005_1130 【短編】一警察官から見た総合生活支援部Ⅳ 「いやいや! 『いきましょう』じゃないだろ!?」
上司には今後の対応確認込みで連絡を行ったのだが、重要参考人の確保を同僚に向かわせる旨があっただけで、その後の捜査も担当が替わるようなことはなかった。
桜田刑事はなんとなく、《魔法使い》との関わりを押し付けられた気がした。なぜなら『修交館学院』『《魔法使い》』という単語を口にした時、上司は『ゲ』とかなにか言いかけたから。
ともあれ、職務放棄というわけにもいかない。捜査が次の段階に進む情報提供があった上、時間もまだ昼を過ぎていない。これで書類作りのために本部に戻ったら、なにを言われるかわからない。
しかも違う部署の大道が、桜田に付き合うことになった。《魔法使い》たちとの折衝役としてだろうが、これから先はふたり一組で動けという、上司同士の話し合いがあったのだろうと推測した。
鑑識とも別れ、渡された情報に記されていた住所まで移動し、そこであまり歓迎したくない相手を待つことになった。
そうして住宅地の一角で待つことしばし、大型オートバイでやって来たのは。
「あ、ろも。こんな恰好で失礼しまふ」
片手運転でおにぎりをパクつく外国人女性と、リアシートに後ろ向きで乗ってドカ弁をかっ込むジャンパースカートの少女だった。
誰がどう考えても街中で見かけたら警官が止める危険運転だが、こうも堂々とやられていたら、逆に注意を忘れてしまう。
ふたりは手早く胃に片付け、弁当箱もカバンに片付け、ヘルメットを脱いでオートバイから降りて。
「どもー。修交館学院総合生活支援部、高等部三年生、ナージャ・クニッペルでーす」
「同じく中等部二年生、堤南十星でーす」
そして並び、身分証明書と一緒に、明るい声を出した。
「いやー。こんな中途半端な時間に部活なんてことになったら、お昼食いっぱくれるんじゃないかと思いましてねー」
女子高生は、明らかに外国人の風貌だった。カーディガンを着ていてもわかる、日本人平均を遥かに凌駕する豊かな胸元。膝丈プリーツスカートの下にレギンスをはいた長い足。白金髪と紫の瞳と不健康なまでの白い肌。日本語を話すのが不自然なほど、完全に外国人だった。
「あれキツいんだよねー。こないだの部活とか、朝から晩まで我慢するハメになったし」
比べれば女子中学生は、普通の風貌だ。
髪は栗色、瞳は茶色と、アジア人とすれば色素が薄目だが、天然・人工関係なく考えれば、昨今はそう珍しくもない。
発展途上の体を包むのは、学生服としては珍しくもないジャンパースカートだが、そのスカートに大胆に切れ込みが走り、膝丈レギンスをはいた足が覗いているのが、普通の学生ではない違いと言えるだろう。
「食べ盛りにはキツいですよ~」
「一応はエネルギー源支給されたけど」
「ゼリーってなんですか。一〇秒でチャージできても、二時間しかキープできませんよ。せめて一本一〇〇キロカロリーのビスケット四本一箱にしてほしかったです」
「あれ口の中の水分持ってかれるからニガテ」
素人漫才コンビかと思うような調子で、弁当を食べていた理由が明かされたのだが、そもそもの原因はどうでもいい。
「いくら食いっぱぐれるかもしれないからって、飯食いながらバイク運転するか……?」
桜田刑事が今更のように指摘してみたが、運転していた女子高生は気にしなかった。
「《使い魔》乗りは、バイクの上で寝ることができるようになって、一人前らしいですよ? わたしもさすがにそこまでできませんけど」
『《使い魔》ってなんだ』と思いはしたものの、とりあえず『コイツらにはなに言っても無駄』と判明したため、桜田刑事は言葉を飲み込むことにした。幸いにも刑事部捜査第三課の所属であり、パトロールや運転違反の取締りは仕事ではないと無理矢理に納得した。警察官的には職務放棄と言ったほうが正しいだろうが。
「んでさぁ。おっちゃん」
「お……!」
無遠慮な女子中学生の言葉にフリーズする桜田則彦二八歳。三十路までは『お兄さん』でいたい微妙なお年頃。
「大道のおっちゃんでもいいんだけどさ。ジョーキョー教えてくんない? ぶちょーからは軽くしか聞いてないんだけど」
