005_0060 【短編】一学生から見た総合生活支援部Ⅶ 「摘出手術、終了です」
総合生活支援部の部活動で、個別に企業を相手する類は、そう頻繁にあるものではない。その理由は大きくふたつある。
実際に動くのは学生たちなのだから、彼女たちの学生生活を阻害しかねないと判断すれば、窓口である長久手つばめが請け負わない。
莫大な利を生み出す可能性がある《魔法使い》の協力を熱望しようと、まともな神経の持ち主ならば、子供の生活をないがしろにしてまで我を通しはしない。企業イメージも悪くなる危険も考えれば、断られても諦める。
部の運営に結びつくお金の問題なので、必要な活動ではあるが、企業経営と違って血眼になって稼ぐ必要もない。だから学生生活優先のスケジュールでしか、顧問はこの手の依頼を受けない。
もうひとつの理由は、同業あるいは関連企業間の争いに、否応なく巻き込まれるからだ。
ある会社に最先端技術を提供すれば、違う会社から『なぜウチには渡してくれない?』と妬まれる。言ってしまえば限定商品が売切れになっただけの話だが、買えなかった客からは文句を言われる。売る側からすれば『文句言われるならもう売らない』と言いたくなるが、実行するとそれはそれでまた文句を言われる。
企業の営業担当者は確実に《魔法使い》が生み出すものを得ようと、支援部にアプローチを仕掛ける。同じことを考える輩が一斉に。そんな接待合戦に全部つき合っていられないから、自然と顧問は相手や要望を厳選することになる。
それで終わるならば、問題はない。しかしながら、強引で直接的な手段を使おうとする輩も存在する。
中でも樹里の場合、企業というより個人を相手にするため、そういう目に遭いやすい。部員それぞれの得意分野を発揮する依頼で、《治癒術士》である彼女がどのような最先端技術を提供するか、考えるまでもないのだから。金銭よりも切実で、欲深い者ほど切望する。
「ふぅ……」
無影灯の下、樹里はマスクの中で大きくため息をつき、直接手で取り出した肉片をトレイに乗せた。
生体コンピュータで観測しているので不要だが、それでもバイタルサインを表示している生態情報モニタに目をやる。多少の変化はあるが、脈拍・呼吸・血圧・体温、どれも許容値内にある。
手術台に乗せられた患者の、シートをかけられていない部分にもう一度目をやる。病気と年齢による衰えが見て取れる、けれども精一杯の保全が努められた肌には、傷は残っていない。
一連の確認をしてから樹里は顔を上げる。側にあったガーゼで手を拭いて、肩に立てかけていた長杖を手にし、青いマスク・帽子・ガウンと同じ格好した助手役に告げた。
「摘出手術、終了です」
余命半年と診断された、末期癌患者の手術成功を。
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「私もずいぶん染まったなぁ、って思います……」
「なにを今更。《魔法使い》は裏社会の人間だぞ」
手術衣を脱ぎ、普段の学生服姿に戻った樹里は、待合室で待機していた十路に早速こぼした。
そこは神戸市から離れた、閑静な別荘地に近い、診療所と呼ぶべき個人病院だった。平時の診察時間も大きく過ぎた夜に、ふたりは訪れていた。
辺鄙というと怒られかねないが、大手術をするならば、もっと設備の整った病院を選択するだろう。患者側の希望よりもまず、医師がそう判断する。
しかしそれはできないと、患者が静養していた別荘に近い、なおかつ秘密が守られる診療所を選択した。
まず、治療そのものを秘密にする必要があった。老病生死は平等に訪れるが、誰も老いや病で苦しみたくなく、死は遠いほうがいいと望む。既存医療技術を超えた《治癒術士》の医療技術は、そんな人の業をわずかばかり叶えることができる。
少女の行った治療が明るみになれば、欲深い人々が押しかけるのは目に見えている。
次いで、患者の都合もあった。政界・財界に大きな繋がりを持つ人間であったから。
患者の死を望む者、患者の死を嘆く者、双方が周辺にいる立場だ。支援部は嘆く立場に肩入れし、意を受けた樹里が治療を行うことになったわけだが、横槍や妨害を考えると秘密裏に動くべき事柄だ。
「あと、別に法律違反はしてないだろ」
「や、まぁ、そうですけど……でも、認められてるわけでもないですし」
最大の理由は、樹里の治療行為は、法的にグレーゾーンだからだ。
医療行為は原則的に、医師免許を持つ者以外、従事してはならないと法律で定めている。社会的にはただの女子高生である樹里が、免許など持っているわけがない。
