005_1150 【短編】一警察官から見た総合生活支援部Ⅵ (消火器って、そうやって使うものだったっけ?)
女子大学生&小学生女児コンビも、女子高校生&女子中学生コンビも、一見して普通ではない印象だった。並外れた美形であったり、放つ雰囲気が異なっていたりと、実情を見知らぬ者が見ても『一般人』というカテゴリーに入れがたい外見を持っていた。
しかし昼を過ぎてからやって来た、支援部の交代要員は、一見すると普通の印象だった。
「修交館学院、総合生活支援部、木次樹里です」
昼には帰った外国人女子高生と同じ学生服だが、しかしスカート丈は短く、スクールベストを重ね着している。
ミディアムボブの黒髪に収まっている顔は、そこそこ可愛いと評することができるが、『そこそこ』まで。日本のどこにでもいそうな女子高生としか思えない。
「同じく堤十路」
大型オートバイを駆ってきたのは、支援部員としては初めての、男子学生だった。
髪は無造作、顔に締まりがなく、全身から倦怠感を発している。目つきが悪くなっているが、夜更かししがちな学生が学校にいる時は、こんなものだろうと納得できる範囲だ。
やって来たふたりが、初対面の桜田刑事に身分証明書を見せたのは、神戸市の繁華街からは少し外れた、国道沿いの一角だった。
「説明お願いします」
「なんだか大事になっちゃってるみたいですけど……」
彼らは野次馬が取り囲む、警察関係者が作った封鎖線の内側にいた。建物を取り囲む警察関係者の後方なので、ふたつの人垣の狭間にいることになる。
立てこもり事件現場の真っ只中に立たされて、男子高校生はダルそうながらどこか憮然とした、女子高生は戸惑う顔をしていた。客観的に考えても、当然といえば当然なのだが。彼らの部活動は、盗難事件の捜査だったはずなのだから。
「ナージャさんと南十星さんと一緒に、『アジャスター』という集団のひとりを逮捕したことは、ご存知ですよね?」
「えぇ。当人から報告受けてます」
大道が男子高校生相手に説明をし始めたので、桜田刑事は任せて、たった数時間前からの激変にため息をついた。
発端は、やはり逮捕した『アジャスター』関係者だった。
支援部員が交代している間、警察が行ったパソコンなどの押収品捜査で、他の人員の情報がある程度は判明した。
潜伏先に火器があったことを重く見て、兵庫県警はすぐさま容疑者の確保に動き始めた。
最初は管轄内を密行警邏していた、機動捜査隊の覆面パトカーだった。パソコン内に収められた写真に写っていた人物のうち、ふたりが不審な行動をしているのを発見し、事情聴取、身柄確保に努めようとしたが、失敗した。
後に判明することだが、容疑者たちは仲間のひとりが逮捕されたことを知っていた。設置された遠隔火器を破壊し、中にいた容疑者も銃を持って待ち構えていたのだから、連絡がなされていても不思議はなかった。
なので容疑者たちは、機動捜査員が事情聴取をしようとした途端、逃走した。もちろん捜査員たちは追って確保に務めたが、容疑者たちは逃げ切れないと察すると、近くの建物に突入。中にいた一般人を人質に立てこもってしまった。
現場は自動車ディーラーなのだから全面ガラス張り。車の屋内展示スペースは見通しが効くとはいえ、従業員用の見えないスペースも多い。アフターサービスのための工場も併設されているから、障害物も多く、人質や犯人の様子を伺いしることができない。
凶悪事件は、捜査第一課の仕事だ。ただの捜査協力などではなく、警察官の中でも特殊な技能を持つ人員が必要となる事態に、窃盗事件捜査中の第三課の桜田刑事の出番があるはずがない。
しかし、それまでの関わりから、なんとなく事件現場にいることになってしまった。
「それでまぁ、警察としては、どうしたもんかと迷ってる状況みたいです。上層部がなにも策を考えていないとは、思えんですがなぁ」
大道の事情説明は終わったらしい。
「まさか全部俺たちに押しつける気、とか言いませんよね?」
「そんなはずはないでしょう。仮にも警察は治安維持を担う、市民を守る組織ですよ?」
「今回は警察の仕事に首つっこんでますから、あんま強く言えないですけど、俺たち学生ですよ?」
「ははははは。理解してますとも」
悪い目つきを細めてジト目にする男子高校生に、大道は人のいい笑顔を返していた。どう見ても白々しい。
(…………まさかな?)