しかし女子中学生は、ガラス製のアラサーハートのことは、気づいていないのか無視しているのか。すでに『おじさん』領域に突入した相手に話を振る。そして『おっちゃん』も、少女とのやり取りに慣れているかのように、平然と相手した。
「話は聞いてる前提だと、これから窃盗犯の主犯を、ってところですかね? まぁ、怪しいメールの発信があったってだけですし、まずは穏便に事情聴取って段階でしょうね」
「あ。それでしたら、これです」
外国人女子高生がスカートのポケットから、見慣れない電子機器を取り出した。スマートフォンとも携帯電話とも違う、ひと昔前のPHSに近い形状だがそれとも違う。プッシュボタンはなく、その部分まで液晶がはみ出している。
その画面を操作して、桜田刑事ではなく、大道へと見せる。
「フォーさんほどじゃないですけど、わたしだって情報収集能力持ってますよ。大道さんなら、ご存知ですよね?」
女子学生の言葉に、なにか含みがあるのはわかるが、それがなにかは桜田刑事にはわからない。大道が警視庁公安部に属していたことを言っているのか、女子高生が元スパイであることを大道が知るという意味なのか、そもそも二択に絞られることもない。
「ふむ……データ送ってもらえます?」
大道は気にも留めず、今どき珍しい二つ折りのガラパゴス携帯を取り出して、データを受け取ると、気難しそうな顔になる。
「ふぅむ……どうしたもんです?」
「それはむしろ、大道さんに訊きたいことですけど? わたしたちの判断で動いちゃったら、『そちら』も不都合あるでしょう?」
「まぁ、ないとは言えませんなぁ」
「直近でも、桜田刑事に伝えるべきかなー? って問題あるでしょうしね」
女子高生と中年男が、そろって視線を投げかける。
「……なんですか?」
ふたりの会話は意図的に省略されているので、仲間はずれ感は否めない。少し憮然とした気持ちになりながら、桜田刑事は返事をする。
しかし応じたのは、丁寧語など使わなくてもよかっただろうかと思う、女子高生の側だった。
「今回の事件、普通だったら公安対応って、理解できてます? 支援部の部長さんから、なにが盗難されたか、軽くは話したって聞いてますけど?」
「…………」
桜田刑事は記憶を探った。
(あれ……被害額がすごいとしか聞いてない?)
あの美人女子大生から聞いたのは、被害額と、中身が《魔法使いの杖》とやらの部品という情報のみ。その数字に驚きはしたが、電子機器という認識はあるので、『高価な部品もあるものなのだ』くらいの認識しかなかった。
被害額の高さから、《魔法使い》が警察庁長官の許可証つきで出馬したのかと、勝手に納得していたのだが。
「そんなヤバい事案なのか……?」
なにを定義に、という問題もあるが、基本的に公安部門の預かりとなるような事件は、国家体制を脅かす事案だ。普通の犯罪事件とは危険度が違う。
「わたしたちが出張ってる時点でお察しください。たぶん支援部の部長さんは、犯人が行きずりか狙ってかわからなかったから、話をボカしたんだと思いますけどね?」
『見た目や話し方にそぐわず常識的なこと言ってる』と、桜田刑事は脳裏の片隅で失礼なことを考えつつ、外国人女子学生の大人しく耳を傾ける。
「盗まれたのは《魔法使いの杖》のバッテリーと、それに関係する部品なんです。特殊な代物ですから、悪用しようにもできるかというのが、一番の疑問ですけど……もしも悪用できたら、千単位で人が死にますよ」
「どんなバッテリーだ……」
「手の平サイズの原子力発電所とでも思っていただければ」
「…………」
とりあえず、ヤバいものという実感はできた。それ以上の理解は、桜田刑事が二八年の人生において育まれた常識が拒んだが。
「それでですね。どうやら偶然ではなく、わたしたちの荷物を狙って奪ったという線が濃厚そうでして」
それはなんとなく桜田刑事も予感していた。宅配事務所の向かいに住む男の犯行だけならば、魔が差したということも考えられたが、唆すメールを発見したのだから。
「その相手というのが……大道さん、言っちゃっていいんです?」
女子高生が話を切って振り向いた。
いつの間にか少し離れた場所で、大道が電話をしていた。その通話口を押さえて、彼は答える。