しかし法律が禁じているのは、医療行為を金銭獲得の手段にすることで、行為そのものを全面的に禁じているわけではない。でなければ、医師以外の者が心肺蘇生や自動体外除細動器で人命救助した場合、罰せられる可能性が生まれる。
そういった例外の中には、応急措置だけでなく、実験的治療行為、最先端医療技術も含まれる。《魔法》による医療行為は、現在法律では曖昧な、従来の技術を超越したものであるため、これに該当する。
なので樹里の手術が警察にばれたとしても、建前の上では問題にならない。
とはいえ、あくまでも建前であって、保障はなにもない。これが世間に広まったら、司法はどういう判断を下すか、読めない。だったら隠すに限る。
「それはそうと、だ。飛び込み執刀医の立場として、今後の予定は?」
「主治医さんとの相談が必要ですけど、少なくとも患者さんが意識を取り戻すまでは、動けないでしょう。やっぱり今夜一晩、ここで明かすことになると思います」
「わかった。予定通りに事を進めよう。とりあえず俺は、見回りしてくる」
腰周りだけでなく、ジャケットの脇まで膨らませた、学生服姿の十路は、返事を聞くより前に、診療所の外へと出ていった。
それから、いくらも経たなかった。
野生動物並の鋭敏さを持つ、樹里の耳だから聞こえる、くぐもった悲鳴が聞こえてきた。
『俺も狙って仕掛けたけど……荒事でメシ食ってて、イノシシ避けの電気柵に引っかかるか?』
次いで、壁を突き抜けて届く、十路の声も。
『安心しろ。すぐそこに医者がいる。アンタが知ってること全部吐けば、すぐ治療してもらえるぞ』
そして暴虐が。間隔を空けて、肉がぶつかるヤな音が鳴った。
「…………ま、いいか」
樹里の治療が必要なほど、痛めつけることはなかろう。なにせその種の特殊訓練を受けた元プロの仕業だ。拷問が終わった後でフォローすれば充分だろう。患者に死んで欲しい者の関わりと目される襲撃者に、それ以上の情けをかける必要は感じない。
樹里は事態をそう判断して、後片付けをしている診療所の主兼主治医の下へ戻った。
野良犬との付き合いで、子犬もそれなりに図太くなった。
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翌朝が本番だった。とはいっても、十路と樹里がなにかしたというわけではない。せいぜい手術が終わった患者を、療養する別荘に移動するのを手伝ったくらいだ。
あとは、いざという時のために待機しながら、別荘の一室で茶を飲んでいた。
「よくある遺産相続問題なんだろうな」
「まるきり他人事ですけど……そうなんでしょうね」
お膳立ては出来ていた。
つばめが策略を立てて、一斉に他部員も活動した。
ナージャが家や会社に潜入した。
コゼットが技術提供した。
野依崎が情報操作を行った。
そうした筋道ができた上で、樹里が治療を行っただけのこと。
ちなみに南十星は、この部活動においては役目はなかった。別にサボったわけではない。
「? なんでしょう?」
壁を突き抜けて聞こえてきた、ヒステリックな女性の声に、樹里が見えもなしないのに振り返った。
「昨夜、俺たちが捕まえた連中か……それとも寄付の証拠でも見せられたか」
十路は態度を変えることなく、お茶請けの饅頭をパクつく。
合図ではない。異変とも呼べない。だから態度は変えなかった。
やがて、複数の荒い足音が、部屋の前を通り過ぎていった。安普請ではないのに、振動が伝わるほどだった。
何事もなく終わったのかと、ふたりして待っていると、やがて控えめなノックの後、扉が開かれた。
「終わりました」
入ってきたのは、別荘の管理人であり、ずっと患者の世話をしてきた老人だった。最初会った時は、年頃からして患者の夫かと思ったが違っていた。
そうであったなら、部活は行われなかっただろう。
樹里と十路は立ち上がる。話があって彼は入室したのだろう、それが終われば対処して、部活は完了だとわかったから。
十路が最後の確認として口開いた。
「俺みたいなガキが、しかも終わってから口出す問題じゃないですが、これでいいんですか?」
資産家であった夫婦には、それぞれに家庭と仕事を持つ子供たちがいた。
夫が亡くなった時、財産の半分は妻に、残りの半分は子供たちに分配された。
子供たちはその金を元手に、己にやりたい事業を起こしたが、上手くいっていない。それだけならば、会社を経営していれば経験する苦難だろう。
しかし子供たちは、当然という顔で母親に無心してきた。社員たちと共に乗り切るのではなく、安易な方法で解決しようとした。