案外、今日一緒に行動している、この中年警察官が進言しているのではないかという疑惑が、桜田刑事の脳裏にふと芽生えた。
警察の思惑など無視し、学生たちが勝手をするために話し合い始めたので、すぐに脳裏から消えたが。
「木次。どうする?」
「長丁場にしたくないですね……」
「付き合うの、面倒くさいしな」
「や、私が言いたいのは、人質になってる人の健康状態とかですけど……」
女子高生は常識的な感性のようだが、支援部員たちの常なのか、男子高校生はやはりどこかズレていた。
人道的には彼女の言葉が正しいのだが、同時に犯人を磨耗させる意味もある。だから立てこもり事件は、一概に早期解決すればいいというものでもない。もちろん早々と解決できれば、それに越したことはないが、一番大事なのは関わる人々の安全だ。だから見極めが難しい。
「俺たちだけで潜入して、とっとと終わらせるか……? 状況聞く限り、連中が盗んだ俺たちのバッテリーを持ってるとは思えないから、自白させるしかないだろうし……」
しかし《魔法使い》ならば、事情が異なるのだろうか。人質救出および犯人確保という、訓練を受けた警察官でも緊張するだろうことを、男子高校生が無造作に言い放った。首筋をなでながら、やる気なさそうな態度で。
桜田刑事がどう見ても、その男子高校生は、男子高校生以上の印象を受けなかった。彼が柔道で組み合っても、押さえ込めるようにしか思えなかった。
その歳で元陸上自衛隊特殊隊員の生え抜き、それも最強と見なされる字を持つ猛者とは、到底思えるはずもない。
「大道さん。責任者と顔つなぎをお願いします」
それでも彼は、なんでもない顔で軽く頷いて、無謀としか思えない作戦を進めようとした。
△▼△▼△▼△▼
普通ありえないが、なんとなくそうなるのではないかと、桜田刑事が漠然と予想していたとおり、事件は学生たちに委ねられた。
「どうする気だ?」
「さすがにふたりで強行突入して、人質の安全を確保しながら、犯人の身柄確保ってのは無理だ」
完全に委ねられ、警察から人員は派遣されない。
男子高校生もこぼしていたが、上層部は失敗した時に責任を押し付ける思惑なのが、嫌でも見えた。同じ組織に所属する者として、情けない気持ちになった。
それだけ桜田刑事には、彼らが普通の学生にしか思えなかった。
「だから犯人を追い立てて、嫌でも外に出るように仕向ける。人質の数が正確にはわかってないが、大人数を守らなければならないって事態は避けられる」
「できるのか? 警察が取り囲んでるって、連中も知ってるだろ?」
「以降、臨機応変」
「…………」
それは臨機応変とは呼ばない。行き当たりばったりと呼ぶ。桜田刑事の不安は一入となった。
「いざとなれば、人質ごと感電させるという最終手段も」
「嫌です……また部長に怒られたくないです」
『また』ということは、女子高生には前科があるのか。桜田刑事の不安は更に深まった。
「じゃぁやっぱり、カーレースが最終手段か?」
【えぇ~……?】
顔をしかめていそうな女性の声が、どこからか聞こえた。桜田刑事が首を巡らせたが、あるのは彼らが乗ってきた大型オートバイくらいで、そんな声を出しそうな人物は誰もいなかった。
『空耳? 幽霊?』などと、別に意味で不安になった。
「それはそうと……さっきからなにやってるんだ?」
だから彼は、質問を変えて意識を切り替えた。
「消火器の改造」
なぜか男子高校生は、そこらの建物から消火器を徴収して、地面に座り込んで分解していた。
見たままだから改造は理解できる。わからないのは目的だ。
「俺は《魔法》使うのに、色々と制限があるんでね……それとも警察制式拳銃でも貸してくれるか?」
「今は持ってないけど、貸すわけないだろ……」
呆れながらも察した。消火器を武器として使うらしいと。
同時に疑念も抱いて、疑った。
(《魔法》が使えない? それで突入する気か?)