「ありていに言いますと、『任せた』と」
「いい歳した大人たちが、小娘どもに吹っかけないで欲しいんですけどね~」
「いやぁ、スピードの面でも実行力の面でも、こうなったら支援部に追従できないと」
「そこは否定できないですけど、なにかあったら責任おっ被せる気マンマンじゃないですか」
「それが大人の事情というヤツです」
一体どこと連絡していたというのか。中年男のニッコリ笑顔は、一見すれば欠片も邪気がない。しかしその下には腹黒さが渦巻いているのが傍目にもわかる。会話を聞いていれば疑う余地もない。
女子学生も肩の上で手を広げ、『ヤレヤレ』とオーバーリアクションして首を振った。妙にスレているというか、理解があるというか、『面倒ですね~』くらいにしか考えていない様子だった。
「それで、桜田さん? 今回の主犯、聞きます? 聞きたいです? 聞かないほうがいいかなー? 聞かずに最近お気に入りのバイトが入った『麺屋 みどり星』でつけ麺大盛りライス付き食べて庁舎に戻って一昨日起きた下着泥棒の捜査書類作って行き付けの『トリ男爵』で焼き鳥食べて帰って寝たほうがいいんじゃないかなー? と、わたしは思うのですけど?」
「なんで行動がやけに具体的で、しかも俺の行き付けがズバリなのか気になるが……」
付け加えると、桜田刑事は警察手帳を示してもおらず、大道から名前も呼ばれたわけでもない。よって外国人女子高生が名前を呼ぶこと自体が異常なのだが、彼は気づかなかった。
ある程度の不気味さは感じつつも、決定的ではなかったから、彼は答えてしまった。
「こんな中途半端なところで帰れって言われても、帰れるか」
女子学生がまたもアメリカナイズに首を振る。今度は『し~らない』とでも言っている様子で。
しかし、ちゃんと教えてくれた。
「今回の事件は、『アジャスター』っていう、科学者集団です」
「科学者?」
少し意外な回答だった。こうも念押しするなら、やはり過激派組織であろうというのが桜田刑事の推測だった。
外国人女子高生はつまらなそうに、長い髪の尻尾を振り回して、外れではないと肯定した。
「《魔法》ってオモチャにキャッキャしてる、マッドなお方たちです」
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「《魔法》は現状、《魔法使い》と呼ばれる特殊な人間にしか、使うことができません。だから誰でも使える研究するのは、ごく自然なことでしょうけど――」
平日の昼間、住宅地には人影も、行き交う車も少ない。
遠慮なく傾斜のある車道を占領して歩きながら、残る三人、主には桜田刑事に向けて、外国人女子高生が説明していた。
「基本的に成果は芳しくないんですよね。理由はいくつかありますが、大抵の場合は資金繰りです。正規の部品を買えないからって、代用品でしのごうとしても、シャレにならない金額になりますし」
「盗まれたのが二五億円の部品だもんな……」
「発電所の建設費用を思えば、お買い得価格ですよ?」
「比較対象がおかしいだろ……」
「まぁ、お値段やら諸々の問題はさておき、原理的には《魔法使い》でなくても《魔法》は使えるってことを理解してください。なんせ、それを証明しちゃった人たちがいるんですよねぇ~。真夏に都市部を停電に叩き込んで、局所的に冬にしちゃったんですよ」
とんでもない話を、なんでもないように聞かされたため、自分の気を休める意味でも、桜田刑事は横目で他の面々を見やった。
少し遅れて歩く女子中学生は、ボヘーとした話を聞いてるのか聞いていないのかわからない態度だった。まぁ、彼女はどうでもいい。《魔法使い》だから知っているとも、まだ子供だから興味のない話は聞き流しているとも、どちらとも取れて納得ができる。
問題は、大道だった。中年警察官は飄々とした態度を変えることなく、聞き流す体で足を動かしていた。
女子高生の話す内容を、知っているという風に見えた。
「そんな事故というかデモンストレーションが成功しちゃったもので、反社会的な方々からの資金提供も事欠かなくなってしまったんです。しかも『一部の人間だけが《魔法》を使うのは危険。常人でも使える技術でなければらない』なんて、はた迷惑な使命感に燃えちゃって、はた迷惑に『調整者』なんて名乗って、はた迷惑なことを色々とやっちゃってくれてる人たちなんです」
