。
【あなたたちには窃盗・騒乱罪・銃刀法違反などの容疑がかけられています。警察および海上保安庁に代わり、臨検を行いますので、素直に応じてください。もしも抵抗する場合――】
桜田刑事には聞き覚えのない、いやあるようなでも空耳のような気がしなくもないような女性の声による宣告が途切れ、代わりに慌てたような銃声が響いた。
『イヤッハァァァァッ!!』
『HAHAHAHAHA!』
同時にハイテンションな女子中学生と外国人女子高生が宙を駆け、別々に船内へと突入した。人外の速度で懐に飛び込まれ、対処できないうちに、次々と打ちのめされていった。
彼女たちは狭い廊下を縦横無尽に駆け回り、シャレにならない拳と蹴りで制圧して、船底へと向かっていく。
『どうせ殴り倒すのに、なんで事前宣告しないとならないんだろうな……』
『手加減が面倒であります……なぜ自分に白兵戦をやらせるでありますか……』
ローテンションな男子高校生と小学生女児は、屋外を担当し、現れる者を片っ端から片付けていく。
パフォーマンスのように大型オートバイを操って跳ね飛ばして、冗談のように子供が大人を投げ飛ばして、甲板と艦橋を確保していく。
彼らの視点撮影されている映像が、ノートパソコンに送られているので、桜田刑事も《魔法使い》たちの具体的な行動を知ることができた。
一方的だった。《魔法使い》たちは銃弾を避け、弾き返し、いとも簡単に反撃を叩き込んでいた。《魔法使いの杖》と接続することで起動した、既存のものとは比較にならない高精度センサー能力によるものだと知らなければ、映画を見ているのかと錯覚する。手加減のために《魔法》らしい《魔法》を使っていなかったこともあり、余計にアクション映画のような『出来すぎ』感を意識した。
「……アンタらは暴れないのか?」
桜田刑事が振り返る。
支援部員は全員が散ったのかと思いきや、女子高生と女子大生は、同じディスプレイを覗いていた。
「やー……私の出番は終わった後かなー、と……」
《治癒術士》女子高生は半笑いで、暴虐への参加を否定した。電子機器が大量にあると思われる船内で、雷使いの彼女に参戦させたら、後始末が面倒になるから外されたという事実は沈黙して。
「なにかあった時のために控えてますけど……あの状況に、まだ破壊神を追加しろと?」
半眼で桜田刑事の正気を疑いながら、女子大生がディスプレイを指差した。
『制圧カンリョー。機関室まで見たけど、もう残ってないっぽいよ』
『こちらも終わりましたー。拘束に移りまーす。死者は出していないはずですが、重軽傷者多数なので、応援お願いしまーす』
破壊神の半分、女子中学生と外国人女子高生が、気持ちスッキリした声で、暴虐の限りを尽くしたと報告してきた。
『あー……いや、中からは見えないだろうけど、もうひとり残ってる』
『なんかいるでありますね』
だが屋外の男子学生と小学生女児は、終了は早いと、共に視線を上に向けた。
アンテナ塔の狭い足場に、白衣を着た人物の姿が見て取れた。
声からして結構な老人のようだが、拡声器を用いた言葉はネイティブな英語だってので、桜田刑事には理解できなかった。
「『うははははは。邪悪な《魔法使い》どもよ、よく来たな。わたしはマッド・サイエンティスト、Dr.マッコーだ』だそーです」
察したか、女子高生が翻訳してくれた。『狂ってる』の自称に呆れているか、感情が乗っていない平坦な声で。
「バカと煙はなんとやら、ですわね」
『誰があのバカ始末します?』
『小突いたら落ちて死ぬとしか思えないから、手ぇ出せそうにないけど』
『逆に思い切り吹っ飛ばすか』
『海に落とせば死にはしないでありますでしょう。骨が何本折れるか、知ったことではないでありますが』
その間に《魔法使い》たちは、素で割とヒドいことを無線で相談していた。
しかし彼らが実行する前に、船の上にいる老人がまた叫んだ。
「『我が研究成果を見よ。ポチっとな』だそーです」
「最後にかなり意訳入ったな」
「いえ、ローマ字調で『Pochittona』でしたよ」
「それ、万国共通なのか……?」
女子高生と桜田刑事が、そんな緊張感ないやりとりをしている間に、変化が起こった。最初は青白い発光があっただけで、具体的にはわからなかったから平和な言葉をやり取りしていたが、やがて目に見える形で起こった。
船が、浮いた。
「……なぁ。俺、夢でも見てる?」
「ご心配なさらずとも、正気ですわよ。それはそれで不安になるからのご質問でしょうけど」
