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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の民間部隊
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005_1120 【短編】一警察官から見た総合生活支援部Ⅲ (どこが平和的だぁぁぁぁっ!?)


 警察庁発行の身分証明書を持っているのだから、警察関係者ではあるだろうが、間違いなく警察官ではない。


「大道さん……許可があるとはいえ、いいんですか……?」

「桜田さん。今更でしょう」

「というか、なぜこの家の聞き込みを?」

「さぁ……あの子らの考えは、考えつかんですからなぁ」


 そんな微妙な立場な大学生と小学生を連れての聞き込みを、渋りながらも桜田刑事はインターフォンを押した。


「警察です。近所で起きた事件のことで、お話しを伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」


 インターフォンのカメラに警察手帳を見せると、やがて門と呼べるものはない、屋内直結の玄関が開き、中年の域に達した女性が不審感を覗かせた。

 その途端。


「あっ」


 止める間もなく小さな体を利して、大人たちの隙間をすり抜け、少女が勝手に中に入ってしまった。


「足跡一致。そこらに残っている指紋も一致」


 彼女は古びたスニーカーを裏返し、青白い瞳で辺りを見渡すだけで、結論づけてしまった。


「やはり容疑者は、この家にいるであります」


 常人たる桜田刑事には、少女の言葉だけでは、根拠に乏しい。

 しかし支援部部長には、それで充分らしい。住人たる女性を押しのけるようにして、彼女もまた家へと踏み込む。


「令状は警察に。わたくしたちは民間人ですから、求められても困りますので」


 『だったら家宅不法侵入にならないか?』というツッコミをする前に、支援部部長はさっさとローファーを脱いでしまった。

 

「大道さんと桜田刑事は、奥さんの対応をお任せします」

「そうもいかんだろう……!」


 突然の侵入者たちに泡を食うのは、住人だけではなく、桜田刑事も同じだ。言葉だけで止められないのはわかったので、彼もまた慌てて革靴を脱いで上がる。


 彼女たちは廊下で少し立ち止まり、辺りを見回し、上で視線が止まるとすぐさま階段を上った。

 壁を透視しているとしか思えない足取りだった。

 見ただけで指紋や足跡を採取するなど、それまでも垣間見せていたが、なんという超能力だと桜田刑事は戦慄する。


 しかしその程度、《魔法使い(ソーサラー)》にとって序の口に過ぎない。


「向かいのお宅で起こった事件について、お訊きしたいことがあるのですが」


 二階の一室の前で、一応といった具合に大学生がノックしたが、反応はない。ノブも回したが、扉は開かない。


「ブチ破ってオッケーでありますか?」

「平和的にいきましょう……気持ち悪いから、あんまり使いたくない手段ですけど」


 短い会話をなしたと思いきや、小学生はいつの間にか手袋に覆われていた手を、大学生は手にした装飾杖を、青白く発光させた。


「なぁ!?」


 物質半流動体操作の一種で、扉を構成する原子を最小限度で移動させている()()のことだが、端から見ると木材が水に変わったか、あるいはふたりが幽霊と化したかのようにも思える。

 ふたりは扉をすり抜けた。いつの間にか大人しく彼女たちの行動を見とれていた桜田刑事は、慌てて扉に取りついたが、当然のように硬い木材で、鍵もかかっているままだ。


『居留守使おうとしても、無駄ですわよ』


 部屋の中の様子は伺い知れない。しかし声だけは充分洩れた。部屋の主たる声は聞こえないが。


『軽トラの貨物室にあった指紋と、お前の指紋が、一致してるでありますよ』

『その時点で状況証拠としては充分ですわね?』

『盗んだ荷物をどこへやったか、とっとゲロしやがるであります』


 扉をガチャガチャやっても、開かない。話も担当たる桜田刑事を置いてけぼりにして、勝手に進められている。


『……お前、バカでありますか? 指紋だけでなく、証拠となるメールまでも残しているなんて』


 小学生の声からすると、どうやらパソコンか携帯電話か、勝手に電子情報を調べているらしい。

 家に上がっているだけで充分なのに、それ以上となれば、捜査としては明らかに違法だ。


『ア゛ーはいはい。見知らぬ誰かからバイトを持ちかけられて、金に目がくらんで車上狙いやったはいいが、後で怖くなったんですわね。この考えナシのボケは』


 大学生の声のはずだが、面倒くさくなったのか、濁って口調が急変した。


『ア゛? まだしらばっくれやがりますの?』

『シバくでありますか?』

『顔はマズいですわよ。こういう時はボディ。内出血させて証拠残すんじゃねーですわよ』

『ミス・ナトセに教わった、寸頸(ワンインチパンチ)の出番でありますかね? 確かこうやって――』


 直後、こもった破壊音と共に、建物がわずかに揺れた。まるで小さな爆発でも起きたかのようだった。


『人間相手にやったら、内出血どころか腹に穴ァ空きますわよ……』

『《ハベトロット》の出力調整が面倒であります……』


 しかし室内の会話は、平常運転のまま変わらない。


(どこが平和的だぁぁぁぁっ!?)