正気ではない。いくら普通の学生たちに見えても、《魔法使い》と呼ばれる超人類なら、大丈夫だろうという頭があった。しかし彼が縛りがある状態で突入するともなれば、話は違ってくる。
「『お巡りさん』、ご心配なく。こういう事態は慣れてるし、支援部の最強部員が一緒だ」
そんな考えが顔に出ていたか、おどけたように男子高校生が皮肉を効かせた。女子高生が『私が最強じゃないですよ!?』とブンブン首と手を振るのは、無視していた。
やがて、準備が終わったらしい。男子高校生は改造した消火器を、オートバイに積載した、黒い追加収納ケースへと入れていく。ケースより大きな物が収納される不思議な光景に目を奪われていたが、彼がそれを外したことで、桜田刑事もハッとして、行動開始を察した。
女子高生も同様に、反対側に積載されていた、赤い追加収納ケースを外して提げた。
「堤さん。我々はご一緒できませんが、後々のために状況を知っておきたいのですが」
大道が声をかけると、耳にヘッドセットを装着する男子高校生は、しばらく女子高生を見つめて。
「俺たちが使ってるのは軍用だからな……警察無線と規格が違うし」
なぜかオートバイに視線を移動させた。
「木次。音声と映像のデータをイクセスに転送。大道さん。バイクから受信してください」
「了解です」
「そうさせてもらいます」
【仕方ありませんね……】
女子高生が返事したのはいい。中年刑事も聞こえて当然。問題なのはもう一人分、あってはならないはずの女性の声が、またも聞こえてしまったこと。
しかし、それを気にしたのは、桜田刑事だけらしい。学生たちは淡々と突入準備を行っていた。大道はタブレット端末を取り出して、なぜかオートバイにケーブルを繋げていた。
「木次が先に行く気か?」
「ふぇ? なにか問題が?」
建物の裏手でアーク放電を発し、高い位置にある換気ダクトの蓋を溶断した女子高生は、長杖を赤い追加収納ケースに収めて、そのまま潜り込もうとしていた。
「私が撮影しますし、ファーストアタックのこと考えれば、私が先がいいかと思いましたけど」
「そこは間違いないんだが。あと木次が納得してるなら、俺は構わないんだが」
「?」
『じゃあ、なんで呼び止めたんですか?』と不得要領顔で首を捻りながら、ミニスカートを揺らして足場にしたオートバイのシートを蹴って、女子高生は頭から通気ダクトに潜り込んだ。
男子学生は続く準備をしながら、しみじみと呟いた。
「今日のパンツはドット柄か……」
直後、ゴスッとどこかをぶつけた音がした。
△▼△▼△▼△▼
大道のタブレット端末に写るのは、暗いのだろうが、強力な光源があるかのような映像だった。侵入者たちは狭い通気ダクトを早々に抜け出て、もう少し空間に余裕がある、天井パネルの裏側にいたが、変わらない。
『外から見えない事務所で、人が固まっていますね。こんな感じです』
しかし少女の声と共に、映像が変化する。熱分布暗視映像に切り替わった。
温かさを示す赤から黄色の塊が複数固まり、少し離れてハッキリと人型とわかる色が立っている。ちゃんと確認できていないので断定は危険だが、固まっているのは人質たち、離れているのは犯人と予想できた。
(どういう仕組みだ……?)
