005_0070 【短編】一学生から見た総合生活支援部Ⅷ 「「ひぃいぃぃぃぃぃっ!?」」
(え? 堤さんが、そんなキザいことを?)
(部長さん部長さん。この人たまに、素でそういうことするの、忘れてません?)
(あぁ……油断してる時に、思い出したようにやるから、反応に困るんですわよね)
(つか、カネつっ返しただけじゃね?)
(実状はそうですけど、返すための方便ですから、大目に見ましょうよ)
なにやら支援部員間でやりとりしているのはわかるが、その内容までは、ネコミミヘッドホンディスプレイをしているまり子には伝わらない。十路のダルそうな顔が不本意そうな仏頂面になっているから、なんとなーく女子トークが炸裂してるんだろーなーと察した程度だ。
「アブなそうな話、もう終わりました?」
軽快なアニメソングで聴覚が塞がれているため、自分の声すらもこもって聞こえる。まり子が部員たちの会話の切れ目を見計らって問うと、彼女たちは存在を思い出したかのように振り返り、ヘッドホンを奪い取られた。
「さて。支援部の活動でお話しできることといったら、この程度ですが」
コゼットが締めくくるための言い方をしていているのに、編集などこれからのことを少し考えてからまり子は返した。
「……逆転しますけど、もうちょっとマイルドなエピソードとか、ありません?」
当初の想像どおり、支援部の活動がヤバいのはわかった。人間兵器部隊の実状からすれば片鱗かつずいぶんとマイルドなのだが、普通の人間は現実に経験しない話ばかりだ。
これで記事なるかと考えると、やはり微妙な気がしたので、安全策を取りたかった。
「まだなんかあった?」
「ん~。普通の依頼メールはお断りすることが多いですし。お話しできるのはどうしてもキワモノになっちゃいますよ」
南十星とナージャは、まり子にとっては否定的な話をする。
「提出しているレポート自体は、やはり部外秘なのでありますか? あれ見せれば話は早いと思うでありますが」
「大した内容ではありませんけど、どんな部活をした時も、公文章扱いになりますからね……部外者に見せてどうこうなるとは思えませんけど、見せるべきではありませんわね」
野依崎とコゼットも、やはり否定的な話をしている。
ならばと、先ほどからこういう時に話の転換をしている、十路と樹里に視線を向ける。
「こないだの、イジメられてるって相談しにきた中学生の話とかは?」
「やー……アレはマズイでしょう」
「マズイもなにも、備品にメリケンサックがあったから、それを渡して度胸つけさせただけだろ?」
「それがマズイんですよ!? 特にその度胸をつける方法! 投げナイフの的にしたじゃないですか!?」
「マンガの忍者みたいに、手裏剣で服を壁に縫いつけるようなギリギリじゃなければ、ミスるわけないだろ」
「先輩、『あ』とか『やべ』とか言いながら投げてましたけど……」
「……そうだっけ?」
「そうですよ!? 中らなかったからって忘れたんですか!?」
やはりヤバそうだった。『思考回路とか常識とかが違う人なんだなぁ』とボンヤリ考えるに留めて、まり子はこれ以上は踏み込まないことにした。
「最後に……」
あらかじめ渡されていた、『これは絶対に訊け』と赤ペンが入った質問をして、取材を終えることにした。
「皆さんが戦ってる映像が出回って、危険性とか、色々と言われてるじゃないですか……それについて、どうお考えなんでしょう?」
まり子もこれを聞くのはどうかと思ったのだが、鬼の局長に怒られたくないので、渋々ながら質問をぶつけたのだが。
対して支援部員は、一斉に真顔になって口を閉じた。
嵐の前の静けさを思わせる空白に、まり子は逆鱗に触れた危機感を覚えた。
「あー……レコーダーとカメラ止めて、オフレコってことなら話してやれる。さすがにこれは、俺たちの口から出たって公にされると、困る話だからな」
しかし実際には少し異なり、十路がまた首筋をなでながら口火を切った。
まり子が言われたとおりに記録をやめると、彼は意地の悪げに、皮肉げに、自嘲気味に口元をゆがめた。
「知ってのとおり、俺たちは《魔法》が使える。それを悪用して、その時の気分で犯罪も不可能じゃない。だから世間で言われてる危惧は当然だし、俺たちも『そんなことは絶対ない』なんて言えない」
誠実なんだろう、とまり子は思った。それが受け入れられるかどうかは別の問題だが、彼女個人としては、ヘタな綺麗事を並べられるよりは、好感が持てる。
だからどのような言葉が続くのかと、取材終了に向けて尻すぼみになっていた好奇心が、多少なりとも持ち直した。
「代わりに、だから俺たちは集まってるんだ。抑止力として、お互いを監視して――いざとなれば、殺して止めるためにな」
しかし続く言葉に固まった。十路のものだけでなく、仲間であろう部員達の言葉にも。
「《魔法使い》は自分の能力を秘密にしますけど、わたくしたちはお互いの能力と弱点を教え合っていますわ。話す時は嘘は言わずとも真実を明かすことなく。聞く時は偽情報である可能性や、対策を立てられていることも考えながら」