 あの部外者たちにこれ以上好き勝手させたらマズい。

 そう判断した桜田刑事は、扉に体当たりしたが、開かない。鍵はないのだが、部屋の中からなにかで押さえられているらしい。


「手伝いましょう」


 脇から中年小太りの体が、桜田刑事をそっと押しのけるようにして割り込んできた。家の住人の対応をしているかと思いきや、彼女は何事かと階段近くで固まって、侵入者たちの行動を呆然としていた。


「ふぅんぬぅ……!」


 桜田刑事が体躯のフルパワーを発揮し、大道も手を貸すと、内開きの扉を押さえているものがずれて、隙間が出来た。


 そこから見えた光景は。

 壁が粉砕されて家具が散乱している室内と。

 趣味物の多い部屋の真ん中で、杖を突いて立つ大学生の威厳ある後ろ姿と。

 窓を背後にしているため逆光になっている、部屋の主と思われる者が、なぜか十字架に(はりつけ)にされている姿だった。


「おいぃぃ!?」

「あと一〇秒、待つであります」


 桜田刑事が思わず声を上げると、隙間から見えなかった小学生の声が届き、バリケードが押し戻された。大の男ふたりがかりでも(あらが)えず、再び閉められてしまった。


 そしてキッカリ一〇秒後、今度は内側から扉が開かれた。

 開けた少女がワンピーススカートを(ひるがえ)して退()くと、そこは物は多いがなんら以上はない室内が存在していた。先ほど隙間から見えたのは、見間違いではないかと思うほど、普通の光景だった。

 しかしへたり込む男の、スウェットの股間が濡れて黒くなっていた。アンモニア臭も鼻についた。


「拷問したな……?」

「定義にもよりけりですけど、わたくしたちは『平和的』にお話ししただけですけど」


 問うても大学生は、しれっとした顔を返す。理解した上で言葉を弄していると知れる態度だった。

 桜田刑事が尚も言い募ろうとしたところで。


「お前」


 スーツの裾が引かれた。

 視線を下ろすと、灰色の瞳が真っ直ぐに見上げていた。今度は眠そうに細められていなかった。


「生体万能戦略兵器《魔法使い(ソーサラー)》が定義する、非平和状態がどういうものか、知りたいのでありますか?」


 瞳に込められているのは、純粋な疑問だった。しかし子供の、無知からくる純粋さとはまた違う。

 桜田刑事は寒気を感じた。並の人間が踏み込んではいけない領域なのを、直感的に悟った。

 少女は人間と《魔法使い(ソーサラー)》の壁を、知識としては理解しつつも、実感としては理解していない。(あり)に『なぜ踏み潰すのか?』と訊かれることが想定外だったから、疑問に疑問を返したといった具合だ。


「桜田刑事。証拠がなければ、犯罪は立証不可能ですよ」


 そんな彼に、大学生が、憂鬱そうな声をかけた。


 保管されていた金品が奪われたと理解できなければ、窃盗罪の被害届は提出できない。

 行方不明として捜索願を受理できても、死体が発見されなければ殺人事件として捜査はできない。

 客観性を裏付ける証拠・証言や届けが認知されないと、関係機関は動けない。


 仮に失禁してしまっている男が『拷問された』と申し出ても、部屋に証拠は残っていない。桜田刑事が見てしまった光景も、他の人間からはなにかの見間違いと判断されてしまう。追求できるのは家宅不法侵入くらいだが、それも重要参考人の確保という建前の元、かすんでしまう。

 なによりも彼女たちは、警察関係者であっても、警察官ではない。通常の捜査権限などない代わりに、違法捜査を咎めるのが難しい立場だった。


「さすがに今回のような強攻策は、そうそう取りはしません。しかし必要があるならば、わたくしたちは躊躇(ちゅうちょ)いたしませんよ」


 常人とは違う(ことわり)に生きる大学生が、指を鳴らす。すると桜田刑事の懐で、メールの着信音が鳴った。

 確認してみると、犯行の日時指定と思われる文面と、その発信元と思われる情報が並んでいた。あの短時間で、しかも機械も使わずどこにも連絡もせず、どうやって掴んで、しかも手品のようにデータを送ってきたのはなんだと思うが、《魔法使い(ソーサラー)》という人種のデタラメさについては、もう考えることを放棄してしまった。



 △▼△▼△▼△▼



「さて……手がかりは掴めましたけど、困りましたわね」


 もう用はないと、さっさと家を出たふたりに続き、警察官ふたりも外に出た。

ただの実況見分のはずだったのに、一応は共犯と目される重要参考人までも判明してしまったため、そのことを県警本部の上司に報告したタイミングで、大学生が大して困ってなさそうな声で呟いた。


「困ったってなにが?」

「抜けられない講義がありますの」

「公休扱いなのは、一・二時間目までであります」


 桜田刑事が『コイツらなに言ってんだ?』と視線で訴えても、きっと誰もが仕方ないと思うだろう返答がふたりから返って来た。


「『なにがなんでも取り返さないとならない』とか言ってなかったか……?」

「ごもっともですけど、わたくしたちは学生。学業も大事ですもの」

「自分たちが続けて捜査を行うのも、別の者が捜査を引き継ぐのも、大差ないだろうというのが、現状の見通しであります」

「なので、部員総出交代で事に当たることになりました」

「鑑識が必要な段階は過ぎたと思うので、自分たちはひとまずお役御免であります」

「え……」


 交代交代の返事に、桜田刑事は七割戸惑い、二割嫌悪し、一割絶望した。

 戸惑いと嫌悪は、まだ部外者ではない子供たちに付きまとわれるということ。それもひとまず距離感がわかった――できる限り開きたい意味で――相手がいなくなり、また距離感がわからない相手が来るというのは、やはり避けたい。

 軽く絶望したのは、彼女たちが鑑識――要するに、特殊な技能が必要な、頭脳労働であるということ。

 彼女たちの自称ではあるが、頭脳労働向きの人材ですら、危険性を感じたのだ。


 展開は断言できないが、これからの捜査は、地道な体力勝負になるだろうと踏んでいる。

 ならば寄越される肉体派とは、どんな化け物なのかと、桜田刑事は危ぶんだ。


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