それにしても、と、桜田刑事は疑問に思った。
潜入前、少女はカメラなど持っていなかった。それは一緒に持って入った追加収納ケースに入っていたとしても不思議はないが、一台数百万円もする高感度カメラのような、星明りを増幅したような映像となれば話は変わる。しかもなんの前触れもなく、カメラそのものが違うはずの熱分布図に変更された。
なによりも問題なのは。
「普通にしゃべってるが、大丈夫なのか……?」
桜田刑事は思わず潜めた声を出してしまう。少女たちは犯人のすぐ近くにいるのだから、普通にしゃべっていたら存在がばれてしまうだろう。
それには心配無用と、大道が説明した。
「大丈夫ですよ。わたしたちが聞いてるこの声は、樹里さんがしゃべる声ではないですから。わたしたちの声も、耳で聞いているわけでもないでしょうし」
説明されても桜田刑事は理解できない。道具を使わず音声データを発し、脳で聞くなど、常人が経験できる感覚ではないから。
「あとイクセスさん? わたし、知ってますから、あなたもしゃべってもらってもいいんですよ?」
【…………】
桜田刑事に『誰にしゃべってんだ?』と不審の目を向けられても、大道は気にした様子がなかった。
彼の呼びかけに応じる者もいなかった。真実を知らない者には当然のように。
外でのそんなやり取りを余所に、すでに自動車販売店に潜入している学生たちは、強襲の準備を進めていた。
石膏ボードの天井パネルは、簡単なことで壊れる。映像の中で男子高校生は、踏み抜かないよう金属の梁や吊り金具に体重を預け、奇妙な大型ナイフで穴を空け、身振りで映像視点の持ち主――女子高生を呼び寄せた。
『内部の配置はこうですね。犯人はこことここです』
歯医者で使うような小さな鏡を差し込んで、直接目視したと思いきや、またも映像が変化した。今度はコンピューターグラフィックスの、見たままとは異なる方向からの視点で、部屋の様子と人間の立ち位置が示される。
『えぇと……堤先輩の指示だと、私が犯人と人質の間に落ちて、安全をできる限り確保。店側の出入り口とは逆側に先輩が落ちて攻撃。無力化できなくても犯人を店に追い立てるってことですけど、大道さん、問題ありますか?』
「人質がひとり、犯人のすぐ側にいるのが気になりますが……」
『離れるの、待ちますか?』
「……いや、多少強引でも、おふたりなら、なんとかできるでしょう」
『それ特殊強襲部隊の班長とかが言うことじゃね?』という判断を、あっさり大道が下してしまった。
だから彼らも動いた。落下位置の真上に移動し、男子高校生が指でカウントする。
指一本になった時、男子高校生は梁から離れる。映像もブレた。
そして体重で石膏ボードを粉砕し、屋内に落下した。
事態の急変に、人質たちが悲鳴を上げる。そんなものなど関係なく、膝を曲げて落下衝撃を受け止めた《魔法使い》たちは、動いた。
『頭を低くして動かないでください!』
映像に長い棒が入る。女子高生がケースから、長杖を引き出した。
そして閃光し、遅れてショート音が響いた。
映像が戻ると、男子学生が動く場面だった。彼はケースから改造消火器を取り出し、銃のようにレバーを握って、犯人に底を向けた。
「は?」
すると赤い金属容器が、凶器となるべく発射された。
(消火器って、そうやって使うものだったっけ?)
桜田刑事にとっては、マヌケな疑問を抱いてしまう、不思議な光景だった。
『消火器がクリーンヒットしすぎた……!』
『こっちも電圧が弱かったみたいです…!』
ずっと黙っていた男子学生だけでなく、女子高生も後悔が乗った言葉を吐いて、映像が動く。そのスピードが、離れて見ている桜田刑事にとっては、目が回るほどだ。乾いた銃声も届くので、異変があったのはわかるが、具体的にないが起こってるのかがわからない。
「状況説明お願いします」
『犯人の無力化に失敗。二名とも負傷しながらも人質一名を確保したまま、店内スペースに移動。詳しいことは表から見えてると思うんで、警察側に訊いてください』
大道の言葉に、冷静な声で男子学生が返す。それも攻撃される箇所がわかっているかのように、黒い追加収納ケースを盾にして、犯人たちの射線に飛び込んで、新たに取り出した消火器で反撃しながら。
視点の持ち主である女子高生も、店内スペースに飛び込んだ。
仕切りのない広いスペースに、数台の自動車が並んでいる。その一台に、銃を持つふたりの男と、引きずられる一人の女性が乗り込もうとしていた。
『こうなれば大道さん、プランCに移行します。野次馬どけさせて交通規制。道路上で確保します』
「はいはい。堤さんたちもお願いしますよ」
桜田刑事が訊いた時、男子学生はその時思いついたような回答をしていたが、警察責任者と打ち合わせした時、ある程度の方針が立てられていたらしい。ふたりの間に淀みはなかった。
『イクセス、表側に回れ』
男子学生の続きの言葉の後、大型オートバイが駆動した。ケーブルを引き抜いて方向転換し、猛スピードで走り去った。
「……………………え?」
事態が理解できず、桜田刑事は呆然とマヌケ顔で、壁沿いに走り去る無人のオートバイを見送った。
「桜田さん。我々も追いかけますよ」
そんな彼に、大道が声をかけた。小太りの体を揺すって、できる限り急ぎで店の表側に行くのに、桜田刑事も反射的に従ってしまった。