「俺たちからしてみれば、『アレ』はいい歳した大人たちでしたけど……親からしてみれば何歳でも『子供』でしょう? 見捨てるような真似は、当人たちの自業自得だとしても、今後も付きまとわれるのでは?」
妻であり、母であり、患者であった女性は、それを善しとしなかった。
だから支援部に連絡を取り、つばめは意を汲んで、部員たちが活動した。
ライバル会社に力を与え、子供たちの社会的な力を削り、潰れる未来しか予想できないところまで。
その上で、患者を治療した。
あくまで選択肢があったというだけだが、治療せずに寿命だと受け入れて、子供たちとの関わりを断ち切る道もあったはず。少なくとも、何事もなければ数年から数十年は、傲慢な子供たちの人生に携わらなければならない。
そんな十路の遠まわしな疑問に対し、世話人たる老人は、穏やかに首を振って推測する。
「奥様の考えは、わたくしには分かりかねますが……見守るおつもりではないかと」
患者は、自分の死で再び財産分与され、子供たちがもっと深い場所まで堕ちることを危惧した。だからこそ、大半の財産と引き換えに、命を永らえたのではないかと。
子供たちが会社役員でも、頼れる夫や妻や親ではなくなった時、母として温かく迎えるために。
当人の口からではないとはいえ、聞かされれば納得できない話でもない。それ以上は家族の問題で、自分たちが関わることではないと、十路は軽く肩をすくめて、樹里に目線で退出を促した。
「お待ちください」
しかし制止がかけられた。
カジュアルなジャケットの内ポケットから、老人は封筒を取り出し、差し出してきた。
「今回はありがとうございました。これはお気持ちです」
中身が分厚いため、封ができずにはみ出ていた。どう見ても相当額の紙幣だった。
「ボランティアではなく、見返りは受け取って、しかも支払い済みのはずですが?」
「それは奥様が支払った代価でしょう。これは先ほど申しましたように、わたくしの気持ちです。些少ではありますが……」
「そういうのは困るんですけどね。俺たちは『部活動』でここにいるだけですから」
老人の言葉に、またも十路が視線を送ってきたが、樹里は困って首を振る。
気持ちはわからないでもない。最期を待つしかなかった患者や関係者からすれば、樹里の治療は神の奇跡にも匹敵する。
だが過ぎた感謝を返されても、ただの女子高生でしかない樹里としては困る。少なく見積もっても一〇〇万円を超える額を、お菓子感覚で受け取ることなどできない。
かといって無碍にもできない。だから渡されても困る。
応対を任された十路は、仕方なさそうに首筋をなでて、封筒を受け取った。
「え?」
まさか素直に受け取るとは思ってなかった樹里は、十路に対応を押し付けたにも関わらず、意外の声を洩らした。
彼女が垣間見る十路は、欲全般が希薄だ。財布を出す場面にそこまで居合わせたことはないが、金銭に関しても同じことがいえる。なにかにつけて奢るほど大らかでもないが。
そんな十路が、部の収支からは外れた金銭を受け取るとは思っていなかった。
だが彼は、そのまま懐に収めるような真似はせず、封筒から紙幣を二枚だけを抜き取り、自分のジャケットから綴られた冊子を取り出した。
十路は下敷きを挟み、ボールペンをサラサラと走らせる。なにを書いているのかと思い、樹里は覗き込む。
――¥20,000-
――交通費・食費として上記正に領収いたしました
五万円未満なので収入印紙も必要もなく、そう書かれたページを控えを残して切り取り、領収書を差し出した。
「これと、報酬の前払いです」
二枚程度では膨らみは変わらない封筒と重ねて、不徳要領な老人の手に乗せた。
「報酬、とは?」
「今後もいい年した『子供たち』と付き合う羽目になるけど、あなたは別荘の管理と『奥様』の世話は以上は、業務外でしょう?」
恩愛か親愛か敬愛か異性愛かまでは知らないが、女性に対し愛情を持っているのは間違いない。職務の使命感以上の感情があることと、昨晩、患者の手術の付き添いを彼が申し出た時に、樹里も感じたことだった。襲撃が予想されたので、病院には最低人数だけにし、彼には帰宅してもらったが、未練深そうな様子だった。
「これ以上は『部活』管轄外なので、もう俺たちは守ることはできません。だからあなたに仕事をバトンタッチします。あなたは当然のことと思うかもしれませんが、当方としては仕事を依頼する形になります」
十路の笑顔が胡散臭く見え、丁寧語が奇妙に思えてしまうのは、怠惰な普段を知っているからだろうか。
そんなことを樹里は傍で考えたが、さすがに口にはしなかった。




