005_1160 【短編】一警察官から見た総合生活支援部Ⅶ (このオッサンも何モノだよ!?)
強化ガラスを粉砕し、高低差と植え込みを超え、自動車が道路に飛び出した。
スバルBRZ-S。豊田自動車と共同開発され、そちらでは姉妹車『86』として販売されている、国産スポーツカーの上級グレード。
屋内展示していても、自動車はその場所に普通に運転されて駐車されたはず。客に薦めるために、実際にエンジンをかけてみる場面も考えられる。
その展示車は、動く状態にあったため、キーを見つけた犯人たちが強奪してしまった。
立てこもり事件となっていたのだから、当然警察車輌や関係者が周辺を封鎖し、取り囲んでいた。だから屋外に出ても、逃げられるものではない。
しかし封鎖の一角に、穴が空いていた。
道路に降り立ったスポーツカーは、それを不自然に思った様子もなく、ハンドルを切って逃走を図った。
多くの人々は、その走り去る自動車を目で追った。
だからほとんどは気づかなかった。無人で走る、赤黒の大型オートバイが販売店前に出現し、販売店から飛び出した男女が飛び乗ったことを。
気づいた時には、彼らはスポーツカーを追って、同じ方向へ消えていった。
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スポーツカーだけでなく、それを追うオートバイも、覆面パトカーも猛スピードで疾走する。
「イカンですなぁ……最近こういう運転してないから、どうも感覚ズレてますなぁ」
ハンドルを握ったのは大道だ。通勤か買い物と大差ない様子で、運転席に収まっていた。
「恐ろしいこと言わんでください!?」
桜田刑事は助手席で、シートベルトにしがみつきながら、必死の声を無駄に上げていた。
のん気そうな言葉とは裏腹に、大道の腕はひっきりなしに動いていた。ステアリングを小刻みに動いたかと思えば大胆に回す。左手はシフトレバーだけでなく、サイドブレーキにも伸びる。パトカーも最近はオートマ車がほとんどなはずだが、ミッション慣れすぎな運転をしていた。
「言わんこっちゃない!?」
進行方向に赤信号が点った。サイレンを鳴らして緊急走行を知らせているが、車は減速もせずに交差点に突っ込もうとしているため、右折車が進路に飛び出してきた。
対し大道は、わずかにドリフトさせて進行方向を調整し、飛び出した車を避けたと同時に、タイヤのグリップを取り戻して再び加速した。
(このオッサンも何モノだよ!?)
並のドライビングテクニックではない。交通機動隊や自動車警ら隊でも、これだけの運転ができる者は、果たしてどれだけいるだろう。
《魔法使い》たちの異常さで隠れていたが、中年刑事も普通ではなかった。
しかしそんな運転の甲斐あって、やがて大型オートバイと、スポーツカーの後ろ姿を捉えた。
『大道さん、聞こえてますか?』
警察無線から少女の声が届いたので、桜田刑事が慌ててマイクを手にし、運転に忙しい大道の口元にやる。無線の違いがどうこう言っていたが、そんな疑問は頭になかった。
「はい。問題ありませんよ、どうぞ」
『えーと……やりようはいくらでもあるんですけど、どうしましょう?』
「人命は当然のこと、なるべく被害の出ないやり方でお願いします」
『そうなりますよね……』
そんな当たり前のこと聞くんじゃない。
桜田刑事は思ったが、口には出せなかった。そんなやり取りをしている間にも行われていた、法定速度大幅超過の追い抜きによる恐怖で。
『物損前提の危険な短期決戦。安全マージンの大きい長期作戦。どっち取ります?』
声が男子学生のものに変わった。アバウトな質問ではない、既に行動プランがある、明確な選択肢提示だった。
「ならば短期決戦で。このスピードで逃げ続けていれば、いつ事故が起きても不思議ないですから、危険度は変わりません」
『了解。いろいろ路上にバラ撒くことになるので、後続車を押さえてください。大道さんも追突注意で』
「わかりました。お願いします」
それで無線越しの声は切れた。
桜田刑事は、なにをやるつもりかと、前方に目を凝らした。
まず、ハンドルを握る男子高校生の四肢に、光る回路図のようなものが現れた。
他の《魔法使い》たちにも見られた現象なので、それはわかった。《魔法》の実行準備だ。
しかし、オートバイのハンドルバーが分離し、ケーブルが引き出されているのは、一体なんなのか。《使い魔》というものを理解していない桜田刑事には、理解がつかなかった。
女子高生は風をものともせずに、不安定なリアシートで立ち上がった。
少女自身の変化はそれだけだが、車体の、彼女の足があった位置に、なにやら青白く光る筒のようなものが発生した。
そしてオートバイは加速し、スポーツカーに追いつく。
進行方向に対して九〇度横になって車体を倒した。つまり横滑りした。その状態でも女子高生は、驚異的なバランス感覚で後部に立ち続けていた。
と思いきや、盛大な爆音と共に、自動車が直立した。
「おいぃぃぃぃっ!?」
映画の中でしか見たことがない光景に、思わず桜田刑事の口から驚きが漏れた。
フロントを下にして、スポーツカーが直立した。空気を冷却固体化させてシャーシ裏と路面の間に撃ち込み、急激に昇華させた強烈な衝撃波で一トン超の金属を持ち上げた。
続いて車体右側の、光る筒が変形した。もっと巨大になり、横に振られる。
するとシャーシに、一本の赤い直線が刻まれた。人間の目に高出力自由電子レーザー光線は見えないが、溶断された痕跡はわかる。
車の前後が切断され、ずれる後部側から、人質となっていた女性がこぼれ落ちた。それを女子高生が軽々と受け止めると、横向きだったオートバイは前を向き、車線を変えて飛びのく。
走行中の車がふたつに分断された。ということは。
「うおぉ!?」
制御不能の落下物と化したため、後続している車に、追突の危機として襲いかかるということでもある。慣性の法則に従って、転がりながら減速する後部側車体を避け、大道は急ブレーキをかけた。
厚い体がシートベルトに締め付けられるのに耐えると、やがて車は完全停止した。
午前中には感じなかった、身の危険が過ぎ去ったのを察し、桜田刑事は安堵の息を吐いた。
「さて」
大道が車を降りたことで、状況を思い出し、彼も慌ててシートベルトを外した。
こちらは上下が元通りになり、シャーシを路面につけて、安全に減速していた。スポーツカー前部側車体の側に、オートバイが停止していた。
「車ぶっ壊したから、また部長に怒られるな……」
「あぅ~……また正座ですか……」
人質となっていた女性は、へたり込んでいたが、学生たちは平然としていた。
「だけど今回は、必要な被害と言い張ることができる」
そして、車の前部でポカーンとしていた犯人たちも、健在だった。




