005_1110 【短編】一警察官から見た総合生活支援部Ⅱ (そんなモン宅配便で頼むんじゃねぇ……)
被害届を受理し、あらましの事情聴取を行った後日、桜田刑事は鑑識課員と共に、実況見分に出向いた。
宅配業者の営業所――世界規模のネットワークを持つ大手運送会社のものではなく、軽貨物運送業を営む個人事業主協同組合の、一般住宅と見分けがつかないような建物に。
盗まれた物は、配送する貨物だった。
連絡を受けて、依頼先に荷物を受け取った。
緊急配達でもなく、結構な距離だったため、昼休憩に一度自宅件営業所に戻った。
そして午後から配送しようと貨物室を確認したら、積んでいたはずの荷物がなくなっていた。
それが被害届を出した、事業者兼配達員のあらましだった。
荷物の中身がハッキリしていない。注意書きには『精密部品』としか書かれておらず、具体的には不明だった。
送り主と送り先はわかっているため、そちらの確認は同僚に頼み、彼は実況見分を行った。証拠が残っているかもしれない自動車が使えないと、被害者の商売もできないため、訴えに応じて動くことになった。
盗難に遭った状況に近い形で配送車を調べ、撮影する鑑識を見守り、被害者から詳しい状況説明の聞き取りを行っていると。
彼女たちがやって来た。
「失礼します。桜田さん、いらっしゃいますか?」
まず声をかけてきたのは、煙草でかすれた若くない男の声だった。
桜田刑事が振り返ると、見覚えがないこともないような気がするが、ハッキリとは思い出せない中年男がいた。
「あ、ども。お話しするのは初めてですな。わたしは地域指導課、特定事案対策担当の大道というモンです」
『警察手帳』と呼ぶが、実際には手帳としての機能はない、身分証明書を見せてきた。
それで桜田刑事は思い出した。確か警視庁から兵庫県警に出向してきた人物ではないかと。新部署というか窓口というか折衝役というか、そういう役目を任せられたのは、冴えない風情からは想像できないが実はエリートなのではないかと、あるいは逆に本庁でなにかやらかしたのではないかと、勝手な推測を同僚たちと会話した記憶があった。
だから、大道という男の背後も見た。
ちょうど路上駐車された車から出てきた、女性と少女もいたことで、確信する。
特定事案対策担当――通称・人間兵器のお守り。
厄介ごとの気配に、桜田刑事の顔が引きつった。
△▼△▼△▼△▼
神戸には、《魔法使い》と呼ばれる超人類がいる。
いや、存在そのものはどこでも発生しても不思議はない。普通の人間の両親から、ごく稀に生まれるのが《魔法使い》なのだから。
しかし彼らは普通、特殊な育成機関で育つため、そこらにいるような存在ではない。
なのに神戸にある学校には、その《魔法使い》が数名普通に所属している。
《魔法使い》とは、人間の形をした兵器というのが、桜田刑事の一言にまとめた認識だ。
その人間兵器たる若い外国人女性が、身長に近い杖を脇に挟んで、身分証明書を見せて口火を切った。
「修交館学院、総合生活支援部部長、コゼット・ドゥ=シャロンジェです」
関わったことのある署員から聞いたことはあったが、面と向かって改めて桜田刑事も思った。
美人だ。非の打ち所がない。緩やかなウェーブを描く黄金の髪も。穏やかな微笑を浮かべている高貴な顔も。黒のワンピースにデニムジャケットを重ねた、シンプルな装いの下で隆起している肉体も。
ただし洋モノのグラビアに写るような外国人女性とは大きく異なった。桜田則彦二八歳、まだ独身だから許される願望であろう、『お相手』願いたいような好みのタイプではなく、観賞目的として極上の美女といった造形だ。
大学生だと聞いた先入観もあるため、まだ『少女』という印象を受けた。
しかし『子供や若造なんて先入観は持つな』と、かつて支援部に関わった同僚から忠告されたとおり、彼女は普通の大学生とは異なる話を繰り広げた。
「ちょうど実況見分が行われていると、県警本部でお聞きしましたので、こちらに押しかけさせていただいたのですが……今回盗まれた物というのが、わたくしどもに配送させる予定だった荷物なのです」
「中身は? 精密部品としかわかっちゃいないんだが」
「《魔法使いの杖》――わたくしたち《魔法使い》には必須となる電子機器の部品です。単価価格を合計すれば、ざっと二五億円相当になります」
「にじゅ――!?」
窃盗事件でなかなか聞ける金額ではない。宝飾店や美術館でも、ここまでの被害額は稀だ。
大学生が発するとは思えない数字の返事に、桜田刑事は思った。
(そんなモン宅配便で頼むんじゃねぇ……)
事情を知れば、きっと誰でも同じことを考えるだろう。隣で聞いていた被害者兼運送員も青い顔をしていた。
実情は、支援部側も考えて、複数の輸送方法を使っている。メーカーの担当者が直接運ぶことや、支援部員が直接出向いて受け取ることもある。