ソプラノボイスで『こーゆー説明は部長さんの領分だと思うんですけどねー』と、外国人女子学生が締めくくった頃合に、女子中学生が指差して声を上げた。
「あっこ?」
山手側の土地を造成した住宅地、その一歩手前となる土地に、プレハブ倉庫が建っていた。
桜田刑事がスマートフォンを取り出して、事前に確認していた地図と周囲とを見比べて、間違いないと軽く頷いた。
「よし――」
「たぶん違いますから、近づかないほうがいいと思いますよ?」
まずは聞き込みだと踏み出したが、女子高生が出鼻をくじく。疑問形だったが、いやに確信ある言い方だった。
「最悪の場合、爆弾が仕掛けられることも考えられますし」
「爆弾……!?」
「まぁ、そこまではしてないと思いますけどね? ここは全くの無関係か、せいぜい倉庫として使ってるくらいで、隠れ家は別のところです」
「なんでハッキリ言える?」
「常識で考えてくださいよ。あれ、隠れ家にするには不自然ですよ」
「どこの常識だ……」
プレハブを指差す女子高生も何者なのかと、今更のように桜田刑事は思ってしまった。『《魔法使い》だから』でなんとなく看過していたが、大学生&小学生コンビともなにかが違う。正体不明さや謎加減は共通するのだが、なんとなくベクトルが異なる。
元非合法諜報員という裏社会の住人だったことを知らない、彼の違和感を深めるように、女子高生は説明した。
「見えるだけでもカメラが三台、あの建物を見張るように仕掛けられています。建物から外を見張るんじゃなくて、外から建物の周辺を見張っています」
桜田刑事も見回してみたが、そもそもカメラがどこに仕掛けられているのか、わからなかった。
「本命は、少し離れた場所です。多分、無線のカメラだけでなくて、直接確認できる場所だと思うんですけど……」
説明しながら女子高生は、周囲に首を巡らせる。
警察官といえど、桜田刑事にもない知識と経験を持つと伺える彼女だが、さすがにそこまではわからないらしい。住宅地ならば当然、建物が密集しているのだから、怪しく思えば全てが怪しく見えてしまう。
「ナトセさん的には、どれが怪しいと思います?」
「ん~……」
話を振られた女子中学生はというと、しばらく周囲を見回して、やがて斜面を造成して作られた一軒家を指差した。
「アレかな?」
「根拠は?」
「勘」
「…………」
あっけらかんとした回答に、桜田刑事は拳を握り締めた。『しれっとした顔で言い放つこの小娘、殴っていい?』と、心の内で誰かに訊いてしまった。警察官という立場ある大人なので、実行は我慢したが。
「言われてみれば、パッと見た感じ、怪しいのはあの家ですね。位置もそうですし、カーテン締め切ってますし。アパートが近くにあるなら、もっと選択肢増えますけど、ちょっと離れすぎてますし」
しかしあながち的外れでもないらしい。女子高生も賛意するだけではなく、大道もその家を見て、軽く頷いている。
意識的にあまり考えないようにし始めた、普通ではなさそうな経験の持ち主たちも、同じ意見らしい。
「とりあえず、先にひとっ走りして、調べてくるよ」
女子中学生はスカートをはためかせ、近くの民家の塀を軽々と登った。いつの間にか頼りない太さしかない腰には、一対のトンファーを提げたベルトがあった。
彼女は塀から立ち木を蹴り、民家の屋根に飛び移り、危なげもなく隣の家へと飛び移り、目標の一軒家へ一直線に近づいていく。
桜田刑事が唖然として、サルのような女子中学生を見送っていると、女子高生も促す。
「じゃ、わたしたちもいきましょう」
「いやいや! 『いきましょう』じゃないだろ!?」
住居侵入に問われても仕方ない行動だった。
「警察官的には思うことあるでしょうが、大事の前の小事ですよ」
「それ、世間から一番批難される考え方だぞ……」
同じく警察官のはずだが、大道もツッコまない方針らしい。先を行く彼女になにも言わずに従ってついていく。
仕方がないから桜田刑事も、来た道を少し戻って、目標の一軒家への坂道を歩いた。