「和気藹々と諜報・防諜活動、日常会話のように真っ黒な腹の探り合いをしているので、結構油断ならないのであります」
コゼットと野依崎が、つまらなそうに微量の敵意をぶつけ合う。
「実際、ナージャ姉とガチで殺し合ったことあるしぃ?」
「そんなこともありましたねー。決着つきませんでしたけど」
南十星とナージャが、友人同士の笑みを向け合う。
「や、まぁ、そんなことになって欲しくないですけど……《魔法使い》の相手は《魔法使い》にしか務まらないってのが定説ですし、こうするしかないですよね」
「その固定観念がもう駄目だって、前に言っただろ? 条件が整えば、《魔法》なんて使わなくても、《魔法使い》相手でも倒せるって」
「ややややや、それは堤先輩が特殊すぎるだけです……先輩と模擬戦したら、いっつも消火器で吹っ飛ばされますけど、真似できないですから……」
十路と樹里が、先輩後輩らしき会話をする。
この連中は、違う。普通ではない。ヤバすぎる。
それまでの話でも抱いた感想だが、まり子は背筋に寒気が走る、戦慄と呼べる強烈さで思い知った。
何気ない口調だといういうのに、『殺す』と言ったのは冗談ではないのが伝わった。悪ぶって使われる時とは全く違う、実行力も意思も兼ね備えている。
己とは根底が異なっている。普通の恰好をすることで、ごく普通の学生のような顔をしているが、ヒツジの皮を被ったオオカミ以上だ。地球人に擬態したエイリアンを見ているような気分になった。
彼ら、彼女らは、決して理解しあえることはない、常人とは違う理に生きている。深く関わろうとしたら、なにかを失ってしまう、闇と狂気の住人だと。
「し……! 失礼します……!」
本当の意味で理解したまり子は危機感に震え、急いで機材を片付け、総合生活支援部の部室を退出した。
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「まりポン、ドン引きしたね」
「クラスメイトの木次さん的には、マズかったですかね?」
「やー……避けられたいわけじゃないですけど、もともと親しいってわけでもないですから、そう言われても……」
「んで? 堤さんとフォーさんは、なにやってましたの? 国府田さんからは見えない位置で《魔法回路》を作ってましたけど」
「超指向性スピーカーで、ICレコーダーだけに声を吹き込んでました」
「撮影中の映像データにフィルターをかけて、手を加えたであります」
【取材の事実を作って、ボツにさせる、と……支援部にこれまでと違うヘンな噂が立ちそうですが】
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「局長」
報道部に戻ったまり子はすぐさま、責任者たる仁川紗耶香に、ICレコーダーとビデオカメラを渡した。いや押しつけた。
「支援部が取材、受けたの?」
指示した当人が信じられないような顔をしたが、まり子は応じない。不用意に触れれば崩れそうな、諸々が積み重ねられたデスクとキャビネットの隙間を通り抜け、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出す。
半分ほど一気に飲み干してから、ようやく応じる。
「……もう、あそこの取材はしたくありません」
「?」
小首を傾げた紗耶香だが、すぐさま気を取り直して、それぞれの機器をパソコンに繋げ、データを取り出した。
『まずは総合生活支援部について、お教え願います』
『わたくしたち総合生活支援部の部員は、全員がオルガノン症候群発症者――いわゆる《魔法使い》です――』
まり子自身とコゼットの声が、今日は他に誰もいない報道部の部室に響く。できればもう忘れたい出来事なので、ヘッドホンで聞いて欲しいのだが、平部員はケチをつけるにも勇気が必要だ。そしてそんな勇気はないので、無視してまり子に与えられているパソコンを立ち上げ、別の編集作業をすることにした。
『ではなぜ、総合生活支援部の皆さんは、普通の学生と同じように暮らしているのでしょう?』
『それが総合生活支援部の役目だからです。その能力ゆえに――――通の――かで、一般――――が起こるか――」
「?」
だが、集中できるはずがない。嫌でも聞こえる音声データに、盛大に雑音が入っていた。
「国府田ぁ……」
「普通に録音しただけですよ!?」
顔をしかめた紗耶香から叱責される雰囲気に、まり子は慌てて言いつくろう。
「そのレコーダー、何度も使ってますけど、これまでこんなことなかったのに……」
「まぁ、カメラでも撮影してるから、いいけどさ」
紗耶香が感情と興味を引っ込めたので、ほっとしたのも束の間。
『…………たす、けて…………』
「え?」
まり子が取材時に聞いた覚えのない、女の声が入っていた。しかも一言では終わらない。
『たすけてたすけてたすケテたすケテたすケテたすケテたスケテたスケテたスケテたスケテたスケテたスケテたスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ――』