この時は諸般の事情で宅配便を使うことになり、その隙を突かれたのだ。偶然か必然かは、この時点ではまだわからなかったが。
「そのため、どんな手段を使ってでも取り戻す必要があります。警察業務を侵害することなりますが、我々支援部も捜査を行わせていただきます」
大学生が懐から書類を取り出して見せた。
それは、本来捜査権限を持たない民間人に、この事件に限って特例を出すという、マスコミにバレると非常に危険そうな、警察庁長官の署名入り許可証だった。
「部長」
支援部部長と桜田刑事のやり取りなど気にも留めず、鑑識の者が動く配送車を覗き込んでいた、他者からも自己でも紹介がなかった、もうひとりの少女が声を上げた。
なんというか、異様な少女だった。
ワンピースのセーラー服を着込み、ネコミミ帽子をかぶっているのはいい。赤茶けた髪に土器の肌という国籍不明の風貌もまぁいい。あまり子供らしくない低い声もまぁいい。
放つ存在感が異様だった。ぬぼ~っとした無表情と焦点が合っているのか怪しい瞳のせいで、子供らしい快活さがナノグラムも感じられない。全身からも無気力感を放出している。
しかも瞳に、明らかに自然現象とは異なる、青白い光が宿っていた。
「データ採取が終わったでありますから、パソコンを貸してほしいであります」
「わざわざ?」
「面倒でありますから、説明する必要がないならば、別にいいでありますが」
単語が抜けている気がする会話をすると、支援部部長はアタッシェケースだけ取り出して、肩にかけたトートバックを少女に渡した。
その中のノートパソコンを少女は膝に乗せて、地面に座り込む。OSの起動を待つ間、セーラー襟の内側に手を入れて、首元からケーブルを引き出して接続した。
(この子、なに着てるんだ?)
スカートの足元や襟元から緑色のインナーが見えていたから、サイボーグ疑惑を抱くことはないが、妙な目で見ることに変わりない。
桜田刑事の視線など気にも留めず、やがてパソコンが起動すると、少女は軽快にキーボードを叩くと、画面が切り替わた。
「な……!」
犯罪歴や個人情報がデータベース化された、県警照会センターの画面だった。 警察の機密情報への入り口だ。なのに少女は、所属、氏名、ID番号の申告がされているのかと思うほど、スムーズに作業を進めていく。いつどこで採取したのか、彼にはわからない、指紋と足跡をマッチングさせていた。
実情は、《魔法使いの杖》と接続し、《マナ》から得た指紋や足跡を照合するために、ハッキングしていたのだが。
そのウインドウを格納させると、画像ソフトが立ち上がる。少女の手は動いていないのに、あっという間に配送車のワイヤーフレームが描かれて、指紋や足跡の位置、不審な痕跡、その分析結果を次々と書き込んでいく。
鑑識と科捜研が行う仕事を、この少女はいつの間にかやってしまっていたらしい。
「…………それ、コピーしてくれないか? 調書書くのにすごく使えそうなんだが」
「お前、結構いい根性してるでありますね」
倍半分歳の違う少女からのお前呼ばわりに、桜田刑事はムッとしたが、言葉は飲み込んだ。トートバッグから新たにモバイルプリンターを取り出し、印刷を始めたから。
普通ならば《魔法使い》の能力に驚く場面だろうに、書類の作成時間短縮を考える桜田則彦という刑事も、結構ズ太い。
「指紋が複数確認できたであります。位置や重なり具合から考えて、この指紋の持ち主が、窃盗犯の最有力候補と考えるであります。あと荷物の載せ降ろしに頭を突っ込んだのか、髪の毛のDNAは、指紋よりも多い種類が確認できたであります。いずれも前科者登録はなし」
鑑識班が『あれ? オレたちいる意味は?』的な顔をしているのを無視し、印刷した鑑定結果を示して、少女は推理と分析結果を披露する。
「足跡鑑定の結果、容疑者は男、身長一七五センチ前後と推測するであります」
「ふぅん……それだけでは、判別できませんわね……」
「…………」
「…………」
なぜか女性と少女は見つめあって、動かなくなった。
頭の中で内緒の無線通信をしていると予想できるはずもなく、『なにをしているんだ?』と桜田刑事が思った矢先、少女が顎を小さくしゃくった。そちらになにかあるかと振り向いて、向かいに建つ民家を見上げると、窓に小さな動きがあった。
誰かが実況見分の様子を、カーテンの間から覗き見していた。振り向いたため、慌てて引っ込んだのではないかと思えた。
「桜田刑事。周辺の聞き込みは行われましたか?」
「いや? まだだ」
完全に意識を外していたので、若干慌て気味に、唐突な支援部部長の質問に答えると。
「でしたら、わたくしも同行させてください。その家の聞き込みを」
少女がしゃくり、彼も見上げた、向かいに建つ民家を、彼女も指し示した。