正確には、船に足が生えた。女子大生に確認を取ったが、気のせいではなかった。
夜の港の離れた場所に立っていた桜田刑事からは、全貌は見えなかったが、そうとしか思えないものが、船底に生えていたのは見えた。
船は歩行し、船首を陸側に向けた。こちらに向かって来るのかと、桜田刑事は緊張した。
しかし短足では岸壁を乗り越えることができなかった。ガスガスと船首底を何度か衝突させた末に諦めて、上陸できる場所を探すためか、岸壁沿いに移動を始めた。
「……アレ、なにがしたいんだ?」
「さぁ……? 私たちを踏み潰したいとか、でしょうか……?」
短足の上に動きも鈍いが、歩幅は大きい。すり足で波立たせ、移動する船を慌てて追いかけると、女子高生と女子大生も続いた。なにも言葉を発しなかったが、大道も小太りの体を揺らしてついて来た。
「にしてもまぁ、継続的な物質形状制御を《魔法使い》抜きで実行できるとは……ちょっとマズい技術を完成させてますわね」
女子大生の言葉に、桜田刑事はハッとした。
船に生えた短足があまりにもマヌケで、咄嗟にはそんな危機感は覚えなかったが、現実に起こるはずがない、超自然的な現象だ。
『アジャスター』という組織の脅威度を、遅れて理解した。
「そういえば、船内どうなってます?」
『ちょっちヤバかった。もう大丈夫だけどさ』
『人が乗っているのに、お構いなしで船を変形させたので、何人か潰されるところでしたよ。強めに蹴ったのでまたケガが増えましたけど、犯人さんたちも無事です』
パソコンは持ってこなかったが、女子大生の周囲に《魔法回路》が形成されると、そこから女子中学生と外国人女子高生の声が耳に届いた。
「堤さん。どうします? 容疑者だけでなく皆さんも乗ってる状況で、ゴーレム化した船を破壊できないですけど」
『正確にはこっちからじゃわからないですけど、船底がどのくらい浮いてます?』
「大したことないですわ。せいぜい海面から三メートルくらいですわよ」
『じゃあ、全員海に落として、俺たちも脱出します。それから外から攻撃してください。アンテナの主犯は適宜対応ということで』
「了解。そちらのタイミングに合わせますわ」
男子高校生とのやり取りを終えると、女子大生は走りを緩めて、大道に並んだ。
「大道さん。この状況ですから、あの船は撃沈しますわ。常人でも扱える環境操作技術はカケラしか手に入りませんけど、ご了承ください」
「直せるんじゃないんですか?」
「データを手に入れていないから、無理ですわ。いま船をゴーレム化している《魔法》が、直接攻撃手段として機能しない保障もないですから、一刻も早く破壊しますわよ」
言外に『国の事情は無視する』と一方的な宣言がされた時、船の側でも変化が起こった。浮いてやや斜めになった船尾内部から、夜よりも暗く長大な刃と、青白い巨大な刃が突き出され、共に半周した。
すると船尾部分が輪切りにされ、海に落ちた。そこには人が詰め込まれていて、即席の脱出艇となって浮いた。
「なとせ! フォー!」
その中にいた、オートバイに跨ったままの男子高校生が叫ぶと、船腹を突き破って二つの小さな影が飛び出た。
「へいパース!」
光る仮想のボディースーツを身にまとう女子中学生が、宙を蹴ってアンテナ塔に急接近。そこに立つ白衣の人物を、思いっきり蹴り飛ばした。文字にしがたいヤな悲鳴が上がったが、それでも少女はスピードを落とした足に乗せるようにした、手加減してのことだ。
「パスであります」
放物線を描く老人の襟首を、宙に浮かんだ小学生女子が掴んで、再び放り投げた。再び文字にしがたいヤな悲鳴が上がったが、柔道の背負い投げのように背に乗せて縦に一回転した、充分手加減してのことだ。
「はい、キャッチ」
だから最後が一番キツかっただろう。女子大生が足元を変形させて巨大な腕を作り、老人の体を受け止めた。可能な限り柔らかく受け止めるように動いたものの、結局コンクリートの壁に激突させられたのだから、三度文字にしがたいヤな悲鳴が上がった。
「木次さん! こっちは気にしないで、とどめを!」
外国人女子高生が叫ぶと、即席の脱出艇が漆黒に包まれた。目標から切り離されただけで、至近距離にいることに違いないので、防御を固めた。
「《雷霆》――」
スリップしながら足を止めた女子高生が、長杖を光らせる。すると空中に、仮想の巨大な砲身が形成された。
具体的な機能がわからずとも、攻撃手段だと察した桜田刑事は、慌てて足を止めて、目をかばうために背を向けた。
「実行!」
直後、周囲が真昼のように明るくなり、爆音が響いた。