壊れたレコードプレイヤーのように、声がどんどんと高く、早くなる。
『ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!』
そして最後に狂笑が大音量で響き、無音になった。
しばらくすると、室内にインタビューの続きが流れたが、部屋の住人たちにとっては、その内容などもうどうでもいい。
「国府田……アンタ、なに録ってきたの……?」
「知らないですよ……少なくとも、わたしが取材した時は、こんな声ありませんでした……」
硬直から復帰した紗耶香はマウスを操作し、プレイヤーソフトを停止させる。
この後にもっと変な音が入っていたら、嫌だから。
まり子は背筋に冷たい汗をかきながら、顔色からそう読み取った。
「……カメラのデータも、確かめます?」
「…………そう、ね」
同じ場面を撮影したカメラの映像も確認すれば、レコーダーの声はなにかの事故かどうか、ハッキリする。
逡巡とそんな思考が伺える間を置いて、紗耶香は映像データをクリックする。まり子も場所を移動し、同じ画面を覗き込む。
応接セットで向き合うまり子と支援部一同を写した映像が、何事もなく映し出された。
『ではなぜ、総合生活支援部の皆さんは、普通の学生と同じように暮らしているのでしょう?』
『それが総合生活支援部の役目だからです。その能力ゆえに秘匿性が高いわたくしたち《魔法使い》が、普通の学校の中で、一般の学生と共に生活し、どのようなことが起こるか。実地調査している社会実験チームなのです』
先ほどの、レコーダーで録音した音声データでは、ノイズが入っていた部分に差し掛かった。しかし映像データにはなんら異常はない。もちろん笑い声も入っていない。
「なにもなさそうですね……やっぱりさっきの、なにか違う音が入ったんじゃ――」
まり子はホッとしたのだが、紗耶香は違う。
「……ねぇ? これ、なに……?」
ハッキリとした恐怖を顔に浮かべ、震える指で映像の一部を指差した。
部室の角。撮影していない時の話だが、南十星とナージャが正座させられていた場所に、なにかが出現しようとしていた。
透明だったのに色を持ち、うずくまる人間の形になった。
白い服に長い黒髪の、女と思える人影は、ゆっくりと立ち上がる。うつむき加減のため、垂れ下がった髪で顔を隠して、部員たちに近づく。
オートバイに寄りかかる十路の前を通り過ぎたが、彼はなんの反応も示さない。
コゼットの顔を後ろから覗き込むが、彼女は微笑を浮かべて口を止めない。
明らかに不審な様子の、目の前の人物に誰も気づいていない、異常な映像となっていた。
女らしきものが唐突に動きを止めて、首から上の角度が変わった。髪で顔が隠れているが、撮影しているカメラに気づいたような素振りだった。
謎の女はゆっくりと、頼りない足取りを進ませる。やがてカメラのフレームから出ていってしまった。
まり子が視線をディスプレイから引き剥がし、横を見ると、紗耶香は震えながらも食い入るように見ていた。まだ終わっていないことを確信しているかのように。
「「ひ!?」」
実際、まだ続きがあった。まり子がなにもないのかと思った矢先、フレームいっぱいに顔が撮影されていた。取材時には誰もそんな真似はしてないが、カメラを掴んで自分を撮影しているかのように。
顔は凹凸がわからないほど白く、眼窩は空洞であるかのように真っ黒だった。唇の色も判然としないが、ありえないほど端が吊り上がっている。
声は入っていないが、読唇術の心得がなくても、なにを言っているのかわかるほど、口の形がハッキリと変わる。
――つ
――ぎ
――は
――お
――ま
――え
「「ひぃいぃぃぃぃぃっ!?」」
自覚なく、紗耶香とまり子の悲鳴が重なった。
△▼△▼△▼△▼
後日。支援部部室にて。
「《魔法》で録音と録画をいじっても、完全なボツにできなかったか……」
「どっちなんでしょうね? 他にネタがなかったのか、それとも、これはこれでネタになるって思われたのか」
パソコンのディスプレイに映し出された、報道部が公開している動画を見て、十路と樹里はこぼす。
「身元バレしないように隠されているけど、映ってるのがここで俺たちだって、わかるヤツにはわかるだろうな」
「外部はともかく、学院の学生だと……」
《魔法使い》や、総合生活支援部の名前など出ていない。部員たちの顔にモザイクが、声にはフィルターがかかっている。会話内容にも自主規制音が被せられ、わからないようになっている。
インタビューを撮影した動画は編集され、幽霊が映ってしまった恐怖動画として公開されていた。
「これで肝試しなんて理由で、夜中にウチの部室に人が来られたり、勝手に入られたりしたら、困りますね……」
「その時は、本物の出番になってしまうだろうしな……部室の心霊スポット疑惑が深まるのは困るんだが、マズったな……」
「……本物?」
子犬のように小首を傾げる樹里を見ることなく、十路は背後の、部室反対側の壁際を無気力に指差す。
「無人で走ってしゃべる幽霊バイクがいるだろ」
【オカルト扱いされる自覚はありますが、私は科学技術の産物です】




